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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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第六話

 予想外の実力を見せた泰山の別働隊だったが、郭嘉の策が的中して泰山への封じ込めに成功した。

 これによって当初予定していたより泰山への包囲に兵力を割く必要が無くなり、より下邳攻めへ集中出来る様になった。

 だが、郭嘉には気がかりな事があった。

 呂布の動きがまったく掴めていない事である。

 呂布と言う武将は自ら積極的に戦に関わるかどうかはともかく、戦場の最前線に姿を現す事が非常に多い武将であると言えた。

 それは本人が好戦的と言う訳ではなく、戦場における指揮の時間差を減らす為と自らの猛将としての名声による士気の上昇効果を知っているからだった。

 実際にどこの戦場であっても呂布の姿を見れば、味方は奮起して敵は萎縮する。

 その効果があったからこそ、これまで呂布は少数の兵力で多数の敵と戦っても敗れる事無く、それどころか数の差をものともせずに打ち破ってきたのだ。

 が、この戦が始まってからと言うもの、その呂布の姿がまったく見えない。

 今まさに、ここでこそ兵を奮起する必要のある戦だと言うのに、である。

 また、陳宮の動きもらしくない。

 呂布と言うとっておきの戦力がある事は敵味方に分かっている以上、出し惜しみする意味はほとんどない。

 むしろ隠しておく事に意味がないと言える。

 にも関わらず、陳宮は呂布を使おうとしない。

 もちろん主従で言えば呂布が主で、陳宮は臣下である。

 その立場の陳宮が呂布をアゴで使うと言う訳にはいかないだろうが、だからと言って味方の苦戦を呂布が高みの見物と言うのも、これまでの呂布と陳宮らしからぬ行動だった。

「……呂布の身に何かあったか?」

「私もそう思っていました」

 郭嘉が小さく呟くと、荀彧も同意する。

「例えばこの丘に関しても、陳宮であれば伏兵を配していたはず。その適任は呂布のはずなのですが、呂布はここに現れなかった。それどころか、兵を動かした素振りさえ見せない。これまでの苦戦も、部下思いで情に厚い呂布が何もせずに見守っているのも不自然です」

「荀彧先生も言うくらいだから、何かあったんだろう。だが、呂布には前線に出ていてもらわないと困る」

 郭嘉は眉を寄せて言う。

 理由は簡単で、呂布の姿が見えていればそこにいると言う事なので、それ以外を攻めやすいと言う理屈である。

 呂布が姿を見せない以上、どこを攻めても呂布がいる可能性が出てくるのだから、踏み込みにくく、兵も不安を覚える為だった。

 そんな多少の利点はあるものの、それでもやはり呂布を使わずに隠し続ける事は下策だと郭嘉は思う。

 いかに呂布と言っても城の全てを一人で守れるものではない。

 そうなってからでは、呂布にどれほどの武勇があろうと、陳宮がどれだけの軍略を持っていたとしても後の祭りになってしまう。

「それを確かめる為にも、明日は俺も南門の攻略部隊に参加させてもらう」

「何を言われるか、軍師殿!」

 驚いて声を上げたのは李典だった。

「軍師殿、戦場は遊びではない。俺とて軍師殿を守れるかはわからんぞ」

 南門攻略の責任者である夏侯淵も苦い表情で言う。

「わーかってるよぉ、そんな事は。だが、それだけの価値があるんだ」

 郭嘉は手を振りながら言う。

「俺だって遊びで最前線に出たいと言っている訳ではないし、何より死にたくはない。だが、それ以上に負けたくないんだよ」

「では、何か勝つ為の策があるのだな?」

 郭嘉の言葉に、隻眼になった夏侯惇が尋ねる。

 命に関わる重傷を負いながらも最前線で戦う夏侯惇の姿は、曹操軍の士気をさらに高める存在だった。

 元々人望のある夏侯惇だったが、その人物が怪我を押して戦う姿に兵達も恐れずに戦う事が出来ている。

 指揮能力や戦闘能力では夏侯淵に一歩及ばない夏侯惇だったが、兵の士気の高さは夏侯淵だけでなく曹操軍で随一の部隊である。

「策は物凄く単純だよ。ただ単純ではあっても、簡単ではない。まず、俺が南門の攻略に参加した事を呂布軍にも分かってもらう為に、夏侯淵将軍にはわざとらしく俺を護衛する為に厚めの防御陣を敷いてもらう。陳宮にしても呂布にしても俺の事は知っているんだから、曹操軍の軍師を討つ好機を見て南門に戦力を集めて俺を討とうとするはずだ。そこで手薄になった西門を夏侯惇将軍と楽進将軍に攻めてもらう。これで陥落まで行かなくても多少の痛手を負わせる事は出来るはずだ」

「南門に戦力を集めなかったらどうするんだ?」

 と、張飛が尋ねる。

 相変わらず発言権も無いのに、自分を曹操軍の武将達と同格かそれ以上だと思っているらしい。

「その時は南門を攻めるだけの事。陳宮は冬が来るのを待っているのだろうが、向こうは少数の兵力を補充する事もままならない。消耗戦こそこちらの必勝の戦術なのだから、そこに引きずり込む。その為の餌だよ、俺は」

 郭嘉はそう言うが、そこが郭嘉と他の軍師との違いだろう。

 郭嘉は一つの戦場であったとしても勝利に対して貪欲であり、勝利の為であれば自分の命でさえも賭ける事が出来る。

 この世に軍師と呼ばれる者は少なくないが、それでも自分の策や発言に命を賭ける事が出来る者は稀であり、そこがまず一流の軍師との差であった。

 そんな一流の軍師達の中でも、自ら戦場に出てその命さえも危険に晒してまで勝利を求める軍師となると、郭嘉の他には現状では陳宮くらいしかいないだろう。

「止めても無駄なようですし、他に良い策が無い以上、奉孝の策を用いましょう。妙才、くれぐれも軍師を頼みます」

 曹操は夏侯淵に言うと、夏侯淵は渋々ではあるがそれに従う。

 先日の挑発の件だけでなく、郭嘉の自堕落な私生活にも思うところのある夏侯淵だったが、それでも郭嘉が卓越した軍師である事は認めている。

 その明晰な頭脳は今後も曹操軍にとって重要である事も分かっているので、頭では理解しているのだが完全に納得出来るものでもないらしい。

 しかし、そこは夏侯淵も大軍を預かる責任ある立場の武将である。

 自分の好き嫌いで軍略を誤る様な事はしない。

 翌日、さっそく郭嘉は夏侯淵とその部隊に護衛されながら南門攻略に参加する。

 と言っても、さすがに最前線で梯子を担いだり槍を振るっている訳ではなく夏侯淵の傍にいる事になっている。

 それは夏侯淵が軍師を守る上での条件として出したもので、それが守れないのであれば現場指揮官として軍師を前線に出す事に反対すると言った為でもあった。

 それにいくら郭嘉が勝利にこだわるからといって、戦う為の訓練を受けてきた兵の中に入っては役に立たないどころかいないほうがマシと言う事は自分でもわかっていたので、そこにまでワガママを通そうとはしない。

「でも、もうちょっと近付きたいなぁ」

 郭嘉は離れたところにある指揮所で前線の様子を見ながら呟く。

「近付いたら危険が危ないのは分かるんだけど、ここはちょっと離れすぎて前線の様子が見えないんだよ。弓の射程範囲内まで近付けとは言わないけど、射程外の近くまで行って戦場を見たいんだけど」

「あ?」

 郭嘉の主張に、夏侯淵は一言返す。

「アレ? 二重表現にツッコミ無し? まあ、いいや。ここからだと呂布も陳宮も見えないだろ? 頼むよ、将軍」

「弓の射程外だったら結局見えないだろうが」

「いやいや、俺、目は物凄く良いから遠くのものもよく見えるし」

「だったらここから見ろ」

「ここからじゃ見えないんだって。あ、そうか。怖いのか。それじゃ仕方が無い」

「あぁ?」

 夏侯淵は怒りの表情を浮かべる。

「素直に言えばいいじゃないか。大丈夫、呂布を恐れる事は恥ずかしい事じゃないから」

「ふざけるな。誰があの程度の匹夫を恐るか! ただし、流れ矢に当たっても俺は知らんからな」

 結局夏侯淵は郭嘉の誘導に流される様に、前線へ移動する。

 弓の射程範囲を探るのはさして難しい事ではない。

 放った矢は足元に残るのだから、矢が落ちていないところは射程範囲外だとアタリを付ける事は出来るので、それ以上近付かなければ良いのである。

 もちろん風向きや射手の腕前によって変わってくるのだが、それでもおおよその目安としてはそれで十分だった。

 下邳城の規模はさほど大きくないにしても城である事に違いはなく、その城門を破壊しようとするなら攻城兵器が必要になってくる。

 今回は衝車しょうしゃを使う事にしていたが、これは簡単に言えば大きな丸太に車輪をつけた攻城槌である。

 城門を破壊する為の攻城兵器なのだが、問題は城までの道が緩やかとはいえ上り坂になっている事だった。

 しかし城門は腕力だけで破壊出来る様なものではない以上、どうしてもこの様な攻城兵器が必要になってくる。

 その点では曹操軍には青州兵と言う屈強な歩兵がいるので、運搬や運用でも他の歩兵より戦力は高いと言えた。

 その歩兵を指揮している夏侯淵はもちろん、軍師である郭嘉もその戦力の高さは熟知していたし、呂布軍を甘く見ていた訳でもない。

 と言うより、目の前で起きた現象が常識の範疇を遥かに超えた事だった。

 城から飛来してくる矢は重装備の歩兵が盾で防ぎ、衝車や城壁に掛ける梯子などを運ぶ歩兵を守りながら前進していく。

 そうして少しずつ近づいていたのだが、突然衝車の車輪が打ち抜かれたり梯子が折られたり、重装備の歩兵が盾ごと貫かれるといった非常識な破壊力と命中率を誇る矢が飛来してきたのである。

「……呂布だな」

「それ以外の誰がいる」

 猛将としてだけでなく射手としても一流の実力者である夏侯淵も、これほどの矢を射る事は出来ないだろう。

 弓に関わらず飛び道具と言うものは目標物までの距離が離れれば離れるほど威力も命中率も低下していくものであり、それはどれほどの名人であっても避ける事は出来ない事象である。

 夏侯淵であれば城から衝車までの距離であっても命中させる事は出来るだろうが、一本の矢でその車輪を破壊するほどの破壊力は生み出せない。

 実は関羽や張飛も射手として非常に優れているので、あの二人であればそれだけの破壊力のある矢を放つ事は出来るかもしれないが、この距離では命中させる事は出来ないだろう。

 その両方の条件を揃えた武将が、城から矢を放ってきていると言う事だ。

「劉備の話では、以前呂布は酒に酔った状態で風もある中で百歩の距離にある槍を弓で射抜いてへし折った事があるらしいが、夏侯淵将軍には出来るか?」

「十矢試せば三矢くらい当てる事は出来るだろうが、槍を折る威力で命中させるとなると一矢出来るかどうかだろうな」

 つい先ほどまで郭嘉に苛立っていた夏侯淵だが、この状況では優れた武将としての面が強く出て来たのか、冷静に戦力を分析している。

「では、始めるとするか」

 郭嘉はそう言うと合図を送る。

 南門に呂布を引きつけておく事で、本命である西門の攻撃を援護する。

 その為にも多少の犠牲が出ても、この南門の攻撃の手を緩めるワケにはいかない。

 だが、次々と衝車や梯子を破壊されては城攻めもままならない。

 まして城から矢の雨が振る中で立ち往生では、兵士の士気に関わる。

 やむを得ず夏侯淵は壊れた攻城兵器の回収と兵の再編の為、一時的に兵を下げる事にした。

 これは夏侯淵の独断ではなく、軍師である郭嘉と相談の上での行動だった。

 郭嘉としても、西門側への時間稼ぎは十分に果たしたと判断したからである。

 十分過ぎる手応えを感じて郭嘉と夏侯淵は本陣に戻ったのだが、二人を待っていたのは西門の攻撃に失敗して撤退したと言う報告だった。

「どう言う事だ、惇兄」

 夏侯淵は信じられない報告だったので思わず詰め寄る様に夏侯惇に尋ねるが、夏侯惇の方も眉を寄せて郭嘉と夏侯淵を見る。

「どう言う事かはこちらが聞きたい。軍師の策では呂布を南門で足止めしている間に西門を攻めると言う策だったはずだな?」

「ああ、だから俺達は南門で呂布を引きつけていたはずだが」

 と答えた郭嘉だったが、夏侯惇と楽進の表情を見て事態の深刻さに気付いた。

「まさか、西門に呂布が現れたと言うのか?」

「はい、あれは間違いなく呂布でした」

 そう答えたのは楽進である。

「見間違いや他人の空似……と言う事は無い、か」

 言いながら郭嘉もその可能性が低い事は分かった。

 何しろ呂布は特徴的過ぎる。

「もし赤い巨馬に乗って方天戟を手に曹操軍の精鋭相手に僅かな騎兵で無人の野をゆく程の武勇を持つ武将が他にいれば、あるいは見間違いかもな」

「いやー、あれだけの男前を見つける方が大変だって」

 夏侯惇の例えに、劉備が笑いながら言う。

 楽しんでいる様にしか聞こえないが、これに関しては劉備の言う通りでもある。

「……一体、何がどうなっているんだ?」

 郭嘉は困惑して独り言の様に言うが、それに対して答えられる者はいなかった。

衝車


攻城兵器の一つで、本文中でも説明した通り丸太の先端を尖らせて車輪を付けた様なモノと思っておおよそ間違いないでしょう。

丸太の威力は『彼岸島』と言う漫画を読んでもらえば分かると思いますので、城の門だって打ち破れます。

では、今回の話の様に弓矢で衝車の車輪を破壊出来るのかと言えば、常識的に考えて不可能です。

弓矢どころかライフルくらい使わないと無理でしょう。

と言う事は、呂布の弓矢はスナイパーライフル級の破壊力があると言う事です。

シャレになってません。


ちなみに今回、張飛や関羽も弓の名手と書きましたが、演義でもそう書かれています。

青龍刀や蛇矛による暴力のイメージが強過ぎますが、二人共ちゃんと弓も使えます。

ちなみに劉備も弓の扱いはうまかったみたいで、この時代では弓の扱いは武人の嗜みみたいなモノだったのでしょう。

日本の戦国時代と同じですね。

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