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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第五章 その大地、徐州
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第五話

 曹操軍を撃退してから、呂布は小沛の復興に追われていた。

 陳宮の大胆な策によって小沛の半分は焼け落ちたのだが、曹操軍襲撃前の小沛は半分どころか三分の二は空家で、ほぼ廃墟の様相だった。

 小沛の半分を失ったところでさほどの問題は無いはずだったのだが、予想外の事が起きた。

 さほど蓄えの無い呂布軍には、先の戦で曹操軍の兵を数千ほど捕虜としたのだが養っていけるはずもなく、陳宮はその捕虜すべてを解放する事にした。

 のだが、解放されたはずの曹操兵達のほとんどが曹操の元へは戻らず、この小沛に留まる事を望んだのである。

 極めて簡単な理由として、彼らはもう呂布軍と戦いたくないと考えたのだ。

 また、曹操との戦の際に小沛を離れた住人達だったが、曹操撃退の後に戻ってきたのは離れていた住人の数倍に膨れ上がっていた。

 以前攻め込んできた際の曹操にはなすすべなく虐殺された徐州の民達だったのだが、呂布は十倍を誇る曹操軍を逆に蹂躙してみせた。

 それによって呂布であれば曹操から守ってくれると思ったらしく、小沛の民以外の者達さえも続々と小沛に集まってきたのである。

 それら全てを小沛に受け入れてきたのだが、火を免れた建物では足りなくなってしまったのだ。

 そう言う事もあり、呂布軍の目下の急務は小沛の復旧となったのである。

 基本的に腕力だよりである呂布軍の武将達だが、ここで才を見せた者達もいた。

 緻密な差配をする陳宮は言うまでもないにしても、小沛復旧にもっとも才を見せたのは何事にも器用な面のある宋憲だった。

 また、独立勢力として独立独歩でやって来た成廉も見事な働きを見せたが、意外にも侯成が良い仕事をして、陳宮にも驚かれていた。

 逆にこれまで器用なところを見せてきた高順だったが、ここでは侯成に大きく遅れを取り、早々と復旧作業から僅かな手勢で小沛の警護の役割に回っている。

 同じように張遼や魏続も警護の方に周り、それ以外の者は呂布も含めて小沛の復旧に務めた。

 その結果もあり、見栄えは悪いものの小沛は急速に活気を取り戻してきた。

 そんな時である。

「奉先、ちょっと良いか?」

 周辺を見て回っていた高順達が小沛に戻ってくると、難しい表情で呂布の元へやって来た。

「どうした、高順。不景気な顔して」

「それは生まれつきだ。それよりも聞け」

「ん? 大事か?」

「かも知れんから、わざわざ来たんだ」

「軍師殿も呼ぼう」

「って言うか、城に戻りましょう。なんで作業場から離れたがらないんですか」

 荊州にいた時からそうだったのだが、呂布は城の中にいる事より城の外にいる事を好む傾向が強い。

 真面目に城勤めをしていたのは董卓の護衛をしていた時くらいで、今でも小沛の内務は陳宮とその補佐を務める事が多い宋憲や曹性に任せっきりである。

 しかし、いくら呂布が城嫌いであったとしても、重要案件と言われて軍師同伴の必要があるのであれば、それはこの場に陳宮を呼ぶより呂布が城に戻る方が良い事は分かる。

 呂布は作業を住人達に任せ、武将達を招集して小沛城へ戻る。

 小沛城の内務室に行くと、書類の山の中に陳宮と曹性、郝萌がいた。

「軍師殿、ちょっと良いか?」

「何か?」

 主君である呂布の言葉に、陳宮は書類から顔も上げずに尋ねる。

「おい、無礼ではないか?」

 魏続が食ってかかろうとするのを、呂布が止める。

「高順の方から気になる報告があると言う。是非とも軍師殿にも聞いていただきたい」

「報告?」

 陳宮は相変わらず冷たすぎるほどの目を高順達、外回り組に向ける。

 魏続などはその目に恐れを抱くが、高順や張遼はさすがにびくともしない。

「では、別の部屋へ」

 陳宮はそう言うと、執務室から会議室へと移る。

「宋憲殿、こっちに戻ってもらえませんか?」

 移動中に曹性が、宋憲に泣きつく。

「いやぁ、自分も向こうで仕事がありますからなぁ」

 宋憲は言葉を濁す。

 宋憲も陳宮の人使いの荒さはよく知っている。

 武勇一辺倒の傾向が強い呂布軍にあって、宋憲や曹性は陳宮にとって非常に使い勝手の良い人物である為、何かと重宝していた。

 が、何分陳宮には遠慮や配慮といった部分が人並み以上に欠落している為、寝る間も惜しむ必要がある場合さえ出てくる。

 一方で賞与は公平であり、重責に応えた者には厚い恩賞が与えられるので、厳しいながらも逃げ出す者は少ない。

 だが、さすがに宋憲や曹性には疲労の色は濃い。

 今回たまたま作業場の持ち場を与えられた宋憲は、内勤の際より活き活きとしているのはそう言う事でもあった。

「私も外仕事が良いです。侯成君、内勤やってみない?」

「俺には学が無いから無理」

 曹性はもっとも若い侯成に言ってみたが、侯成はすぐに断ってくる。

 小沛復旧組の中でも、内勤の厳しさは噂になっていた。

 内勤の厳しさと言うより、正しくは陳宮の厳しさ、である。

「文官も大変だなぁ」

 これまで文官の事を見くびっていた成廉だが、外での体力仕事の方が楽になるとは夢にも思っていなかった。

「軍師殿に鍛えられたのだから、曹操軍は強くなったんでしょうね」

 張遼の言葉に、全員が苦笑いする。

「それで、報告とは?」

 会議室に移動してそれぞれが席につくと、陳宮がさっそく切り出す。

「徐州軍がこちらへ向かってくる。数は一万以上だ」

 高順の言葉に、場の緊張感が一気に高まる。

「一万と言えば、今の徐州軍で動員出来るほぼ全軍では?」

 曹性が陳宮に尋ねる。

 こう言う数字に強くなったのも、陳宮に鍛えられてきた賜物である。

 徐州軍も先の曹操軍の襲撃などで逃亡者も続出し、一時壊滅状態に近いところまで数を減らしていた。

 劉備が太守となってその数も増え、関羽、張飛といった豪傑が調練しているので、以前の徐州軍と比べて格段に強力になってきたのだが、それでもその数はまだ多くない。

 一州の州軍から考えると、動員数が一万と言うのは少ないと言える数なのだが、その軍がこの小沛を目指していると言う。

「何だ? 俺達と戦うつもりか? 俺達は曹操軍数万を蹴散らしたんだぞ? 徐州軍一万など、話にならんだろう」

 魏続は鼻で笑うが、陳宮の表情は険しい。

「ここで徐州軍が我々と揉める事に何の意味があると言うのだ?」

「ん? そう難しい話なのか?」

 呂布は一人首を傾げる。

「小沛復旧の為、劉備殿が物資と人夫を派遣してくれたのではないか?」

「なるほど、助かりますな」

 呂布の言葉に宋憲と曹性は頷いているが、その言葉に頷いているのはその二人だけであり、他の面々の表情は険しいままだった。

「とはいえ、今徐州軍と戦う事に良い事は何一つ無い。ここは呂布将軍の人の良さに賭けてみましょう。仮にも仁君の評判の高い劉備が、無抵抗に迎え入れた我々を騙し討ちは出来ないでしょうから」

「徐州軍など一万だぞ? 楽勝ではないか」

 魏続は戦うつもりだったらしいが、陳宮は呆れた様に溜息をついて首を振る。

「曹操軍には奇襲が成功しただけ。備えも無く徐州軍とぶつかり合っては、勝つ事は出来てもすぐにそれを知った曹操軍が攻めてくる。そうなっては我々も劉備の徐州軍も曹操軍に戦う事なく飲み込まれるだけ。今は徐州軍を迎え入れる事しか出来ない。曹性、宋憲、すぐに太守をお招きする準備を。高順と張遼は武装を解き、最低限の見張りだけで小沛城の守備を。くれぐれも失礼の無いよう。他の者は復旧作業に当たるがいい。太守に小沛の復旧は間近であるところを見ていただこう」

 陳宮はすぐに各人に指示を出す。

「軍師殿、俺は?」

 指示の無い呂布は不思議そうに陳宮に尋ねる。

「呂布殿が太守を迎えずしてどうします。すぐに身支度を整えて下さい。こんな事なら奥方をこちらに招いておくべきでしたか」

 陳宮に言われ、呂布はそそくさとその場を離れる。

 時をおかず、徐州軍が小沛に到着した。

「呂布様ぁ、貴方の劉備が来ましたよぉ」

「いや、俺のではないですが」

 劉備に対して、曹操は苦笑いしながら答える。

「兄者、無礼にもほどがあろう」

 相変わらず関羽から頭を掴まれながら、それでも劉備はニコニコしている。

「曹操撃退記念に、私から人夫と物資の贈り物。良い様に使ってやって」

「助かります、太守。軍師、さっそく差配を頼む」

「御意に」

 呂布に言われ、陳宮は頭を下げる。

「この麗しい軍師殿が、あの曹操を焼き払った鬼謀の主かぁ。お陰で徐州は助かりました。ありがとう」

「いえ、私の策と言うより、呂布将軍の武名があってこそ。私などより、呂布将軍をお褒め下さい」

 陳宮は呂布の影に隠れる様に、しおらしく言う。

「兄者! これ以上の問答無用! 呂布を討てとの書状が来たではないか!」

「翼徳、黙れ!」

 社交辞令に飽きたせいか、張飛が突然怒鳴りだしたのを関羽が止める。

「今のは事実ですか?」

 陳宮が劉備を見る。

「おう! 兵を率いたのはその為だ!」

「黙らぬか、翼徳!」

 暴れだしそうな張飛を、関羽が一喝する。

「まぁ、その件も込みで私が直接来たんですよねぇ。正直、討てと言われても無理だもん」

 劉備は笑いながら言う。

「兄者?」

「翼徳、ちょっと黙ってようか」

 劉備の言葉が気に入らないようだが、劉備はまったく相手にせずに手をひらひらさせて張飛を制する。

 乱暴者を絵に書いた様な張飛をそれだけのの動きで制する事が出来るのだから、劉備との信頼関係は並外れているのが見て取れる。

 あるいは、劉備自身も張飛や関羽に劣らぬ武人なのかもしれないと、呂布は思う。

 実際に手を合わせたからわかるのだが、単純な武力であれば劉備と関羽、張飛とは比べ物にもならないのだが、劉備の強さはそう言う分かり易いモノではない。

「立ち話と言うわけにもいきません。どうぞ、城内へ」

「はーい」

 劉備は関羽と張飛を伴い、呂布は陳宮と急遽呼び戻した張遼と共に城内に入る。

 いくらなんでもこの場で殺し合いにはならないと思いたいのだが、張飛は異様に殺気立っているし、劉備は何を考えているか分からないし、関羽は関羽で周りに対する遠慮と言う概念を持ち合わせていない様に見える。

 もし腕力勝負になった場合の事を考えると高順の方が適任なのだが、一応なりとも分別があり、陳宮の評価も高い張遼の方を呼び寄せたのだ。

「で、書状ってのがコレよ」

 劉備は応接間に通された途端に、隠そうともせず自ら二通の書状を陳宮に渡す。

 片方の書状には、劉備を正式に徐州の太守に任じる事が書かれていた。

 在任期間はまだ短いながら、すでに劉備は徐州の顔とも言えるほど知れ渡っているものの、劉備は前任の太守である陶謙から個人的に役職を譲られただけである。

 これによって劉備は名実共に徐州太守となったのだが、言うまでもなくこれで張飛が息巻いている訳ではない。

 問題なのは二通目の、正式な書状ではない密書の方である。

 そちらには呂布の罪状がつらつらと書き連ねられていたが、要約すると呂布を討てと書かれていた。

「ほれ、この通り! 大罪人呂布! この張飛が成敗してくれる!」

「やめれ」

 劉備が張飛の額を長い袖ではたく。

 本来であれば軽い音のはずが、まるで鉄の塊で殴りつけた様な重い音が響き、張飛は悶絶している。

 相変わらずあの袖の中には何が隠されているのか、物凄く気になる。

「……これを我々に見せたと言う事は」

 陳宮が劉備に尋ねると、劉備は笑みを浮かべる。

 これまでの様な明るく屈託のない、それでいて悪戯っ子の様な表情ではなく、妖艶で含みのある妖しい笑みだった。

「例え表沙汰に出来ない密書であったとはいえ、それでもお上からの書状。最初から無視するわけにもいかず、出陣の事実は必要でしょう? 出陣しましたけど、討伐には失敗しましたと言う建前の為ですよ」

 劉備は淀みなく答えるが、その表情からは呂布でさえ劉備が真実を話しているとは思えなかった。

この時代の労働環境


物語の中であまり触れていませんが、この時代には労働基準法どころか基本的人権もありません。

なので上司次第では、今のブラック企業が裸足で逃げ出すくらい劣悪な環境での労働もあったようです。

董卓の郿塢城建設の際には数十万の人夫が集められ、現場の事故や過労で死んでいった者は数万人を超えたとか。

ざっと一割以上が過労で死んでいると言う、途轍もない労働環境です。

末端の人夫である以上そう言う使われ方をするのですが、少しでも上に行くと劇的に待遇が良くなり、二つ三つ上に行くともはや天と地の差だったようで。

呉の猛将甘寧などは、酔っ払うと部下に絡んでなんとなく切り殺していたと言うパワハラじゃ済まないくらいとんでもないエピソードがあります。


そんな訳で、この時代の上司は自身の出世どころか文字通りの死活問題だったのです。

で、さきほどとんでもエピソードを挙げた甘寧なのですが、実は部下からは慕われていました。

理由はすっごく気前が良かったから。

常識人である魏の曹洪や于禁などは、酒で絡んで部下を殺したりはしていなかったのですが、気前が良いとは言えなかったので部下からはあまり慕われていなかったみたいです。


この時代の労働環境と上司に恵まれるかどうかと言うのは、今以上に大きな問題でした。

また、出世に関しても今とは違うくらいに目の色を変えていたのも、こう言う理不尽がある(出来る)からでしょう。

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