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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第五章 その大地、徐州
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第九話

 そこから呂布は陳登や陳宮と共に、徐州を空白地にしない為に太守業務の代行を行う事にしたのだが、張飛が太守の代理となってからまったく進んでいない事がわかった。

「まぁ、そうだろうな」

 陳宮はため息混じりに言う。

 劉備にしても太守として名太守である訳では無かったが、それでも曹操に蹂躙された徐州の再興と軍備増強と言う急務があったので、それに沿った行動は取っていた。

 劉備自身もその能力に劣る自覚があった為、陳登やその父親である陳珪、糜竺や孫乾と言った面々の助言にも素直に従っていたので業務が滞る事は無く、軍備も関羽と張飛がいたのでそこを任せる事が出来た。

 が、張飛は違った。

 もしかしたら何かするつもりだったのかもしれないが、今となっては確かめようもない。

「とにかく、劉備殿に戻ってもらわなければならないが、それは誰か使いを出すか?」

 呂布も一緒に書類にまみれながら、ふと思いついた事を言う。

「それは張飛が伝えている事でしょう」

 陳宮は相変わらず冷たく、その態度からこの事には既に興味無いと言わんばかりである。

「まあ、呂布将軍もそれを見越して張飛殿を走らせたのでしょう?」

「いや、まったく考えてなかった」

 陳宮の言葉に、呂布は素直に応える。

 呂布があの時考えていたのは、いかに酔っているとはいえ張飛は並の豪傑ではない。そんな人物を深追いした場合、返り討ちにあう恐れがあったのが最大の理由である。

 その時の張飛の容赦の無さは容易に想像出来るので、逃げるのであれば素直にそうさせた方が良いと言う判断だった。

 その判断が正しかった事は、別の人物が別の形で証明する事になる。、

「太守にもそうだが、その前に袁術殿にも停戦を呼びかけなければならないのでは?」

「それは郝萌に任せましょう。アレはれっきとした袁術軍の武将ですから」

 呂布の提案に、陳宮がすぐに応える。

「では、太守のところには俺が直接出向こう。それが筋ってものだろうし」

「将軍自らですか? それでは逆に不安を煽る事になりかねませんよ」

 陳登が心配しているのは、やはり張飛の過剰反応である。

 何よりも個人の感情を優先する張飛は、呂布の顔を見ただけで敵だと決めつけて行動するかもしれない。

 そうなった場合、呂布と劉備は決定的な破局を迎え、徐州にとって何も良い結果を生まない事を陳登は心配しているのだ。

「関平を一緒に行かせればいいでしょう。関平は状況を知っていますし、もしそれでダメだったら劉備夫人でも、母上様でもご同行してもらえば話の通じない張飛であってもこちらに問答無用で襲いかかってくる事は無いはず」

 陳宮の提案は露骨に人質を思わせるので多少の抵抗はあったが、それが効果的である事は呂布にも理解出来た。

 だが、呂布達が動くより先に事態は望まない方向へと動いていく。

 呂布が劉備のところへ向かおうとする準備をしているところ、陳宮がやって来る。

「将軍、来客です」

「客? 俺に? 劉備殿にではないのか?」

「将軍に、です」

 陳宮も多忙を極めているはずなのだが、それでも優先するような客と言う事だろうか。

 呂布は若干不安を感じながら陳宮に促されて、来客に会う事になった。

 知り合いか、あるいは小沛に何かあったかと呂布は考えていたが、客間に待たせていた人物は知り合いでも無ければ小沛の留守役の誰かと言う訳でもなかった。

 ……誰?

「お初にお目にかかります。私、袁術旗下の楊弘ようこうと申します」

「袁術殿の?」

 呂布は眉を寄せる。

 確かに郝萌、曹性は呂布の元にいるが袁紹のところへ援軍を届けて以降、袁術の方からこちらに連絡を入れてくる様な事は無かったので気になった。

「この度は徐州の獲得、おめでとうございます」

「は?」

「呂布将軍ほどの武勇と武勲から、一太守では収まるものでは無いと思いますが、それでも徐州と言う地盤を得て……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何の話だ?」

 勝手に話を進める楊弘に、呂布は首を傾げる。

「おとぼけになりますな、呂布将軍。呂布将軍が天下に立つ為、あの小賢しい小悪党劉備から徐州を奪い取ったのでしょう?」

「……は? どこからそんな話に?」

「無駄話は必要ない。そんな事より、要件は何だ?」

 陳宮には大した問題では無かったようだが、これはそんな簡単に流して良い問題なのだろうか。

「は、これはとんだ失礼を。あの不届き者劉備も、今は軍を率いているとはいえ帰るところのない烏合の衆。将軍が兵を出して頂ければ、我らと挟撃する事が出来ます。あの身の程知らずに思い知らせてやりましょう」

 楊弘は鼻息荒く言うが、呂布は眉を寄せたまま腕を組む。

 せっかくの袁術の申し出を無碍には出来ないが、だからと言って劉備に対して兵を出す理由も無い。

「呂布将軍、何を迷われるのですか? あの劉備は仁君と言われていますが、実際はとんだ食わせ者。あの者は皇帝の名を語り、我らが袁術様の土地を奪い取ろうと兵を出した野盗の如き者。呂布将軍、将軍ほどの戦上手であれば赤子の手をひねるようなモノではありませんか」

「それは……」

「ただで我々を使うつもりか? 我々は袁術の家臣では無いのだが?」

 呂布の言葉を遮る様に、陳宮が言う。

「もちろん、袁術様は呂布将軍を高く評価していますので、充分な報酬を用意しております。兵糧を五万石、名馬を五百頭、金銀一万両、さらには一千匹の反物を報酬として約束いたしましょう。劉備の首にそれほどの価値はありませんが、将軍の武勇に対する正当な評価として、これらの報酬を……」

「承ったと、袁術に伝えるが良い」

 今度は楊弘の言葉を遮って、陳宮が答える。

「陳宮……」

 さすがに独断が過ぎると思い呂布は声をかけようとしたが、陳宮が小さく手で制する。

 何か考えがあるらしい。

「しかし、徐州兵にいきなり太守である劉備を討伐すると言っても動かないだろう。もし無理矢理に動かした場合、その足で劉備と合流する恐れが高い。我々の兵である小沛の兵を出す。急ぎ支度をするので、袁術のところに戻るが良い」

 陳宮は楊弘に向かって言うと、追い出す様に楊弘を急かす。

 一方の楊弘はまだ何か喋りたがっていたのだが、陳宮にひと睨みされただけでその重圧に負けてすごすごと立ち去っていく。

「陳宮、確かに今の徐州には金品や兵糧は必要だが、だからと言って劉備殿を売るなど信義にもとるのではないか?」

「その通りです。ですので、劉備にはすぐに避難してもらわなくてはなりません」

 陳宮は事態を理解出来ていない呂布に説明するより先に、孫乾を呼ぶ。

「孫乾、今すぐ劉備のところへ行ってもらいたい」

「はい? 一体何事ですか?」

 呼ばれていきなりそんな事を言われては、いかに明晰で胆力に優れる孫乾と言ってもそう尋ねるのが普通である。

「袁術が我々に劉備殿の挟撃を持ちかけてきた。今袁術と事を構えて勝てる見込みは無いから引き受けざるを得なかったが、今すぐ劉備殿のところへ行き姿を隠せば袁術を躱す事は出来る」

 陳宮の早口の説明に、孫乾は眉を寄せる。

「それはつまり、劉備殿を売ったと?」

「袁術は劉備殿より呂布将軍を扱いやすいと侮っている。こちらが利用されてやれば、袁術はさらに我々を侮る事だろう。そうして時を稼がねば、徐州も袁術に飲み込まれる事になる」

「劉備殿に身を隠せと伝えるのは良いとしても、その後はどうするのですか? ただ身を隠せとは余りにも無責任でしょう」

「劉備殿は正式な徐州の太守。この戦だけ避ければ大腕を振って徐州へ戻っていただく事も出来る。孫乾、劉備殿は我々にとっても大切なお方。何とか説得してほしい」

 陳宮は珍しく頭を下げて頼む。

 普段冷徹で傲慢にさえ見える陳宮が頭を下げたので、孫乾としても驚いている様子だった。

「今はとにかく私を信じてくれ。必ず上手くやってみせる」

「分かりました、やってみましょう」

 孫乾は頷いて、急ぎ足で立ち去っていく。

「つまり、袁術が俺を利用しようとしている事を、こちらも利用すると言う事か?」

「私は袁術も袁紹も見知っていますが、袁術は放っておいても自滅する事でしょう。しかし、短絡的であるが故に危険でもあります。これが袁紹であれば手強い反面計算も出来るのですが、袁術はそうもいきません。言ってしまえばわがままなガキがそのまま大きくなって権力を持った様なヤツですから」

 ひどい言われようだ、と呂布は苦笑いする。

 が、端的にとはいえ的確に袁術と言う人物を捉えていると言えた。

「それだったら下手に報酬を要求しない方が良かったのではないか?」

「いえ、簡単に引き受けては逆に裏があると怪しまれます。こちらは金で簡単に買収出来る小物と思われた方がやりやすく、信憑性も出てきます」

 そう言うものなのか、と呂布は感心する。

「とにかく、こちらも急いで準備しましょう。小沛に使いを出して兵を出させなければなりません」

「そうだな。では、戦う必要も無い事だし魏続や侯成にでも……」

「いえ、あの二人では全てを説明した場合、袁術にこちらの意図が悟られる恐れもあります。それに手柄を焦る余り、劉備を深追いする事もあるでしょう。劉備には徐州兵の他、関羽と合流したであろう張飛もいます。もし戦になってしまっては、劉備はともかく関羽と張飛の説得は私や孫乾では不可能でしょう」

「なるほど、その通り。では誰にする?」

「郝萌、曹性にはさすがに袁術を利用するとは説明出来ませんからね。成廉にしても形だけとは言え袁術に協力するのは気に入らない事でしょう。宋憲では兵を押さえる事に不安がありますので、残るは張遼か高順か」

「文遠はちょっと融通が効かない堅物だから、高順の方が良いな。あいつはアレで器用だし、こちらの意図を察してくれるだろう」

「そうしましょう。では将軍には指令書を書いていただきます。私からの命令では動いてもらえないかもしれないので」

 陳宮に言われて、呂布は小沛の高順に宛てて指令書を書く。

 袁術に請われて劉備を挟撃する事になったので、急ぎ小沛の兵五千を率いて劉備が駐屯している盱眙くいを攻める様に支持する。

 その一方で深追いは避ける事を明言して、もし劉備が見つからない様だったら小沛にも不安が無い訳ではないので、急いで小沛に戻るようにとも記しておく。

 自分で書いておいてなんだが、もしこの指令書を何も知らずに呂布が受け取ったとしたら、一体何事かと不安になりそうな内容である。

 高順であれば察してくれると期待して、呂布は小沛に使いを出す。

「これで一先ずは安心ですが、この際ですので将軍に一つ言わせていただきます」

 陳宮が呂布の前に立って言う。

「呂布将軍は、劉備はもちろん曹操や袁紹と比べても何ら劣るところの無い、それどころか遥かに上回る武勇を持ちながら何故将軍は流れ者で、彼らは自らの土地を持っている。その差は何か考えた事はありますか?」

「それはもちろん、才能の差だよ。俺には袁紹や曹操みたいな英雄としての資質は持っていないから」

「まったく違います」

 自信満々に応えた呂布だったが、陳宮から一蹴された。

「将軍は戦えば勝てるせいか、勝とうと言う意志に欠けているのです。曹操や劉備はそれに貪欲であるのに対し、将軍はただ流されているだけであり、自ら自分の立場を作る努力を怠っているのです。その差が大きく出ているのが、今の立場の違いである事は心に留めておいて下さい」

 そんなつもりは無いのだが。

 と、呂布は言いたかったが、陳宮の言葉が胸に刺さった事も間違いなかった。

この頃の袁術軍


滅茶苦茶強いです。

その規模も大きく、袁紹より強大だったはず。

本編では触れていませんが、この頃孫策が袁術から独立して風向きが変わってきます。

また、劉備軍はこの時の袁術軍に対して優勢に戦っていましたが、そもそも動員出来る兵力に違いが有り過ぎますので、呂布から徐州を奪われなくても袁術に勝つ事は出来なかったでしょう。


ちなみに今回使者として出てきた楊弘ですが、正史でも演義でも袁術軍にそんな人がいた程度にしか記載が無い可哀想な人の様でしたので、こんな扱いになっています。

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