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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第五章 その大地、徐州

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徐州入り 第一話 

第一話 徐州入り


 城から脱出した呂布軍だが、兵士数は大幅に減少している。

「無理に我々と行動を共にさせる必要もありませんでしたので、残りたい者は全て残して来ました」

 陳宮は事も無げに言うが、その数は二千程度。

 残る事を希望したのはやはり濮陽からの志願兵が多く、その時点で呂布軍の兵数は半減していたのだが、そこへ曹操軍襲来の報せが届いた。

 しかもその軍を率いているのが、曹操の嫡男である曹昂そうこうであった事が濮陽を大きく動かした。

 そして、その事が陳宮に内通者の存在を確信させた事でもある。

 曹操の嫡男である曹昂は父親に似て器用な男である事は陳宮も知っているが、いかに呂布を引きずり出す事に成功したとはいえ、それでも呂布軍は健在な事は曹操軍も知っている。

 そう言う状況であればどれほど器用であっても嫡男ではなく、戦い方に幅のある武将として曹仁辺りを当てるところだと陳宮は予想した。

 あえて嫡男を出してきたのは、この城攻めに必勝の要因があると言う事であり、城の造りや兵の状態以外での勝因とすればそれは内通者しかない。

 呂布軍の武将達のうち、曹操軍との接触が疑われるのは曹操個人と面識がある張遼だが、その張遼は呂布に対する忠誠は疑いようがなく、他の武将はなびく事を疑うとしてもそもそも曹操との接触自体が無いのでは内通のしようが無い。

 消去法で残るのは濮陽の有力者であり、志願兵を買収するだけの財力がある者。

 陳宮が割り出したのは、富豪である田氏だった。

 幾人かの候補が上がったが、陳宮が田氏にアタリをつけたのはもっとも城門に近いと言う事が大きかった。

 武将や軍師であればそう簡単に疑われる行動は避けるものだが、田氏の最優先事項は自分の財産を守ると言う事である。

 その為にはいち早く曹操軍に保護してもらう必要があるだろうという予想から、陳宮は兵を伏せていたところ予測はずばり的中、正しく田氏は曹操軍との内通を計っていた。

 城門が開かれたところで陳宮は伏せていた兵で曹操軍に先手を打って攻撃、一度曹操の兵を退け、内通者の田氏を切り捨てた後に呂布の家族や武将達と共に撤退して今に至っていると言う事だった。

 その手際の良さのお陰で呂布軍やその家族は無事に濮陽を脱出する事が出来たのだが、逆に高順の不信感を煽った結果にもなってしまった。

 が、陳宮は相変わらずその誤解を解こうとしていない。

 軍師は他の武将達に様々な指示を出す立場なので、誤解されたままと言うのは素晴らしく支障があるのだが、何を考えての事なのか陳宮はそれをよしとしている節がある。

「それより、これからどうするのか、軍師ならば考えているだろうな?」

 相変わらず魏続は陳宮に噛み付いているが、陳宮からは相手にされていない。

「悪いが、俺にはもうアテは無いぞ」

 これまで行動指針を示す事の多かった高順は、呂布から話を振られる前に言う。

「徐州を目指します」

 何のアテも無いかと思われていたが、陳宮はすぐにそう答えた。

「聞けば奥方様の故郷も徐州だとか。それであれば、将軍が徐州を目指す事はさほど不自然では無いでしょう」

「……え?」

 きょとんとした表情で、厳氏が尋ねる。

「将軍の妻であれば力になってくれるでしょう」

「え? ええ? む、無理ですよ!」

 状況が把握出来てきたのか、厳氏は慌てて首と手を振る。

「わ、私、元々は使用人でしたし。本当は将軍の妻になれるような身分でもありませんので、とてもお力にはなれないですよ」

「まあ、あの曹豹殿にはそこまでの力は無さそうだったなぁ」

 呂布も頷く。

 厳氏が嫁ぎに来た時の事を考えると、呂布にも厳氏にも素晴らしく失礼な話だった事を思い出す。

 曹操の父親が殺された件と言い、徐州では人選に問題を抱えているらしい事が伺える。

「徐州にもツテは無いらしいな。どうする、軍師」

「徐州を目指します」

 魏続は勝ち誇ったように言ったが、陳宮はまったく怯む様子を見せない。

「聞いていたか、軍師。奥方様を頼る事は出来ないみたいだぞ」

「それだけで徐州を挙げたのではない」

 成廉もイラついた様子を見せたが、やはり陳宮は冷静沈着で焦る素振りを見せない。

「今曹操には勢いがあり、将軍のおかげもあって徐州攻略は一時中断となっていますが、曹操はすぐにでも徐州攻略を再開したいはず。私は新太守の劉備の事は詳しく知りませんが、どんな人物であったとしても今の状況で呂布将軍が協力を申し出れば断る事はしないでしょう。それが徐州を挙げた最大の理由です」

 陳宮は基本的に反対派である魏続や成廉などではなく、別に反対していない呂布に向かって説明する。

「俺は軍師殿の案に賛成ですよ」

 張遼が言うと、宋憲や曹性なども賛成しる。

 と言うより、賛成するもしないも他に行くべきところは無いのだから、結局のところ徐州へ向かわなければならない。

「魏続、お前は何か代案があってケチを付けているんだろうな」

「け、ケチを付けている訳ではないだろう。俺は展望を聞いているだけだ」

 張遼に責められて焦ったのか、魏続は言い訳じみた事を言う。

「前もって誰か使者として行かなくて良いですかね? 何だったら俺が行きましょうか?」

 どちらかといえば魏続寄りではあるものの、今のところ中立の立場を取っている侯成が陳宮に提案するが、陳宮は首を振る。

「我々は曹操軍によって大敗した敗残軍。その余力は無いと思ってもらった方がこちらには都合が良いのだから、あえて使者など送らず徐州の哨戒に引っかかれば向こうから招いてくれるはず。堂々と徐州へ行って問題無いだろう」

 方針は決まったのだが、いつもと違って呂布は乗り気では無かった。

「劉備、か。受け入れてくれるかなぁ。ちょっと因縁あるし」

「そこは大丈夫でしょう。将軍と因縁があったらしい張楊殿も快く受け入れてくれたではありませんか。それに劉備殿は仁義のお方と聞きますから」

 宋憲がそう請け負うが、呂布と張遼は複雑な表情を浮かべる。

「……そうでしたね。劉備って、あの人でしたね」

「文遠は劉備を知っているのか?」

 魏続の質問に、張遼は頷く。

「陽人の戦いで将軍と戦ったのを見ましたが、恐ろしく風変わりな人でした。しかも関羽、張飛と言う人並み外れた豪傑を従えていましので、我々の協力を必要としないかもしれませんよ?」

「確かに二人といないくらいの風変わりっぷりだったしなぁ」

 呂布も腕を組んで頷く。

「陽人の戦いにおいて、呂布将軍は漢全土に存在する軍との因縁があるでしょうが、だからといって無碍には出来ないでしょう。まして劉備は恩情仁義に厚いと聞きます。敗残の我々を追撃や騙し討ちする様な事も無ければ、追い払う様な事も無いでしょう」

 陳宮はそう言うが、劉備を直接知っている呂布としては不安が消える事は無かった。

 何しろ劉備は公孫瓚の馬をいつの間にか強奪していたり、ごく自然に一騎打ちの中に援護に入ってきたりしてくるほど、常識に捕らわれない人物でもある。

 それに関羽の方はともかく、あの猛獣の様な張飛などはどうだろうかとも思う。

 と不安を抱えていたとしても、呂布には他に行くアテを出す事は出来なかったので徐州へ向かう事にした。


 徐州へは黄巾の乱の時に入っているのだが、その時と比べると見るも無残な姿に変わり果てていた。

「曹操の虐殺の後、蝗害に晒されていますからね。この徐州の入口一帯は荒れていても不思議はありません」

 陳宮は冷静に言うが、この荒れ具合は呂布の予想を遥かに上回っていた。

 曹操が徐州に攻め込んで虐殺を行った際、そこで虐殺した民の死体によって川が塞き止められ、川が氾濫したとも言われている。

 その時に疫病も流行ったようだが、そこに蝗が大量に飛来してきた。

 結果として山と築かれた死体の処理を蝗が行った事となったのだが、一年足らずで復興するような事はなく、むしろ捨てられた土地が広がっていた。

 だが、劉備もこの土地を遊ばせておくつもりは無いらしい。

「そこの連中、止まれぃ!」

 声をかけてきたのは、演習中と思われる少年兵だった。

「貴様ら、何者じゃ! 名を名乗れぃ!」

「何だ、このガキは」

 妙に居丈高な少年に、魏続が前に出る。

「賊か?」

 少年の後ろには、同じくらいの年齢の兵士達が十数名ほど。

 仮に呂布軍が賊だったとすると、いかに兵数を減らしているとはいえ二千前後の集団である。

 十数名ほどの少年兵にどうにかできる様な状況ではない。

「どけ、ガキの相手をしている暇は無い。どこか別のところで遊んでいろ」

 魏続も横柄な態度で少年を押しのけようとするが、少年は手にした長刀を鋭く振って魏続の眼前に突き付ける。

「この徐州を害しようとする賊、見逃す訳にはいかん。切り捨ててくれるわ」

「ん? 何か面白い事してる?」

「姫様、余計な事に首を突っ込まない」

 興味津々な蓉を、張遼が引き止めている。

「だって、相手子供でしょ? だったら同じ子供の私が相手をするべきじゃない?」

「どんな理屈ですか」

 張遼は呆れているが、蓉はまったく気にする事無く馬車から飛び降りると剣を持って前に走り出す。

「姫様!」

「文遠、悪いが面倒を見てやってくれ」

 蓉の行動に苦笑いしながら、呂布は張遼に言う。

 両親のどちらに似たのか、蓉は素晴らしく行動的で落ち着きが無い。

 なまじ腕っ節が強いものだから、余計にタチが悪い。

「そこの者、この私が相手になるぞ!」

 蓉が剣を抜いて、長刀を持つ少年に言う。

「あぁん? 女ではないか。どけぃ。女子供の出る幕ではないわ!」

「勝てない相手に対する言い訳としては上出来ね。ああ、一目見て実力の差が分かったと言うところは褒めてやるわ」

 蓉の露骨な挑発に長刀を持つ少年は頭に血を昇らせたらしく、ただでさえ赤い顔色をさらに真っ赤にして鬼の様な形相で蓉を睨む。

 並の少女であればひと睨みで縮み上がりそうなものだが、蓉はそれに対してさえ微笑んで見せる。

「女、ワシを愚弄するのであれば、一切の手加減は出来んぞ?」

「ああ、それなら心配要らないわ。私の方が手加減してあげるから」

 ふふん、と蓉は鼻で笑う。

 怒りが限界を超えたらしく、少年は長刀を蓉に向かって振る。

 一応、刃ではなく峰の部分であった事は、どれほど挑発されても相手が少女であると言う事は忘れていないらしい。

 が、その一撃の鋭さは、とても少女に向けてのものとは思えなかった。

 むしろ、大の大人であったとしてもその一撃ほど鋭く振れる者は少ないのではないかと思えるほど、天賦の才を感じさせる。

 しかし、蓉はその一撃を剣で受け流す。

 本人は弾きたかったのだが、とてもそんな事が出来る一撃ではないと瞬時に判断した為である。

 少年の方も、まさか少女に自分の一撃を受け流されるとは思っていなかったらしく、驚きの表情を浮かべている。

「へえ、口だけじゃなかったんだ」

 蓉はそう言って剣を構え直すが、その表情には先程までの余裕は無い。

 一方の少年の方も、感情任せに長刀を振るう様な事はせず、むしろ冷静さを取り戻したように長刀を構え直す。

「そこまでにしておきましょうか、姫様」

 二人の間に張遼が騎馬で入り込む。

「文遠、邪魔しないで!」

「いやいや、邪魔とかじゃなくて。向こうをご覧下さい」

 張遼が指差した方から、徐州の旗を挙げた一団がこちらに向かってくるのが見えた。

「む? 誰が呼んだ?」

 少年の方も不服だったようだが、他の少年兵達は安心した様に見える。

関平かんぺいよ、勝手な真似をするのではない」

 徐州の旗を挙げた一団の先頭は、見事な美髯が特徴的な、青龍刀を持った大男だった。

「しかし、父上。賊が侵入したとあっては、見逃す事も出来ず」

「自惚れるな、関平」

 美髯の男は少年を一喝すると、こちらを見て、と言うより呂布を見て驚く。

「これは……、呂布将軍か?」

「いかにも。敗残の身で流れているところ、助けていただけないかと思い流れておりました。情けない限りです、関羽殿」

 呂布は前に出て言う。

「覚えておいででしたか」

 美髯の男、関羽はそう言うと長刀を持つ少年を睨む。

「この方は賊などではない。客人である、非礼を詫びよ」

「しかし父上」

「そもそも演習であったのだ。それを身勝手にも実戦に出ようとは、言語道断。すぐに知らせるべきが正しい判断である。反省せよ、関平」

 関羽は厳しく言う。

 長刀を持つ少年、関平はまだ不満そうではあったが父の言葉に反発するような事はなく、言われた通りに謝罪した。

「ちぇっ、面白そうだったのに」

「お前も反省しろ」

 剣を収めて拗ねる蓉に対して、呂布はなんとも複雑な表情でそう言った。

関平について


本編では『かんぺい』と読んでいますが、『かんへい』とも読みます。

一般的、というより演義では関羽の養子となっていますが、正史ではちゃんとした関羽の息子です。

生年月日は不明ですので、本編では呂布の娘とほぼ同い年で十歳から十二歳くらいの設定にしています。

ちなみに本編で彼が使っている長刀ですが、これは『刀身の長い大太刀の様な刀』ではなく『長柄の先端が槍の穂先ではなく刀の様な刃物が付いた武器』です。

他にも数名長刀を持った武将が登場してきましたが、特別な記述が無い限り長刀というのは薙刀みたいなものだと思って下さい。

蓉が持っていた剣も『両刃のブロードソード』ではなく『片刃の刀』の様なものです。


ウィキペディアの民間伝承を見る限りでは、この時の関平の年齢はもうちょっと上の様ですが、そもそもが生年月日不明ですし、まして呂布の娘と一騎打ちなど行っていませんので、細かい事は気にしない様にして下さい。

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