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日本訪問

1930年秋 アレクセイは日本を訪れていた。

目的は妃候補の桃園宮内親王と実際に会う事と、そして日本政府との外交交渉である。


そのための根回しもすでに済ませてあったこともあり、日本に着いてからも順調に事は進み

両国の重要人物が揃う席上で聖仁天皇、桃園内親王との会食が行われていた。


「ときに国を統べるには何が重要かと思いますか?」

聖仁天皇からふとこのような質問が投げかけられた。

「そうですね。

 国民の安寧と静かな生活を守ろうとする人々の意志ではないですか?」


ここで、本来なら外交官が間に入り通訳を入れて会話をするのだがアレクセイについていえば

通訳はすでについていなかった。

実の事をいうと、日本を訪問し最初の演説を行う際にアレクセイが日本語で話せないだろうと

両国の外交官が通訳しようとしたが、ロシア語で演説した後すぐに流暢な日本語で

アレクセイが挨拶をしたことで一部を除いた両国政府要人のみならず、

出迎えに来ていた桃園宮内親王も可愛らしい目をくりくりとさせながら興味深い視線を向けていた。


さて、話を戻すとその返答を聞いた聖仁天皇は、ややあって頷くとワインのグラスをむけてきた。

「あなたのような聡明な方がいるのならば、ロシアの民も幸せでしょう」

アレクセイもグラスを軽くむけ二人その中身を飲み干して笑顔を向けあった。

その後しばらくは、お互いに談話を重ね会食は終了した。


そして場所は移り、会食後ではあるが非公式の会談が設けられていた。

出席者は、ロシア帝国からアレクセイ、首相ミリュコーフ、外務大臣ナボコフ、国防大臣グチコフ、

親衛軍陸上護衛参謀ユーリア、親衛軍海上護衛参謀ミラといった面々である。


本来ロシア国防軍の各軍最高指揮官であるデニーキンやコルチャークも出席の予定だったが、

ロシア国防軍の情報機関がソ連から攻勢をかける疑いがあるとの情報と、

欧州とソ連領内からユダヤ人の脱出を早める必要があるとの報告が出たために、

陸海軍が共同で必要な措置を行うため残ることとなっていた。


対する日本側の主な出席者は、聖仁天皇、花小路伯爵、伊藤博文伯爵、首相 神崎正和、

陸軍大臣 米田一基、陸軍大将 真宮司和馬、海軍大臣 山口和豊、海軍大将 米内満久、

東郷平八郎、外務大臣 幣原喜重郎、経済界から神崎重樹、野崎靖男 といった面々であった。


「さて、時刻になりましたので始めたいと思いますがよろしいでしょうか?」


その日本側の外務大臣幣原の言葉から会議は始りそれぞれが自己紹介を終えると

続いて花小路伯爵からの質問が出てきた。


「まず、確認をしたいのですがロシア政府は本気で我が国と同盟を結ぼうと考えて

 おられるのですかな?」

そう質問を投げかけた花小路伯爵の目は鋭く、とても見た目の歳ではないようにも思える。


「貴国においてもご存じであるように、我国では反乱軍との交戦が継続しています。

 また、近い将来大戦が再び起こった際に強力な海軍力を誇る日本との同盟は、

 我が国にとって有益と考えた結果だとご理解頂きたい」


ナボコフが説明した中にあった再度の大戦部分において数人が目を鋭くしたのを

アレクセイらは見逃してはいなかった。


「いま、次の大戦とおっしゃられましたがそれは本当に起こるのですかな?

 世界では前大戦での悲惨な惨状に嘆き、ロンドン条約やワシントン条約にみられる

 ように軍縮へと進んでいるように思われますが?」


神崎首相がナボコフのその回答に対してさらに切り込む。


「それが起こるかどうかは、あなた方もご存じではないのですか?

 実際に数年前から国内では軍部内で綱紀粛正が行われ、

 急進派などは駆逐されているのではないですか?」


ミリュコーフもお前たちの内情は俺達も知っていると匂わせるように質問を投げ返す。

しばらくの沈黙が会議の場を支配すると、アレクセイから手が挙がった。


「発言が止まったようなので、私から話をさせてもらってもよいでしょうか?」

「……どうぞ」

一応、王族なので発言は控えているが剣呑な雰囲気が最初から出ていると感じ

アレクセイ……菅野洋平は早いという気もするがあの話を切り出すことにした。


「同盟の件はともかく、そこにいる野崎財閥の野崎……いえ平成時代の東京大学

 理工学部 野崎教授から既に聞いていると思いますが、おそらく実際に発生するでしょう。

 たとえ、現状の日本が満州への攻勢を考えていないとしても、さらそれを実施しなくとも

 アメリカにとって日本はアジア圏経済における敵である以上、彼らは自らの正義の名の元

 どのような証拠でも作り出し戦闘という手段でこの国を潰しに掛るでしょう。

 そのとき、日本はどのように戦争を行いますか?

 史実のように資源を求め南方作戦を行いますか?

 それとも、ハルノートをのみ属国として生き残る手段を選びますか?」


この言葉に、日本側の出席者の反応は2つに分かれていた。

1つは少数で野崎を中心とした驚きと驚愕の目でアレクセイを見ている者と、

さらに鋭い目でロシア政府関係者を見つめる者たちであった。


「……失礼ながらどこまで彼の事を御存じなのですか?

 彼が平成時代の東京大学理工学部の教授ということまで知っているのは……」


そう苦々しい口調で自国の防諜に疑念を浮かべながら口を開いたのは

陸軍大臣 米田である。

当然それに答えるのは、視線を受けているアレクセイである。


「ああ、誤解のない様にいえば貴国の防諜は充分役割を果たしていますよ。

 野崎教授……あなたがこの時代に来た時、菅野洋平が来なかったと思いますが

 いかがですか?」

「ああ……確かに彼はいくら探しても見当たらなかったが」


話を向けられた野崎は思い口をあけて回答した。


「それと、あなたがこの国に奉仕する際にある女神の力を得ていますね」

「……」


それには野崎は答えなかったが、汗が額に浮いているあたりかなり焦っている様子だった。

そして、その様子はそれが真実であるという事を如実に語る結果となっていた。


「実は私なんですよ。」

「は?」


アレクセイの言葉に、日本側も含めてその席上にいるほとんどの者が

目を丸くさせ唖然とした表情を見せていた。


「相変わらず、追い詰められると推察が苦手なんですね。

 だから、菅野洋平の精神がアレクセイ・ロマノフ3世にいると言っているんです」


ざわめいた会議質の中でガタンという音と共に野崎が席を立ちあがり、

指をさして口をパクパクとさせているのは、傍から見ていると面白いな

とアレクセイは一人考えていた。


「へ、陛下。陛下は先ほど女神から力を野崎殿が得ているとおっしゃいましたが、

 それは本当なのでしょうか?

 それに、なぜ陛下がそれを御存じなのですか?」


ユーリアも驚いているのか、質問を投げかけてきた。


「ああ、その女神から野崎教授がいま日本にいることを聞いたんですよ。

 それに、その力はどちらかといえば加護のようなものなのですけど

 私も受けていますよ」


その言葉から、野崎はぶつぶつと頭を抱えながら言っているようだが

ある程度離れているのに聞こえてくるのは、「またあいつのせいなのか……」

といった言葉だから相当悩まされているようだ。


質問をしたユーリアとその隣にいたミラにいたっては、その言葉を聞いた途端に

さらに目を輝かせ英雄云々という言葉を呟きながらそれぞれの世界に

トリップしているようだったが、その他のロシア側首脳陣については

女神の話は初めてだったが、おおよそは聞いていたのでそれほどではなかった。


ひどいのは日本側で、自分たちのアドバンテージが覆されるほどではないだろうが

ここまでの話の状況から持っていたカードのほとんどは使えないであろうから、

強行な態度で有利な条約にしようと画策していた首脳陣の思惑は外されていた。

そんな中で、聖仁天皇が口を開いた。


「私としては、ロシアとの共存共栄の道を進める方向で政府には頑張ってもらいたい。

 ここにいる、野崎とアレクセイ殿が共に神に使わされたのであれば目的も同じはず

 であるのなら、臣民の為にもそれを成してもらいたい」


聖仁天皇の視線は、穏やかな表情のままアレクセイの瞳を見つめていた。


「はい。

 私の目的は、基本的に野崎教授と同じとご理解ください。

 ただ、私はロシア帝国の皇帝である以上その国民の生活と国家を守る義務がある。

 ……その事はご理解ください」


そう、アレクセイが答えると聖仁天皇はしばらく瞳を見つめていたが満足した様に

頷くと神崎首相に向かい「よしなに頼む」と一言口にして再び口を閉ざした。


聖仁天皇の言葉を受けた日本の政府陣営はそこから休憩を挟むことを提案し

ほとんどがそれに同意を示したため、一旦会談は中断された。

そして場所は移り、ロシア政府に割り当てられた一室ではそれぞれが雑談をしていた。


「陛下、ひとつお伺いいたしますが日本との交渉の落とし所は、事前確認の通りで本当によろしいのですか?

 陛下が日本人の心を持っているのならば、納得されていないではと思うのですが」


周囲の雑談が途絶え、ミリュコーフがアレクセイに尋ねたことへの回答に耳を澄ます。


「いえ、そのような事には気をまわさなくても大丈夫ですよ。

 私の心は日本人でありますが、今はロシア帝国皇帝なのです。

 ……ですから、ロシア帝国が存続し今後の発展を考えるのならば南洋諸島かその周辺に

 何らかの基盤を持つのは必要なことです」

「そしてボルネオ周辺に拠点をおき資源確保を狙う日本と南方の貿易拠点、軍事拠点を狙う

 我が国との利害を一致させるということでしたな……」

「はい、ですが日本が中国方面に力を入れ過ぎると次の大戦を乗り切れません。

 そこで我が国からそれとなく圧力をかけ、必要最低限の地域に留めてもらうということです」


話が終わると、日本陸軍大臣米田一基がノックと共に扉を開けて部屋に入ってきた。

「失礼します。

 皆さま、そろそろ会談を再開したいと思いますので会議室にお集まりいただきたい」


そして、再び会談が始まると日本政府首相 神崎正和が話を切り出した。


「先ほどの話から、ロシア政府が我が国との同盟を本気で考えている事はよくわかりました。

 ですが、その同盟を結ぶにあたりいくつか確認をさせていただきたい」

「なんでしょうか?」

外務大臣ナボコフがそれに返事をする。


「まず、ロシア帝国は同盟になにを求められますか?

 事前に聞いている話では攻守同盟ということですが、我国をソ連との戦いに

 巻き込むのが本心なのではないですか?」


伊藤博文伯爵からの質問はとげを含んだ言い回しであるが状況からは正鵠を射ているともいえた。


「いえ、反乱軍については此方の問題ですので直接的な干渉は無用とお考えください」

「それでは、事前協議の通り南方の泊地を認めれば良い……。

 そういうことなのでしょうか?」

「はい」


両国政府の面々が顔を見合せて話をしていると、日本側から声があがった。


「陸軍としては、ロシア帝国の陸軍兵器を輸入したいと考えていますが

 それは可能ですかな?」


陸軍大臣 米田一基からの質問は、自国での陸軍兵器開発はそれなりに進んでいるはずだが

同様に未来技術が取り入れられているはずのロシア製を輸入し比較したいという

日本陸軍の本心を表していた。


さすがに、最新兵器を輸出する事については難色を示したグチコフの意見もあり

ロシア政府側はナボコフから回答をするもぼかした形となった。

「それは、すぐにはお答できないのですが同盟締結の折には基準を緩和する用意があります。

 また、先程の条件についてですが同盟を締結した場合には

 可能な限り交戦国とする国家について両国間で協議すると明文化していただきたい」


「それについては、こちらも依存ありません」


ロシア政府からの提案に日本政府首相 神崎正和は即座に回答をだした。

日本の国力を考えれば、いくつも交戦国を増やすのは自殺行為であり

事前協議でそれを決められるに越したことはないからだ。


「それでしたら問題はないと思われます」

日本政府首相の回答にナボコフは安堵した。

そして、話がさらに進むと花小路伯爵が全体のまとめに入ってきた。


「では、同盟締結については基本同意がなされたとしますが

 皆様方よろしいですかな?」


両国の首脳が花小路伯爵に対して頷くと、両社は椅子から立ち上がり

お互い握手する事で同意が取り交わされた。


そしてそれぞれが挨拶をかわしつつ自国の話をしている時に

ふと中国情勢の話になった。


「ところで、我国では中華民国との交戦が避けられないのではないかと

 昨今考えておりまして、場合によっては来年にでも中華民国との戦闘が勃発しそうな情勢となっております」


この話には、野崎教授と久方ぶりに親交を深めていたアレクセイが割り込んできた。


「野崎教授もご存じだとは思いますが、その動きにはうらでソビエトやアメリカが

 アジア圏での利益の為に共産党などに入れ知恵や支援を行っているのが元です。

 ですが、日本もロシア帝国もこの誘いには乗らず資源のある地域のみを お互いに占領したのちは、

 それ以上の侵攻は無用に願いたい。

 むしろ、中華民国の蒋介石を抱き込み中国国内の内戦としたほうが利益が多いと考えますが?」


それに、野崎教授も呼応する。


「確かに……、満州の石炭や鉱物資源と中国の沿岸地域を除けば 無理に侵攻するだけの利点が得られない

 地域ではあるな。

 問題はソビエトとアメリカだな、両国とも日本の力試しにと中国政府を裏で操り日本に戦闘を仕掛けさせるつもりだろう。

 もっとも、ソビエトは中国に満州方面からロシア帝国へと揺さぶらせる事もありえるが……」


この意見にアレクセイが思い浮かべたのは、年代的に同じような事件が起こっても

不思議ではない日本とソビエトの最初の戦車戦であった。


「ノモンハン事件のような事態がロシア帝国と中国側で

 起こりうるということですか。

 検討する価値はありそうですね」


「だが、実際の話をいえば南方に無理に進出するのは危険なんだ。

 資源でいえば、満州と中国の沿岸部、そしてロシア帝国からの輸入で足りている。

 それでも南方に出征する必要があるのは「B29」……そうだ。

 なんとしても、マリアナ諸島、フィリピンを絶対防衛線として守らなければ

 日本本土への攻撃が可能になってしまう」


二人は日本がB29 により被った被害を思い出しながら難しい表情で話を進める。


「これからの世界は貿易で成り立つことを考えれば、良港を南に保有するのは

 国家戦略からも利にかなっていますからね。

 ですが、イギリスやオランダも植民地もあるからやっきになってくるでしょう」


「ただ、恐れているのは勝ちすぎる事なんだ……。

 アメリカに勝ちすぎれば、対ドイツ戦の問題が出てくる。」


「それについては後日検討しましょう。

 ……いっそ王室を持つ国家同士で連合でも結べれば楽なんですがね」


そこまで話を進めながら周囲が静かな事に気がついた二人は周りを見ると

聖仁天皇を含めすべての者たちが興味深々といった感じで話を聞いており

なかにはメモを取っている者すらいた。

そんな中で二人はお互いを見やると苦笑いをしていたが、周囲の視線は

二人に向けられたままだった。


「どうした?

 話を続けたまえ、君たちの話は大変ためになるのだから」

最後には聖仁天皇にまでこのように言われてしまい大いに慌てさせた。


ともあれ、日露会談は無事に終了しいくらかの実務者を残し

ロシア側の代表団は残す期間を観光などに費やし帰国していった。

文書を訂正しました。

・桃園親王→桃園内親王

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