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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代
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第四話

「どうした? 何があった?」

 呂布は困惑しながら尋ねた。

 当初の予定では小沛近辺での野戦を予想していたので、呂布達はそこへ向かっていたところだったのだが、その途中で敗走してくる高順と成廉の部隊と出会ったのである。

「申し訳ございません。小沛を失いました」

 成廉と高順は呂布の前に跪き、成廉が呂布に謝罪する。

 二人とも命からがら逃げ延びたと言うのが見た瞬間に分かるほど酷い状態だったが、五千ほどはいた小沛の守備隊も数百程度にまで減ってしまっている。

 そして、曹性の姿が見当たらない事も呂布にとって気がかりだった。

「小沛を失ったと言ったな。詳しく聴かせるがいい」

 呂布の横に付き従う陳宮が、二人に尋ねる。

「陳宮、二人はここまで戦ったのだ。厳しい罰は……」

「罰則を与えるつもりはありません。私は成廉達であれば曹操の先鋒軍を足止めするには充分な実力を備えていると思っていました。それがここまで惨敗するという事は、曹操軍は私の想像を超えた何かを行ったと言う事です。それを知らなければ、私たちは今以上の窮地に陥ります」

 陳宮の事なので軍法に乗っ取り処断すると言い出しそうだったのを呂布は不安に覚えたが、さすがに陳宮はそこまで凝り固まった考えでは無かったらしい。

 また陳宮は一度口にした事を違えるのは好きではないので、罰則を与えないと明言した以上、敗戦の責を改めて負わされる事は無さそうと言う事もあって成廉は口を開く。

 まず成廉達は小沛に留まって篭城戦を試みる事をよしとせず、小沛から出て野戦を挑む事にした。

 郝萌はそれこそが軽挙だと言って来たが、陳宮はそれに対して口を挟む様な事はしない。

 それは計画通りだったからでもあるが、問題になっているのはその後の事だ。

 前もって得ていた情報通りに、曹操軍の先鋒は夏侯惇であり成廉は自らを囮として、高順、曹性、臧覇の伏兵を持って夏侯惇の足止めを狙った。

 そして、狙い通り夏侯惇の足止めには成功したのだが、それこそが夏侯惇の、ひいては曹操軍の狙いだった。

 夏侯惇の一隊で小沛の伏兵を全て集め、後続の夏侯淵率いる主力部隊が足止めされた夏侯惇の救援をせずに小沛を急襲。

 成廉は夏侯淵軍と戦ったが、多勢に無勢。

 夏侯惇の足止めを行っていた高順と曹性も数で勝る夏侯惇軍に敗れる結果となり、曹性はその時に夏侯惇に討ち取られる事になった。

 それらの事を成廉も高順も、包み隠さず全てを報告する。

「曹性は夏侯惇の右目を射抜いて重傷を負わせたのですが、夏侯惇はその矢を引き抜き、矢についてきた眼球を自ら飲み込んで兵の士気を高め、その狂気によって曹性を討ちました」

 それまで敗戦の事をあげつらっていた郝萌も、高順のその報告を聞いた時には息を飲んで言葉を失っていた。

 陳宮も眉を寄せているが、それは夏侯惇の狂気によるものでは無かった。

「陳宮?」

 陳宮の様子がおかしい事に気付いた呂布は、陳宮に声をかける。

「……おかしい」

 陳宮は小さく呟く。

「何がおかしい?」

「曹操の仕掛けです。一見理にかなっている様に見えなくもないですが、この策は最初から夏侯惇を捨ててでも小沛を取る策。結果的に夏侯惇は生き延びる事が出来た様ですが、最初から死兵として使われています。何故そこまで勝ちを焦ったのでしょうか」

 曹操軍は先鋒ですでに五万と言う大軍であり、小沛を落とす事だけで見てもここまで強引な手で来なくても落とすだけならば可能なはずだった。

 もちろん、陳宮の狙いもそこだったのだが。

 陳宮の予想では、成廉達の狙いは悪くなかった。

 実際に陳宮でも同じ策を取って曹操軍を遅らせながら小沛に入り、曹操軍が小沛を包囲しようとしたところを呂布の騎兵によって寸断する事を狙っていたのである。

 もし曹操軍がその策を読んでいたとするのであれば、夏侯惇を失ってでも小沛を取ると言う様な危険な策ではなく、小沛を包囲する様に見せて援軍で来るはずの呂布に対して伏兵で打撃を与えてくるはずなのだ。

 その策ではなく、名将一人とその一軍までも犠牲にしてまで小沛と言う城を陥落させる事を急いだ理由。

 それこそが曹操軍の最大の狙いであり、徐州攻略の要所でもあり急所でもあるのだ。

「曹操がそこまで勝ちを焦る理由と言うのも、それだけ我らの事を恐れていると言う事ではないのか?」

 郝萌が陳宮に向かっていう。

 これまで人間味が薄く事務的な事が多かった郝萌だが、久しぶりの出兵のせいか何かと主張して陳宮に向かって反抗しようとしている様に見える。

 元々郝萌は袁術軍の武将だった事もあり、本来であれば将軍位で言えば呂布と同格くらいのところを八健将に並べられているので、何らかの形で差別化を狙っているのかもしれない。

「我らを恐れている事は間違いない事で、それ故に大軍を率いて侵攻してきているのだ。しかし、それとこの策は別物だ」

 郝萌の主張を、陳宮は退ける。

 先鋒隊の総大将を夏侯惇として、それによって伏兵を集めると言う策とその人選には陳宮も納得できる。

 夏侯惇は以前、呂布軍によって捕らえられ人質にされた事がある。

 その雪辱の機会が与えられたと考えるのは自然な事であり、またその雪辱によって士気が高まる事も簡単に予想出来る。

 その優秀さも広く知られるところであり、伏兵を集める効果も充分に見込める事も陳宮は理解している。

 が、その名将の命と小沛の一城では釣り合わない。

 それでも曹操軍は、夏侯惇の命を危険に晒してまで、いや、危険に晒すどころか切り捨ててまで小沛を取りに来た。

 それはつまり小沛さえ落とせば、徐州攻略は完成するという事なのだと陳宮は予測するが、そこから曹操軍が勝ちを確信出来る理由が分からない。

 何か見落としがあるのだ、と陳宮は思う。

 或いは、何か思い違いをしている。

 おそらくは郭嘉、荀彧が徐州攻略の軍師であり、あの二人であれば夏侯惇を捨ててでもそれ以上の利があるからこそ実行してきたのだ。

「軍師、事態が事態だ。当初の戦術にこだわろうにも、このままでは戦う事もままならない。ここは計画を繰り上げて徐州城で篭城するしか無いだろう」

 思索に陥っている陳宮に、呂布は遠慮がちに声をかける。

「そうですね」

 陳宮は上の空でそう答えたが、その時天啓じみたものによって曹操軍の狙いが分かった。

「そうか、しまった!」

「どうした?」

 突然陳宮が叫ぶ様に声を上げたので、呂布は驚いて尋ねる。

「急ぎ徐州城へ戻りましょう! 侮っているつもりは無かったのですが、やはり曹操と軍師達は傑物揃い。恐ろしい手を狙っています! 徐州城への帰路の途中、説明します!」

「あ、ああ、分かった」

 突然の剣幕に呂布は気圧されしながら、全軍に徐州城への撤退を命じる。

 出てきてすぐに撤退なので兵達は多少困惑した様に見えたが、それでも兵達の呂布や陳宮への信頼は充分なものであったので行動は早かった。

「曹操の狙いは小沛などではありませんでした」

 陳宮は呂布に向かって説明を始める。

「私の策では成廉達は曹操軍に対する遅滞戦によって多少曹操の足を止めながら小沛に入り、小沛を拠点に守りの戦になるはずでした。我々は徐州城、小沛、臧覇の泰山という三つの拠点を利用して転戦し、冬まで粘って時間切れを狙うつもりでした」

「ああ、そう説明を受けた。見事な策だと思ったが、何か落ち度があったのか?」

「私の見落としでした。コレには致命的な弱点が一つあったのです」

 陳宮は悔しげに言う。

「弱点? 俺の目にはそんなモノは入ってこなかったが」

「配置です」

 陳宮が言うには、この策は三ヶ所の拠点を活用する事によって呂布軍の出処を分からなくする事が肝要である。

 それだけに曹操軍は、何時何処から来るか分からない呂布軍の急襲に備えねばならず、その為には軍を広く配置するか、小さく硬く固めるしかなく、そうすると徐州城までの進軍速度は大幅に落とさなければならなくなる。

「しかし、それこそが最大の弱点だったのです」

 と陳宮は言うのだが、呂布には何の事かも分からない。

「この策では我々転戦の為に外に出続け、その都度拠点によって補給と休息を取る予定にしていました。それはつまり、本拠点であるい徐州城を空けると言う事。もし曹操軍に対する内応者が現れた場合、徐州城を簡単に入手する事が出来るのです。徐州城は堅牢な城。仮に弱小な徐州兵五千の兵でも我々を相手に半月は守る事は出来ましょう。そこまで守れれば小沛を押さえた曹操軍がこちらの背後から大軍で襲いかかってきます」

「内応者、か。しかし、魏続や侯成が曹操に寝返るか?」

「おそらく、その二人ではありません」

 魏続と侯成では、兵が動かない。

 陳宮は策の弱点を見落としたと言っていたが、その事に対しての警戒は常に行っていた事を呂布は知っている。

 曹操であれば必ず内通者を作ろうとすると警戒していた陳宮なので、徐州の重臣達と曹操の接触を極端に抑えてきた。

 袁術討伐軍の連合軍の時にさえ、呂布と直属のモノを動かし徐州軍はその中に入れていない。

「では誰が?」

「……実際に誰かは分かりませんが、徐州城を押さえるのであれば必ず必要になる人物は分かります」

「……陳登、か?」

「その通り」

 全体的に閑職に回されている徐州の臣下であり陳登もその例に漏れないのだが、その中でも彼は軍部にはっきりと立場を確立している数少ない人物の一人である。

 一見すると文官の陳登だが、その戦歴は長く黄巾の乱の頃から徐州軍の一軍を任されていた武将であり、徐州兵の中でもその信望は厚い。

 その父、陳珪も重臣の一人であり、その言葉は徐州の誰であっても無視する事は出来ない人物でもある。

 また、元々富豪の生まれであり、城内に限らず徐州内部において最有力の一族である事も大きい。

「だが、それこそ陳登が内応と言っても、それは不義による私欲の行為と取られるのではないか? どのように曹操と内応を取り付けたと?」

「最近の事では無いでしょう。曹操が徐州侵攻を明言する以前、例えば袁術討伐の連合軍として参戦した時、我が軍に間者が紛れ込んでいたのであれば、それまで完全に防げていたかと言われると完璧にとは言えません。それより以前となれば、尚の事です」

「実際に寝返ったと思うか?」

「半々、いやそれより悪いでしょう。七三、あるいは八二で寝返っていると予想されます」

 その背中を押したのが、防衛拠点である小沛を苦戦する様子も見せずに陥落させる事だったと、今なら陳宮にも分かる。

 呂布だけでなく、呂布軍は勇猛果敢で戦に強いと言うのが一般的な印象であったが、だからこそ防衛隊が何も出来ずに敗れたと言う実績と風聞が必要だった。

 そして、それが実際に起きた時、徐州城内では曹操に加担すべしと言う意見が主流になるのを、曹操軍は狙っていたのである。

 もし陳登が踏みとどまれば問題ないが、陳登が加担した場合は留守を任せた魏続や侯成では陳登を止める事は出来ない。

 それは武勇の差ではなく、従う兵数の問題である。

 八健将に名を連ねると言っても魏続と侯成は若く実績にも乏しいのに対し、陳登は長く徐州兵を率いて戦ってきた人物である。

 呂布直属の兵であればともかく、留守に残した徐州兵であれば魏続や侯成ではなく陳登に従うだろう。

 陳宮の恐れていた事は的中していたらしく、呂布が戻っても徐州城の城門は堅く閉ざされて開く様子も無い。

「城門を開けよ! 呂布将軍のお戻りだ!」

 高順が叫ぶと、城楼から徐州兵の中でも兵長格の男が顔を出す。

「敗軍の将に帰るところなど無いわ! どこにでも逃げ回るが良い!」

「あぁ? 城にこもってるからって、ナメてるんじゃねぇぞ!」

 兵長の言葉に、成廉がカッとなって怒鳴りつける。

「はっはっは! 負け犬の遠吠えとは、まさにこの事! 魏続、侯成らも尻尾を巻いて城から逃げ出したぞ! 主が主なら、部下も部下だな!」

 高笑いする兵長の頬を掠め、呂布の矢が兵長の後ろの柱に突き刺さる。

 とても弓が届く距離ではなく、しかも下から射たとは思えない威力であった。

「お前の手柄では無いだろう」

 静かながらよく通る声で、呂布は城楼の上から嘲笑う兵長を諭す。

 それだけで兵長は黙り込んでしまった。

「厳氏と蓉はどこだ」

 呂布は次の矢を構え、兵長に尋ねる。

「……そ、その二人なら……」

 兵長は一度言葉を切り、喉を鳴らして気を取り直す。

「魏続と侯成が攫っていったぞ! 急いで探さなければ、どの様な陵辱を受けている事やら。お美しいからなぁ、二人共」

 兵長は下卑た大笑いで呂布軍を煽る。

「皆殺しにするぞ」

「お待ち下さい、将軍」

 呂布が下知しようとしたところに、陳宮が割って入る。

「いかに将軍の武勇があっても、この城を落とすのは数日はかかります。そうなっては曹操軍に背後を襲われます。それだけでなく、我々の率いる兵の大半は徐州の兵。同士討ちと思うのであればまだしも、この兵達まで反乱を起こしてはこちらが不利です」

「ではどうする?」

 呂布は陳宮ではなく、矢を構えたまま城楼でのたまう兵長を狙ったまま尋ねる。

「あの男が下品極まる挑発を繰り返すのも、我らをここに釘付けにする事が目的。陳登も陳珪も出てこないのは、あの二人が説得しなければならないほど徐州城内も混乱している事の証。魏続と侯成が奥方と姫君を攫ったと語ったのも、徐州兵達が奥方達を捉える前に侯成達が無事に城外へ逃げたと言う事。どうなっているかを把握していないのは、徐州の者達にもどこに逃げたか分からないと言っているようなもの。間違いなくご家族は無事です」

「断言出来るのか?」

「この首に賭けて。最悪の事態に備えて侯成に秘中の秘を授けておきました。侯成はそれに従って行動し、それを成し遂げたと言う事です。であれば、どこへ行ったのかは分かります」

「そうか。では軍師を信じよう」

 そう言うと、呂布は無造作に矢を放って徐州城に背を向ける。

「移動しよう。軍師殿、案内を頼む」

「御意」

 無造作に放った矢だったが、兵長の額を射抜いて柱に縫い付けたのを見た後、陳宮は呂布軍を案内する形で徐州城から離れる事にした。

暗躍する人達


清廉潔白っぽいイメージのある荀彧ですが、わりと黒い事もやっている人です。

郭嘉や程昱、賈詡と言った策士の印象の強い人達が魏に多いと言う事もあって荀彧と荀攸にはあまり無いかもしれませんが、当然の事ながら軍師の仕事は綺麗事では済まされません。

日本の戦国時代で言えば、荀彧が竹中半兵衛、郭嘉が黒田官兵衛と言ったイメージでしょうか。

三国志では長生きの順序が逆ですけど。


そんな清廉なイメージの荀彧ですが、特に徐州を巡る攻防では黒い事を色々とやっています。

演義で言うところの『二虎競食の計』や『駆虎呑狼の計』などは荀彧の発案です。


もちろん荀彧だけでなく、この頃は陳宮やら陳登やらも人目につかないところで色々とやっていたでしょう。

特に陳登はキャラの存在感が薄い分、語られていない黒い部分が多いのではないでしょうか。

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