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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第五章 その大地、徐州

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第八話

 呂布が騒動の現場へ到着した時、事態は想像を遥かに超えた状況になっていた。

 何がどうしてそうなったのかまるで予想もつかないが、酒に酔った張飛とその侠仲間と思われる屈強な強面達数十人が武器を手にし、同じく武器を持って張飛達を威嚇している徐州兵達と睨み合っているところだった。

「……これは?」

 呂布は困って曹豹に尋ねる。

「これは張飛の謀反です! 呂布将軍、鎮圧して下さい!」

 怯えた曹豹は、呂布の後ろから声高に叫ぶ。

「いや、謀反って……。張飛殿は劉備殿の義弟でしょう? 俺も桃園の誓いについては聞き及んでいます。生まれた時は違えども、死す時は同じ日同じ時をとか。そんな義理堅い人物が謀反とは、何か事情が……」

「曹豹! 貴様ぁ、呂布を連れてくるとは、貴様こそ兄者を裏切る不届き者よ! その呂布共々成敗してくれるわ!」

 曹豹の声が聞こえたのか、張飛の轟雷の様な声が響く。

「呂布将軍」

 事態の鎮圧を計っていたと思われる陳登も、困り果てた様子で呂布の方を見る。

 立場的には陳登は太守代理である張飛の補佐役を任せられていると言う事だった為、ここで呂布に協力を求めるべきかどうかを迷っているらしかった。

「ちょっと落ち着いて。そもそも何故同じ徐州軍同士で武器を構え合っているんですか? 曹豹殿も陳登殿も張飛殿も、同じ太守に仕える武将ではありませんか」

 呂布は両手を広げて害意が無い事を示しつつ、張飛に向かって話しかける。

「あぁん? 貴様みてぇな野郎と話す事はねえ!」

 張飛は手にした蛇矛を振りかざし、威嚇してくる。

「馬や女の為に親を殺す様な畜生が、この俺様に説教か? ぶっ殺して俺の忠義を示してくれるわ!」

「いや、俺は戦うつもりは無い。とにかく落ち着いて話し合いましょう。確か太守に禁酒を命じられていたのでは?」

「黙れぃ! 野郎共! こいつは俺達の敵だ、やっちまえ!」

 張飛の掛け声を同時に強面の連中は奇声を上げて襲いかかってくる。

「応戦だ!」

「待て! 盾で防ぐだけで良い! 同士討ちは避けるんだ!」

 曹豹が徐州兵に命令するが、すぐに呂布が訂正して自ら前に出る。

 その言葉に対する陳登の対応は素早く、大盾を構えた徐州兵達が前に出て張飛の手下達の攻撃を防ぐ。

 弱小と言われる徐州兵ではあるが、それでも数と装備が整っていれば多少の実力差など簡単に埋める事が出来る。

 ただ、それでは埋められない差と言うものもある。

 張飛の膂力はまさにそれで、十人の徐州兵が大盾を構えていたとしても、それを力だけでなぎ倒す事が出来るほどの怪力を持つ。

 その張飛を呂布が抑えている事が、徐州兵の気持ちを強くして張飛の手下達を制圧していた。

 一方の呂布は、この状況に困惑したままだった。

 酔った張飛は呂布に向かって敵意を剥き出しにしているし、あの蛇矛の驚異的な殺傷能力は以前の戦いで見知っている。

 あの時は馬上戦だった事もあり、呂布には心強い味方であり決定的な差をして赤兎馬があったので優位に戦う事も出来たが、今は赤兎馬も方天戟も無く、手持ちの武器は剣しかない。

 張飛は得意の蛇矛を手にしているのだから、間合いの優位は張飛にあり、単純な腕力ではおそらく張飛の方が上である。

 このまま地上戦を行えば張飛の方が強いのではないか、と呂布は警戒するが、呂布は自分の実力を過小評価する傾向が強い。

 張飛は非常に感情的な人物であり、その感情によって実力の上下動の幅が非常に大きく安定しない。

 せっかくの圧倒的な戦闘能力も無駄にしてしまうくらい、感情で空回ってしまうのだ。

 ましてこの時は酒に酔っているせいで足元も定まらず、脅威的な腕力を制御する事も出来ない事もあって、自分で振った蛇矛に振り回される有様だった。

「張飛殿、まずは武器を収めて下さい」

 呂布は剣を抜く事無く、張飛が振り回す蛇矛を躱して近づいていく。

 通常であれば戦闘行為も行う事も出来ないくらいに酔った張飛だったが、そんな状態であっても並の豪傑を遥かに上回る殺傷能力を有している。

 が、さすがに呂布の相手ではなく、呂布は前に、張飛は後ろにと移動して行く。

 勇猛果敢で傍若無人な張飛が相手に圧されて後ずさるところなど見たことも無かった強面達は、武器も構えずに張飛を圧倒する呂布を前に一気に気持ちが萎え始めていた。

 呂布は張飛の蛇矛を躱し、その返しの振りが来る直前に蛇矛を押さえて動きを制する。

 それは誰の目にも、目を疑う光景だった。

 張飛の暴威を知らない者など、徐州には一人もいない。

 その張飛を相手に素手で挑み、ほとんど攻撃する事無く制圧する事が出来る人物など想像も出来ない事だった。

 同じく人並み外れた豪傑の関羽や常人とは思えない劉備であったとしても、これほど簡単に張飛の蛇矛を掴んで制する事など出来ないだろう。

「とにかく、話をしましょう。このままでは不本意な謀反の疑いをかけられたままになってしまいますよ」

「ええい、黙れ! 謀反人はお前の方だ!」

 ただでさえ感情的で議論に向かない張飛だが、今は酒も入っている為に議論どころかまともに会話も成立させる事も無理だった。

「叔父上! これは何の騒ぎですか?」

 呂布や劉備の妻達を守っていたはずの関平と陳宮、何故か蓉までが一緒にやって来た。

「関平! その連れはこいつの娘か!」

 張飛が目ざとく関平達を見つけると、呂布越しに声をかける。

「は? あ、ああ、まぁ、呂布将軍の娘だが」

「切れ! こいつらは徐州を乗っ取るつもりだ!」

「はぁ? 叔父上、言っている事が滅茶苦茶では? 第一、女子供を切るなど、ワシは嫌だ」

 関平は張飛に反発する。

「張飛殿、俺の事はともかく娘を切れとはどういう事だ? まずは武器を収めて、話し合いで解決させよう」

 娘にさえ危害を加えようとする張飛に対し、それでも呂布は冷静に提案を続ける。

「黙れぃ!」

 張飛は力任せに呂布が押さえる蛇矛を振るう。

 下手に抗わずに呂布は蛇矛を手放すと、張飛は自分の力を制御する事も出来ずにひっくり返る。

「陳登、いかに太守から留守を任されているとはいえ、これは立派な騒乱罪だ。張飛を捕えよ」

 陳宮が冷たく言う。

「そうなりますな。捕えよ」

 陳登もその指示に従うと、徐州兵を動かす。

「おのれぇ! 覚えていやがれ!」

 張飛はそう吠えると、手近なところにいた騎兵の一人を馬から引きずり下ろし、その馬を強奪して逃げ去っていく。

「これ以上の騒ぎは無用! 皆、解散せよ!」

 呂布は高らかに宣言すると、徐州兵から制圧されている張飛の手下達も解放する。

「死傷者はいるか?」

「軽傷者が数人程度で、死者は出ていないようです」

 陳登は素早く事態の把握の為に徐州兵数人に報告させていた。

 解放された強面な張飛の手下達は、どこかへ去っていってしまった張飛を遅まきながら追いかけていく。

「ところで、何があったのですか?」

 陳宮は呂布に尋ねる。

「いや、俺にもさっぱり。妻や劉備夫人達は無事か?」

「それは問題ありません。劉備夫人の兄である糜竺びじくが、武装兵五十人を手配していましたので」

「……多すぎないか?」

「それだけ危険を感じたのでしょう。念のため、関平とお嬢様も夫人達のところへ行かせましょう」

 陳宮は勝手についてきたらしい関平と蓉に戻る様に言うが、二人共拒絶している。

「せっかく来たのに、つまんない!」

「小娘の出る幕ではない! ここはワシに任せておけ」

「あぁん? 私より弱いくせに何言ってるの?」

「二人共邪魔だから戻れと言っているのだ」

 陳宮に睨まれ、関平も蓉もすごすごと退散して行く。

 関平にしても蓉にしても年齢からすると並外れた武勇の持ち主ではあるのだが、それでも一応徐州兵五人ほどが一緒に護衛としてついて行った。

 まあ、怖いよな。

 子供達は陳宮を恐れているみたいだが、正直言うと呂布も陳宮はちょっと怖い。

 事態の収拾に一段落ついたところで、陳登は呂布と陳宮に合流する。

「あれ? 曹豹殿は?」

 陳登に言われて、呂布も曹豹の姿を探したがどこにもいない。

 陳宮に尋ねてみても、彼女もいつから曹豹がいなくなったのか気付かなかったと言う。

「しかし、どういう事だ? 太守は張飛に禁酒を命じたはずだと聞いていたが、張飛もその手下共も明らかに酔っていたみたいだが」

 陳宮としては曹豹がどこへ行ったかより、この不可解な現状の把握の方が急務らしい。

「それがお恥ずかしい話で……」

 陳登の口は重かったが、事態の収拾に多大な貢献をした呂布を蔑ろには出来ない事は理解している。

 そうは言っても、陳登も事の始まりからいた訳ではないらしいので、最初から参加していた兵士の話と言う前置きもあった。

 そもそも事の発端は、張飛が劉備から太守として留守居役を任され、その時に禁酒を言い渡された事から始まったらしい。

 無類の酒好きである張飛としては拷問に近い命令だったが、義兄弟の長兄からの命令には従わざるを得ない。

 それに元々この留守居役は周囲の反対を押し切って、張飛が名乗りを挙げた事だと陳登は言っていたので、張飛が劉備に対してどう思っていたとしても太守と言う大役を務める為には禁酒は絶対条件でもあった。

 そこで張飛は、そもそも城に酒があるから飲みたくなると言う理由から、徐州城にある酒を集めさせたと言う。

 それを任された人物の中に曹豹もいた。

 そこで集められた酒を処分していたところ、突然張飛が怒鳴り始めたらしい。

「何でも、せっかくの酒を捨てるとは何事か、と……」

「はぁ?」

 陳宮が呆れた声を上げるが、陳登も困り顔である。

 そこで曹豹と一悶着あったらしい、と陳登は続ける。

 曹豹は張飛の命令で酒を集めて処分していたのだが、張飛は処分するくらいなら飲むと言い始めたと、兵士は証言した。

「絵に書いた本末転倒だな」

 陳宮が言うが、さすがにこれは擁護のしようが無いと呂布も思う。

 もちろん曹豹もそれを言ったらしい。

 禁酒の命令が太守から下され、それを遵守する為に酒を処分しようとした張飛の行動は実に立派な事と曹豹は張飛をおだてたのだが、目の前の酒が飲みたくて仕方がない張飛はそれに聞く耳を持たず、禁酒は明日からと言い出し、ここに集めた酒は今日飲んでしまうと言って、手下を集めて宴会が始まってしまったらしい。

 曹豹が道理をもって説明しても、最終的に腕力で解決させる張飛のやり方には無力で、曹豹は兵を動員しても宴会をやめさせようとしたのだが、それが逆効果になり張飛は太守の代役である自分に逆らうのかと曹豹を責めた。

 普段から高圧的な態度が気に入らなかったらしい曹豹は、禁酒の命令も守れない者が太守の代役など務まるか、と逆に張飛を責めた。

 ただでさえ短気な張飛は酒も入っている事もあって、曹豹を切り捨てると喚き散らしたが、この時は手下達に止められたらしい。

 そこで張飛は曹豹にも飲めと命じ、それで暴言は無しにしてやると提案したと言う。

 曹豹も命の危険を感じた様で、張飛の酒を最初は飲んだらしいのだが、曹豹はさほど酒に強い方ではなかったので、一杯だけもらって後は飲めないと断ったらしい。

 そこでまた張飛が怒り出し、命令に従わなければ反逆罪だと言い出した。

 それでも飲めない曹豹は、娘婿に免じて許して欲しいと提案した。

「……娘婿って、俺か?」

「ええ。曹豹殿が呂布将軍の名前を出した途端、張飛殿は烈火の如く怒り始め、曹豹殿を呂布将軍と結託して徐州を奪う内通者だと決めつけて処断しようとしたそうです」

 この時、曹豹は逃げ出して呂布の元へやって来たらしい。

 陳登のところにも徐州兵の一人が報告に来たのだが、その時の徐州兵の報告では張飛が手下と共に暴れて手がつけられない暴漢になってしまったと言われ、事態が分からないまま暴徒鎮圧と言う名目で兵を動かしたと言う。

 そう言う事もあって、この場の徐州兵は大盾を持った兵が多く配置されていたと言う事だった。

「そんなヤツに太守の代役を任せるとは、太守は一体何を考えているのか」

 陳宮は劉備に対して怒りを覚えているようだった。

「とにかく事は収まったみたいだし、劉備夫人達にも事の経緯を伝えた方が良いだろう。こんな事で混乱を招いても仕方がない」

 呂布の提案に、陳登も頷く。

 こうして些細な行き違いから、徐州太守代行は張飛から呂布へと移る事になった。

今回の騒動


ここまでアホな事では無さそうですが、これに類する事は正史でも起きているみたいです。

演義ではこの通りです。

これに乗じて陳宮と呂布は徐州乗っ取りを行うのですが、この場合呂布や陳宮以前に張飛に問題があり過ぎではないかと思います。

また、これは明らかに劉備の人選ミスでもあるでしょう。

どう考えてもこの時の張飛に務まるとは思えません。

この時の徐州にも陶謙の息子達や陳登などがいたので太守を代行出来る者は他にいたはずなのですが、それでも張飛を太守に据えたのは、案外劉備は徐州の武将を信用していなかったのではないでしょうか。

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