得た力、失われた夢
「失礼します」
陰鬱な気分で扉を押し開けると、立派な髭をたくわえ、柔和な笑みを浮かべた校長、ブライトが机の前に立っていた。
「ふむ、君が件のアレム・アルガードだね」
「こ、この度は誠に申し訳ありませんでした!」
なんとかこの場を凌ごうと、頭を深々と下げ謝った。
「ああ、いいんだ、顔を上げなさい。でもそうだね、これはかなりよろしくないね」
校長が宙に長方形を描くと、長方形の内側が光を放ち、人だかりを映し出した。
熟練者はいくつかの魔法を呪文の詠唱無しで発動できると聞いていたが、ここまで早いとは思わなかった。
「えっと…この人だかりは…?」
「見てほしいのはここだよ、ここ」
トンと長方形の一部分を叩くと、そこが拡大されて表示された。そこに映された壁は巨大な三本の傷が刻まれ…
「これは…爪痕!?校内に魔物が侵入したんですか!?」
「んー、それが違うんだよね。ここ、どこだか分かるかい?」
校長は長方形を指差して質問してきた。
「えっと…俺、じゃなくて私のクラス、ですね」
「そう。ここで君は何をしたか覚えているかな?」
「…暖まろうとして火の魔法を使おうとしました…」
このように映像を見ることができるならとっくにバレているだろう、と思い、嘘をつくのは止めておいた。
「正直でよろしい。その通り、君はここで魔法を発動した。でも、失敗した」
「なんというか、面目ないです…」
失敗するところまで見られていたのか…恥ずかしい…
「うん、初歩的な魔法なんだけどね…まぁそれは置いといて、端的に言うとね、この爪痕は君が作ったものだ」
「…は?」
信じられない。自分がこの傷をつけたと言うのか。壁を引っ掻いたり殴ったりするほどストレスは溜め込んでいないはずなのだが。
「え、でも、俺は火の魔法を使おうとしてただけで…」
「じゃあもう一度詠唱してごらん?さっきの呪文は覚えているかな?」
「は、はい、やってみます」
さっきと同じように右の掌を目の前に掲げて詠唱を始める。
「たしか…ファイス・アレフ・ネレイ・ゲイン…」
やはり光が集まりかけたが霧散してしまう。
「やっぱりね…」
校長はそう呟くといきなり、光の粒子を集めて出現させた剣を片手で構えた。
「ちょっ!?なんで剣なんか!?」
アレムは慌てて両腕をクロスさせて身を守ろうとする。
ガギィン!
「うぁっ!」
斬られた。
そう思ったが、痛みは無い。
「見なさい、これが君の力だ」
「え…?」
校長の言葉が理解できなかったが、恐る恐る腕を解き顔を上げた。
「な、なんだよそれ…」
校長は剣を構えたまま姿勢は変わっていなかったが、その剣に、宙に浮いた黒い鉤爪がギリギリと音を立てて押し合っていた。
「さっきは一瞬で気付けなかったけど、教室の壁を抉ったのは恐らくこれだね」
校長が力を込めて黒い鉤爪を切り捨てると、鉤爪は黒い粒子となって消えていった。
「なんで、なんでこんな魔法を俺が…?」
たしか、授業で呪文を読みながら詠唱したときは普通に使えたはずなのに。
「私から言えることは、このような危険な魔法を使える君を、もうこの学校には置いておけない、ということだね」
「あ…嘘、だろ…?」
突然言い渡された退学の報せに思考が追いつかない。
退学、つまり卒業できないということ。それが表すことは…
「俺は…もう聖鎧が使えないのか…」