表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/174

第十六話(後編)

「どういう事だ?」

 呂布は侯成に尋ねるが、侯成は号泣してとても説明出来る様な状態ではない。

「間に合わなかった、と言う事か」

 呂布はそう呟くと、天を仰いだ。

 正気を疑う命知らずな川下り作戦だったが、まさか総大将である曹操や劉備までその中に参加していたとは思わなかった。

「俺は、負けたのか」

 曹操軍も呂布軍も状況が把握出来ていない中、呂布だけが妙に冷静にその事実を受け止めていた。

「人質に取られたと言う事だったが、厳氏と蓉は無事なのか?」

 呂布は号泣し続ける侯成に尋ねるのだが、侯成はとても答えられる状況ではないが、それでも嗚咽しながら何度も頷いている。

「そうか、無事か」

 呂布はそう言うと、方天戟を下げる。

「呂布! てめえ、どう言うつもりだ!」

 戦意を失った呂布を見て、張飛が怒鳴る。

 張飛としては一方的にやられたとしか思えず、うやむやの内に戦いが終わる事に納得がいかないらしい。

 が、そんな張飛に呂布が付き合う必要はない。

「どうもこうもない。戦いは終わったと言う事よ」

 城内から現れた劉備が、淡々と張飛に言う。

 城からは劉備だけでなく、劉備に伴われた厳氏、曹操と蓉、関羽と捕らえられた高順、魏続と宋憲と捕らえられた陳宮が現れた。

 高順は片腕を失い、陳宮の顔色もさらに悪くなっている。

「呂布将軍!」

 厳氏が呂布の姿を見て叫ぶ。

「待て! 動くな!」

 そう叫んだのは、意外な事に陳宮だった。

「将軍! 今、この時こそ将軍が天下を握る時!」

 顔色も悪く立っているのがやっとと言う様な陳宮だが、よく通る声で叫ぶ。

 文字通り魂の叫びであり、その迫力は周りの誰もが口を挟む事が出来ないほどだった。

「奥方様は劉備を! 姫君は曹操を! 高順は関羽を抑えろ! 我らが命をかけて一瞬でも動きを止めれば、呂布将軍が討ち取ってくれる。曹操と劉備を討てば、残るは烏合の衆! 呂布将軍であれば負ける事はない! 我々が今、ここで命を賭ける価値は十分にある!」

 陳宮の提案に、場の緊張感は一気に増した。

 呂布の非常識な戦闘能力と赤兎馬の高速の移動力があれば、隙は一瞬で良い。

 その際に動きを止めようとした厳氏や蓉、陳宮と高順は助からないだろうが例えば関羽を最初の一手で討つ事が出来れば、劉備や曹操の動きを止める役割の厳氏か蓉かのどちらかであれば助けられるかも知れない。

「呂布将軍! ここで曹操を討てば、天下は呂布将軍の元に転がり込んでくるのです! 妻はその後に改めて娶れば良い! ここで勝てば、新たに家族を築く事が出来るのです! 全てをかけて、今、ここで全てを捨てて勝利を取って下さい!」

 陳宮は叫ぶ。

 まるで血を吐く様に、それどころかその一言ごとに生命力を吐き出す様に陳宮は呂布に訴える。

 魏続と宋憲の二人が陳宮の口を塞ごうとしたが、曹操が二人を制する。

 曹操と劉備は、呂布軍だった魏続や宋憲より呂布の事を知っていた。

 陳宮の提案には、十分過ぎる魅力と見返りがあり、さすがは天下の鬼才である陳宮だと思わせる提案だった。

 もし呂布が野心を持つ豪傑であれば、陳宮の提案に飛びついただろうし、もしそう言う男であれば曹操も陳宮の口を塞いでいただろう。

 しかし、呂布がそう言う男であれば同じく野心家であった董卓から重用される事もなかったし、ここまで来る事無く董卓によって殺されていた可能性が高い。

 仮に董卓に殺されていなかったにしても、その後に王允から危険視されていただろうし、李傕や郭汜と天子や都の事で揉めて殺し合いになっていただろう。

 呂布の戦闘能力であればそれらに勝利したかも知れないが、その時には第二の董卓となり、袁紹らと共に反呂布連合軍を組織して天下の全てを敵に回していた事だろう。

「面白い提案だな」

 呂布は寂しそうに笑いながら、陳宮にそう答えた。

 そう言う無欲な男だったからこそここまで生き延びる事が出来たし、高順や張遼、陳宮と言った極めて優秀な面々も絶対の忠誠を誓ってこれまで戦ってきたのである。

 そんな人間性を見抜いたからこそ、曹操は陳宮の口を封じる事をしなかった。

 曹操だけでなく、陳宮にしてもそんな呂布の事を十分に理解している。

 その上で口にせずにいられなかった。

 陳宮の提案は、文字通り起死回生の一手であった。

 完全敗北の条件を満たした呂布だったが、陳宮の策であれば一手で全てを覆す事が出来る策だった。

 万が一にも無欲な呂布が野心に目覚めるかも知れないと祈って。

 だが、一つ陳宮は誤解していた。

 呂布は必ずしも無欲な訳ではない。

 呂布にも野心も野望もあったが、それが乱世の英雄のものではなかったと言うだけである。

 彼にとって天下を取る事より、家族で幸せに暮らす事の方が優先される事だったのだ。

 そんな呂布にとって、妻と娘を犠牲にして取る天下には興味が無かったのである。

「……まったく、お仕え甲斐の無い方だ」

 陳宮はそう言うと微笑む。

 その笑顔は、これまでに見た事がない様な柔らかく、美しい笑顔だった。

 が、その笑顔を浮かべた後、陳宮は意識を失った様に倒れる。

「奉先、お前ってヤツはそう言うヤツだよな」

 片腕を失って瀕死の高順だったが、それでも呆れた様に笑う。

「侯成、戟を」

 呂布は侯成を立たせると、自身の持つ方天戟を侯成に渡す。

「呂布将軍……」

「この呂布を捕らえたのは、お前の手柄だ侯成よ。曹操もその武勲は無視出来ないだろう」

 呂布はそう言うと、赤兎馬の上から周囲を見回す。

「皆、すまない。我々は敗れ、曹操の元に降る事にする。もし反対する者がいるのであれば、訴えでてくれ。その事で罰したりはしない」

 呂布は兵士達に向かって言う。

 あまりに突然の事で兵士たちもどうしていいか分からないと言う感じだったが、呂布軍の兵士達は厳氏の献身的な性格はよく知っている。

 陳宮が言う様に、ここで家族を見捨てれば曹操達を討つ事が出来るかもしれないが、だからといって厳氏や蓉を見捨てられる者はいなかった。

 けっきょく呂布軍の兵士達は誰一人として呂布に逆らう事なく、それぞれが手にした武器を置く。

 状況を把握出来ていないのは曹操軍も同じで、完全に追い詰められていたのは曹操軍の方だった。

 それが突然相手に勝ちを譲られたのである。

「あ、兄者、これはどう言う……」

 事の成り行きが分かっていない張飛は、あからさまに納得いかない表情で劉備に尋ねる。

「どうもこうも、戦いは終わったのよ」

 劉備が言うと、動きを抑えられていた厳氏と蓉が解放され、二人は呂布の元へ走る。

「将軍!」

「父ちゃん!」

 二人は赤兎馬から降りた呂布にしがみつき、大泣きしていた。

 結果として二人が呂布の動きを封じる事になったのだが、もはや呂布も戦う意志は持っていなかった。

「呂布将軍、捕らえさせていただきます」

 劉備がそう言って近付くと、侯成が呂布から渡された方天戟を劉備に向ける。

「劉備! 元はと言えば、貴様が奥方を人質に取ったからこそこんな事になったんだ!」

「劉備殿が?」

 呂布はそう言うと、劉備を見る。

「ええ、その通りです。奥方様や姫君に怪我をさせない為には、やむを得ない事だったのです」

 劉備はそう言うと、呂布に頭を下げる。

 もし厳氏や蓉が怪我をしていた場合、陳宮の提案など待たずに呂布が我を忘れて襲いかかってくる事も考えられた。

 劉備は汚名を着る事も恐れず、その危険性を回避する事にしたのだ。

「……感謝するよ、劉備殿」

「ええ。私は貴方の味方ですよ、呂布将軍。この劉備を信じて下さい」

 こうして下邳城の戦いは終結した。


 呂布にとって、最期の戦だった。

どうしてこうなった?


侯成です。

演義では立派なクソ野郎で、魏続や宋憲と同じく呂布を裏切って曹操に寝返るダメな子です。

魏続はほぼ演義と同様のクソ野郎なのですが、毒素が魏続に集まってしまったせいか、侯成はデトックスされたらしく、爽やか好青年になりました。


本編では呂布から戟を渡されていますが、正史や演義では呂布を捕らえたと報告する侯成を曹操は信用せず、捕らえた証拠を出せと言われて呂布の方天戟を奪い取って曹操に見せたと言う話があります。

あくまでも呂布を捕らえた証拠として戟を持たせたと言うのが本編の話で、呂布が後継者として侯成に戟を渡したと言う訳ではありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ