第四話(後半)
「それらの事を踏まえて、お二人にお尋ねしたい事がございます。曹操とはどの様な男ですか? 江南の地は遠く、噂は聞いた事があるものの実際にお会いした事はありませんので」
張紘は陳宮と呂布に尋ねる。
「そこの周瑜殿は以前曹操に会った事があるのでは?」
陳宮が周瑜の方を向いて尋ねる。
反董卓連合の時か?
呂布としてはどこで曹操と周瑜が会ったのかは分からないが、もし接点があるとしたらその時しかないだろう。
あの時には孫堅が参加していたし、息子の孫策もいたと言う。
もしそうだったら、その時に周瑜も参加していても不思議ではない。
「会った事はありますけど、私だけの話では信用していただけないもので」
と、周瑜は苦笑いする。
「いやいや、公瑾を信用していないわけではなく、情報を広く集めて多角的に分析する。それこそが真実を浮かび上がらせる事なのですよ」
張紘は穏やかに周瑜を諭す。
張紘と周瑜の会話のはずだが、二人からはこちらに聴かせる為に話している様な意図を感じられた。
「正直、曹操に関して俺から言える事は少ないですよ」
呂布は張紘に言う。
「何か気兼ねでも?」
「いや、そう言う事ではなく、何と言うかつかみどころの無い男で、見た目からはまったく想像も出来ない深みのある男だとしか」
「ほうほう、それは面白い」
張紘は人の良さそうな笑顔を浮かべながら、何度も頷いている。
「陳宮殿はいかがですか? 元々は曹操殿のところにいたとか」
「見限らせてもらったので、私の知る限りではいくらでもお知らせしたいところなのですが、実は私も呂布将軍の話した通りの事くらいしか話す事が出来ないと言うのが正直なところ」
陳宮も困り顔で言う。
情報を隠す、と言うより曹操と言う男には掴みどころがないと言うより霞の様な得体の知れなさがある。
あれを言葉だけで説明する事など無理なのだ。
「江南の二張と称される賢人、張紘殿の目で曹操を確認して下さい。これは決して情報を隠すと言う事ではなく、説明出来ないのです」
「なるほど。相当な知恵者と聞いていましたが、その陳宮殿をしてそこまで言わしめるとは。曹操と言う男に会うのは心しなければならないと言う事ですな」
張紘はやはり人の良さそうな笑顔を浮かべ、頷きながら言う。
「道案内として、こちらから陳登将軍をお付けしましょう。陳登将軍にも曹操との面識があり、徐州では必要不可欠な武将。こちらの信用を向こうに示す事も出来ましょう。陳登、行ってくれるか?」
陳宮が尋ねると、陳登は頷く。
「率いる兵は五千ほどで?」
「多過ぎる。こちらの向かう理由を曹操には伝えているので、向こうに護衛を任せる事も出来るし、落ち度は向こうに背負わせる事も出来る。こちらに単身で来られた張紘殿の件も大差無い」
「単身って。私もいるんですけど」
陳宮の言葉に、周瑜がささやかに抗議する。
「公瑾はこう見えて並の豪傑にも劣らない武芸を身につけていますので、私の護衛も勤めて頂いてます」
「さすが、南では武芸の嗜みが進んでいる。徐州でも進めるべきでは?」
見るからに文系の周瑜がそれほどの武芸者には見えないのだが、娘の蓉が周瑜の事を相当な実力者だと言っていた事もある。
これは周瑜個人の資質もあると思うのだが、洛陽での戦いで孫堅軍の兵の強さは知っている。
あの時の強さは漢軍の兵はもちろん、董卓の西涼軍にも劣らず、徐州の弱小兵では比べ物にならなかった。
確かに取り入れた方が良いかも。
とは思ったのだが、それを陳宮に任せるとまた遠慮の無いやり方をしそうなので、もし取り入れるとしても徐州の誰かに任せた方がだろう。
「では陳登、張紘殿と周瑜殿の護衛、任せたぞ」
「あ、ちょっと良いですか」
陳宮の言葉に、周瑜が挙手する。
「私、徐州に残ってたらダメですか?」
周瑜の提案は誰にも意外で、同行者である張紘も驚いている。
「おや? 公瑾は都に興味が無いのですか?」
「興味あります。めちゃくちゃ興味あります。けど、私って張紘様の同行者ですから張紘様と一緒でないと動けないでしょ? だとすると城から出られないじゃないですか。だったら徐州の方が面白そうですよ」
「遊びに来ている訳では無いのですよ」
「もちろんわかってますよ。だから、この徐州で勉強しようと思っていますから。この陳宮殿の元でなら、良い勉強出来そうですから」
「いや、それは止めといた方が良いと思うよ」
陳宮の人使いの粗さを知らない周瑜がそんな事を言っているので、呂布が苦笑いしながら言う。
「迷惑でしょうか」
「とんでもない。内勤の出来る若手であれば大歓迎ですとも」
陳宮が笑顔で言う。
外見は素晴らしく美しい女性なので見る分には良いのだが、彼女の元で働くのは楽ではない。
周瑜はその事は分かっているのだろうか。
「という訳で、私は徐州で修行しています。張紘殿、頼みましたよ」
「ご迷惑ではありませんか?」
張紘は困った表情で陳宮に尋ねる。
「迷惑だなんて、とんでもない。是非ともよろしくお願いします」
陳宮は喜んでいるが、陳登は眉を寄せて小さく首を振っている。
これは陳登が快く思っていないと言うより、周瑜に対しての合図と思われたのだが、肝心の周瑜が陳登に気付いていないようだった。
「周瑜殿には聞きたい事もあったので」
「何です? 私で分かる事でしたら答えますよ」
陳宮に対して、周瑜がはっきりと言う。
「では、袁術が伝国の玉璽を得たを言うのは事実ですか?」
「事実ですよ」
さらっと周瑜は答える。
「公瑾」
「隠す様な事ではありませんから」
張紘は嗜めるのだが、周瑜は気にしていない。
「どう言う経緯なのかは私にも分かりませんが、伯符が玉璽を担保にして袁術殿から旧孫堅軍の兵や武将を借り受けた事は事実です。が、袁術殿が出した兵は百前後だったとか。江南の地を得た今、その時借りた兵を十倍にして返還するので玉璽を朝廷に返して欲しいと言う書状を書いて、袁術殿に送っているところです」
「その玉璽とは本物なのですか?」
「さぁ、それは分かりません。袁術殿が兵を出してくれた事を見て本物だったと思うべきか、兵数が百しか無かった事で偽物と見るべきか」
周瑜は首を傾げている。
とぼけて誤魔化しているのか、本当に知っている事がそれだけなのかは分かりにくいが、ここで周瑜を問い詰めたとしてもこれ以上の情報は得られそうに無い。
陳宮もそう判断したのか、それ以上の事は尋ねようとはしなかった。
翌日にはさっそく陳登と張紘は許昌へ向けて出発し、周瑜は客人でありながら臨時で陳宮の補佐として内勤を手伝う事になった。
小沛から徐州城へ移っても内勤の多い宋憲は、臨時であるとは言え人手が増えた事を大喜びしている。
しかも周瑜はその若さや武勇に優れると言う割に、内務の手際も良く大器の片鱗を見せた。
以前袁術のところで会った孫策にも並外れた資質を見出したが、武の孫策の片腕として知の周瑜が付いているのが江南の地を得た事につながったのだろう。
これまで誰にも士官する事の無かった『江南の二張』と称される張紘と張昭が孫策陣営に加わったのも、この二人が主軸となる潜在能力の高さからかも知れないと、あの評価が厳しい陳宮でさえ認めるほどだった。
本来であればどう言う結果であったとしても、張紘が帰ってくるのを待って何事も無く終わるはずだったのだが、呂布にとってはまったく予想外の変事が起きた。
袁術が突如自らを皇帝と名乗り、漢王朝を廃して新王朝の樹立を宣言したのである。
二張の『じゃない方』 張紘
演義では基本的に二張のもう一方、張昭の方が圧倒的に出番が多いのですが、それには訳があります。
実際には今回の話よりもうちょっと後のタイミングなのですが、張紘は許昌に行ってからしばらく帰ってきません。
演義ではそのまま忘れられてしまったみたいで、それ以降名前が出てこなくなってしまいます。
ちなみに正史では呂布は張紘を高く評価していたみたいですが、張紘は呂布を嫌っていたらしく、呂布から俺に仕えないかと誘われますが拒絶しています。
孫策も張紘を手放したくなかった様で、丁寧な断りの手紙を呂布に送ったそうです。
演義では接点の無い呂布と孫策ですが、繋がりがあったと思わせるエピソードでもあります。




