軍備拡大
コルチャークの来訪から2週間余りたった頃、ハバロフスクにある議事堂のある会議室では
アレクセイと首相以下大臣が揃い今後の政策を話し合っていた。
「では、一層の農業の拡充と重工業の発展を第一として今後10年の基本計画を
立案するということで皆さんよろしいですか?」
アレクセイはあまり内政には口に出さないので各大臣への追認という形で首相は話を進めている。
「では、次の議題ですが。
国防大臣、説明をお願いします」
促された、国防大臣のグチコフが説明を始めた。
「では、説明いたします。
皆さんご存じの通りわが国防軍はこの10年余りの間、赤軍との小競り合いに対応する装備変更
などはありましたが、本格的な軍事力の拡大、軍編成の見直しなどは避けてきました。
これは、それ自体が国庫に対する負担になる事と国民を思えばこそです。
しかしながら、陛下からの情報によるとそろそろ大戦が起こると思われ、
実際に諜報の結果ドイツや赤軍に動きがみられています。
しかるに、国防軍の予算を拡大し至急大戦に備えるべきかと考えます」
もっともな意見なので誰からも特に否定の意見はでてこないだけでなく、頷いて同意する者が大半だった。
「具体的に申し上げますと、現在の歩兵中心の軍編成から戦車、航空機を中心とした軍編成にしたいと考えています。
これにより現状の1個軍団4個師団という編成から1個軍団に2個の機甲師団と1個師団という編成に変え、解体した師団の余剰人員を使い新たに2個航空師団の新設を考えています」
この案の通りになれば、陸軍は戦車を中心とした師団が8つと、航空兵力は既存の航空師団合わせて
6個師団の編成となる。
「経済産業省としては、その軍備拡大は内需につながるので短期としては歓迎しますが
海軍の方はどのような規模で行われるのでしょうか?
それと短期間の大きすぎる発注は、民間の製造業に影響がでるので
計画の期間についても教えていただきたい」
3年ほど前に新設された経済産業省のペリューコフから、慎重意見が出されたが
基本的に歓迎の意向なため笑顔でやり取りしている。
「この計画は、陸海軍について今後10年間で進めたいと考えています。
また、海軍の編成は巡洋艦6、航空母艦3、軽空母6、駆逐艦40、補助艦艇20を想定しておりますが
5年内についてはその半数を揃えたいという考えです」
「半数というと、すくなくとも巡洋艦3、駆逐艦20、補助艦艇10ですか……。
戦艦を作ると言われないのはありがたいのですが、それにしても陸軍と合わせて
考えれば規模が大きいですな。
5年でそれだけの規模の造船となれば重工業、軽工業の生産力が、ほとんど軍向けになってしまう事が懸念されます。
ようやくトラックなどの民生品が民間にも流れ始めているのにそれでは、
国民生活が圧迫されてしまうと思われますので、計画の修正をお願いできないものでしょうか?」
会場がざわめき、グチコフも側近を呼び寄せて話を始めた。
しばらくしてミリュコーフ首相から質問がでてきた。
「ところで、航空母艦というのはイギリス海軍が持っているあれの事ですかな?」
「はい。
大戦でもそれなりの活躍をしておりましたが、次の大戦では航空母艦が主力となると
陛下から助言を受け、海軍は航空母艦を中心とした艦隊とする予定になっております」
コルチャーク海軍参謀長からの発言をうけて、アレクセイはその場の全員からの視線を受ける形となる。
「陛下、航空母艦とはいかなるものなのでしょうか?
我々にはまだ認識不足なので、そこまでの必要かがわからないのですが」
「簡単にいえば、海の上を移動する航空基地ですね。
そのため航空機の航続距離…およそ半径1000kmを射程範囲として攻撃可能になります。
航空機…艦載機と言いなおしますが、装備は戦闘機が制空を主任務として機関銃、
攻撃機は、爆装、雷装を可能としているので戦艦であろうとも確実に仕留められます」
「そういえば、以前日本の大和型が沈められたときの話にでてきましたな」
ミリュコーフの呟きと共に思い出したのか、閣僚達はみな頷きなっとくした表情にかわっていった。
「あとで話そうと考えていましたが、親衛軍についても増強しようと考えていましたから
今のうちにお話しておきましょう。
親衛軍は陸上護衛として1個師団程度、海上護衛として1個艦隊程度の戦力を計画しています。
説明は、各護衛隊の最高指揮官からおねがいします」
「では、親衛軍陸上護衛参謀のユーリア・セミョーノフです。
これより親衛軍陸上護衛隊の編成の説明を行います。
親衛軍陸上護衛隊は、戦車3個連隊、歩兵4個連隊、砲兵2個連隊、工兵2個連隊、
航空1個連隊など合計約5千の人員を想定しております。
装備については、国防軍と同一の装備を行う方針です」
「続いて、親衛軍海上護衛隊編成について説明いたします。
私は参謀のミラ・ジョボビッチです。
海上護衛隊としては、巡洋艦1、軽母艦2、駆逐艦12、補助艦艇4を検討しています。
尚、航空隊の育成施設が別途必要となりますので軽空母が2隻となっていますが、
陸上基地での訓練もある程度可能なので最低1隻でも行動可能としています」
これを聞いた内閣閣僚はいっそうざわついた。
その多くは否定的な意見が多く理由としては、戦力の大きさが余りにも大きすぎることだった。
実をいうと最初こそアレクセイは自分の軍隊をもつということに自分自身懐疑的だっだが、
一度認めてしまえば未来においての人格がでてきて、いっそこの大戦に盛大に参加してみようと思ってしまった。
何しろ現状の親衛軍は、美女だらけの集団である。
彼女たちが軍服を着て訓練をしている様子を見ていたら、オタク心に火がついてしまい
このような編成となってしまった。
ちなみに、メイドにもアレクセイは熱心だったため、女子士官学校設立時に
デニーキンやコルチャークがそういった面を充実させようと裏の試験項目にしていたのだが
それは21世紀になっても闇の中に葬られることになる。
「陛下、その戦力はどのように揃えようとお考えでありますか?
現在の国庫からすると国防軍だけでも手一杯なのですが」
さすがに、首相から「お前やり過ぎ」というような言葉を含んだ声があがってくる。
「それについては、現状の王家の予算枠とシホテアリニ重工の生産力の範囲内で揃えようと思っています。
それに来月予定している海軍向けの公試ですが、ロシア造船だけでなくシホテアリニ重工からも
出しますのでそれでこの造船計画がご理解いただけますよ。
むしろ兵員数が不足するのでその点が心配ですが」
アレクセイはミリュコーフの発した言葉の意味をとくに考えずに発言し、
ミリュコーフは首相として頭を抱えていた。
「兵員の問題については大丈夫かとおもいます。
国内の出生率の増加もありますが、成人の男女比でいえば未だに1:3の割合で推移しています。
そのため女性失業者や人身売買も社会問題となっていますので、そういった面の受け皿として
公募すれば士官としては不向きですが、兵としてなら役に立つと思います」
内務大臣ワシレンスキーの発言は、ロシアの国内問題を如実に表していた。
いくら10年間の国内政策が順調とはいえ、その前の大戦と革命でロシア国内の若者がどれだけ
減っているかということになる。
出生率があがってもその子供が大きくなるまでには、あと10年余りが必要であり
貧困から脱しきれない家庭にとっては、時として人身売買や売春などが平然と行われていた。
「では、国防軍の軍備拡大に反対する意見はありますか?」
ミリュコーフが閣僚ごとの意見交換の後まとめにはいった。
「経済産業省としては、これほどの大規模計画については許容の限界を超えたものと感じます。
陸軍案については現状のままでも仕方ありませんが期間の延長の検討をお願いしたいのと、
海軍案の装備については再度検討をお願いしたい。
それに、親衛軍の拡充においても資源供給と生産力から考えて難しいとしか考えられません。
規模の大幅な縮小か見送りをお願いしたいと考えます」
その後、他の閣僚からの反対意見もあったが国防軍については概ね了承された。
コルチャークとしては不満顔だったが、全面否定ではないので拡充期間を15年にする事
を条件として最終的に海軍案も了承を受けることができた。
親衛軍については否定的な意見が多く、結局閣僚が国庫からの予算流出を恐れて了承は得られなかった。
とはいえ、むげにもできないので現状の皇室予算枠でという条件であとは自由裁量とされた。
この時期、ロシア帝国の国際的な位置はというと、その経済発展規模はイギリス、アメリカに次ぐ3位につけていた、これは石油の輸出のみならず豊富な資源とここ10年間の成長から外国資本の投資の増加が要因となっていた。
だが、軍事力でいえば世界第5位となっており陸軍の規模でも隣国日本やソビエトより数で劣り
海軍力はいうまでもなく日本にだいぶ差をつけられており、海軍としてはどうしてもこの程度の戦力は
整えることが必須とされているのだった。
「では、次は外務大臣から外交の状況説明をお願いします」
「はい。
現在、我国では革命軍あるいは赤軍と呼んでおりますが、ソビエト連邦と自称している奴らの事からご報告致します。
残念ながら、他国ではソビエト連邦の承認のみならず国交を結ぶ国が続出しております。
現状我が国と友好関係にある、イギリス、エチオピア、日本を除くと、ほとんどが国家として承認
しており外交官も派遣しているという状態です。
また、スイスにて和平交渉をしてはどうだろうかとアメリカからの申し出が出ている始末です」
「アメリカ……ヤンキー達か、利益の為にならスターリンのした粛清すら目に入らないと見えるな」
憤慨しているのは首相だけではなかったが、その発言は全員の心中を表している。
「この件に関しては、引き続き外交面で各国に訴えていくつもりです。
それとイギリスを中心とした大戦の戦勝国がワシントン軍縮条約に引き続き軍縮を行おうという動きがみられています。
先の大戦で大幅に戦力を失ったイギリスが、戦力を大幅に蓄えるアメリカを抑えるための
方便と考えられますが、我国は現状の戦力から問題外とされているようで対象外となる見込みです」
「周辺国が軍縮するというのは良いことですな」
「そうともいえませんよ。
この軍縮期間に各国は制限内で使用できる武器の高性能化や新兵器開発、見直しが行われ
次の大戦に生きてくるわけですし、何よりどこの国の台所も潤います」
内務大臣ワシレンスキーの発言のあとを続けたアレクセイの言葉は、周囲の楽観的な雰囲気を崩したが
ほとんどは『なるほど』といった様子だった。
「続けます。既に陛下のお耳にも入れておりますが、日本から陛下の妃候補にと
桃園宮親王を推しております。不躾ながら、陛下も今年で22ですので良い縁談とは考えますが
いかがいたしましょうか?」
周囲の視線がアレクセイその人に注がれる。
「それによって、我国と日本との同盟関係は結ぶことは可能ですか?」
「はい。
日本駐在のゴルバチョフ大使からも、この件が友好的に進めば同盟締結間違いなしと
言ってきております」
日本との同盟関係は今後の趨勢を握るうえでも、不可欠な条件だがこの時代が自分の知っている
世界と同じ道に進むのかも少し不安を覚えていた。
「陛下、我国が革命軍と事を構えている現在としては、遺憾ながら国民の安寧の為にも
日本との同盟を結び背後を安全にしませんと、下手をすれば両面戦争となってしまいます」
このミリュコーフの言葉が背中を押した思いだった。
「わかりました。
お受けしますと伝えてください。
あと、国内に反論が出るでしょうからそういった面での説明は皆さんにお願いします」
「はい。
ご英断に感謝いたします。必ずや日本との同盟を成就させてご覧にいれます」
そして、数日後には両国のみならず世界にこの婚約の件が伝えられ、
アレクセイが日本に親善訪問する運びとなった。
この両国の関係強化を、イギリスなどは祝福ムードで迎えていたが、
アメリカ、ソビエトに至っては表面上歓迎しているのだが裏ではなにやら画策し始めているようだった。