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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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何を望み何を求め何を得て、そして何を失ったのか 第一話

第三話 何を望み何を求め何を得て、そして何を失ったのか


 呂布軍が下邳城に入った時、すでに率いている兵は五千程度にまで減っていた。

 原因はいくつかあるが、率いていた兵の大半は徐州の兵だった事もあり、同郷の者同士が戦う事への配慮でもあった。

 これは呂布が言い出した事だったのだが、郝萌や宋憲などはこれから曹操との戦いで兵が一人でも多く必要な時だと言う事で反対したのだが、不思議な事に陳宮は反対しなかった。

「確かに兵は多いに越した事はありませんが、養えない兵は抱える事の方が問題も多くなりますので」

 と言うのが陳宮の言い分だった。

「陳宮、将軍のご家族は無事なのだろうな」

 高順は兵の多寡より、先にここへ来ているはずの呂布の家族が気になっている様だった。

「それに関しては、私より……」

「将軍! ご無事でしたか!」

 入城した呂布達の元へ、侯成と魏続がやって来る。

「申し訳ございません。徐州城を失う事に……」

「父ちゃん!」

 侯成が謝罪しようとしているところに、蓉が走ってくる。

「蓉! 無事だったか!」

 呂布は赤兎馬から降りて、蓉を抱き上げる。

「侯成、よく家族を守ってくれた」

「恐れ多い事です。俺は魏続将軍を補佐出来ず、徐州城を失ってしまいました」

 侯成は謙虚に言う。

「案ずるな。曹操の策を見抜けなかった俺の落ち度だ。魏続も、すまなかったな」

「い、いや、俺は何も」

 完全に乗り損なっていた魏続も、急に話を向けられて驚いて頭を下げる。

 本来であれば補佐の侯成より先に、魏続が呂布の前で頭を下げて事情を説明するべきだったのだが、実際の事情は侯成の方が詳しいのでこういう形になっていた。

 家族の無事を知った呂布は兵に休息を与え、武将達を城内に集めて今後の対策を話し合う事にする。

「陳宮軍師にどれほどの智謀があれど、この小城では曹操軍の大軍は防げません。残念ですが降伏するしか道は残されていないでしょう」

 陳宮に反対したいと言うより、単純に思考が悲観的な宋憲が切り出す。

「確かにこの城は北方に対する城であり、南側より敵が来る事を想定された城ではない。守るに適したとは言えないだろう」

 すぐに郝萌が同調する。

「……ここまでの道中、何を見てきたのだ?」

 そんな二人に陳宮は呆れ気味に言う。

「城の規模は大きくはないが、これほど守るに適した城は他に無い。私が徐州城を捨ててこの城に入ったのは、この城であれば十万の大軍でさえ防ぐ事が出来ると判断したからだ」

 陳宮はそういうと地図を広げる。

「言うまでもなく、北と東は泗水しすい沂水ぎすいという二つの川によって天然の壕があり、敵は渡河しない限り城へは弓を射る事さえ出来ない」

「それは言われるまでもない。問題は南からの手ではないか!」

 これまでまったく良いところが無い自覚があるのか、魏続も否定派として陳宮に噛み付く。

「もう一度尋ねるが、道中何を見てきたのだ?」

 陳宮は呆れながら言う。

「口で説明するより、実際に見た方が早いか。皆、ついて来い」

 陳宮はそういうと部屋を出る。

 呂布達は陳宮の後に続いて、城楼へ登る。

「見よ。南側よりこの城へ攻め込むにしても、緩やかとは言え上り坂になっている。大通りで兵を展開させやすい反面遮蔽物も少なく、高地のこちらの矢は向こうにとってどうしようもないほどの脅威となる」

 陳宮が言う様に、南の大通りから下邳城へは緩やかではあるものの上り坂であり、攻城兵器を運搬するには多少労力が嵩む。

 また大軍を展開しやすくとも矢の雨にさらされては被害が大きくなるだけである。

「西も同様だ。道幅は狭く、さらに南側よりはっきりと分かる傾斜になっている。おそらく逃走しやすいようにと言う配慮からだろうが、これによって南側も西側も充分に迎撃する事も可能だと言う事が分かっただろう」

 確かにこれなら戦えそうだ、と呂布は考えたが否定派はまだ納得いかない様子だった。

「それだけでなく、この城の近辺にはこの城より高地は北側にしかなく、かなり離れたところでなければこの城より高地を確保する事は難しい。地の利だけでいってもこれだけの条件が揃っているが、それだけではない」

 陳宮はそう言うと南西を指差す。

「比較的近いところで陣を敷くとすればあの丘しかなく、伏兵を配置すれば曹操軍に一方的な打撃を与える事が出来る。曹操軍に時間が無い事は何も変わっていないのだから、多少強引にでも進軍してきて陣を敷く事だろう。その疲弊した曹操軍を徹底的に叩く事によって、この小城でも大軍を防ぐ事が出来る。何か質問は?」

 陳宮の徹底した戦術論に、否定派の魏続はもちろん郝萌も宋憲も反論出来なくなった。

「その伏兵には誰を当てる?」

 高順が切り出すと、陳宮はすぐに呂布の方を見る。

「ここは呂布将軍しか適任者はいないでしょう。古今無双の武勇と赤兎馬の機動力をもってすれば、曹操軍の陣を切り裂く事も出来ましょう」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 誰もが納得する人選だと思ったのだが、意外な事に侯成が待ったをかける。

「どうした? 何か不満か?」

 陳宮としても不思議に思ったらしく、侯成に尋ねる。

「不満ではないんですけど、呂布将軍には城に残ってもらった方が」

「理由を聞いているのだ」

 陳宮は冷たい目を侯成に向ける。

「奥方様の健康状態が心配です。将軍には是非奥方様のお側にいていただきたいと思いまして」

「何? 厳氏が?」

 呂布は驚いて言う。

「はい。徐州城から出る時にも顔色が悪く、今も自室でお休みいただいているところです」

 侯成の言葉に、ふと呂布は思いたる事があった。

 確かに先ほど蓉がやって来たが、いつもなら一緒に出迎えるはずの厳氏はいなかった。

 あの時の話から厳氏も当然無事だと判断して蓉を部屋に戻し、兵士達に休息を与える事を指示したが、呂布自身が厳氏に会って確認した訳ではない。

「厳氏の様態は?」

「将軍、今は天下の大計について話しているのです。奥方とはいえ女一人にかまけている時ではありません」

 陳宮の言葉はどこまでも冷たい。

「おい」

 高順が陳宮の胸ぐらを掴む。

「主君の家族の事を一臣下が口出しするか。いくら軍師とは言え、出過ぎた事ではないか」

「天下国家の前に私事など些事に等しい事。それを正す事が軍師の役割だ」

 陳宮はまったく高順を恐れる様子も無く言い放つ。

「陳宮の言い分はもっともだと思うが、一度妻の様子を見てくる」

 呂布はそう言うと、別行動を取ろうとする。

「お待ち下さい、将軍!」

「見てくるだけだ。もし何事もないと分かれば、すぐに軍師殿に従う」

 呂布は早口で言うと、陳宮から呼び止められるより早く城楼を降り家族の元へ走った。

 おおよそではあるが、どの部屋かは分かっている。

「厳氏!」

 呂布が急いで部屋に入ると、厳氏と蓉は驚いて呂布の方を見る。

「将軍?」

「とーちゃん、どうした?」

 二人は呂布の慌てぶりに驚いた様だったが、呂布としても聞いていた話と違って驚いていた。

 至って普通である。

 確かに厳氏の顔色は悪そうに見えるが、それでもいつも通りの振る舞いに見える。

「あ、いや、ただいま。皆、大丈夫そうだな」

「ええ、大丈夫ですよ? あ!」

 厳氏がふと気付いた様に声を挙げる。

「すみません、将軍。お迎えもせずに」

「ああ、それは良いんだ。厳氏達が無事であれば、それで充分だ」

「母上、具合が悪かったみたいで」

「今は大丈夫よ」

 厳氏は心配そうに言う蓉に向かって、優しく微笑んで見せる。

 確かに問題無さそうだった。

 侯成が大袈裟に言っただけかもしれないが、侯成としては主君の奥方の体調が優れないと言うのは大事だったのだろう。

「俺のせいで苦労をかけて、本当にすまないな」

「苦労だなんて、とんでもない」

 呂布が申し訳なさそうに言うと、厳氏は首を振る。

「むしろ私がお役に立てる事が無くて、本当に申し訳なく思っているところです。私に陳宮殿の様な智謀があれば、将軍のお役に立てたでしょうに」

「大丈夫よ、母上。私が母上の分まで頑張るから」

 蓉が胸を張って言う。

「はっはっは、頼もしい限りだ」

 呂布は蓉の頭を撫でて笑う。

「俺はまたすぐに曹操軍との戦いの為に出る事になるが、留守は陳宮殿と高順に任せてあるから大丈夫だ」

「とーちゃん、その二人で大丈夫?」

 蓉は不安そうに尋ねる。

「ん? どう言う事だ?」

「だって、あの二人。すっごく仲悪そうだし、喧嘩したりしない? とーちゃんがいないと、物凄く揉めそうなんだけど」

 蓉にまで言われるとはよほどであるが、確かにそれは無視出来ない。

 つい先ほどもつかみ合いになっていた。

 ああ見えて高順はわきまえているところはあるし、陳宮も口と態度は改めるべきところは多々あるものの、良いと悪いの区別はついている。

 まして陳宮は天下の為であれば私事は些事だと言い放ったのだから、不仲であるとは言えそれだけで高順と不必要に揉めたりはしないだろう。

 と、思いはするのだが、陳宮に対する不満を持っているのは高順だけではなく、郝萌や徐州に入ってからこき使われている宋憲、気位の高い魏続なども陳宮に対しては強い不満を持っているのは知っている。

 これまでは陳宮擁護派として張遼と曹性が、最近では中立の立場として侯成と成廉がいたので勢力は拮抗していると言えたのだが、曹性はすでに亡く張遼も泰山に入った後こちらに合流出来ていない。

 もし高順と陳宮が本格的に争う様な事になった場合、陳宮は完全に孤立する事になってしまう。

 天下に名だたる参謀である陳宮がその様な事になるとは思えないが、その不安を抱えて呂布がこの城から離れると言うのは蓉でなくても危険だと思うだろう。

「……そうだな、少し陳宮殿と高順に話す必要があるか」

「とーちゃん、陳宮は信用出来るの?」

 蓉は眉を寄せて尋ねる。

「ん? どうしたんだ?」

「だって、全然上手く行ってないよ? 袁術との事もそうだし、徐州城だって取られたし、高順達じゃなくても信用出来ないって思うよ」

 蓉にまでそう思われているのは、軍師としてかなり重症なのではないだろうか。

「父さんは陳宮殿を信用出来ると思っているよ。確かに人に対する気遣いは下手かもしれないけど、誰よりも真面目で一生懸命だ」

「ええ、私もそう思っています」

 呂布だけでなく、厳氏もそう言って頷く。

「母上がそう言うのであれば、私も従いますけど」

 蓉は渋々と言うのが見ただけで分かる表情で頷く。

 と言うより、母の言葉には従うのか。

 そこは少なからず衝撃を受けたが、考えてみると呂布は娘と過ごした時間はそこまで長くない。

 長安ではしばらく閑職に回された時に一緒にいたが、長安を追われてからここまで家族で過ごす時間をほとんど取れなかったのだから仕方が無いのかもしれない。

 色々と思うところはあるが、今は優先する事が別にある。

 呂布は無理矢理そう考える様にした。

「では、行ってくる」

「はい。吉報を……」

 笑顔を浮かべて送り出そうとする厳氏だったが、その体が僅かに揺れる。

 呂布は不思議に思って厳氏の方を見ると、厳氏はその先の言葉を続ける事は出来ずそのまま力を無くしてその場に崩れ落ちようとする。

「香!」

 呂布はすぐに駆け寄り、厳氏を抱きとめる。

「香! しっかりしろ!」

 呂布は厳氏に呼びかけるが、厳氏の呼吸は浅く呼びかけに応じる様子も無い。

「母上!」

「医者だ! 誰か、誰かいないか!」

 呂布は大声で人を呼ぶ。

 まさに今の今まで日常だったはずなのだが、そのわずかな幸福は一瞬にして崩れ去っていた。

信用の無い陳宮


今回作中で蓉が陳宮と高順の不仲の事に触れていますが、これは本来であれば呂布の妻である厳氏のセリフです。演義では貂蝉である場合が多いです。

陳宮と高順の不仲の溝は深く、前に郝萌が謀反を企てた話がありましたが正史でもその時くらいから高順と陳宮は不仲です。

ただ、本来武の要とも言える高順なのですが正史では妙に呂布から疎まれている様にも見えますし、陳宮も正史にしても演義にしても重く用いられていた様には見えません。

ぶっちゃけこの二人不仲でも、そんな問題無くね? とさえ思えるくらいです。


とは言え、張遼以外の層が極端に薄い呂布軍にあって高順と陳宮の代わりが務まる武将と言うのもいなかったのも問題が大きくなった原因でしょう。

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