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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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第三話

 小沛軍敗退と小沛陥落の報は、すぐに徐州城にも届けられた。

「侯成君、大丈夫なんでしょうか?」

「心配はいりません、奥方様。呂布将軍が敗れた訳ではなく、将軍は今小沛の兵を集めて再編しているところです。まだまだこれからですよ」

 呂布の妻である厳氏に相談され、侯成は明るく答える。

「それより奥方様、顔色が優れないみたいなのですが、体調は大丈夫ですか?」

「ええ、それは大丈夫。……だと思いますけど」

 厳氏は一見すると極端に冷たい美女に見えるのだが、実際には非常に朗らかな人物である事は呂布軍では誰もが知っている事である。

 意外と表情も豊かで田舎育ちの割に色白なのだが、今日はいつもより青白く見える。

「俺は一先ず魏続将軍と今後の対応を話してきますが、奥方様と姫様には例の件を。必要無いかも知れませんけど、あくまでも念のために」

「ええ、分かりました。蓉を大人しくさせるのが一番大変そうですけど」

「ですね」

 苦笑いする厳氏に、侯成も笑う。

 侯成より厳氏の方が年上で呂布の妻と言う立場でもあるのだが、どこまでも腰が低いので侯成としても身辺警護のやり甲斐はある。

「ところで、その姫様はどこに?」

「あら? さっきまでいたはずなのですけど」

「ちょっと探してきましょうか?」

「侯成!」

 侯成が探しに行こうとしたところ、蓉が数人の女官と共に甲冑姿で槍を手に現れた。

「……姫様?」

「戦でしょ? やってやるわ!」

「いや、戦ですけど、まだ姫様の手を煩わせる様な事態ではありませんので」

 やる気になっている蓉に、侯成は優しく言う。

 蓉は不満そうだったが、蓉に付き合わされている女官達はあからさまに安堵している。

 おそらく蓉から戦に出る様な話をされたのだろう。

 確かに蓉の武勇は少女のソレではなく並の武将をはるかに上回るものだが、だからと言って弓であればともかく、槍を合わせさせる訳にはいかない。

 実際の戦場では一対一での武勇などほぼ役に立たず、多数で小数の相手を叩きのめす事が基本である。

 いかに歳と見た目からは想像もつかない武勇を身に付けているとは言え、蓉は訓練でのみ武勇を高めてきただけで、実際の戦場を知らない。

 まぁ、実際の戦場を知っていたところで、戦場に立たせる訳にはいかないのだが。

「私だって戦えるわよ! ねぇ?」

「え?」

 急に話を振られて、女官の方が困っている。

「いざとなったら姫様の力を借りる事になりますので、それまで姫様は秘密兵器と言う事で、その存在を知られない様にしないと」

 侯成が説明すると、蓉はきょとんとした表情になり、そこから徐々に表情を綻ばせる。

「ふっふっふ、なるほど。秘密兵器ね、ふっふっふ」

 何かが蓉の琴線に触れたらしく、凄く嬉しそうに笑っている。

 陳宮に知られると本気で怒られそうなのだが、このままでは本当に蓉は槍を手に女官を引き連れて前線に立とうとするので、一先ず大人しくさせる事を優先する。

「では、奥方様。よろしくお願いします」

「ええ、分かりました」

「ん? 何? 何か企んでるの?」

 また蓉が興味を示す。

「いざと言う時には姫様が奥方様を守って下さい、と言う話ですよ」

「うむ、ならばその期待に応えよう」

 何故か得意げに蓉は胸を張る。

 最近蓉の扱い方が分かってきた気もするが、両親のどちらに似たのか蓉は気分屋で感情の起伏が激しいので、今日上手くいったからといって明日も同じで大丈夫とは限らない。

 侯成は呂布の家族を女官達に任せると、魏続のところに向かう。

 とりあえず何かあったらすぐに知らせる様に言って来たが、正直なところ何か言われても侯成にはどうする事も出来ない。

 そう思いもしたのだが、その事を女官に伝えたところで混乱と不安を招くだけなので、侯成は心の中で詫びながら移動する。

「侯成! こんな大事な時に、どこに行っていたのだ!」

 どうやら魏続も侯成を探していたらしく、出会っていきなり怒鳴られた。

「将軍のご家族のところに行っていました。今のところ、特に大きな混乱も無くご無事のご様子。魏続将軍は、俺に何か御用だったので?」

「用? あ、いや、も、もちろん今後の対応策についてだ。留守を任されている立場なのだ、当然だろう」

 中々の混乱ぶりを見せた魏続だったが、侯成が落ち着いているのを見て冷静さを取り戻したらしく、いつも通り態度が大きくなる。

 実際には侯成も落ち着いていると言える状態でも状況でも無かったのだが、必要以上に混乱して慌てていた魏続を見て、先に冷静さを取り戻す事が出来たと言うだけでもあった。

「で、侯成。どうしたらいい?」

 と、さっそく魏続が尋ねてくる。

 そこまで丸投げですか、と言いそうになるのをかろうじてこらえる事が出来た。

「小沛の部隊が敗れたとは言え、呂布将軍が負けた訳ではありません。おそらく呂布将軍と陳宮軍師は無理な戦いを避け、徐州で篭城すると思われます。今すぐ徐州軍を集めて呂布将軍達を迎えましょう」

「ああ、そう、そうだな。うむ、俺もそうするべきだと考えていたところだ」

 薄々感じていたと言うより、出来る限り目を向けない様にしてきた侯成なのだが、口から出る事ほど魏続は頼りにならない。

 段々腹が立ってくるところなのだが、今ここで魏続に怒鳴りつけたところで何ら事態は変わらない。

「侯成将軍、お待ちを」

 すぐにでも行動しようとした侯成と魏続だったのだが、それを呼び止める者がいた。

 陳宮直属の部下で、元虎豹騎でもあった人物である。

「どうしたんですか?」

 立場は侯成の方が上なのだが、異様な雰囲気と迫力のある人物なので自然と敬語になってしまう。

「徐州軍に謀反の動きがあります」

「謀反だと?」

 魏続が驚きの声を上げる。

「小沛軍敗退の報が入ってから、陳登が徐州兵を集めています。おそらく魏続将軍や侯成将軍が呼びかけても、留守に残された呂布軍の兵の五百前後が集まる程度。残る徐州兵のうち三千以上が向こうにつくと思われます」

「五百対三千では勝負にならないですね。それでも戦いますか? 魏続将軍」

 侯成は嫌味だとわかっていながら、つい尋ねてしまう。

「た、戦うわけが無いだろう! ど、どうするんだ、侯成!」

 何故かキレ気味に魏続に言われる。

「戦わないと言う事は、逃げると言う事で良いんですよね。だとすると、まず何よりも呂布将軍のご家族を避難させなければなりません。いくら徐州兵が多いと言っても、呂布将軍の率いる兵の方が多く、まして天下無双の猛将と戦う度胸も実力も徐州には無いはず。確実に人質に取ろうとしてくるでしょう」

「ああ、まさにその通りだ! すぐに呂布将軍の奥方と姫君を連れて脱出しよう!」

「徐州兵の謀反は今すぐにでも行動出来そうなのですか?」

 侯成はふと気になって、伝令に来た男に尋ねる。

「動きがある事は間違いないのですが、全て事前に準備を済ませている様子ではありません。とは言え、時間的余裕があるかの確証は得られません」

 伝令の男は、特に感情を込める事無く淡々と報告する。

「ですが、俺達に何の報告も無くすでに兵を動かしていると言う事は、余裕は無いと思って行動した方が良いでしょうね。これからの事、陳宮軍師から聞いていますか?」

 侯成が尋ねると、伝令の男は頷く。

「では、陳宮軍師に報告して下さい。ここは俺達で何とかします」

「承りました。ご武運を」

 伝令の男はそう言うと、音も無く立ち去っていく。

 独特の迫力がある割には、その気配の無さも凄まじい。

 陳宮が鍛えたと言われている曹操軍の虎豹騎の水準だと考えると、その精強さを伺えると言うものである。

 もし挫折せずに陳宮の元で鍛えられればあれくらいの迫力を身につけられるのかもしれないが、それが至難でもある事を侯成に限らず呂布軍の誰もが知っている。

「こ、侯成! 俺達でどうすると言うのだ!」

「ごく自然に兵を集める為にも、魏続将軍に呂布将軍をお助けすると言う名目で兵を集めてもらいます。徐州軍には城の留守を守る様に言い渡せば、俺達だけで簡単に城から出られるのではないでしょうか」

「そ、そうか! なるほど」

 魏続はうんうんと頷く。

「い、いや、待て侯成。逃げると言っても、どこに逃げるんだ? 呂布将軍達と合流するのか? 徐州城を捨てて逃げた事の責任はどう取るんだ? あの女ならそれを理由に首を切られてもおかしくないぞ!」

「それなら大丈夫です。俺に任せて下さい。将軍は呂布将軍に援軍に行くと言って、城門前に兵を集めて下さい」

 侯成はそう言って魏続に兵を集めさせ、自身は呂布の家族の元へ行く。

「あ、侯成だ」

「姫様、ちょうど良かった。あ、いや、良くはないんですが」

「ん? どうしたの?」

 自室で待機しているはずの蓉が、何故か外に出て侯成を先に見つけた。

「どうやら最悪の結果みたいです。急いで準備を」

「あ、そう言う事ね。甲冑着てて良かったでしょ?」

「まぁ、結果的には。ともかく急いで下さい。時間にあまり余裕が無いもので」

「よっしゃ! 母上の事だからそんなに時間はかからないと思うから待ってて」

 蓉は最低限の情報だけで察し、すぐに母親の元へ行く。

 待っていろと言われても、侯成にも事情があるので黙って待っている訳にはいかず蓉の後を追う。

「母上! 大変です! 急いで準備を!」

「……はい?」

 厳氏の部屋に飛び込んだ蓉が、色々と足りない情報を与えて厳氏を困惑させている。

「奥方様、以前話した最悪の事態になりそうなのです。急ぎ準備をお願いします」

 後から来た侯成が情報を補足する。

「分かりました。蓉、貴女も」

「私は侯成達と行くから大丈夫」

 と、蓉は胸を叩く。

 本当なら厳氏と行動してほしいところだが、ここで蓉と押し問答しても仕方が無い。

 脱出計画事態はごく単純なモノで、援軍に向かう兵に紛れて城から脱出すると言う誰でも思いつきそうなものである。

 が、すでに準備が整っているのであれば、これは極めて有効な手段であり、まだ徐州兵を掌握出来ていないのであればこちらが先手を取って脱出する事が出来る。

 今ここで優先するべきは速さであり、より早く行動する事が計画の成功率を上げる事になる。

 確実性のみに目を向けて時間をかけるのは、本末転倒になりかねない。

「君たちはどうする?」

 侯成は女官達に声をかける。

 この計画は兵に変装する事が出来る者であればともかく、そうでない場合には脱出させられる人数に限りが出てくる。

「いや、ここに残ってもらった方が良いか」

 侯成が女官達に言う。

「無理に連れて行こうとすると、君らも徐州での立場が無い。俺達も一時的に避難するだけで、春にはこの城に戻ってくるはずだから、脅迫されたとしてここに残ってもらった方が良い。俺達と行動しても待遇は悪くなるだけだ。それでも良いと言うのであれば、共に連れて行く。悪いが、今すぐ決めてくれ」

 厳氏は徐州の高官の妻達とはかけ離れた庶民感覚の持ち主であり、それだけに女官達からも好まれているのだが、それでも城に残った場合と比べて待遇が悪くなるのは仕方が無い。

 一方城に残った場合には何かしらの処罰を受けるかもしれないが、脅されての事とすれば処罰を与える口実も極めて弱くなる。

 もっとも権力者が罪有りと言えば罪人にされる恐れもあるが、それでも同行しようとして捉えられるよりは事なきを得るはずだと、侯成は思ったのだ。

 結果、同行する女官は三人だけで残りは侯成に脅されて部屋に閉じ込められたと言う事にする。

「どこへ向かうと言う事は伝える事は出来ない。それは悪く思わないでくれ」

 侯成は残る女官達にそう言うと、さっそく蓉と厳氏、三人の女官を連れて徐州城の裏口へ向かう。

 そこには陳宮の伝令から情報を伝えられた側近が数人待機して、準備を整えていた。

厳氏と女官達は兵糧や武具などの物資に隠れ、蓉は兵の一人に扮して侯成は城門で待つ魏続と合流する。

「お待ち下され、魏続将軍」

 城の上から事態に気付いた陳登が、兵を率いている魏続に向かっていう。

「何処へ向かわれるのですか?」

「小沛にて苦戦されているとの報有り。我ら援軍に向かいます」

 魏続に代わって侯成が答える。

「僅か五百で? すぐに五千の兵を用意いたしますので、しばしお待ちを」

「時が惜しい。明日の五千より今の五百が呂布将軍には必要なはず。陳登は留守を備えよ」

 侯成はそれ以上相手にせず、魏続に兵を連れて城から出る様に促す。

 陳登は切れ者であり、話をしながらこちらに探りを入れるつもりなのだ。

 魏続は侯成にせっつかれる様にして、徐州城を出る事になった。

「魏続将軍! お忘れにならぬよう」

 陳登は無理に兵を出して追おうとはせず、ただそう言葉をかけただけだった。

「上手くいったみたいね」

 城を出てから蓉が侯成に言う。

「今のところ、です」

「呂布将軍と合流するのか?」

 魏続は目的地もわからず兵を出され、多少なりとも不満を持っている様に見える。

「いえ、万が一の場合に備えての事は陳宮軍師から指示されています。そちらへ向かう事になります」

「それはどこだと聞いているのだ」

「それは……」

陳登と陳珪の策


そもそも正史や演義に限らず、とにかく出てくる作品によってこの親子が呂布に対して行った事が違いすぎますので、具体的に何をやらかしたのか把握しづらいところですが、要約すると

『呂布を裏切って、曹操に加勢した』

と言う事だけは一致していると思われます。


内容も呂布に篭城を勧めたり、今回の様に呂布が徐州城を留守にした隙をついて城を乗っ取ったりしていますが、一般的には篭城策で呂布を城に閉じ込めたと言う方が知られているのでは無いでしょうか。


演義では全ては劉備の為にとも描かれていますが、正史では陳登自身が曹操に呂布を早めに討つべきだと進言したとも言われていますので、陳登の侮れなさが伺えるところです。

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