第四話
「陳珪殿、これから徐州はどうなるのですか?」
陳珪の元に訪ねてきたのは、陶謙の長男の陶商だった。
陶謙の息子ではあるものの士官はしておらず、官職に無かったと言う事もあって陶謙の後を継ぐ事の無かった人物なのだが、それでも徐州の豪族の一人として、また以前の太守の息子として徐州の臣下には多少の影響力を持つ人物でもある。
それ故に徐州城の中にある陳珪の屋敷にやって来る事も出来るのだが、それは徐州の臣下の協力があっての事で、昨今急速に呂布軍の、と言うより陳宮の厳しい統制もあって以前ほど気軽に城の出入りは許されなくなってきていた。
「どうなる、とは?」
陳珪は首を傾げる。
「先ほどの式典を見ても、呂布将軍が太守とは名ばかり。呂布とは天下無双の豪傑だったのではありませんか? アレでは実質的に陳宮とかいう女狐の傀儡ではありませんか」
「女狐、ですか。陶商殿は相変わらずお優しい事で」
誰もが認めるお人好しな陶商であっても、陳珪が嘲っている事には気付いて表情を歪める。
だが、そんな程度で動揺する様な陳珪ではない。
と言うより、こんな程度で動揺していては陳宮と張り合う事など出来ない。
「陳宮はあの董卓から見出された異才であり、今の曹操の地盤を造り、猛将呂布を手玉に取るほどの軍師。それ程の者を前に、女狐程度の認識とは」
陳珪は鼻で笑いながら言う。
もっとも陶商とその弟の陶応は陶謙からも後継として見られていなかったくらいに争い事に向かず、今は徐州の一商人として生活している。
商才にしても特別優れたところもなく、陶謙からの財産を減らす事は無かったが特に増えてもない。
一応徐州の豪族としてその名が上がっているが、それも全て陶謙と言う太守を務めた父親と、徐州の名士であった陶謙の妻の家系があってこそでもある。
「陳宮は女狐どころでは無く、毒婦と例えられているとか。そこに比するとすれば漢の高祖の妻である呂雉でしょう。あれは女狐どころではなく女妖、あるいは女媧とでも言うべきですな」
「……はぁ」
あまりの言われように、陶商は返す言葉も出てこなかった。
「そんな人物が徐州の実権を握ったらどうなるか、ですか。少し想像すれば分かるでしょう」
陳珪の言葉に、陶商の顔から血の気が引いていく。
陳宮の冷徹さや呂布の勇猛さは、一部事実からかけ離れた状態で徐州では広まっている。
中でも陳宮の小沛での曹操に対する勝利は、大幅に事実とは違う知られ方をしている。
曹操軍に対して小沛を焼いて勝利した事は間違いないのだが、その時に泣いて許しを請う曹操兵を生きながら焼き殺したと言われ、陳宮が巡察に出た時には街から人が消え建物の中に隠れるほどであった。
もちろん陳宮はそんな事をしてはいないのだが、陳宮の恐ろしさは一般市民より盗賊や野盗の方に広まっている。
とにかく容赦の無い弾圧と刑罰を持って当たるので、徐州の治安は劇的に良くなってきているのだが、同時に活気も薄れてきているのも事実だった。
誰もが呂布と陳宮を恐れている。
実際のところ、陳宮は冷徹ではあるものの冷酷な訳でも無ければそこまで残酷と言う事も無い。
罰則に対して厳しく、情状酌量の余地が他の者と比べて許容範囲が狭いと言うだけで理不尽と言う事も無い。
と言うより、人間味を感じさせないほど徹底した裁量である。
そんなところもあって、噂に枝葉が付き易いのだ。
本人がその事を気にせず否定もしない事も、事が大きくなっている原因の一つと言える。
あのお人好しな呂布や効率重視の陳宮が、何の意味も無く徐州を疲弊させる事が無い事は陳珪も充分に理解している。
それでもこのまま陳宮に牛耳られるのをよしとする事が出来ない為、陳珪はあえてそれらの知識を持たない陶商の不安を煽っているのだ。
徐州は今でも豪族や名士の影響力が強い土地である。
陶商が城から持ち帰った情報はすぐさま豪族達の耳に入り、それぞれが独自の対策を取る為に奔走する事だろう。
それを察知して対抗策を打つ陳宮の手並みも尋常ではないが、ごく僅かとは言えその対策に追われる隙が出来る。
このまま陳宮の計画通りに行けば、徐州は大乱の中心となり多くの血が流れる事になるのは間違いない。
長く徐州に身を置く陳珪にとって、それは耐えられない事だった。
猛将である呂布や陳宮が徐州にいる限り、いずれそういう時が来る事になる。
それを避ける為には、徐州の主を変える必要があると陳珪は考えていた。
その理想として最初に挙がるのが、劉備である。
正直なところで言えば、劉備の統治能力は曹操や陳宮と比べれば数段劣るのだが、それでも劉備には不思議で不可解な魅力があった。
自分達の利権に厳しい徐州の豪族達でさえ、劉備に対してであればその懐も緩むほどである。
そして、その劉備をもっとも警戒しているのが陳宮だった。
曹操が呂布を下した場合、徐州を収める事になるのは劉備と言うのが陳宮の予想だと聞いたが、陳珪もなるほどと納得した。
曹操は徐州の民を虐殺した恐怖の対象であり、もし曹操がそのまま徐州を収める事になった場合には謀反の火種を抱える事になる。
それを押さえ込む事を考えると、劉備が最適だろう。
その為にも、なんとしても曹操に勝利してもらわねばならない。
とは言うものの、それも簡単な事ではなかった。
劉備に不可解な魅力がある様に、呂布には非常識で理解不能な戦闘能力の高さがある。
かつての黄巾の乱や反董卓連合との戦い、さらには小沛での戦いや袁術討伐など、呂布が武名を上げた戦いでは、呂布は相手より明らかに少数の兵力で勝利、と言うよりほぼ圧勝している。
曹操も並外れた戦上手である事は陳珪も知っているが、例え十倍の兵力をもってしても呂布を討伐する事は至難と言わざるを得ない。
まして冷徹な参謀陳宮もいる。
呂布軍の武将と陳宮の仲は決して良いとは言えないものの、呂布、張遼、さらには独立勢力だった臧覇と兵権を握る者達と陳宮の関係は悪くない。
しかも徐州の武官達は形だけとなり、軍部は呂布軍が独占している状況である。
不安を煽るだけ煽って陶商を帰らせると、入れ替わる様に息子の陳登がやって来た。
「父上、お呼びですか?」
「おお、元龍か。待っておったぞ」
陳珪は陳登を呼び入れる。
「お前は単純な腕力による武才こそ呂布軍の者達に遅れを取るが、その将器においては何ら劣るところは無い。それはこの父が保証しよう」
「……何かお悩みですね」
陳登は柔らかく微笑む。
内務の能力の高さから文官の印象が強い陳登だが、実際には充分な実績のある武官であり、将軍位にある。
とは言え高く評価している父親陳珪の言う通り、腕力による個人の武勇と言う面では良くも悪くも凡将止まりである事は、陳登自身も自覚していた。
「元龍よ、このままでは呂布と陳宮に徐州を支配されてしまう。何か手を打たなければ」
焦る陳珪に対し、陳登は首を傾げる。
「父上。ご不興を買うかも知れませんが、私は今の状況がさほど悪いとは思えません。天下無双の豪傑にして公明正大な将軍と、冷徹無比であり公正無私な名参謀。どちらか一方だけでも得難いと言うのに、その双方が信頼しあって統治に励んでいます。父上、おしかりを受ける事を覚悟の上で言わせていただきますが、私は呂布将軍の事は嫌いではありません」
「うむ、元龍よ。そなたの言い分、まったく分からないと言う訳ではない」
陳珪は頷く。
「確かに呂布将軍は天下の英傑。当代はもとより、古今の英雄豪傑と比べても比類無き名将たる人物と言えよう。陳宮軍師にしても、かつて王佐の才と称された王允殿と比べても何ら劣るところのない、当代の参謀の中でも五指に数えられる実力者であろう。だが元龍よ、今はそれで良いかも知れないが、子や孫の代ではどうなっているか考えた事はあるか?」
陳珪は怒りを浮かべるどころか、諭す様に陳登に向かって話す。
「子、ですか」
「そう、息子たちの事よ。陳宮軍師は我ら徐州の臣下を信用してはいない。そう遠からず我々徐州の臣下は閑職に追いやられ、職を解かれる事になろう。そうやって陳宮は磐石の体制を築き、やがて呂布将軍さえも傀儡として自らが権力の座に就こうとしているのだ。それゆえの公正さである事は、元龍にもわかろう?」
「……陳宮軍師がそこまでの俗物であるとは思えませんが」
陳登は陳珪の意見に否定的ではあるものの、即答で出てこなかったところを見ると陳登なりに何かしら陳宮に対して思うところはあるようだった。
「遠いところでは商王朝を滅ぼした張本人である妲己、高祖の死後本性を現して漢を恐怖に陥れた呂雉、近いところでは誰も手出し出来なかった董卓を破滅に追い込んだ貂蝉などを見よ。誰しもがそんなはずは無いと思った女達ではないか?」
陳珪の言葉に、陳登は返答出来ずにいた。
漢では呂后の件があって以降、女性が権力を振るう事を禁忌としている。
それ故に霊帝の皇后となった何太后や董大皇太后なども多少の影響力は持っていたものの、政治への発言力は十常侍より弱かった。
女性が権力を禁忌と断ずるのであれば、陳宮の存在そのものが禁忌である。
漢で充分な教育を受けて教養を身につけた陳登であれば、その事もよく知っている。
陳登が陳宮を名参謀と認めながら、どこかに引っかかりを感じているのもその事が大きな原因であった。
「しかし、今のままでは打開策を見出す事も出来ない。元龍よ、何故陳宮軍師が周りの情報を遮断するか分かるか?」
「それは判断材料を与えない為でしょう。敵が大軍である事が知れれば、いかに呂布将軍であったとしても必ず勝てると言うワケにもいかず、その不安から徐州内部で反乱が起きる可能性も出てきますから」
「うむ、悪くない。だが、あの女の考えている事はそれだけではない」
「と、言いますと?」
「確かに内憂を抱えては戦えない。だからこそ、外部との接触を断ちそのきっかけすら与えないつもりなのだ」
曹操と言う人物は戦上手で知られるところだが、今では皇帝を擁していると言う立場の強みも持っている。
最終的な決断は皇帝が下すのだが、実際のところ現在の皇帝にはそれだけの権力の強さは無く、実質的に曹操が全てを決めることが出来ると言っても過言ではない。
つまり曹操と接触さえ出来れば、官職を皇帝によって与えられる事になり、行動に大義名分を得られると言う事にもなる。
陳宮はその事をよく知っているからこそ、曹操軍との接触の場を与えない様にしているのだ。
劉備を徐州太守に迎える為には、まず何よりも曹操軍が呂布軍に勝利する事が絶対条件であるのだが、その為の行動を曹操に知らせる事が出来ない。
陳珪の悩みどころは、そこだった。
今のままでは曹操の勝利の為に動こうとしても、ただ自らの保身の為だけに主君である太守を裏切った不忠者と判断されてしまう恐れがある。
それは陳珪の望むところではないので、何とか手を打たなければならなかった。
「……父上、その事でしたら心配はありません」
陳登はそう言うと、懐から書状を取り出す。
「これは以前、張紘殿を曹操殿の元へ送り届けた際、荀彧先生の立ち会いの元で曹操殿から直接渡された物です」
「何と書いてあるのだ?」
「要約すると、『今後曹操対呂布の戦いが起きる際に曹操に協力するのであれば、それは曹操の名の元に行った行為とし、それを持って漢への忠義の現れとする』と言う事です」
陳登は険しい表情で伝える。
「まさにこちらの望む事ではあるのだが、その書状をあの時に持たせたと言うのか?」
さすがに陳珪も、その書状が薄気味悪い物に感じられた。
あの時には袁術が騒ぎの元であり、しかも袁術討伐の際に曹操は呂布の手も借りて討伐を成功させている。
その時には既に曹操は呂布を敗る手を打っていたと言う事になる。
「相手が陳宮軍師であれば、今後この様な好機は訪れないかもしれないとお二方は言われました。もし呂布将軍に協力して忠義を示すと言うのであれば、この書状を破棄する様に。それによって漢に対する不忠とは捉えないとまで言われて」
陳登もかなり長い事迷っていたのだろう。
一人で抱えるには、あまりにも重い責任である。
「漢への忠義、と来たか。なれば我々の取るべき行動も定まってくると言うもの。元龍よ、覚悟を決める時だ」
「……はい。私も父上についていきます」
悩みに悩んだ末に、陳登はそう答えた。
陶謙の息子
演義でチラッと名前の出てくる二人ですが、本編中にも触れた通り二人共士官していませんので三国志の登場人物とは言えません。
そもそも三国志正史で言えば、陳寿が官職にあった人達の功績や来歴を編纂したモノで、士官していなければ有名二世とは言え一般人ですので、そこまでは編纂出来なかったみたいです。
まぁ、個人情報だとかなんだとか以前に、PCのデータバンクはもちろん紙でさえ一般流通が主流ではなく竹簡で記録が残されている様な時代ですので、一般人扱いの二世は記録が残っていなかったのでしょう。
この時代にはコネの有無は今とは比べ物にならないので、有名武将の二世達は親の役職近くに就く事が一般的でした。
まあ、いくら世襲が許されている時代とは言え、荀彧や孔明先生の息子達がいきなり親の役職を引き継ぐと言う事は無かったと言うか、さすがに無理だったみたいです。
陶謙の息子達は世襲するにも能力不足だったみたいですが、争いや疑いを避ける為に息子に士官させずに一般市民として生きる事を勧めた賈詡の様な例もあったみたいです。
 




