皇女参上
1934年12月。
ロシア帝国は、ソビエト連邦に対して正式に宣戦を布告した。
それに伴い、戦時経済維持の為の幾つかの法案が可決され、国債の発行が行われると共に、
日本からの多額の円借款が行われていた。
ハバロフスクの議事堂にある一室。
「閣下、まずはおめでとうございます。
開戦に伴い、日本との同盟がどうなる事かと思いましたが締結に至りましたし、
来週には、婚約者であります桃園宮内親王様もご到着ということですし、
来年は良い年になりそうですな」
会議の冒頭、アレクセイに対して話を切り出したのは、激務から体調を崩したミリュコーフに代わり、
議会にて首相指名された前外務大臣のナボコフであった。
そして、外務大臣の席には前日本駐在大使ゴルバチョフが座っていた。
「ええ、ありがとうございます。
戦時に婚礼を行うのはどうかと思いますが、日本政府が気を利かせてくれたようですね」
「はい。
ご婚礼の儀にあたり、イギリス、日本からは王室と代表者が、それ以外の諸国からも
代表者が来る手筈となっております。
この機会に、わが国の正義と窮状を訴えて世界的な後ろ盾を得るつもりです」
「そうですね。
何でも利用して構いませんので、わが国、国民の利益を最優先にしてください」
「お任せ下さい」
「あ、ですが……日本の顔はたててくださいね。
唯一の同盟国ですし、かの国がなければ物資が滞りますので」
「はい、勿論ですとも」
ナボコフは、満面の笑みを浮かべながら終始アレクセイと話をしていた。
「首相、そろそろ宜しいですかな?」
グチコフが、ナボコフの話をさえぎる。
「ああ、すみません。
では会議を始めましょう」
ナボコフが指摘を受けて額に手をおきながら謝ると、会議の開催を宣言した。
今回の会議は、秋口に開戦した対ソビエト戦線の状況確認と対策決定が主題だった。
「では、まず陸軍から報告をお願いします」
ナボコフがそう言うと、グチコフの後ろに控えていたデニーキンが立ち上がり、
資料を手にしながら説明を始めた。
「はっ。
まず、チタ方面の第3軍は新型戦車と小火器の活躍により、
ソビエトの工業地帯でもある、ブラーツク周辺までを占領するに至りました」
「おお!それはすごい」
各大臣から称賛の声があがったが、アレクセイは無言で紙に書いた地図に、
戦局図を書きながら聞いていた。
「第2軍は、第1軍と共同で敵中央軍と衝突、ミールヌイの占拠に至りはしましたが、
敵の物量がすさまじく、更なる兵員、物資の補給が必要となっております」
「……」
デニーキンからの報告は、大臣達に冷や水を浴びせたのだが報告は続いていた。
「第4軍は引き続き防衛に残されており、北方からの進撃を警戒しております。
これまでの被害は、兵員1万、戦車120両、歩兵戦車200両、制空戦闘機30機、攻撃機15機となっています。」
「……」
被害はとんでもなかった、航空機の被害が少ないのが唯一の幸いで戦車と兵員の被害は、
通常では座視できないレベルだった。
だが、今は戦時であり国内生産拠点は、国民生活を最低限レベルで保障できるだけを残し、
全てが軍需産業となっていた。
その生産量は、他国の想像を超えていたかもしれない。
毎月、約400両の戦車・歩兵戦車と補助車両、およそ200機の航空機などが出荷されていた。
もっとも、そのしわ寄せで海軍は戦備調達を遅らせていた。
また、日本やアメリカといった国からの戦時物資輸入を含めれば、
ロシア政府はやれるだけのことは全てやっていたとえいるだろう。
「物資のほうは何とかしましょう。
ですが、兵員・士官は養成がまにあうのですか?」
ナボコフが尋ねると、デニーキンが話しにくいといった表情で口を開いた。
「いえ、残念ながら養成が間に合ってはおりません。
このままの戦死者が続くようですと、兵員はともかく士官が不足します。
半年後には、士官学校から2期繰り上げで戦地に送ることになるでしょう」
「では、士官学校入学を早めるしかないですな。
このまま何もせずに、未熟な士官が前線に増えたのでは、
余計な戦死者が増えるだけでなく、全体の指揮に関わります」
デニーキンの報告に続くように、ワシレンスキーが提案した。
「私としてもそれに賛成ですが、国内の労働者が不足する心配はありませんか?」
そう発言したのは、ゴルバチョフだった。
「労働力は大丈夫でしょう。
14年前から続けてきた人口増加計画の結果、以前の統計で10万人の増加が確認されています。
昨年の調査でも、わが国の人口は流入を含め205万人です。
あと1年で戦争を終わらせることが出来るのであれば、今は決断の時だと考えます」
ゴルバチョフの疑問に答えるように、ワシレンスキーは説明した。
「すこしまって頂きたい。
産業面から言わせていただければ、多くの若者が戦場に行くことは、
生産性の向上や、新技術の開発に遅れを生じさせかねません。
ここは慎重に考えて、即決は避けるべきだと考えます」
会議の流れがワシレンスキーの提案へと流れそうになった所で、
ペリューコフが慎重論を声高に唱えた。
会議は平行線を辿り続け、議論は2つに割れた。
そして、アレクセイの意見を聞くことになるまでに半日を要した。
「閣下、なにか妙案はないでしょうか?」
各大臣が見つめるなか、アレクセイは内心で舌打ちしていた。
(あのな~。
君主政治じゃないんだから、お前らで決めろよ。
……とはいっても、無視も出来ないか)
「私としては士官学校入学を条件付で早めるのが良いと思います」
アレクセイがそう言うと、大臣達は顔を見合わせた。
「と、いいますと?」
ナボコフが先を促した。
「大変だと思いますが、各世代の人口を出してその5%を定員にしてはどうでしょうか?」
「なるほど、それならば若者が全て軍に取られる心配はなくなりますね」
ペリューコフが一定の理解を示したように答え、ワシレンスキーも頷いていた。
「ええ、勿論希望者のみとすることが前提にありますが……。
同時に、人口増加策をさらに検討する必要がありますね」
「なるほど!
さすがは陛下!では、各大臣方も、それでよろしいですかな?」
ナボコフはアレクセイを持ち上げるようにそういうと、話を纏めてしまった。
(……ひょっとして、ナボコフって腰巾着みたいなやつだったのか?)
アレクセイは一抹の不安を思いながら、会議の続きを最後まで聞いていた。
その会議から1週間後、アレクセイはウラジオストックに来ていた。
その周囲には、黒いコートと最新型の自動小銃を持った美しい女性ばかりの親衛軍が守りについていた。
民衆が声援をもって迎えているなか、まだ幼いような表情を残した女性がロシアの大地を踏みしめた。
その女性とは、桃園宮内親王親王葛葉だった。
彼女は、日本海軍の護衛の元、客船でウラジオストックに入港し生まれて始めてのロシアの大地を踏んだのだ。
「陛下、お出迎えありがとうございます」
「長い船旅でお疲れでしょう。
ここは寒いですし、馬車を用意させてありますのでどうぞ」
厚手のコートに身を包んだ桃園宮内親王親王葛葉は、頬を寒さで赤くしながらアレクセイに挨拶をすると、
アレクセイに促され馬車へと向かっていった。
桃園宮内親王親王と共に上陸した武官と外交官は、アレクセイとの挨拶を済ませた後、
首脳陣と共に別の馬車へと乗り込んだ。
そこから駅までの間、道には両国の旗を持った国民が完成と共に祝福の声を上げていた。
「すごいですわね」
民衆に手を振りながら、葛葉がふとそう呟いた。
馬車の中は、炭火で暖められており外よりは遥かに話しやすかったのだが、
民衆が見ている中で談笑だけしている訳にもいかず、手を振りながら笑顔で
民衆の顔をひとりひとり見ていた。
「そうですね」
アレクセイも笑顔のままで、窓から手を振り続ける。
途中馬車に乗り、日本からの武官達も始めて入るアレクセイの屋敷に着いたのは、日が暮れた頃だった。
「いやはや、ロシア国民の陛下への支持はわが国と並びますな」
「まったくです」
夜の晩餐では、日本の武官や外交官、ロシア政府首脳らが立食で会話を弾ませていた。
「陛下、この戦い勝てますの?」
アレクセイに挨拶をする者が減り、葛葉がそう切り出してきた。
「ええ、勝てますとも……。
もっとも、他国の出方次第でもありますがね」
「そうですか……。
私がこの時期に嫁ぐ理由を聞きませんの?」
「大体察しはついていますよ。
ロシア内部の事情を本国に伝える事と、ソビエトにわが国が勝利した場合の後背の安全を得る為」
「……」
2人の会話は護衛についているユーリアとミラ以外は聞こえてないようで、
そこかしこで笑い声が聞こえていた。
「そういえば、靖国神社の桜並木は来年も満開でしょうか?」
「ええ、たぶん」
「あそこで教授たちと花見をしたのが、とても懐かしく思います」
「……」
葛葉はアレクセイの顔を見たが、笑みを浮かべ、おいしそうにワインを飲んでいるアレクセイから、
心を読みとることは出来なかった。
翌日、まだ婚礼まで1週間あった事もあり、葛葉をアレクセイが案内していた。
無論、葛葉の護衛武官や兵士達、ユーリア、ミラ指揮下の護衛兵士達もである。
「ずいぶん広いお屋敷ですのね」
葛葉はだいぶ慣れてきたようで、流暢なロシア語でアレクセイに話しかけていた。
その度に、武官や外交官は顔を青くすることもあったのだが、
アレクセイは気にしない性格であったし、ユーリア達とて普段のアレクセイに慣れていたので
特に不自然とは考えなかった。
何しろアレクセイは、王族であればトイレから何からメイドに手伝わせ、
或いは夜伽までさせることがあったのだが、何から何まで自分でやろうとするので、
メイドは、食事とか掃除だとかだけですむようになり、ずいぶん仕事が楽になったという。
いわく「頼むより、やったほうが早い」である。
ともあれ、いつの間にか葛葉が先行し他が後を追うという図式になるまで、
そう長い時間は掛からなかった。
「あれ?あれは何ですの?」
葛葉が、窓から外を指差した先にはコンクリートの壁の向こうを、
土煙を上げて進む3両のRMT-2の姿があった。
「ああ、あれは私達を護衛する親衛軍の戦車ですよ」
アレクセイは事も無げに即答してしまうが、後ろではユーリアとミラがうろたえていた。
「陛下、あれはまだ……」
ユーリアがアレクセイに注意をするが、アレクセイは気にするなという様なしぐさで答えた。
実を言うと、朝早く首相に電話をかけ新型兵器を見せることを了承してもらっていた。
これは円借款を円滑を進めるために、最新兵器を見せつけて国威を示そうというちょっとした発案だった。
あまり円借款が増えると今後が不安になるが、石油や鉱物資源が豊富なロシアなら
20年もあれば返せるだろうという見込みと、世界大戦での両国関係維持を目的としていた。
アレクセイ曰く、「借金は貸したほうは、借りた相手がつぶれないようにしないと損するからねぇ」である。
それはそうと、葛葉は戦車が気になったらしく目で追い続けていた。
「気になりますか?」
アレクセイがそう問いかけると、目を輝かせた葛葉が興奮した様子で口を開いた。
「はい」
「では、親衛軍の施設に行きますか。
武官の方達もどうぞ」
アレクセイが先導をする形で全員が動き始める。
「ユーリア、ミラ、悪いけど皆を集めてくれ。
これからは、葛葉のことも護る事になるんだし、会っておいて損はないだろう」
「しかし、よろしいのですか?
港には、ウスリーとアムールも停泊していますが」
ミラが当然の様に尋ねてくる。
「今朝、首相に了承は貰っているよ。
どっちにしても数日後には見せるのだし、問題ないよ」
「「了解しました」」
小声で答えたアレクセイの答えに納得がいったのか、2人はそう答えると足早に駆け出して
連絡を取りに向かった。
「あの、陛下。
我々も本当に宜しいのでしょうか?」
そう尋ねてきたのは、護衛武官の本田光男陸軍大佐だった。
隣にいる、源和馬海軍少佐も困惑気味だった。
「ええ、問題ありません。
準備に少し時間が掛かりますから、その間に防寒服を着る事にしましょうか」
アレクセイは、当然とばかりにそういって、それぞれの部屋がある本館へと戻る道を歩き始めた。
その間、ユーリアとミラは連絡と対応に追われ、それが済めば案内をする為に、
また走って本館へと向かった。
何しろ、放っておくとアレクセイ1人で案内をし始めないとも限らなかったからだ。
慌しく、ユーリアとミラが本館へ戻ると、アレクセイたちは既に防寒服を着込んでいた。
「あ、準備は出来た?」
「はい、陛下」
「陸海共に、いつでもご案内できます」
アレクセイの間のぬけた問いに、ユーリアとミラはそれぞれ真面目に答えていた。
部下が持ってきた防寒着を羽織ると、すでに待たせていた兵員輸送トラックに乗り込み基地へと向かった。
トラックの上では、物珍しそうに日本の兵達がきょろきょろと見回していた。
冬のロシアでもっとも怖いのは行軍中の凍死だった。
それを防ぐ為、ロシア軍で使用している兵員輸送トラックは薄い鋼板の上に、
木材と動物の皮で防寒を施してあり、車内にはエンジンの熱気を送り込むだけの
ヒーターが取り付けられていた。
「むぅ、油くさいが暖かいな」
「ええ、戦場に向かう兵士にとっては凍死・凍傷は恐ろしいですからね。
多少臭っても、死ぬよりはましでしょう」
葛葉の呟きにアレクセイが答えるが、その後ろでは本田大佐が感慨深く頷いていた。
基地につくと、葛葉が真っ先にトラックを降りた。
「はぁ~、生き返る」
深呼吸をした葛葉の第1声はそれだった。
アレクセイ達が見渡すと、基地の中には普段の倍の歩兵が銃を手に立っていた。
いくらなんでも破壊工作はないと思ったが、ユーリアが警備を厳重にするよう命じたのだった。
そして、港のほうまで歩きながら進むと重巡洋艦「ウスリー」と軽空母「アムール」、駆逐艦数隻が停泊していた。
「おお!あれはでかいな!」
葛葉の声通り、重巡洋艦と軽空母はとても大きく見え、傍にいた源少佐は目を丸くしていた。
「ユーリア頼む」
「はっ」
アレクセイがそう言うと、ユーリアは短く答え手を上げる。
すると、奥から3両編成の戦車、歩兵戦車、支援戦車、対空戦車が現れてこちらに向け走ってくると、
全員が見ている前で停車した。
支援戦車と対空戦車は、11月時点で戦線に投入された最新兵器だった。
戦車の更新や修理のために後方に送られた戦車を改修し、装甲で護られた機銃砲座をつけた対空戦車。
同様の車体を流用した、野砲装備の支援戦車である。
「おお~」
葛葉をはじめ、護衛の兵士達も驚きとも感嘆ともとれる声をだした。
「すごいな、これは!」
各車両から兵士達が降りてくると、葛葉はいても立ってもいられなくなったようで駆け寄っていった。
ユーリアが慌てて傍に駆け寄ると遅れて、本田大佐も後を追った。
「そなた達が、この戦車を操っておるのか?」
「えっと……」
女性兵士達は、困ったようにユーリアを見る。
「答えて良いわ」
「了解しました。
……はい、私達がこの戦車を操縦しています」
葛葉がユーリアと兵士を交互に見るが、そのまま質問を続ける。
「この戦車は、私の国の戦車より大きいが強いのか?」
兵士が答えに困ると、アレクセイが救いの手を差し出した。
「日本の戦車がどの程度かは知りませんが、最大装甲厚60mmのうちの戦車が負けるとは思えません」
それを聞いた、本田大佐は顔が青くなっていた。
日本でも戦車開発は進んでいるが、野崎財閥が神崎重工と共同開発している戦車には
装甲厚50mmを誇る1式中戦車があるのだが、開発が始まったばかりで生産はまだ先とされていた。
これは、巡洋艦、空母、駆逐艦の建造を急ぐ海洋国家である日本の戦略にも原因があるのだが、
そんな事は本田大佐には関係なかった。
葛葉は、本田大佐の表情から事の真相を把握すると、ますます戦車に興味をもった。
「のせてたもれ」
「「「「「……は?」」」」」
これには、アレクセイも含め皆が唖然となった。
「少しでよい、のって走ってみてくれぬか?」
「いえ、しかし……」
ユーリアもこうなるとは思わず、アレクセイの顔をうかがう。
(……どうしようか?)
アレクセイは周りを見渡して、少し考えると結論をだした。
「仕方が無いですね。
ユーリア、201に乗せてあげて……本田大佐は202にどうぞ」
「良いのですか?」
アレクセイがそう言うと、本田大佐は心底驚いたらしく目をむいて聞き返してきた。
「ええ、何かあったとき傍にいて欲しいですから」
アレクセイがそう尤もらしい事を言うと、それぞれが乗り込み倉庫の前を進んだり曲がったりしていると、
楽しそうな葛葉の声が聞こえてきた。
「陛下、申し訳ありません」
唐突に、源少佐がアレクセイにそう言ってきた。
「お国でもあのような方なのですか?」
「はい。
最近は、落ち着いてきたと思っていたのですが……」
しばらくすると気が済んだのか、葛葉がユーリアと本田大佐を引き連れてアレクセイの元にやってきた。
「うむうむ、なかなか良い乗り心地であったぞ。
女子の兵士というのも良い、すぐに打ち解けられたぞ」
(あ、そういえば兵士達に紹介してないな)
アレクセイがそう思いながらユーリアを見ると、ユーリアは疲れたような表情で引きつった苦笑いをしていた。
(ロシア語が堪能っていうのも問題だよなぁ……)
のんきなことを考えていると、アレクセイの袖を葛葉が引っ張っていた。
「次は、あれじゃ」
葛葉の指差すほうを見れば、重巡洋艦「ウスリー」があった。
「……ミラ、任せた」
「ええっ!
あっ、了解しました」
長い一日はまだ続く。
押し付けられた格好となった親衛軍海軍参謀のミラが、親衛軍重巡洋艦ウスリーの案内をひと通り終えると、
葛葉たち一行は艦内の広い部屋にいた。
なぜ巡洋艦にその様な広い部屋があるかといえば、
重巡洋艦ウスリーは、皇帝が乗船する事を考慮した御乗艦になっていたからであった。
「これがロシアの巡洋艦か……」
「内装は異なりますが、外見と装備は我が日本海軍の重巡と酷似していますね」
ひと通りの案内を受けた後、部屋の片隅にあった模型を眺め漏らした葛葉の言葉に、
源和馬海軍少佐が答えた。
「そうなのか?
……では、この巡洋艦は戦闘能力が充分にあるのか?」
「はい。
詳細は解りませんが、先程の説明からしても、
我が国の重巡と互角に渡り合えるだけの戦闘力があります。
残念なのは、途中で見かけた戦闘指揮所という所が見られなかった事でしょうか……。
まあ、名前からして機密なのは理解できるのですが」
そういいながら、源少佐は模型から視線を変え、紅茶を飲みながら何かの書類に目を通しているアレクセイと、
ユーリアとミラ親衛軍両参謀を見た。
本田大佐は、巡洋艦の案内を受けながら親衛軍陸軍参謀のユーリアからロシアの陸戦装備について
聞いていた事もあり、紅茶を飲みながら何事かを考えていた。
--- 葛葉 ---
源少佐と本田大佐が驚いている所を見ると、日本でもまだ取り入れられていない技術があるみたいね。
それにしても、親衛軍は本当に女性ばかりなのね。
日本にいたときには、誰かの嫌味か噂だと思っていたのだけど。
……浮気の1つくらい許す気でいたけど、ダース単位で考えないとダメかも知れないわね。
--- 源和馬 ---
聞いていたロシアの装備とは全く異なる装備だ……。
これが、未来の影響を受けた軍隊の姿なのだろうか?
それに引き換え、我が国では未だに軍が今までの慣習に捕らわれている。
それでは、この皇帝が見せているような革命的な事が出来ないのかもしれない。
……戻ったら、上申してみるか。
--- 本田光男 ---
ロシアの陸戦装備充実が実に羨ましい。
我が国には、未来技術があるにも拘らず、いまだドイツかぶれしている連中が多いが、
ロシアの方がよっぽど先を進んでいるではないか。
上層部に打診をして、ロシア陸軍に派遣する教導部隊設立と
ロシアからの装備輸入を考慮するように報告書を纏めるか……。
--- 本編に戻る ---
それぞれが会話をしながら休憩をしていると、
ウスリー艦長のリプリーと、軽空母アムール艦長のダリアが入室してきた。
「陛下、遅れて申し訳ありません」
「ああ、2人ともよく来てくれたね。
楽にして良いよ」
アレクセイは立ち上がると答礼をしながらでそういった。
「それで、陛下。
私めが不在の間に何か問題がありましたでしょうか?」
リプリーは緊急の呼び出しの理由もわからないようで、恐々としながら聞いてきた。
彼女達は、技術部に新型航空機の確認のため赴いていたのだが、
急な呼び出しを受けて、急ぎ帰還したのだった。
「いや、そうではないよ。
私の妻となる人に親衛軍を紹介したくてね。
それで、こちらの女性が日本から来た桃園宮内親王葛葉様。
僕の妻になる人だよ」
アレクセイはそう言いながら、葛葉のことを紹介した。
「こっ、これは失礼をいたしました。
私は親衛軍重巡洋艦ウスリーの艦長をしております、リプリーであります」
「私は親衛軍軽空母アムールの艦長をしております、ダリアです」
2人はそれまで気がつかなかったのか、葛葉を紹介されると慌てたように
敬礼をすると、自己紹介を始めていた。
「楽にしてかまわぬ。
それよりも、艦長も女性とは恐れ入った。
本当に親衛軍は女性だけで構成されているのだな」
葛葉の言葉を受けて姿勢を直した2人は、
葛葉から出た言葉に驚きながらもそれを表情に出さないように努めていた。
彼女たちにしてみれば、当然のように軍務についたその先が親衛軍だっただけである。
また、他国がどんな軍組織かなど考えた事もなかった事もあり、
葛葉の言葉に驚いたのである。
「では、リプリー艦長も来たことですし、艦橋にあがりましょうか」
「わかりました。
それでは、ご案内いたします」
ミラの言葉を受けて、リプリーが答えるとアレクセイや葛葉達も頷き、
部屋を後にするのだった。
アレクセイ達が入ってくると、艦橋には他の士官が既に揃っており
敬礼で出迎えられた。
「みんな楽にしてくれ」
アレクセイがそういうと、士官たちは姿勢を戻しそれぞれの持ち場に戻った。
「眺めがいいものだな」
近くの士官から借りたのであろう双眼鏡を覗きながら、葛葉は率直な感想を漏らした。
「それはまあ、艦橋ですからね。
見張り台も見晴らしはいいですが、ここの方が風も来ないぶん良いですよ」
葛葉の漏らした言葉に律儀に答えたアレクセイだったが、
答えを期待したわけではなかったのか、葛葉は双眼鏡を手に環境から外を熱心に見ていた。
ウスリーの周りでは、アムールの艦載機であるRF-1cとRS-1bが
離発着訓練を繰り返しているのが見て取れていた。
配備からだいぶ年月が経過し、戦争の経過と共に旧式となったものである。
新鋭機は、優先的に最前線か、正規軍である国防軍に行くことになるので、
日本からの技術提供で実現した、攻撃機RS-2aや、戦闘機RF-2aは
配備されていなかった。
両航空機には、日本で開発された1400馬力液冷エンジンが用いられ、
ロシアで運用していた経験や技術がそれに加わり、充分な出力を持ったエンジンに生まれ変わっていた。
倒立V型からの機首変更等はあったが、それでも高い性能を維持できたことは、
両航空機の基本設計の高さといえた。
「あれが、ロシアの艦載機ですか……」
「あれは液冷式のようですな。
わが国でもまだ配備できていない液冷式エンジンを、
すでに開発済みとは、ロシアは侮れませんね」
源少佐と本田大佐は、お互いに小声で囁き合いながら、感慨深い様に艦載機をみていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そして、年明けと共にロシア正教の協会で、アレクセイと葛葉の式があげられた。
それは、国を挙げての祝い事になり、過去のいきさつはともかく、
ロシア帝国の国民からすれば「おらが国の王子様」と言えるアレクセイは、
国中からの祝福を受けることになった。
その席には、ソビエト、ドイツを除いた各国からも閣僚が列席し、
華々しい晩餐会が行われた。
アレクセイと葛葉の2人は、晩餐会が終わるとロシア帝国のホテルへと戻り、
公務としての場からようやく開放されていた。
ホテルが選ばれたのは、余計な出費を嫌うアレクセイらしく、別荘などを持っていない為に、
ロシア帝国随一の高級ホテルが選ばれることになったのだった。