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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代
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第十五話

 高順が関羽を見たのは反董卓連合との戦いの際、華雄を一刀の元に切り捨てた時だったが、その存在の事は随分前から知っていた。

 呂布や張遼と違って、高順はつい最近まで将軍位になかった事もあって身軽で、侠客仲間ともつるんで行動していたので情報も広く入ってきていた。

 今は関羽を名乗っているが、元々は商人であったものの腐った役人と諍いがあり、熱すぎる義侠心を持った彼はその役人を切り捨てお尋ね者となった。

 関所を通る際にその『関』から閃いた名前を、今では本名として名乗っていると言う。

 侠客達の間では黄巾の乱の前から噂にはなっていたのだが、実際に目の当たりにしてそれは笑い事では無い事を思い知らされた。

 高順も自称豪傑達と比べると確かな実力の持ち主であり、その事にかけては自信も持っている。

 ただ、身近すぎるところに呂布と言う規格外にも程がある武勇を持った男がいた為に勘違いせずに済んだのだが、その高順から見ても華雄は自身と互角かそれ以上と認める猛将だった。

 その華雄ですら一撃で葬った関羽を前に、高順は眉を寄せる。

 万全の状態であったとしても、高順では手に余る相手であり十戦して一度勝てるかどうかの相手だろうと思う。

「高順。義士は切りたくない。降ると言うのであれば、切らずに済む」

 関羽は青龍刀を構えて言う。

「そりゃ良いな」

 高順は剣を構えて応える。

「俺一人だったら喜んで降るところだが、主家の奥方と姫の前で自分だけ助かる為に相手に降るって事が、お前には出来るのか?」

 高順の言葉に、今度は関羽が眉を寄せる。

 そこに出来た一瞬の隙。

 高順はそれを見逃さず、一気に間合いを詰めて関羽に斬りかかる。

 関羽の戦い方の特徴と言えるだろうが、その一刀目が恐ろしく鋭い。

 呂布は防いでみせたが、他の者であれば余程の幸運に助けられない限り来る事が分かっていても、防いだり躱したり出来る様な攻撃では無い。

 袁術軍の怪しげな武将の紀霊は関羽と互角に戦ったらしいが、それが実力によるものなのか、怪しげな仙具『三尖刀』によるものなのかは分からない。

 おそらくは後者であり、しかも幸運にも恵まれたのだろう。

 実際に紀霊は関羽とは戦えたものの、張飛には簡単に討ち取られているので実力だけで関羽と互角だったとは思えない。

 高順には華雄を上回ると言える武勇も無く、紀霊の持っていた仙具の様な物も無い。

 それでも退く訳にはいかない以上、何としても関羽の一刀目を防がなければ勝負にならない。

 もし高順に利点があるとすれば、それは関羽の戦い方を知っていると言う事だった。

 万全でも防げない関羽の一撃を、片腕を怪我している高順ではどうしようもないのだから、高順に出来る事は一撃目を防ぐ事や躱す事ではなく振らせない事。

 そのためには先手は絶対条件だった。

 もちろんこの程度の奇襲が通用する相手ではない事は分かっていたが、この一撃は関羽を討つ為のものと言うより、攻撃をさせない為のものであり、それは成功した。

 高順の一撃を、関羽は青龍刀で受ける。

「悪いが、付き合ってられないからな」

「高順、戦うと言うのであれば切る事になるが、その覚悟は出来ているのだな」

「自分が切られると言う事は考えていないみたいだが、そうなっても恨むなよ」

 高順は強がって関羽に向かって言う。

 青龍刀の関羽に対して剣で挑む高順にとって、間合いを詰められるかどうかは死活問題だったが、一刀目を防ぐと言う目的だった奇襲が功を奏した事で一気に間合いを詰めて剣の間合いで戦う事が出来るのは美味しいと言える。

 が、だからといって青龍刀を無力化出来ると言う訳でもない。

 剣で長柄の武器に対しては、まず何よりも接近戦と言うのは常識だが、それは単純に剣の間合いで戦わなければ何も出来ないと言うだけで、接近さえしてしまえば長柄の武器が無力になると言うものでもない。

「ぬぉうあ!」

 関羽は掛け声と同時に、膂力にものを言わせて高順を押し飛ばす。

 体格で言えば高順は呂布軍一恵まれている体格なのだが、まったく重量を感じていないのか一気に飛ばされ、高順も驚いた。

 ここまで子供扱いか。

 勝つ為の手がかりの様なものが一切感じられず、高順は泣きたくなる。

「侯成! さっさと李典抜いて、こっちに助けに来い!」

「無茶言わないで下さい!」

 李典と戦っている侯成は、高順に向かって言う。

「それに俺が手助けして、関羽と戦えるんですか?」

「まあ、盾くらいにはなってもらえるかと」

「無茶言わないで下さい!」

 侯成は李典にのみ集中する。

 その李典も、そう簡単に倒せる相手ではないのである。

「陳宮、何かないか?」

「無い。頑張れ」

 もう少し言いようがありそうなものだが、陳宮にも一切の余裕が無い。

 高順と同じように陳宮も万全とは言えず、むしろ高順より深刻な状態と言える。

「私が手伝ってあげる」

「姫様はそいつらをお願いします」

 一人協力的なのが蓉だったが、息子の関平とは互角以上に戦えたとしても関羽の相手は務まらない。

 と言うより、さすがに関羽の相手はさせられない。

「覚悟は良いか」

 関羽は青龍刀を構えて、高順に尋ねる。

 良くはないのだが、そう言ったところで関羽が考慮してくれるとは思えなかった。

 しかし、間合いを取らされた以上はまた詰めなければならないのだが、こちらの都合だけで何度も関羽が引っかかってくれるとは到底思えない。

 これが張飛であればやりようはありそうだったが、それを言っても考えても仕方が無い事である。

 待てよ。もしかしたら上手く行くんじゃないか。

 高順は策を閃く。

 言葉にして伝える事は出来ないが、こと戦術に関しては天才軍師の陳宮と天才的な勘の良さを持つ蓉なので、高順が動けばそれを察して動きを合わせてくれる可能性は十分にある。

 危険は大きいが、試す価値はある。

 と言うより、やるしかない。

 高順は一度深呼吸すると、突如関羽に向けて背を向けて蓉や陳宮の方へ走る。

 高順の狙いは曹操である。

 この戦いの総大将とも言えるのが曹操であり、そこを討つ事ができれば関羽と戦う必要それ自体が無い。

 しかも今曹操の周りにはいつもの護衛である許褚の姿はなく、宋憲と魏続と言う許褚と比べるべくもない者達しかいない。

「そう来たか」

 関羽も高順の狙いが分かったのだが、関羽の前には蓉が立ち塞がる。

 戦う事において、関羽と言う人物には弱点など存在しない。

 しかし傲慢に思えるほど高潔である関羽に付け入る隙があるとすれば、それは女子供に対して他の豪傑たちに対するほどの暴威を振るう事が出来ないと言うところだった。

 言うまでもなく蓉では関羽の相手は務まらない。

 だが、関羽の方も少女である蓉を高順と同じように力任せになぎ倒す事ははばかられるらしく、関羽はそこで足を止める。

 曹操も高順の狙いに気付いて高順を迎え撃とうとするが、高順は反転して足を止めた関羽に向かって斬りかかり、関羽に向かっていた蓉もすぐに反転して高順に備えていた曹操に向かって突き掛かる。

 まったく言葉を交わさず目配せだけで動いた蓉には驚かされるが、そのおかげで高順は再度関羽に対して剣の間合いに詰める事が出来た。

「小癪な真似を」

 関羽は高順の剣を青龍刀で受け、再び高順を突き飛ばそうとするが、同じ攻撃を同じように受ける様な事はしない。

 呂布や関羽ほどでは無いにしても高順も十分な上背があり、突き飛ばしたりする時には基本的に胸から上辺りを押して相手を不安定にさせる動きになる。

 武器を持たずにがっぷりと組み合う場合はその限りではないにしても、よほど特殊な戦い方でも無い限り、相手を押すと言う動作の時には上半身を狙う事が圧倒的に多い。

 関羽が同じように押し返そうとするとアタリをつけた高順は、関羽に剣を止められた時、すでに身を低くして関羽の押し返しの下を潜る事に成功していた。

 力任せに押そうとしていた関羽だったが、対象が目の前から消えて空振りした事によって大きく体勢を崩す。

 高順はその足元を狙って剣を振る。

 致命的な一撃じゃなくてもいい。

 かすり傷であったとしても、動きに一部でも支障をきたせばまだ戦いようはある。

 そう思っていたが、関羽と言う豪傑は想像を超えた動きをした。

 普通は空振りした場合、本能的にその場に踏みとどまろうとする動きをするものだが、関羽は空振りの勢いを殺そうとせずそのまま前のめりになりながら青龍刀の柄を床に押し付け、それを柱に利用して自らの体を持ち上げるようにして高順の足払いの一撃を躱したのである。

「……マジか?」

 呂布ほど自由自在と言う訳ではないものの、関羽ほどの巨漢がこれほど立体的な動きをすると、実際以上の脅威を感じさせられる。

 さらに関羽はそのまま体をひねるように回転して高順を蹴ろうとするが、かろうじてそれを躱す。

 関羽もそれを当てようとは考えていなかったのか、華麗に着地して青龍刀を構え高順に斬りかかる。

 今度は高順がそれを剣で受ける。

 と言っても、関羽の間合いよりかなり近いところなので刃の攻撃ではなく柄の部分を受けたのだが、それでも体が砕かれる様な衝撃だった。

「やるではないか、高順よ」

「そりゃどうも」

「片腕なのが惜しまれるな」

「十分だろ」

 すでに気付かれていたようだが、高順は不敵に笑って応える。

 それくらい強がらなければ、一気に飲み込まれそうになるのだ。

「残念だが、ここまでだ。これ以上と言うのであれば、切るしかなくなる」

「それでなくても切る気満々だっただろうが」

 高順は関羽の青龍刀を押し返しながら言う。

 その答えを聞いて、関羽は残念そうに一息付く。

 直後に関羽は高順を押しつぶさんとばかりに、青龍刀に力を込める。

 高順もそれに負けじと力を込めるが、次の瞬間には関羽から左腕を切り飛ばされていた。

 上から押さえつける青龍刀を反転させて、下から腕を切ったと言う事は高順も頭では理解しているが、それを目にも止まらぬ速さと左腕だけを切ると言う正確さはもはや達人と言うより妖術の類としか思えず、痛みも無く高順は切り落とされた自分の左腕を見ているしかなかった。

「高順!」

「姫! 気を抜くな!」

 高順の惨劇を脇目に捉えていた蓉が悲鳴を上げたが、陳宮はすぐに蓉を叱咤する。

 が、それを見逃すほど曹操は甘くない。

 曹操は蓉の持つ槍を大きく跳ね上げる。

 その隙を補おうと陳宮は動いたが、曹操によってそれを阻まれる。

 動きを止めた陳宮に対し、宋憲が陳宮に飛びかかってその腕を掴み動きを封じた。

 さらに魏続と曹操が蓉を捕えようとした時だった。

「全員、動くな」

 静かではあったが全員に聞こえる様な不思議な声で、制する声があった。

「これ以上の流血は無意味。武器を置いて投降せよ。逆らえば、切る」

 声の主は劉備で、厳氏を背後から捕らえてその首筋に剣を当てている。

「母上!」

 蓉は驚きの声を上げるが、捕らえられた厳氏ですら劉備の存在に気付いていなかったらしく、キョトンとして自分の置かれた状況が分かっていないらしかった。

「そこの若いの。呂布将軍に伝えるが良い。奥方と姫君、軍師殿が捉えられもはや勝負はついたと。もし抵抗するのであれば、家族を失う事になるとな」

 劉備は異様に冷たい口調で、侯成に向かって言う。

「な、何を……」

「急げ! こうしている間にも、兵士は命をかけて戦っているのだ! 戦いを終わらせる事で助けられる命もあるのだぞ!」

 劉備に急かされ、侯成は混乱したままだが李典との戦いを切り上げて呂布の元へ走る。

「やってくれたなぁ、小娘が!」

 勝利を確信したせいか気が大きくなった魏続が蓉に向かって襲いかかろうとしたが、関羽が青龍刀を魏続に向ける。

「主家を裏切っただけでなく、命をかけて家族を守ろうとした者への畏敬の念も持てぬのであれば、その様な者に人を率いる資格無し。今すぐにでも切り捨ててやろう」

 関羽に凄まれ、魏続はそこから動く事も出来なくなった。

「高順に止血を」

「いらん。どうせ死ぬ身だ」

 高順は負けを認めて言う。

「いや、止血するべきだ」

 宋憲に捉えられた陳宮が言う。

「私達にはまだ果たさねばならぬ責任がある。そうだろう、劉備、曹操よ」

 陳宮が言うと、曹操は剣を収める。

「とにかく、これ以上の戦いが無意味なのは間違いありません」

 曹操は厳氏を人質に取る劉備を見る。

 そこには人ならざる何かに見える、妖女の様な姿があった。

関羽について


本編中でも書いた通り『関羽』と言うのは元々は偽名だったのですが、『関羽』を名乗り出してからはずっとその名前を使っています。

ちなみに本名は不明だとか。

まぁ、諸説ありますのでなんとも言い様がないところです。


後に神格化される関羽ですが、軍神のイメージが強いものの実際には商売の神様です。

これほどいかつい商人も中々いないでしょう。


また関羽は塩商人の他にも作品や伝承によっては塾の先生だったり、牢番だったりしたみたいで実際には何をやっていた人なのかわかりません。

ただ、物凄く堅苦しい人である事は変わりないみたいです。

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