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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第六章 龍の生きた時代

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第五話

 小沛では曹操対策と言う急務に追われていた。

 理想で言えば、相手に気づかれない様に隠密行動で兵を整えて対策を練らせずに攻め込むべきなのだが、動員する兵力が多くなればその分情報も漏れ出してくる。

 天才的な軍略家である曹操であっても、陳宮の目からそれを完全に隠す事は出来ず、大兵力を動員して攻めてくる事が分かった。

「大兵力、と言う事は曹操の狙いは短期決戦か」

「そうでしょうね。曹操は四方を敵に囲まれているとは言え、袁紹の動きを外交で封じ、袁術は既に死に体、張繍には単独で曹操に戦を仕掛けられるだけの勢力が無いと言う事で徐州を狙ってきたのでしょう」

 成廉の言葉に、臧覇が頷く。

 八健将の一人と数えられているとは言え、臧覇は独立勢力を認められた人物であるのだが、本人がよしとしているので呂布軍の一武将として小沛で会議に参加していた。

 小沛の防衛として成廉が総大将に任命されているが、曹操軍に対する防衛は徐州にとって大事であり、実際の指揮は呂布と陳宮で行う。

 あくまでも最前線指揮として成廉が挙げられているが、それは成廉も分かっている事だった。

 小沛に配備されたのは成廉の他には曹性が、泰山からの伏兵として臧覇が、さらに八健将では無いが高順もいた。

 陳宮による配備なのだが、本人達の武勇と言うより個人の武功に走らない事を最優先に考えた配置である。

「対曹操の作戦を練る為の会議なのだが……」

 成廉は切り出す。

「正直に言うとそう多くの策をとれるワケではない。曹操が短期決戦を狙っていると言うのであれば、こちらは遅滞戦を狙うまで。異論は?」

 成廉は曹性、高順、臧覇に尋ねる。

「その事自体に異論は無いが、具体的にどう言う具合にやっていくんだ? 例えばこの小沛に立て篭って曹操軍を迎え撃つのか?」

「いや、それは下策でしょう」

 高順の言葉に、曹性が言う。

「確かに小沛は防衛力の高い城ではありますが、もし曹操軍がこの小沛を取り囲むだけで徐州を攻められては、我々は遅滞戦どころではなく小沛に閉じ込められたまま曹操の進軍を許す事になります」

「まあ、そうだな」

 高順も最初から否定される事を分かった上で提案していたので、簡単に頷く。

「理想で言えば、先鋒の出鼻を挫く事でしょうね。大軍が短期決戦を望んでいるとなると、その勢いを受けているのが先鋒。先鋒を討って勢いを殺す事が出来れば、大軍である事がむしろ災いします。一気に士気を挫き、兵の大半は戦闘に不安を覚えて動きが硬く鈍くなりますから」

 臧覇も頷く。

「ですが、問題はその先鋒を討つ事が難しい事ですよ。俺が調べた限りでは、先鋒は夏侯惇だとか。曹操の配下では随一の武勇と指揮能力を持つ、一級の将軍です」

「夏侯惇、か。手強いなぁ」

「何かと縁があるみたいですね」

 高順と曹性がうんうんと頷く。

 夏侯惇と呂布軍には因縁があり、曹操の側も夏侯惇を先鋒に任せる事で勢いと士気を高める事を見込んでいる。

「俺は集めた情報でしか知らないんですが、夏侯惇ってのは評判通りの武将なんですか?」

 臧覇は呂布軍の三人に尋ねる。

「夏侯惇の評判ってのはどんな評判だ?」

「武勇は人並み外れ、その指揮万人を指揮するに値し、その将器大器と評すに至る。と言うところなんですが」

「あー、まぁ、間違ってないな」

 臧覇の言葉に、高順はうんうんと頷く。

「……と、言う事は夏侯惇に及ぶ武将はいないと?」

「豪傑と言う事で言えば、おそらく夏侯惇以上の武将もいるだろうが、武将、将軍と言う事で優劣をつけると言うのであれば、夏侯惇以上の武将はそう多くない。呂布軍の武将でも、将器で争うとすれば奉先の他には文遠がどうかと言う程度。他じゃ競えないだろうな」

「ベタ褒めですね」

「事実だよ。配下に持つのであれば、アレほど理想的な武将はいないんじゃないかな?」

 臧覇の言葉に、高順は頷きながら言う。

「その夏侯惇だが、何か弱点は無いのかよ。兵力では向こうの方が上なんだ」

 褒め言葉が耳障りだったのか、成廉は苛立ちを隠さずに言う。

「よく知られた弱点があるのなら、今まで生きていないよ。曹操軍はそこまで甘くない。俺達とは違うさ」

 高順は笑いながら言う。

「呂布軍は人手不足で、八健将とか言って下駄を履かせなければならないのに対して、曹操軍は常に戦い続け武勲を上げた者しか将軍位に留まれない。そんな中で先鋒を任されるくらいだ。夏侯惇に弱点は無いよ」

 高順の言葉に、成廉はため息をつく。

「とは言え、なにかしら策を立てなければ何も出来ないぞ」

「夏侯惇に弱点が無いとしても、曹操軍には無視できない問題があるでしょう」

 話が進まない状態だった中で、臧覇が言う。

「曹操軍は勢いに乗って、さらに勢いをつけて徐州を攻略しなければならないと言う戦略で戦いに望んでいるのを逆手に取るんですよ。その勢いを止める素振りを見せて正面に布陣すれば、それを打ち倒して進もうとするでしょう」

 情報を重視する臧覇は、すでに曹操に対する策を持っていたらしい。

 例えば小沛に呂布軍の前線をおいて篭城戦を望んだ場合、ある程度の兵力で小沛を囲んで無力化した後、主力をそのまま前進させていけば曹操軍は軍略通りの攻めを展開出来る。

 だが、野戦を挑まれた場合には話が変わってくる。

 曹操軍は戦略の上での勝利はあっても、戦場で呂布軍に勝利した事が無いと言う負い目がある。

 その呂布軍が正面から少数で布陣した場合、曹操軍はそれが露骨な挑発で策だと分かっても戦わない訳にはいかない。

 曹操軍は、相手の数がどうであっても呂布軍には勝てない。

 味方の兵に、そう思わせる訳にはいかないのだ。

 呂布軍が『八健将』を作って実力の水増しをしている様に、曹操軍も実は宣伝によって実力をそれ以上に見せているのである。

 四方を敵に囲まれている曹操軍は、皇帝を擁しているとは言え勢力としては袁紹と比べるとまだまだ小さい。

 それだけに連戦に連戦を重ね、どの様な策を用いたとしても勝利を重ね、連勝による高揚感と常勝軍としての実績を無理矢理重ねてきた。

 一戦でも躓けばその自信と実績は崩れ去り、袁紹との戦いを前に瓦解する事になりかねない。

「つまり、大軍で短期決戦を狙う曹操にも余裕は無く、それどころか俺達と比べても劣らないくらいに追い詰められていると言う事か」

 臧覇の分析を聞きながら、成廉も頷いている。

 それだけの情報を集めている事がすでに驚きなのだが、それを正確に分析してさらに曹操軍の弱点を的確に見出している。

 その事の方が高順には驚きだった。

 見た目に派手さは無いものの、敵に回すと恐ろしい男だと改めて思い知らされる。

 敵の嫌がる事を見出す事にかけては天才的と評価されている臧覇だが、その異才はあの天才戦術家である曹操に対してすら劣っていないらしい。

「で、具体的にどんな策で戦う?」

 成廉は臧覇に尋ねる。

「いくら向こうも追い詰められていると言っても、兵力も勢いも向こうの方が上ですからね。しかも従軍軍師も同行しているでしょうから、下手な策を弄しても裏目になるでしょう。まず成廉将軍が正面に布陣します。でも、いきなりぶつかったら飲み込まれるでしょうから、敵に姿を見せる事が目的で成廉将軍は小沛に向けて後退します。で、側面から高順殿、曹性将軍が伏兵として強襲。ある程度曹操軍が徐州入りしてきたら、俺が泰山から曹操軍の物資を狙います。もちろんそれでどうにか出来るわけでは無いですけど、大軍にとって物資を狙われるのは、それを匂わせるだけでも嫌なモノですから」

 臧覇が言った通り、特別手の込んだ策では無く、おそらく曹操軍も警戒して対策を練ってくるだろうとは高順も思う。

 しかし、勢いを殺される事を嫌う曹操軍にとってはもっとも有効な遅滞戦法である事も、また間違いない。

「それだけでは不十分だな。奉先にも出てもらおう」

「呂布将軍に?」

「臧覇の先ほどの策はそのまま使う事にして、第三、第四の矢として呂布軍総出で当たろう。俺達は退きながら小沛に少数で入って立て篭り、奉先には戦いながら徐州城に退く。それで曹操は手詰まりになるはずだ」

「面白い手ですね」

 高順の補足に、臧覇も頷く。

 いかに防衛戦だからと言っても、呂布軍の戦闘能力の高さを活かすのであれば野戦である。

 特に呂布本人にも言える事ではあるのだが、騎馬隊の能力は漢全土であっても随一と言える戦闘能力であり、短期決戦を目指す曹操軍にとっても一見望み通りの展開に思えても出来る事なら避けたいところだろうと思う。

 もし高順であれば、どんな形であったとしても呂布が率いる騎馬隊とは戦いたくない。

「おおよその方策は整ったな。では、高順と曹性は急いで兵を率いて伏兵に適した地にて兵を伏せて曹操軍を待ち伏せてくれ。くれぐれも曹操軍が先に兵を伏せていたと言う事が無い様にな」

「御意に」

 曹性と高順は素直に従う。

「臧覇は泰山にて準備していてくれ。曹操軍から別働隊を送られるかもしれないが、大軍を分断出来るのであれば、それはそれで充分な戦果だと言えるからな」

「承りました」

 臧覇と成廉は同格で、八健将内の格付けであれば臧覇の方が上位なのだが、それでも臧覇は前線のと言う条件付きではあるものの大将を任されている成廉を立てる。

 方針が打ち出されたところで会議は解散となり、曹性と高順、臧覇はそれぞれに準備がある為に会議室を出る。

「高順さん、ちょっと待って下さい」

 会議室を出てからすぐに高順と曹性は、臧覇に呼び止められる。

「あの場ではああ言いましたが、本当に曹操軍に勝てると思いますか?」

「ん? 良い策だと思ったが?」

 作戦を立案した臧覇が不安を感じているらしく、高順達にそう尋ねてきた。

「俺だってやるからには勝ちたいですよ。それが姐さんの為だと言うのなら、尚更です。でも、相手の事を考えると、俺程度の浅知恵が通用するとは思えないんです」

 臧覇は正直に言う。

 曹操自身も稀代の才能を持つ人物だが、その配下には勇将猛将だけでなく神算鬼謀の参謀達も数多く揃っている。

 臧覇の立てた策は決して悪いモノではないのだが、曹操の旗下には『王佐の才』と評される荀彧や、それとほぼ同等の能力を持つ郭嘉、程昱と言った軍師達に通用するのかと言われると、さすがに不安も残る。

「不安は当然でしょうが、あの陳宮軍師がただ手をこまねいているだけとは到底思えません。それに我々も陳宮軍師から見込まれたワケですから、出来る事を精一杯やるだけではありませんか?」

 曹性の言葉に、自信を無くしていたようだった臧覇も大きく頷く。

「確かに、あの姐さんが何も考えていないはずが無いですね! よーし、やる気になって来たぁ!」

「……お前、本当に凄いと思うよ」

 陳宮に対してそこまで思える臧覇に対し、高順は本気でそう思った。

部下に持つなら


本編中で少し出ましたが、部下に持つなら夏侯惇は理想的な人物だったのではないでしょうか。

自分の目を食べたと言うエピソード以外、コレといって目立った武勲も無い案外地味な武将の夏侯惇。

しかも最も有名なエピソードも演義による創作と言うオマケ付きなので、どうしても趙雲だったり周瑜だったりの方が先に名前が出てきてしまうと思います。


が、三国志最強武将に名前が挙がる人達のほとんどが人格破綻者であり、呂布、張飛、関羽などは頼まれても部下には持ちたくない人達ではないでしょうか。

その点夏侯惇は人格者で、魏が大国になって物凄く偉くなった後でも一般人に混ざって一緒に土木作業して汗を流したり、余分な財産を持ちたがらず人に分け与えたりと、その人柄から曹操軍の武将たちの中で最も慕われた人物だったようです。

色々と問題の多かった魏国の中にあって、曹操が自ら前線に立つ事が出来たのも荀彧と夏侯惇と言う大黒柱がいたからと言うのも大きかったはず。


ただ、意外なくらい人格者エピソードが広まっていないのも、ある意味夏侯惇らしいのかも。

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