アレム・アルガード
「ファイス・イグヌ・リスタ・エグナ…飛び交う炎よ、敵を射抜け!」
唱えた呪文に呼応して少年の両掌が輝き、いくつもの火の玉を生み出した。掌から放たれた火の玉は弧を描いて魔物の群れへと飛び、どんどん消滅させていく。
「これで…終わりだ!」
とどめに特大の火球を落とし魔物の群を一掃すると、地面が大きく揺れ、地が裂け、黒く巨大な鎧が這い出てきた。
「ようやく親玉のお出ましか…」
大地を割り出現した巨大な敵《魔鎧》を見据え、少年は右腕を天に掲げ高々と叫んだ。
「来い!俺の、聖鎧!」
叫びに応え雲が割れ、光が射し込み、巨大な影が降りてくる。
「ここからが俺の本気だぜ…」
ゆっくりと迫ってくる人型の影。
しかしそれは急激に速度を上げ、あろうことか、少年の頭上から真っ直ぐに落下してきた。
「え、ちょっと待って聞いてない、ストップ!ストップ!あだっ!?」
頭に衝撃を感じ、魔鎧や遠くに見えた魔物の群れが掻き消え、代わりに、何かを投げた後の姿勢の教員と、呆れた顔でこちらを見るクラスメイト達の姿へと切り替わった。
寝ぼけた頭を起こそうと赤髪を掻くと、白い粉がパラパラと机に落ちた。どうやら頭に命中したのは教師のチョークだったようだ。
「起きたかアルガード」
さすがに教師も呆れ顔でジトッと睨み付けてくる。
「寝てないっすよ、全然」
目覚めの挨拶なんてしたら二発目が来ると思い、とりあえず言い訳を。
「じゃあ今やってたとこはどこだ?」
「えーっとですね…」
考える振りをしながら周りへ視線を巡らせる。
今みんなが開いてるページは、歴史の教科書の、魔鎧と聖鎧の出現を記した《巨鎧伝説》のところか。
「巨鎧伝説ですね」
「カンニングしてるのはバレバレだ…しばらく廊下に立ってろ」
「げぇっ…」
クラスメイト達は笑っているが、この季節、授業中の廊下は半端じゃなく寒いのだ。休み時間なら魔法設備で適温にしてくれるのだが、エネルギー節約とかで授業中は魔法設備は限定的な場所にしか稼働していないようだ。何度も廊下に立たされた経験者は語る。
渋々廊下に出るが、やっぱり寒い!息白くなってるよ!
「こういうときのために魔法はあるんだよな」
校内で魔法を使うなとは言われているが、14歳の未来を待ち望む生徒が一人凍え死ぬよりよっぽどマシだろう。
この前習った火の呪文を思い出し、掌を上に向けて顔の前に持ってくる。
「たしか…ファイス・アレフ・ネレイ・ゲイン、炎よ、我を照らせ!(小声)」
掌に光が集まり、膨張し、収縮し、「ボン!」と音を立てて消えた。
「あちゃぁ、失敗か…」
音を聞き付けたのか、教師が勢いよくドアを開き、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「アルガード!校内での私的な魔法の使用は禁じているはず…だ…」
しかし、すぐに顔色を青白く変え、怒気は消え去ってしまった。
「お前、何の魔法を使った?」
「あー、すんません、寒かったので火の魔法を使おうとしました」
これはまた怒るだろうな、と思い首をすくめるが、いつまでたっても怒声は降ってこない。
「アレム・アルガード、校長室へ行きなさい」
「うぇ、もうしませんって」
「早く行きなさい。ひとまず、他の先生にはお前を出席にするよう頼んでおく」
教員は冷静に指示を出す。それほどまずいことをしてしまったか。
「了解っす…」
どう考えても拒否できるような雰囲気ではなかったので、校長室へと歩きだした。
「まさか退学は無いよな」
・・・・・・・・・・・・・
「まさかこれほどまでとは…」
歴史の教員ヘイズは、教室の壁に刻まれた三本の大きな傷を見て嘆息した。
それは傷と言うより、爪痕と言った方が正しいだろうか。平行に刻まれた爪痕は廊下と教室を隔てる壁を深々と抉っていた。あと数ミリ深かったら教室側に貫通していただろう。
「やはり彼をここに居させるのは危険だったか…すまない、我が友ゼイン・アルガードよ…君の息子も宿命からは逃れられないようだ…」