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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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第七話

 下邳攻めは、完全に膠着状態に陥って数日が過ぎていた。

 戦が始まってからここまで多少の苦戦はあったものの、おおよそ郭嘉の予想通りに事は運んでいたのだが、呂布の参戦を確認してから事態は郭嘉の手の平の上からこぼれ落ちてしまった。

 最初は南門に現れたと思った呂布が西門の迎撃に出たのが始まりで、今では北門や東門の指揮にも呂布を見たと李典や于禁からも報告が入り、郭嘉を悩ませていた。

 もちろん影武者の可能性もあり、南門では呂布が放ったと思われる矢が飛来すると言うだけで呂布の姿を見た訳ではない。

 北門や東門は指揮をとり兵に声を掛けるだけと言えなくもないので、必ずしも呂布でなくてもいいと思えるのだが、李典にしても于禁にしても呂布本人を見た事があり、劉備が言う様によく似た影武者を探す事が困難なほど特徴的で見間違いようがなかった。

「明日、呂布将軍に会ってみましょう」

 曹操の提案に全員が驚く。

「はぁ? 何言い出してんの?」

 劉備が曹操の正気を疑っているらしかったが、そのあまりにも失礼な口調から関羽から頭を掴まれている。

「呂布将軍は本来好戦的な人ではありません。話し合いをしたいと言えば、おそらくそれに応じてくれるでしょう。そこで所在をはっきりさせる事が出来ます。場合によっては南門に呂布を足止めして西門を攻めると言う策をそのまま当てはめる事も出来るでしょう」

「騙し討ちですか」

 劉備の頭を掴んだまま、関羽が苦々しく言う。

「そうですね。言葉を飾っても仕方ありません。乱世を一日でも早く収められると言うのであれば、私はどのような悪名でも背負いましょう」

 地味な外見ではあるものの、曹操の芯の強さは天下を担う者と言うに相応しいと関羽でさえ思わされるところがあった。

「さすがに兵を率いては門の近づく事も出来ないでしょうから、私と劉備殿で行きましょう」

「私? え? 何で?」

「私より面識があるでしょう?」

「えぇ? いやいや、私なんて徐州でちょこちょこっと会っただけだし」

「私も洛陽でちょこちょこっと会った程度ですよ? それ以降は戦場で敵同士なワケですから」

「曹操殿、兄者を連れて行くと言うのであれば我々も同行させていただきたい」

 関羽が劉備の頭を掴んだまま曹操に申し出る。

「そうしてもらうと助かります。ですが、くれぐれも冷静に。私達は話し合いに行くと言う事を忘れないで下さい」

「無論」

 関羽はそう答え張飛も頷くが、この二人が暴れだしたら止めようがない事も曹操軍にとっては不安要素だった。

 そこで曹操軍からも身辺警護として許褚と曹純と虎豹騎から数名が同行する事になった。

 その虎豹騎の中に郭嘉も紛れ込む。

「いきなり射掛けてきたりしないよな」

「えー、翼徳、ビビってる?」

 翌日下邳へ向かう途中に張飛がそう言うのを聞きつけて、劉備がからかっている。

「ビビるか!」

「それは頼もしい。私は怖くて仕方ありませんが」

 と曹操は言うが、その声は震えている様子も無くいつも通りである。

 もし本当に怖がっていたとしても、曹操であればそれを表に出す事は無い。

 曹操を知る者はほとんど全員がそう思っていた。

 弓の射程範囲内に入っても矢の一本も飛んでこないところを見ると、呂布軍にもこちらの意図がわかってもらえたらしい。

「呂布将軍! 話がしたい!」

「随分と酔狂が過ぎるのではないか、曹操殿」

 曹操の呼びかけに、下邳南門の城門の上に呂布が姿を現す。

 相変わらず物腰柔らかく、とても古今無双の猛将とは思えない風貌である。

 その隣には美貌の軍師、陳宮も立っていた。

 曹操の真意が読めなかった呂布が同伴を求めたのだろう。

 身分を隠して同行している郭嘉などは、この状況では口を開きたくてウズウズしている事だろう。

「呂布将軍、単刀直入に言うと降伏していただきたい」

 曹操は城門の上にいる呂布に向かって言う。

「本当に単刀直入だなぁ。いつも回りくどい曹操殿らしくもない」

 呂布は苦笑い気味に言う。

「将軍の騎兵は私より一枚も二枚も上手です。天下は未だ乱れ、各地で乱が起きているのが現状であり、漢の衰退がその原因となっています。どうでしょう、将軍が騎兵を率い、私が歩兵を率いる。そうする事でこの乱世は五年から十年の内に収まり、漢はかつての強さを取り戻せると思うのですが」

「それは……」

 反論しようとする陳宮を、呂布が珍しく遮る。

「曹操殿の提案、実に魅力的で検討に値すると思う。もし俺だけで決める事が出来るのであれば、その提案を喜んで受け入れた事だろう」

 呂布の言葉に曹操も陳宮も眉を寄せる。

 陳宮は呂布が曹操の提案を本気にしているのかと疑い、曹操はこの提案を魅力的だと言う割に呂布が乗ってこない事に疑念を抱いた。

「その提案を検討する前に、俺から一つ曹操殿にお尋ねしたい事がある」

「私に答えられる事でしたら、なんなりと」

「何故軍を進められた?」

 呂布の質問に、郭嘉は小さく舌打ちする。

 その質問の先に、曹操軍にとって致命的な失策を突く答えがある事に郭嘉は気付いたのである。

「どう言う事です?」

 曹操はそれでも呂布に質問を返す。

「漢の衰退と言うのであれば、まだ幼い献帝陛下を玉座に据える事に協力した俺の責任は大きすぎるくらいに大きいだろう。もし今の提案が軍を動かす前に書状で提案されていたのであれば、俺は喜んで受け入れた。もし陛下が俺を罪人として裁くと言うのであれば、俺はこの首も差し出しただろう。だが、曹操殿。貴殿はそれらの対話より先に軍を動かし、その力を誇示する事を最初の手とした。乱世を収めようとしている事は認めるが、その乱世を望んでいるのは他でもない貴殿なのではないか?」

「降る意志は無い、と言う事ですか」

「俺は漢の将軍位を受け、陛下から徐州太守に任命していただいた。曹操殿、貴殿も漢の重臣であり陛下を奉じるのであれば一度軍を引き、来年の春に改めて漢の正式な使者としてもう一度この話を持ってきて欲しい。そうすれば俺はおそらく貴殿の望む答えを返す事が出来るはずだ」

 呂布の言葉に、曹操は返す言葉も無かった。

「綺麗事ばかりのゴタク並べてんじゃねぇぞ! この三姓家奴め!」

 突然張飛が呂布に向かって怒鳴る。

 あまりに唐突な事で、曹操はもちろん隣にいた関羽でさえ驚いて張飛を止めるのが遅れたほどだった。

「三姓家奴?」

「てめぇの姓は呂か、丁か、董か! それぞれの親を殺しておいて、何を偉そうな事を抜かすか!」

「わー、ばかばか! 何言っちゃってんの!」

 怒りに任せて怒鳴る張飛を、劉備が慌てて止めようとする。

「はっはっは、なるほど、それで三姓家奴、三つの家の奴隷と言う事か。上手い事言うじゃないか」

 張飛と違って、呂布はまったく怒りの表情を見せず、それどころか本当に楽しそうに笑っている。

「てめぇ! 何笑ってやがる! 降りてきてこの張飛と戦え!」

「あー、うそうそ! 降りてこなくていいから! この子、ちょっとアレな子だから」

 劉備が必死に手を振って呂布に対して敵意が無い事を表そうとしている。

 この張飛の予想外の行動は、郭嘉にとってはありがたかった。

 まったく予定に無い唐突な行動だった為に、全員の目が張飛と下手な言い訳をする劉備に集まってくれたおかげで、呂布が南門にいると言う合図を送る事が出来たのだ。

 これによって西側の兵を動かす事も出来る。

 こうなっては呂布の説得は難しく、力による制圧でしか徐州を得る事は出来ない。

 戦いを望む郭嘉だけでなく、漢を第一に考える荀彧でさえ呂布が言った様な事を提案する事は無かった。

 それは義兄弟同然の絆の強さを持っていたはずの張邈でさえ、陳宮の策略だったとはいえ曹操を裏切っている事が大きい。

 呂布と言う武将は世間で言われている印象と違うものの、ここにもやはり陳宮がいる。

 張邈と違う点があるとすれば、呂布が同じように裏切った場合、張邈の時の様に武力によって制圧出来ない事である。

 もし手懐ける事が出来るのであれば猛獣であればあるほど心強いものだが、それがもし敵対した場合にはその危険性は計り知れない。

 それであれば今、手負いの状態の今こそが討ち時である。

 これが春まで待って傷が癒えて、やはり降るのは止めて戦いますとなっては遅いのだ。

「呂布将軍、この先はどちらかがどちらかの足元に跪いて会う事になる。そうなってからでは遅いと言う事は分かっていますか?」

「こちらかも問う。俺が世間でどう言われているかは曹操殿も知っているだろうが、曹操殿とて他人事では無いはずだ。例え漢の為にと思ってやっている事であったとしても、その手段を問わないと言うのではればそれは私利私欲による行動と取られる。まして乱世の姦雄とまで称される曹操殿なら尚の事。今すぐ軍を退いて、対話による解決を模索するつもりは無いか?」

 呂布は劉備から必死に止められている張飛を完全に無視して、曹操に向かって言う。

「……残念です」

「本当に、な」

 曹操は呂布に背を向けて陣へ戻る。

 その際に陳宮が城の兵に弓を構えさせる動きを見せたが、呂布がそれを制する。

「曹操殿。帰りに一つ、芸を見せよう」

「ほう、呂布将軍の芸?」

 曹操が振り返った瞬間、呂布の放った矢が曹操の髷を冠ごと射抜いた。

 今の今まで呂布は弓も持っていなかったはずで、当然構える様な事もしていない。

「な、何のマネだ!」

 張飛が怒鳴るが、これには関羽や許褚も武器を手にして身構える。

「今の通り、俺はこの距離からでも曹操殿の髷を狙って射る事が出来る。それが頭や体であればさらに遠くからでも簡単に当てる事が出来るだろう。もし今日の会見が話し合い以外の目的だと分かったら、その時点で髷以外のどこかを射る事になると言っておく」

「分かりました。心して陣に戻ります」

 もし言葉だけの脅しであれば曹操は鼻で笑ったかも知れないが、実際にやってみせた後の脅しなのでその効果は十分過ぎるほどに伝わってくる。

 実際に呂布の弓の射程距離は通常の弓隊より長く正確で、威力も損なわれない。

 その呂布が狙っているとなると、西門攻めの部隊が攻め始めるより早くこちらが射抜かれる恐れもある。

 おそらく関羽や許褚であれば距離が離れれば呂布の弓の攻撃も防ぐ事は出来ただろうが、それでも決行するにはあまりに危険であり、郭嘉は西門攻めの中止の合図を出した。

「雲長さんは、今みたいな事出来る?」

 劉備が関羽に尋ねる。

「弩であればまだしも、長弓と言うのは速射には向かない構造になっている。呂布も南門を守るつもりだったはずだから手元に弓はあったのだろうが、あの速さで矢を放ち、さらに正確に髷を射ると言う事は簡単な事ではない」

 関羽はそう言うと、髭を撫でながら言う。

「それに曹操殿との問答にも聞くべき点はあった。呂布奉先。世間でどう言われていようとも、一廉ならざる武将である事は認めない訳にはいかないだろう」

 関羽と言う人物は武将としての能力の高さにも劣らないほどに気位の高い人物なのだが、それでも呂布をそう評したと言う事は関羽であっても認めない訳にはいかない実力者であると言う事である。

「ですが、あの様な脅しを使ってくると言う事は、特殊な妖術やよく似た影武者がいると言う訳ではなく、呂布本人が西門や他の門に移動して迎撃や指揮をとっていると言う事ですね」

 曹操の言葉に、郭嘉と劉備は頷く。

 もしそう言う方法を用いていたのであれば、曹操の前に呂布がいながら西門の部隊を呂布と思われる人物で迎撃した方が曹操軍に与える精神的打撃は大きかったはずなのだが、呂布は同時攻撃をさせない為の布石を打ってきたとも取れる行動だった。

「だが、何か特殊な移動方法や仕掛けでも無い限り、南門と西門を同時に守る様なマネは出来ないはずだ。陳宮の姐さんが何かやっているんだとは思うんだが……」

「んぁ? そんなモン、簡単じゃねぇか」

 悩む郭嘉に対して、張飛が不思議そうに言う。

「……ああ、確かに。軍師殿は難しく考えすぎているのではないか?」

 張飛に続いて、関羽も何かに気付いたらしくそんな事を言う。

「二人には何が起きているのかが分かったのですか?」

「おそらく。ですが、だからと言って簡単に対策出来ると言うものでも無さそうですが」

 曹操の質問に、関羽が答える。

「戦いを長引かせる事が出来れば簡単に対処出来るのですが、向こうも短期間守ればいいと言う事でこんな事をしているのでしょう」

呂布と曹操の対話シーン


演義では呂布ではなく陳宮と曹操の対話シーンで、曹操のマゲを射抜いたのも陳宮です。

これによって曹操と呂布は最後まで戦う事が決定したところなのですが、軍師の出番を奪ってまで呂布にやってもらいました。

呂布や張飛は三国志の脳筋代表みたいなところもありますが、実は随所に意外とやれば出来る子と言う描写もありますので、ちょっと誇張して書いています。


話の中で関羽も言っていますが、普通の形状の弓矢は速射にはまったく向いていません。

物凄く卓越したスキルを持っていれば出来るでしょうが、西部劇の早打ちをスナイパーライフルで行っている様なモノですので、本来の用途からかけ離れた使い方と言えます。

正史ではもちろん、演義でも呂布の弓の腕前はともかく早打ちが得意だったなどとは書かれていません。

漫画の『キングダム』ではそう言う事をやっているキャラも出てきてはいますが、ぶっちゃけ弓矢で速射って難易度の割に実用性は薄そうですし、そんな卓越したスキルの持ち主より弓手を十人くらい揃える方が早いし現実的だとも思えます。


ちなみに張飛が言った『三姓家奴』なのですが、演義では義父の丁原と董卓、貂蝉を嫁にもらった事で義父となった王允の三家を指している様なのですが、ここでは王允はあまり関係していませんので元々の姓である呂の姓を含んでいます。

張飛が考えたとは思えないほど、中々にレベルの高い挑発ではないでしょうか。

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