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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第五章 その大地、徐州
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第九話

 陳国に立て篭って抵抗を続けた袁術軍に対し、曹操軍は遠慮も容赦も無かった。

 この厳しい結果は追撃に際し、荀彧より厳命されたものであったらしい。

「漢に仇なす偽帝の一味、断じて許すべからず。今後このような不義を許さない為にも、断固たる結果をみせるべき。ってのが、荀彧先生の言葉でさぁ。これに関してはあの涼しげな荀彧先生がブチギレてたもんなぁ」

 郭嘉が笑いながら言う。

「荀彧は漢の再興こそが正道であると信じているからのう。だが、如何に名門であるとはいえ、たかだか玉璽を手に入れたと言う事実だけで皇族の一因でも無い袁術が皇帝を名乗り、それに二百万ものお調子者が賛同した。これほどまでに漢は弱体しておるのだ。荀彧には悪いが、ここまで来ては漢を再興させると言うより新たな国家を建国する方が天下の為だと思うのだが」

 郭嘉ほど気楽では無さそうな表情で、程昱も言う。

 が、そんな話を呂布にされても困る。

 実はこの問題は曹操軍の中でも非常に大きな問題になっているらしく、郭嘉や程昱はいっそ曹操の手で漢を乗っ取ってしまった方が良いと思っているのだが、それに関して荀彧が見た事もない程の怒りを示したのであった。

 また、曹操自身にもそのつもりはないらしく、この時にはあまり良い表情はしなかったと言う事もあって、郭嘉や程昱はその事をこれ以上強く勧める事が出来なくなったのである。

「確かにその方が手っ取り早く感じるかもしれないが、それでも名門袁家が扇動したにも関わらず諸将は立つをよしとしなかった。その事実を考えれば『蒼天既に死す』とは軽々に言えないだろう」

 陳宮は郭嘉と程昱を諭す様に言う。

 荀彧ほどでは無いにしても、陳宮も漢を見限るには早いと考えているらしい。

 呂布もそう思う。

 そこに強いこだわりがある、と言う訳ではないのだが、それでも呂布は幼い劉協を皇帝に押し上げた側の人間である。

 弱っているからと言って簡単に見捨てる事は心苦しいと思っていた。

 陳国を血に染めて、連合軍は袁術の本拠地である寿春攻略へ向かう。

 連合軍の戦闘能力の高さは驚異的であったが、それでも名門袁家の途方もない財力によって築かれた寿春の城は簡単に攻略出来る様なものではなかった。

 高い城壁だけでも充分に手ごわいのだが、陳国の惨劇はこの寿春にも届いているらしく、兵士達も死に物狂いで戦っている事もあって、攻城兵器も揃っていない連合軍にとって寿春攻めは決定打に欠け、逆に兵の消耗の激しい戦いになってしまった。

「結果論であるとは言え、陳国での徹底した殲滅は寿春の兵の士気を高める事になってしまった様ですね」

 そう言ったのは周瑜だったのだが、呂布もそう思う。

 寿春攻略は曹操軍主導で行われ、呂布、劉備、孫策の軍は後詰として予備戦力となっている。

 とはいえ、陳国の防衛拠点でさえ力押しでは苦戦した。

 さらに強固な寿春の城は、全軍を集結させて全力で攻略したとしても、袁術軍側の士気の高さもあって簡単に攻略出来ると言うものでは無かった。

「これ以上の犠牲は無意味ではないでしょうか。陳宮軍師の方から曹操殿へ進言してはいただけないでしょうか」

周瑜はそれを伝える為に、呂布軍の幕舎へやって来ていた。

「私から?」

 陳宮は首を傾げる。

「私は曹操を敵視しているし、それを曹操軍の誰もが知っている。その私の進言を聞き入れると思うか?」

「現時点での敵は袁術で、曹操軍の方々はメンツもあって撤退は進言しづらいでしょう。ここは陳宮軍師の言葉がもっとも中立の意見として聞き入れられるはずです」

「もっとも中立と言うのであれば、公瑾こそが適任ではないか?」

「私の様な若輩がしゃしゃり出ては、それこそ曹操軍の軍師の方々は面白く無いでしょう」

「いやぁ、別にそんな事ないさ」

 呂布軍の幕舎に郭嘉がやってくる。

「むしろ、その事を俺からも言ってもらいたくてね」

 郭嘉は呂布への挨拶もそこそこに幕舎の中に入ってきて、勝手に自分の席を作って居座る。

「俺達の手で息の根を止める事は出来なかったとはいえ、もはや袁術は終わりだ。ここで止めを刺せなかったとしても、袁術の性格や統治能力ではここから持ち替えす事など出来ないだろう。今回の出兵の成果としては充分なんで、その事アネさんの方からも口添えしてもらえないッスか?」

「自分で言え。それだけのモノはもらっているだろう。自分の責任を果たせ」

 陳宮は郭嘉を睨みながら言う。

 気の小さい者であればそれだけで震え上がりそうな迫力なのだが、郭嘉はまるで気にしていない。

 この辺りに線の細い、いかにも文官と言う様な外見の割に郭嘉は極めて豪胆であるところが見て取れる。

「だぁかぁらぁ、俺達だけじゃダメなんスよ。ほら、俺って若造扱いじゃないッスか。だから言葉に重みが無いって言うか、やっぱ数で攻めるのが良策って言うか。俺とそこの、公瑾だっけ? あとアネさんで言えば程昱の爺さんも納得するしか無いだろ?」

「ああ、あの方ですか。そんな呼び方をしていたら、また怒られませんか?」

「良いんだよ、この場にいないんだから」

 郭嘉は乱暴な物言いで、周瑜に言う。

 どうにも郭嘉から見て程昱の評価が低い様だが、これは二人の仲が悪いと言うより二十近く離れた年齢のせいで、考え方が違いすぎる事が原因となっているのだろう。

「ですが、曹操殿の噂をすると曹操殿が現れると言われるほど。その軍師も似た様な事が出来るのでは?」

「ああ、アレは殿が目立たないどこにでもいそうな顔だから言われている事で、アレが袁紹くらい見栄えするのであればすぐに見つかってるって」

 郭嘉は自分の主である曹操に対してさえ言いたい放題である。

「まぁそれはともかく。これ以上戦を長引かせるのは色々危ないんだよ。袁術はもう良いとしても、袁紹は健在だ。我らの許昌もそうだが、徐州とて袁紹からは狙われている土地。呂布将軍や劉備の名は抑止力として相当な力がある。それらに守られていない期間が長くなるのはアネさんにとっても美味しくはないっしょ?」

 そう言われると、確かに心配になってくる。

 目下最大の敵とみなしていた曹操が同じ戦場にいるのだから、曹操から攻められる心配は無く、同じように袁術から徐州を攻められる心配もない。

 が、だからと言って徐州の守りがいらないのかと言えば、もちろんそんな事はない。

 徐州の治安が特別悪いと言う事はないのだが、それでも賊ははびこっている。また、曹操、袁術、孫策と徐州を取り巻く勢力のほとんどがこの場に集まっているとはいえ郭嘉が指摘した通り袁紹は健在であり、その気になれば今すぐにでも攻め込んで来る事が出来る。

 確かに周瑜や郭嘉が言う通り、この戦はこれで切り上げた方が良いのかもしれない。

「何か寿春を短期間で陥落させる妙策があるのであれば、それに越した事は無いんスけどねぇ」

 郭嘉がそう言いながら、陳宮の方を見る。

 毎回何かしら奥の手を隠し持っている雰囲気のある陳宮だが、今回ばかりは手が無さそうだと呂布は思った。

 と言うより、陳宮自身が攻略は陳国までで寿春攻略までは考えていなかった節がある。

 周瑜や郭嘉が言う様に、陳宮もここが引き時と思っているのだろう。

 が、それの役割を引き受けるのを嫌がっている様に見える。

「ねぇ、アネさん。頼みますよぉ」

「……お前、ねだれば良いと思っているな?」

「いやいや、俺にとって互角に戦える軍師はこの漢にただ二人。荀彧先生とアネさんだけだと認めてるんスよ」

 その不遜な態度や言動からも隠している様子は見られないが、郭嘉と言う男は相当な自信家であるらしかった。

 そんな郭嘉であっても無視出来ないのが陳宮と言う事なのだが、郭嘉の表情を見る限りでは陳宮の能力だけではなくその容姿も込みで評価しているのではないかとも見える。

 陳宮は散々粘ったのだが、周瑜や郭嘉だけでなく見かねた呂布も撤退案に賛成した為、渋々ながらその役目を引き受ける事になった。


 日暮れ時まで攻城戦は続いたが、やはり成果は上げられずに戻ってくる。

 主だった武将は曹操軍の武将達であり、勝利を収める事が出来なかった事もあって空気は張り詰めている。

「曹操殿、ここは引き時ではないでしょうか」

 そんな中にあっても陳宮は恐れる事無く、まったく空気を読まない発言を末席から発する。

「何を言う。逆賊を認めろと言うのか!」

 陳宮に食ってかかったのは、夏侯淵だった。

 曹操軍随一の弓の名手であり、曹操軍の神速を支える武将である。

 それだけに好戦的で短絡的なところがあり、曹操軍所属の際に陳宮は余り重用していなかった猛将でもあった。

 そんな確執もあって、夏侯淵が真っ先に反応したのだろう。

 同じように好戦的で陳宮に対して思うところのある張飛もそれに同意しているが、同様に好戦的ながら夏侯淵や張飛ほど短絡的ではない夏侯惇や関羽は、ここでの発言を避けた。

「でも、これ以上粘っても勝てそうに無いんじゃない? 私は賛成だけどなぁ」

 意外な事に、劉備がそんな事を言う。

「勝てそうにないとはどう言う事だ!」

「いやね、私は別に攻め落とせない方が無能とか言ってる訳じゃないわよ?」

 だとしたら言葉は選んだ方が良いのではないか、と呂布は思ったが劉備は気にしていない様だ。

「俺も撤退に賛成です」

 劉備に同意したのは孫策だった。

「別に袁術に恐れをなしたとか言う訳ではなく、長く土地を空ける事の不安があるせいです」

 曹操軍の武将達が何か口を開く前に、孫策は理由を話し始める。

「猿の如き袁術に対してさえ、陳国でその命の限り戦った義士が集っていました。偽帝を名乗った逆賊とは言え、この戦いが長引いた場合、袁術が逆賊だと言う事を忘れ大軍を相手に戦い続ける不屈の者と見られる恐れがあります。そうなった場合、そう見た者は袁紹を動かすでしょう。それに袁紹が乗った場合、曹操殿や呂布将軍の土地は袁紹自身から、俺の土地は袁紹の手の者である劉表から狙われる事が考えられます。そうなってからでは手遅れになりかねない以上、ここでの戦は切り上げるべきです」

「うんうん、坊ちゃんの言う通り」

 劉備は大きく頷いている。

 好戦的で短絡的な夏侯淵だったが、武将として無能と言う事はない。

 むしろ戦う事にかけては豊かな才能の持ち主であり、孫策もまた同じく武将として有能な人物である。

 これが周瑜の言葉であれば軍師の意見として夏侯淵から噛み付かれたかもしれないが、同類の孫策の言葉なだけに夏侯淵もその危険性を想定する事が出来た。

「他に撤退に賛成の者は?」

 曹操が周囲を見回して尋ねる。

 孫策や劉備、陳宮の他には呂布とその武将達、関羽、周瑜の他、曹操軍からは郭嘉や于禁なども撤退に賛成していた。

 一方、徹底抗戦の構えを見せているのが夏侯淵と張飛、楽進の他、軍師の程昱も含まれている。

 しかし徹底抗戦側も、孫策の指摘した危険性を無視する事は出来ていない。

 曹操軍は層の厚みはあるが、その分土地も広く天才軍師荀彧が拠点を守っているとは言えその相手が袁紹軍全軍となっては手に余るだろうし、その側面を突けるはずの呂布も不在ではそこの重圧も弱ってくる。

 また呂布や劉備が不在の徐州や小沛を攻められた場合、そこを守る戦力は乏しく、曹操も援軍を出すだけの余力が無い事は抗戦派の武将達にも分かっている上に、それに対する有効な手立てはない。

 徹底抗戦派の意見はそれまでに寿春を陥落させれば良いの一点張りだったが、その為の決定打も無い。

「……ここまで、ですね。これ以上議論を重ねても、抗戦側の意見は感情論のみで理は撤退側の意見の様です」

 これまで口を挟まなかった曹操がそう言った事で、全て決定した。

 そこからの行動は早く、連合軍は解散となった。


 呂布も徐州へ撤収する為に陣に戻っていると、曹操とその護衛も兼ねて許褚が訪ねてきた。

「呂布将軍、この度はありがとうございました」

「いや、とんでもない」

 呂布はそう言って頭を下げる。

「呂布将軍、このまま私に降ってはもらえませんか?」

「……はい?」

 曹操の突然の申し出に、呂布はきょとんとする。

「私は将軍とは戦いたくありません。将軍が私に降って頂ければ、私は必ず帝に上奏して将軍に然るべき地位を約束します」

「それには魅力を感じますが、お断りさせていただきます」

 先に答えを用意していた事もあって、呂布はすぐにそう答える事が出来た。

 陳宮から、曹操であれば呂布を直接口説きに来るかもしれない事は聞かされていたと言う事もあったが、正直に言うと本当に来るとは思っていなかった。

「何故?」

「曹操殿、俺は徐州の太守です。徐州の民が曹操殿を主と認めるのであれば、俺はすぐにでも曹操殿を徐州の主として認め、領地の全てを差し出しましょう。しかし、徐州の民が曹操殿を主と認めない以上、俺が降る事は出来ません。ご理解いただけますよね?」

「これは、一本取られましたか。呂布将軍にはやられっぱなしですね」

 曹操は苦笑いしながら言う。

「殿、于禁も夏侯兄弟も戻ったみたいです」

 伝令が来たのが見えると、許褚が曹操にそう伝えた。

 それぞれのところに挨拶に行かせていたらしい。

「では、次は敵同士と言う事になりますね」

「出来る事なら、戦いたくはないのですが」

 曹操の言葉に、呂布は素直に答える。

 曹操は苦笑いを浮かべたまま、呂布の陣営を去る。

 これで良かったのか、と呂布は自問していたが、それに答えられる者などこの時点では誰もいなかった。

落とせなかった寿春


演義でも正史でも落とされていません。

曹操、劉備、孫策、呂布と言う暴力的な連合軍であったにも関わらず、です。


まあ守勢の方が圧倒的に有利と言う事や、作中でも触れている通り連合軍の背後には袁紹と言う巨大過ぎる脅威があった事もあり、いつまでも攻城戦に時間を費やしていられないと言う事情があったからと言うのもあります。


また、詳しく触れていませんが袁術軍には金がありますので連合軍より装備の質が良い事や、だいぶ前にちょこっと触れた通り寿春には金をかけた防備があり、かつての都である長安を遥かに超えた防御力を有していたと言う事もあって落城を免れた訳です。


それが袁術にとって良かった事なのかはともかく、この時の寿春は相当な堅城であった事は間違いありません。

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