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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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第三話

「張遼将軍、何処へ行くつもりです?」

 臧覇に呼び止められ、張遼は泰山の城から出ていこうとしていた足を止める。

「知れた事。下邳城に戻って、呂布将軍と合流する」

「それにどんな意味があるんですか?」

「意味、だと?」

 張遼はカッとなって臧覇に掴みかかる。

「主君の危機に助勢しない臣下などいるか! あの小城で曹操軍の大軍と戦うとなれば、兵力は一人でも多い方が良いに決まっているだろう! だから戻ると言っているのだ!」

「落ち着きましょう、張遼将軍。今この泰山の兵力を率いて下邳城で合流するより、今ここで出来る事の大きさを知るべきです」

「黙れ!」

 張遼は怒鳴るが、臧覇はそれに対してまったく恐れる素振りを見せない。

「張遼将軍、八健将の筆頭とはそれほど軽いものなのか?」

「何だと?」

「下邳城へと合流すると言うのは、将軍としての立場から戦術的判断によるものなのかと聞いているのですが」

 臧覇は特に態度も変えず、自らを掴む張遼に尋ねる。

「ただ感情に任せての行動であると言うのであれば、それには従えません」

 臧覇はそう言うと、張遼を睨む。

「俺だって姐さんの元に助けに駆け寄りたいさ。それで『きゃー、臧覇様、すてきー! もう好きにしてー!』とか言われたいさ」

「いや、さすがにそれは無いと思うが」

 と言うより陳宮がそんな事を言い出したりすると、それはそれで怖い。

 正直見たくない。

「だが、感情で動いても姐さんがそう言ってくれる事は無い事くらい、俺にも分かっているんですよ」

「いや、感情以外で動いてもそうは言ってくれないと思うが……」

「だからここで出来る事をやるんですよ」

「いや、何故そう言う結論に至ったのか理解出来ないんだが」

 これまで臧覇と話す機会は無かった張遼なのだが、ここまで会話が成立しない相手だとは思ってもいなかった。

 あの陳宮が一目置く、と言うより接触を避けるほどだったので相当な切れ者だと思っていたのだが、まったく方向性が違う方に切れている。

「ここで姐さんに喜んでもらうのは、今すぐ駆け寄る事では無い。まずはこの戦いを終わらせ、十分な時間をかけて口説く事の方がきっと効果がある。それは分かっているんですよ」

「それの善し悪しは俺には分からないんだが、まあそうなんだろう」

「分かってもらえましたか」

「お前の事が分からないと言う事だけは分かった」

 張遼はそう言うと、臧覇から手を離す。

「冷静さを取り戻して何より。では、これからの戦術の話が出来そうですね」

 臧覇そう言うと、張遼を城の中に戻す。

「……わざと、か?」

「熱くなっている時に正論をぶつけても、聞き入れてもらえるとは思えませんから。一度話題を逸らして冷静になってもらってからでないと、話も出来ないでしょう」

 臧覇は事も無げに言う。

「姐さんのところに助けに行きたいのは事実ですよ? でも、俺が行ったところで姐さんに喜んでもらえる訳ではないし、それどころか切り捨てられる恐れもあります」

「……俺もそう思う」

 冷静さを取り戻した張遼は、ようやく臧覇と言う男がかなり優秀である事も理解出来た。

 臧覇は一応呂布に臣下の礼をとってはいるものの、完全に独立勢力として扱われている稀有な人物である。

 陳宮が近くに置きたがらなかったと言う理由もあるにはあるが、臧覇を活かす事を考えた時、無理に手元において指示に従わせるより独自の判断に委ねた方が戦果を挙げられると、陳宮が判断した為でもある。

 魏続などは贔屓が過ぎるなどと言って反対もしたが、呂布軍からだけでなく徐州兵からも泰山には兵力を割かないので、兵力の増強も独自に行う事になっていたのだが、臧覇はそれに対しても反対もせずに受け入れていた。

 皆が敬遠する陳宮に対して好意を向けているのも非常に珍しいと言えるのだが、自らの武勇を頼みとする豪傑ではなく、相手を巧みに誘導して自分の戦い方に引き込む戦術家としての傾向が強いせいもあるだろう。

 臧覇が張遼を連れて入った部屋には、既に臧覇旗下の武将である孫観と尹礼の他、見覚えの無い少年が一人加わって待っていた。

「張遼将軍が来られたという事は、今後についての話し合いという事で良いのでしょうか?」

「俺はそのつもりだったが、違うのか?」

 尹礼の質問に、孫観も首をかしげる。

「いやいや、あってますよ。これからと言うより、今まさにどうするかと言う話です」

 臧覇の答えを待っていた尹礼が、机の上に地図を広げる。

「とは言っても、張遼将軍が率いてきた兵と合わせても山には六千程度の兵しかいないので、曹操軍の大軍に対してこれといって有効な手が打てると言う訳では無いと言うのが正直なところです」

「臧覇将軍、その子は?」

 まったく部外者の少年を加えたままごく普通に戦略の話を始める臧覇に、張遼が口を挟む。

「近所に住んでいた頭は良いが、クソ生意気なガキだ。荊州に難を逃れる為に移住するそうだが、何をどう間違ったのか山に入り込んだらしい」

 そう答えたのは臧覇ではなく孫観だった。

「……荊州とこの山ではまるで方向が違うが?」

 張遼は不思議に思って少年を見るが、少年の方は何故か笑顔である。

 年齢としては蓉と同年代の様にも見えるが、背は高いものの顔立ちは幼く見える。

「この山に気脈の乱れを感じて、ついつい入ってしまいました。この山の、この兵力こそがこの戦いにおいて戦況を左右する存在なのです」

「ほらな、生意気だ」

 見た目と違って落ち着いた口ぶりに、孫観が気に入らない様に言う。

「まぁ、態度はアレだけど言っている事は鋭いから色々と参考になると思うんだよ」

 臧覇は孫観と違って、この少年を高く評価しているらしい。

「この状況で俺達が戦況を左右すると言うが、具体的にはどう言う風に何が出来ると言うんだ? この場をただ取り繕っているだけではないのか?」

 少年の事を知らない張遼としては、ただただ胡散臭い少年でしかない。

「ご存知の通り、下邳城は地図で見るより守りに適した堅い城です」

「いや、ご存知ではないのだが、続けてくれ」

 臧覇や徐州で生まれ育った少年にとっては常識なのだろうが、張遼はそこまで詳しくは知らない。

 とは言え、ここで話の腰を折るのも悪いと思って先を促す。

「しかし、いかに呂布将軍が人知を超えた武勇を誇ったとしても、さすがに兵力が違いすぎます。呂布将軍一人が戦い続ける事が出来たとしても、呂布軍の全滅は免れないでしょう」

「それに対する策を聞いているところだが」

 改めて不吉な予想をする少年に対し、張遼は凄む様に言う。

「つまり曹操軍にとって呂布軍に勝つ為には大軍によって呂布軍に当たる事なのです。そこで、この山で敵兵の援軍を足止めしてしまう事によって動員出来ない状況にしてしまえば曹操軍は一気に苦境に立たされます」

「机上の空論だな。この山にいる兵力で曹操軍の大軍に攻められてはひとたまりも無いだろう」

「……戦わない事か」

 張遼と違って、臧覇は何か思い当たったらしく小さく呟く。

「何?」

「あえて山を包囲させる事によって、曹操軍の兵力を分散させようと言う事だな?」

「ご名答です、臧覇殿」

 臧覇の答えに、少年が頷く。

「どう言う事だ?」

 張遼だけでなく、孫観や尹礼も首を傾げている。

「曹操軍に限らず、大軍の弱点はその補給線にある。曹操軍は小沛を抑えてそこを補給基地にしているみたいだけど、最前線に輸送するにはこの山の近くを通る必要がある」

「しかし、補給物資の運搬を曹操が軽視しているとは思えない。こちらから打って出るにしても返り討ちにあうだけだろう?」

 臧覇の言う事に、孫観がすかさず反論する。

「だから、本当に当たる必要は無いんだよ。ただ物資、特に兵糧が襲われると言う不安だけで曹操軍にとっては致命的になるわけだから、当然補給部隊の警護も厳重になる。さらに泰山を包囲するとなったら、それこそ数万の兵を必要とするから、呂布将軍のところにっ全軍を差し向けると言う事は難しくなる、と言う事だろう?」

「理屈はわかるが、それでは山を封鎖と言うより警護の兵を増やした方が効果的だろう。実際に警護兵が一万もいれば我々には手が出せないのだから」

 良い手だとは張遼も思ったが、問題点は孫観が言う通りでもあった。

 曹操軍は十万を動員していると言う。

 小沛に守備兵を残し、警護にも兵を当てたとしてもまだ数万の兵力を簡単に動員する事が出来る。

 それでも呂布や高順などはどうにかするかも知れないが、他の八健将達も同じように戦えるとはとても思えない。

 中でも魏続などはその兵力差を目の当たりにしただけで、戦意喪失しかねないと張遼は思う。

「今のではせいぜい六割です」

 しかし、臧覇の策は少年の中ではまだ途中だったらしい。

「確かに今のでは警護兵を増員するだけで事足りてしまいますが、せっかくの地の利です。もっと活かす事を考えましょう」

 少年は泰山の位置を指差す。

「ここは下邳城にも小沛城にも近いと言う、絶好の場所です。しかも軍を率いれる武将が臧覇将軍、張遼将軍、孫観将軍とお三方もいる。これを利用するんです」

「俺は将軍ではないが」

「まあ、実質将軍みたいなものじゃないか。高順さんと一緒だな」

 孫観の言葉に、臧覇が笑いながら言う。

「中でも張遼将軍が武名も実績も十分で、しかもご自身の兵を多くお持ちなので下邳城の西口側と連携する様に動きます。もし曹操軍に隙があれば攻撃しても良いでしょうが、下邳城との連携を匂わせるだけで構いません。臧覇将軍は輸送隊に攻撃してもらいます。ですが、兵力差がありますので無理矢理に攻撃するのではなく、ごく僅かでも兵糧に被害を与えて狙われている事を意識させるだけで十分です。孫観将軍には兵というよりカカシを率いて、小沛城に向かってもらいます。当然攻撃するほどの余裕はありませんが、輸送の護衛を増員する場合、最前線からではなく小沛の守備兵を当てると思いますので必然的に小沛は手薄になります。泰山の兵が手薄な小沛を狙ってくるかもしれないと思わせる事が出来れば、最前線に送る兵力にも余裕が無くなります。曹操軍がこれら全てに対処しようとした場合、泰山の包囲、あるいは攻略が有効と考えるでしょう。その時はお三方と尹礼将軍で泰山の地の利を活かして防衛する事によって、下邳城への援護にもなります」

 少年の説明に、張遼も臧覇も言葉が出なかった。

 言ってしまえば、これもまだ机上の空論なのだが恐ろしく明確かつ具体的な説明はまるで未来視や千里眼でも持っているかの様で、不気味にすら感じた。

「お前、曹操の事が嫌いなのか? いやに熱心だが」

 孫観が少年に尋ねる。

「まあ、ちょっと思うところはありますよ。あんな事がなければ荊州にまで引っ越さなくて済んだワケですから」

「ああ、そう言う事か」

 張遼はそれで納得出来た。

 気脈がどうのと言うだけでこれほど綿密な策を立てる事は無いだろうと思ったのだが、この少年にはわかりやすい動機があったのだ。

「これで呂布将軍なら勝てますね」

 尹礼はそう言うが、少年は複雑な表情を浮かべる。

「そうとは限らないんですよ」

「何か不安要素があるのか?」

 どちらかといえば少年に対して否定的な印象を持っていた張遼も、この軍略の才を認めない訳にはいかなかった。

「いえ、曹操軍にとって最大の敵は呂布将軍と言う脅威より時間なんです。だから強引にでも兵を進め、下邳城攻略にかかる必要があったのです。その場合、陣を構えるならこの丘が最適である事は、音に聞こえた名参謀である陳宮殿であればわかっていたはず。その丘に伏兵を配しておけば、おそらくその時点で勝負有りだったはずなんです。それなのになんら手を打っていないのは、何か不測の事態があったのではないでしょうか」

 言われてみれば、いかにも陳宮が好みそうな手であるがすでに曹操軍が丘に陣を敷いている以上、なんら手を打っていなかったと言う事だろう。

「それ以上に心配なのが、下邳城です。一見すると守りに適した城ですが、北と東が川で守られていると言う事は、それを活かした水攻めも可能になってしまうんです。当然北側には見張りを立てるでしょうが、もしその見張りが機能しなかった場合、いかに天下無双の呂布将軍であったとしても、取り返しがつかない致命的な事態を招く事になります。陳宮軍師も警戒はしているでしょうが、誰か直接陳宮軍師に伝える事が出来ればと思わずにはいられません」

「慎重で用心深い方だから、おそらくは心配無いとは思うが」

 桁外れな軍略の才を見せた少年が心配するのであれば、いかに豪胆な張遼であっても一抹の不安を覚えずにはいられない。

「姐さんも下邳城に立て篭る事を考えた時からそれは警戒しているはずだから、見張りには誰か信用出来る八健将を置いているはず。多分、成廉将軍辺りがその任に当たっているはずで、なんやかんや言っても成廉将軍も負けたくはないはずだから上手くやるんじゃないかな」

 多少の不安はあるにせよ、臧覇も少年に対してそう言ってみせる。

「まあ、俺達も人の心配をしている場合じゃないからな」

 孫観が言う様に、少年の策が素晴らしい出来であると言っても実行する側は決して楽ではない。

 不安は残るが、下邳の呂布を援護する為にも張遼は自分に出来る事を必死になってやり抜くしか無かった。

少年の正体


あえて名前は出していませんが言うまでもなく、あの人です。

三国志だけでなく、中国史上でも五指に入る天才の軍師様です。


あの人は幼少時代は徐州で過ごしていたらしく、曹操の徐州での大虐殺以降に荊州へ避難したらしく、その時の経験が対曹操の地盤となったとされています。

演義では完全に敵視しているところもありますが、正史や後の蜀での内政の手腕を見る限りでは、結構曹操を手本としていた節もあります。

まあ、この場合曹操と言うより陳羣なのかもしれませんけど。


まあ完全にフィクションですので、細かい事は気にせず今回のみのスペシャルゲストだと思ってください。

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