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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 荊州の若き武神
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第六話

「こいつは凄い。あんた、想像以上だよ」

 張郃は呂布に向かって言う。

 連合軍の前に現れたのは、死者の軍勢だった。

 その見た目のおぞましさに漢軍は浮き足立ち、一時混乱を招いた。

 それを突破したのは、呂布と荊州軍の衰える事の無い攻撃力だった。

 見た目がどれほどおぞましかったとしても、実際にはただ死体を立たせて歩かせていると言う程度の戦闘能力しかないのが、この死者の軍勢である。

 すでに化けの皮が剥がされた死者の軍勢の虚仮威しが、荊州軍に通用するはずもなく、まったく無造作に死者の軍勢を薙ぎ倒していく荊州軍を見て、漢軍は立て直す事が出来た。

 これまで防戦一方だった荊州軍の攻撃力が、この戦いで初めて攻撃として活かされる事になり、数の上では数倍している漢軍は完全に荊州軍に引っ張られる形になった。

 その一方で呂布は、張郃の優秀さを見て驚いていた。

 何しろ目立つので、どこにいても見つけやすく指示を出しやすいと言う利点があるのだが、それだけではない。

 呂布が見つけやすいと言う事は、それだけ敵からも見つかりやすいと言う事なのだが、そこで張郃の人並み外れた武勇が発揮される。

 敵はついついあまりにも目立つ張郃を狙いたくなるみたいだが、その為に陣形が歪み連携も悪くなる。

 その隙を呂布が突き、攻め立てる。

 呂布自身の武勇もさる事ながら、その隙を攻めるのが荊州軍と言う事もあって、隙と綻びは大きくなっていく。

 それを立て直そうとするところを、今度は張郃が攻め込む。

 個人的武勇を見せつける為だけの奇抜な格好と言うわけではなく、その事さえも戦術に組み込んで戦う事の出来る武将と言うのが張郃なのだ。

 自身を囮としているとはいえ、驚く程まっとうな戦い方だと言えなくもない。

 もちろん、味方の連携ありき、と言う前提での話である。

 呂布と張郃の攻撃に晒され、元々指揮系統が優秀とは言えない死者の軍勢と黄巾軍だったのだが、ついに死者の軍勢は完全に壊滅した。

「アレが妖術師じゃねえかい?」

 張郃が手にした長刀を向けると、そこにはあからさまに怪しい祭壇があり、それを守る一団と、祭壇の上に二人の人影を見る事が出来た。

 祭壇の上の二人の内、片方は妖術師風の男であり、もう一方は武将風の男だった。

「呂布将軍、あのなんちゃって武将なら知ってるぜ。たしか張燕って名前だったはずだ。絵に書いたようなへっぽこ野郎だから、アレはどうにでもなる」

「て事は、あのあからさまに怪しいアレが厳進って奴か」

「厳進? 知ってるの?」

「直接は知らない。何でも、張宝からも目をかけられているらしい」

「へえ、そりゃ面白い。だったら、俺の持っている情報も使えそうだ。まずは俺に任せてみてくれ」

 張郃はそう言うと、祭壇に馬を進める。

 本来はその祭壇を守る事が目的である一団は敗走し、祭壇上の二人だけが残っていた。

「おーい、ヘボ大将! ぶっ殺しに来てやったぞ、張燕!」

 祭壇の下からの声に、張燕は飛び上がらんばかりに驚き、祭壇から転げ落ちそうになる。

「な……、お前、張郃か?」

「おー、覚えていたか。偉いぞ、張燕。後は俺の手柄になってくれれば、お前の役割は終わりだ」

 怯える張燕を、張郃は脅しているが楽しんでいるようにも見える。

 それに対し、祭壇の上のもう一人、妖術師厳進が芝居がかった動きで振り返り、張郃と呂布の方を見る。

「何を死に急ぐ。もはや漢王朝の時代は終わり、黄巾の世が来ると言うのに、何故天に向かって牙を剥くのだ? この愚か者共よ」

「ははは、言ってろよへなちょこ。もう黄巾の世なんて来ねえんだよ。てめえらがこんな辺鄙なところでひいひい言っている間に、時代の流れはあんたらを見限ってんだよ」

 張郃の言葉に黄巾の二将だけでなく、呂布も耳を傾ける。

「時期的なモノを考えると、ここで戦闘が始まる前だと思うが、もう黄巾の大将の張三兄弟はとっくに死んでるんだよ。バカ騒ぎは終わりって事さ」

「何をほざくか、バカバカしい」

「張角はとっくに病死。張梁は皇甫嵩将軍に蹴散らされて討ち取られ、あんたの頼りの張宝も副将に裏切られて殺されてんだよ。知ってるだろう? 張宝を裏切った副将が誰かって事は」

 どこまで本当かは分からないが、おそらく全てが作り話ではないだろう。

 漢軍の援軍や、自ら動くつもりが無さそうだった徐州軍が動こうとした事も、もしかすると勝ちに乗じての残党狩りなのかもしれない。

 そう考えると、辻褄は合う。

「まさか、兄が?」

 張燕だけでなく、厳進も動揺している。

「降伏した方が良いのはどっちだろうなぁ。兄貴は例え裏切り者の汚名を着る事になっても、国への忠義を示した。お前もそうしろよ」

「ほざくな!」

「……だってさ。呂布将軍、どうするよ?」

 最初から説得するつもりなど無かったのではないかと思えるほどの諦めの良さで、張郃は呂布の方に話を振る。

「ここで降伏するなら、俺も戦う理由は無くなる。それなら構わないのだが、それを断るとなると、死者まで操って戦おうとしたヤツだ。ここで討ち取らなければならない」

「キサマらにそれが出来るとでも思っているのか?」

「おいおい、このお方は荊州の武神、呂布奉先様だぜ? もう諦めちまえよ」

 張郃はそう言うが、厳進は高らかに笑う。

「ふははははは! 我が兄、厳政と一緒にするな! 兄は張宝様の副将とはいえ、所詮はただの一将でしかない。この俺は張宝様から直接妖術を授けられたのだ。キサマらの血肉で我が妖術を世に知らしめてやるわ!」

「……だ、そうですわ。俺は張燕のへっぽこをとっ捕まえてくるんで、アレは呂布将軍にお任せの方向で」

「ま、大丈夫だとは思うけど、万が一の時には頼む」

「嫌なこったですよ、そりゃ」

 張郃は即答する。

「……は?」

「嫌だって。もし何かあったら、俺が呂布将軍の部下から恨まれちまう。ちゃんとあんたが責任取ってくれよ」

「ああ、分かったよ」

 張郃の言葉に呂布は苦笑させられるが、言いたい事はわかった。

 ここまで来て失敗は許されない。

 その事を念押ししているのだ。

「さて、黄巾の妖術師。この呂布奉先がお相手しよう」

「貴様ごときが武神だと? 一蹴してくれるわ!」

 妖術師厳進は、剣を振り上げると声高に叫ぶ。

「戦場に散りし怨念よ! 今一度寄りて姿をなせ。汝が名は陣生、李醜なり!」

 厳進の呪文に応えるように、わらわらと丸い人型と細い人型が近付いて来る。

「さあ、敵は目の前ぞ。その血肉を喰らえぃ!」

「……無駄な事を」

 呂布は呆れながら呟くと、戟を振るう。

 おおよその見当はついていたのだが、この陣兄弟や李醜、死者の軍勢の仕掛けはもう分かっている。

 と言っても、陣兄弟や李醜には特に仕掛けは無い。

 張遼が予測した通り、黄巾党の中にこう言う一族が参加していたと言う事だろう。

 問題は死者の軍勢なのだが、これは死者が蘇って襲ってきているように見えるだけで、実際は死体が動いている訳ではない。

 死体を動かしているだけなのだ。

 死者の軍勢は、必ず軍勢でなければならない。

 その正体は、死者の軍勢の中に健常者が混ざり、その者が死体を棒や紐で操って動かしているだけである。

 実際にはただのカカシと同じなのだが、その見た目のせいでどうしても怯んでしまう。

 本来であれば死者の中に紛れた健常者がその隙を突いて、相手を更なる恐怖に陥れる事が目的だったのだろうが、残念ながら呂布や荊州軍には通用しなかった。

 死体を過度に破損させられた場合操る事もままならないし、それを補充する必要があったので、死者の軍勢も連戦し続ける事が出来なかったのだ。

 しかも、荊州軍側の死者が極端に少なかった事もあり、本来の目的である士気の低下にまったく繋がらなかった事も大きい。

 陣兄弟や李醜も含む死者の軍勢が現れたが、結局のところ理屈は同じである。

 異形の連中が死者を操る、もしくは死した異形を別の者が操っていたと言うだけだ。

 だからこそ、死者の軍勢だったにも関わらず逃亡者が出た理由でもある。

「終わりにして良いか?」

 呂布は戟を振り、次々と死者の軍勢を蹴散らしていく。

 戦う相手がこれほど規格外で無ければ、厳進の妖術は恐ろしい効果があったはずだ。

 横で見ていた張郃などは、場合によっては致命的な隙を作ったかもしれない。

 呂布は手近なところの敵を蹴散らすと、弓矢で厳進を狙う。

 狙われている、と厳進が警戒した時には右肩を射抜かれ、厳進は祭壇から転げ落ちた。

 矢を射るまでの早さと正確さ、厳進の肩を貫くほどの威力といい、猛将張郃ですら目を疑う弓術である。

「マジですか? あんたら、アレと戦ってたのか? そりゃ何万いたって勝てねえよな」

 張郃は呆れながら、捉えた張燕に向かって呟いた。

 呂布は祭壇から転げ落ちてきた厳進に向かって、戟の穂先を向ける。

「次に何か術を使うより俺の戟の一撃の方が早いと思うのだが、どうする? 諦めて降伏するか、イチかバチか競争するか」

「ふざけ」

 厳進が言いかけたところで、呂布は戟を突き出し厳進の右腕を切断する。

「競争を望んだみたいだが、結果はわかったんじゃないか? 次は首が飛ぶ事になるから、もう諦めろ」

「呂布将軍、あんた甘すぎないか?」

 張郃は呆れながら言う。

「そいつを生かしてりゃ手柄にならんでしょうに。城で待ってる張遼も、遊軍として頑張ってる高順さんも、あんたに手柄を立てて欲しいんだよ」

「生きてれば手柄くらい立てられる。ここで焦る必要も無い」

「そうかも知れないが、あんたの率いる荊州兵はどうだ? 今でも死者の軍勢と戦ってるんだぜ? そいつの首をさっさと落とせば、無駄な犠牲を出さずに済むんだ」

 張郃の言葉にも、呂布はイイ顔をしなかった。

「分かったよ」

 張郃は近付いて来て長刀を振るが、それは呂布の戟で止められる。

「まだ答えを聞いていない」

「馬鹿共が!」

 厳進は一声吠えると黒煙に包まれ、呂布と張郃が遠ざかって黒煙が消えるのを待つと、そこには大きな黒い妖獣が一体現れていた。

「ほら、言わんこっちゃない」

「らしいな。申し訳ない。今度から人を見る目を養うよ」

 呂布が素直に謝ると、張郃は吹き出す。

「呂布将軍は面白いな。で、コレはどうする?」

「食っても美味そうではないな」

「美味そうなら食うのか?」

「腹にきそうだからやめておこう」

 呂布と張郃がそんな話をしていると、黒い妖獣が二人に飛びかかってくる。

 張郃は妖獣を避けるが、呂布はその場に立って無造作に戟を突き出す。

 その一撃は妖獣の胸を刺し貫き、そのまま動かなくなる。

 呂布は戟を振ると、黒い妖獣は毛皮だけで、その下から頭を貫かれた厳進が現れた。

「妖術と言っても、宴会向きの技芸でしか無かったな」

「……あんた、やっぱりすげーよ」

 張郃としては、そうとしか言いようが無かった。


「さて、ここいらも随分と落ち着いていきたな」

「……奉先、こいつ、誰?」

 呂布達と合流した高順が、すっかり居着いた張郃を指差して言う。

「援軍に来てくれた張郃将軍だ」

「ああ、聞いたよ。お堅い袁紹軍の中でやたらめったら浮きまくってるヤツがいるって。兵士は笑ってたが、上の連中は渋い顔してたぜ?」

 高順の言葉に、張郃は笑う。

「良いんだよ。俺が命令すんのは下の連中で、一緒に死にに行く連中を一人でも生かして帰すのが仕事だ。上の連中の機嫌なんて取ってられるかよ」

「うわ、問題発言だな。もう少し上にも気を使った方がイイぞ? それでなくても袁紹んとこに居てもいい事無さそうなのに」

「いや、袁紹軍じゃねえから、俺は」

 初対面のはずの高順と張郃は、すっかり意気投合している。

「俺の事は良いんだよ。それよりあんたらはどうすんの?」

 張郃の質問に、呂布、高順、張遼の三将はきょとんとしている。

「何だよ、何も考えてなかったの? これだけの手柄を立てたんだから、一人は俺と一緒に王朝から褒美を取れるだけ搾り取らないとだろ? それに徐州軍だ。どう考えても徐州は兵を出すのが遅過ぎた。ケジメは取らせないと、不満を抱えたままになっちまうぜ?」

「確かに徐州に関しては、何かしら作為的なモノを感じた。奉先、どうする?」

 呂布は出来るだけ考えないようにしていたが、張郃や高順の言う通りでもある。

 徐州軍が動かなかった事もそうだが、黄巾軍も不自然なくらいに徐州へ行かずに荊州軍だけを狙ってきた。

「俺が徐州に話をつけに行くか? 奉先が都で褒美をぶん取って来て、文遠が荊州に戻るって事でどうだ?」

「いや、高順。お前は正式には丁原軍の将軍じゃない。徐州には俺が行こう。高順、お前は兵士をまとめて荊州に戻ってくれ。文遠、都見物はお前に譲る。手柄やら褒美やらはともかく、とりあえず楽しんで来い」

「俺は反対だなぁ」

 張郃が頭を掻きながら言う。

「どう考えても徐州に行くのは汚れ役じゃないか? 部下に擦り付けないのは立派だとは思うが、場合によっちゃ上の人間は下の人間にそういう役を押し付けてでもキレイでないといけないもんだろ? 平和な世なら許されないが、今の世の中ではあんたの代わりはいないんだぜ?」

「もっと言ってやれ、と言いたいところだが、言ったって聞かねえよ。そんなところは頑固なヤツなんだ」

 高順がそう言うと、張郃も肩をすくめる。

「そんなところを何度か見せてもらったよ」

「奉先、護衛はどれくらいつける? 単身で乗り込むのは却下だからな」

 高順に言われ、呂布は腕を組んで考え込む。

「物々しくはしたくないから、二十人もいれば充分じゃないか?」

「五十だ。文遠、手配してくれ」

「了解しました」

 渋る呂布を見て笑っていた張遼は、さっそく呂布と一緒に徐州に入る護衛兵を手配する。

「奉先、短気は起こすなよ? お前は怒ると手がつけられないんだからな」

「高順。その言葉はそっくりそのままお前に返す」

死者の軍勢


今の若い方は知らない人の方が多いと思いますが、ビ○ーフォーのモト冬○氏のアレです。

と言っても、あれほどのエンターテイメントの名人芸ではありません。

二人三脚の応用のようなモノですので、実際の戦力としては皆無と言えます。

ちなみに妖術師厳進はオリジナルですが、その兄として名前が出てくる厳政は本当に張宝の副将で、漢軍に投降して張宝を裏切った武将として名前が出てきます。

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