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ロシア胎動

 ロシア帝国臨時政府が成立してから既に10年が経過した。

 その間に日本では大震災がおこり、その支援にロシア側からアナスタシアを代表とした医師団と

医薬品を乗せた輸送船団が東京に入り日本の復興に努め、その際には裕仁天皇との会談が行われ

相互に協力していく事が話し合われていた。

 その後もアナスタシアとロシア政府は日本の天皇家や政府と親交を深め三笠宮親王との間に婚儀が結ばれるようにまでになり、国民の間では過去のことを忘れ未来のために両国間の同盟を推す声が高まっていた。


 目を内政に向ければ最初に行われた政策は、農工業の5箇年計画であったが、

5年間でアムール州と中心に未耕作地は開墾され失業していた者や農地を持たぬ者に

公平に耕作地が分配された。

 また、不足すると思われた肥料は、各都市の生ゴミを堆肥として利用する事で乗り越え

品質の良い農作物が取れるようになっていた。


 工業は最初の5年で油田の開発を行い、サハリンの対岸にあたるワニノ港の近代化が行われ

造船所や製油所なども建設されロシア海軍の母港としての設備も建設された。

 また、油田の開発が史実より早まったこともあり日本との摩擦もなくなり、

日本のシベリア出兵は行われず、日本向けの屑鉄輸出や石油の輸出も順調に伸び国内では

 次いで行われた5年間で潤った国庫から資金提供され、新港の建設が行われ史実では

1970年代になるまで開発されなかったボストチヌイ港が建設されている。


 他の産業で見てみると、シコルスキー社が起業し1922年までにS.16戦闘機を開発、

今ではロシア陸軍の主力戦闘機として配備されている。

 しかし、シコルスキー社を除けば製鉄や製油などはそれなりの企業が

名乗りをあげ起業したのだが、自動車や航空機、船舶などといった分野では

工員はいても企業家がいないという状態になっていた。


 そこで1923年に国内の製鉄などの基本産業が近代化を終えた頃に、

国内の技術者を集めて分野毎に企業を立ち上げさせる事となった。

 それらの技術者は新設された皇帝の親衛軍が持つ帝国兵站研究所の面々であった事は

アレクセイの死後しばらくしてから語られることなので、国内でこの事を

知っているのは一部政治家と政府閣僚であった。


 それはともかく、必要重工業も発展し1930年初頭には自動車分野ではロシア自動車が

農業用トラクターやトラックを開発し国内生産し始めていた。

 航空分野においては、単葉戦闘機の開発が急がれロシア航空がある設計書を元に開発を請け負っている。


 船舶の分野ではロシア造船が日本からの技術供与を受けつつ油槽船の建造と、

量産を意識した新型駆逐艦や旗艦としての軽巡洋艦、航空支援の軽空母の設計を行っていた。


 その他にも10年間に行われた数々の政策は、それまで圧政に苦しんできたロシアの民衆に活気を呼び戻し、民衆は世界が恐慌に陥っても、国家全体で乗り越えようと懸命に努力し、結果的にではあるが、10年で人口も増加し元々180万人だった総人口は、190万人に増えていた。


 少し話は戻るがボストチヌイ港はウランゲル湾にある波が穏やかな場所で、特に皇帝…アレクセイが望んだわけではないが議会の支持や政府の意向もあり、2年ほど前に50人の技術陣しかいなかった親衛軍の拠点にされてしまった。

 そのため、皇帝やその親族の住む住居が建設され少し離れた場所には研究所や陸海軍施設も建設された。


 そして、1930年の夏できたばかりの研究所に政府首脳とアレクセイは来ていた。

「陛下、ご機嫌うるわしゅう存じます」

 最初に話しかけてきたのは、3期目に入ったミリュコーフ首相だった。

「ああ、ミリュコーフ。

 議会の方はうまく機能しているみたいですね」

他の政府首脳と共に実験場に歩いて移動しながら会話を続ける。

「はい。

 おかげさまで、義務教育制度も軌道に乗り私達も3期目に入りました」

「それはよかったですね。

 それにしてもあれは何とかならなかったのでしょうか?」


 アレクセイがあれと指しているのは、親衛軍の事であった。

前述でも述べたが軍事科学技術を研究する為の組織としか考えていなかったので

 実際に戦闘集団にすることなど考えていなかったので、あまり乗り気ではなかった。


「はい。

 なにぶん国民からそろそろ皇帝を守る軍を整備した方が良いとの声が上がって

 おりますし、何より議会での決定がされておりますので……」


「仕方がないか……」


 ミリュコーフからの返事を聞いて、半ば諦めていた事もあり嘆息をつきながらそう答えた。


「陛下には申し上げにくいのですが、親衛軍に女性士官と兵士をという声が出ておりまして……」

いきなり飛び出した内容にアレクセイは目を剥いて足を止めた。


「どういうことですか?」


 ミリュコーフも言いにくいのか額に汗をかきながらも必死に説得を行う

彼にとっては議会の決定を伝えるのが仕事であり、議会の決定を皇帝に伝え採決を貰うのが

首相としての腕の見せ所でもあった。


「ご存知かと思いますが、ソビエト共和国では男女平等が声高にとなえられ

 わが国内においても共産主義そのものはともかく、男女平等については

 その実行を唱える者も少なくありません」

 ミリュコーフの言葉が切れるとデニーキンとコルチャークが横から言葉を挟んできた。


「陛下、わがロシア軍においても陸軍は実動4個軍であり、

 昨今急速に軍備を拡大しているソビエトに対抗しつつ、

 陛下から提案された戦車師団や航空部隊の充実のためさらに多くの若者が必要とされます」

「陸軍だけではありません、将来の航空戦の為にパイロットの育成と艦隊士官の充実は海軍でも必須とされています」

「ということですから、他の産業を考えると現段階で必要以上に若者を国内から出すことも

 できないので、それならば女性をとなった次第です」


 首相やほかの閣僚、デニーキン、コルチャークといった面々が見つめる中でアレクセイは非常に苦い思いをしていた。

 今となっては慣れてきたが、それでも彼が生きていたのは平成の日本という時代であり

あまりにも女性が軍に入る事を甘受しにくいということもあった。

 とはいえ、聞かされた理由はもっともであり、必要以上にこの国の若者を軍に縛り付けられない事も

確かだろうと考えて諦めた。


 そんなやり取りや確認を済ませていると、4両の車両と2機の航空機が技術陣と共に見えてきた。

 技術陣は各車両や航空機の傍で最終調整を行っており、それぞれが成功させようとやっきだった。

 なぜなら、今日は各技術陣の研究成果を発表し良質であれば量産するための決定を閣議で行う手筈とはっていた。


「それでは、これより試作検定試験を行います。

 午前は戦闘機と攻撃機、午後は戦車となりますのでよろしくおねがいします」

全員が天幕の下にはいり席に着くと司会を務めている技術者が試験内容などを読み始めて試験が開始された。


「では、試作RXF-1から試験を行います。

 今回の試験で使用されるガソリンのオクタン価は87となっております。

 最初に上昇試験、次いで速度試験を行い最後に現主力戦闘機S.16との戦闘試験を行います」


 そして十分に暖気を済ませた試作RF-1は滑走路に機体を滑らせ始めた。

 その機体は単葉で、機種は空冷独特の形状ではなく水冷に見られる鋭い形状になっている。

全長は8.8m 全幅12.00m 全高2.6m であった史実に詳しいものが見れば日本軍の3式戦闘機

又は、bf109に酷似していることからその作成過程が解ってしまうだろうが、

ここにいる者たちにはそんなことは関係なく、見た目だけでも素晴らしい出来の戦闘機に

それぞれが見入っていた。


「暖気完了!これより離陸します」


 その声と共に試験官が旗をあげ試験が開始され、

するすると滑るように離陸しあっという間に高空へと飛んで行った。


「速い」

「素晴らしい」


 しばらくすると、視界の技術者から報告が入った。


「高度6000 所要時間6分です。

 現在、最高高度まで上昇中ですのでしばらくお待ちください」


 1930年代でここまで速い機体は類を見ないだろうが、理由はエンジンにあった。

 このエンジンは史実にて日本に供与されたBMW601から起こされた

アツタエンジンを元に技術陣が3年掛かりで満足のいく性能に仕上げたもので、

出力は690hpでこの時期では最高水準の水冷エンジンだった。


「上昇限界高度に到達、高度8200m です。

 続けて速度試験を行います」


 事務的に進む技術陣の試験に対して、アレクセイを除く面々はただ唸るばかりだった。


「最高速度に到達520km、主翼に振動あり」


 その言葉を聞くとS.16のパイロットは勝ち目がないとばかりにため息をつきながら

次の試験準備に向かっていった。

 そして周囲の閣僚は手空きの技術者にRXF-1の事をあれこれと質問していた。

概略を説明すると後にRF-1(ロイシアンファルコン:ロシアの鷹)の異名を持つことになる

機体の概要は次の様になる。


(戦闘機)

機種名:RF-1

上昇限界:8200m

最高速度:520km

エンジン:sv30(690hp)

機体構造:モノコック構造

材質:ジュラルミン合金

武装:12.7mm機関銃×2

航続距離:1800km(増装2200km)

備考:対12mm防弾装備付き


 機体材質にジュラルミン合金を使用できるのは、チタ州にボーキサイト鉱山があったからであり

アレクセイが平成の時代に得意としていた冶金技術などを教えることで製造が可能となっていた。


 なにはともあれ、S.16との戦闘も圧倒的有利で終わり続けて攻撃機の試験へと移った。


 次の攻撃機の形状は、これも史実からのコピーを伺わせるシルエットで

それはソ連が使用していたシュトルモビクIL-2のコピーだった。


「試験機RXS‐1試験を開始します」


 それが、ドロドロとしたエンジン音を響かせながら再び試験を開始した。


「現在上昇試験中 4000m 6分」


 さすがに出力が足らないのか上昇するのに時間がかかっていた。

実際の爆装を想定して50kgの重りが両翼についていることもあるので

それでも素晴らしい性能をしている事も確かだった。


「上昇限界高度5500m到達。

 これより速度試験に入ります」


 ややあって技術陣から報告が上がった。


「最高速度380km。

 続いて爆撃試験を行います」


 ここまではうまくいったが、3回目の試験の際にエンジントラブルが起こり原因は

開発中の新型エンジンsv31がノッキングを起こしたことが原因とされた。

 しかしながら、しばらくしての再試験においては良好な結果を残したので

これについても問題なく採用となる手筈となった。

 尚、この機体のスペックは次のようになっている。

(攻撃機)

機体名:RS-1

全長:12m

全幅:15m

全高:3.8m

構造:モノコック構造

材質:ジュラルミン

武装:7.63mm機銃×3(後方1)

航続距離:1800m(50kg×2 又は 雷装×1の場合)

実用上昇限界:5000m

最高速度:380m

エンジン:sv31(950hp)

乗員:2名

備考:対7mm装甲装備


 ちなみに、この機体になぜsv31が搭載されRF-1にはsv30かというと、

開発時期がRF-1の方が早かったために設計段階でsv30が選択された事と

いまだsv31は安定性能に疑問がありパワーが必要なRS-1はともかくRF-1には時期尚早とされていた。

 それでも、両機ともに両翼と胴体に不燃性の燃料タンクを積み込み高い航続距離を有する機体となっていた。


 最も、史実にあるような頑丈さがRS-1にはないので、それがどこまで影響するかは未だだれも想像できなかった。


 そのあと、技術陣と共に昼食会となった。

 アレクセイが皇帝に就任した後から質素となった食卓では、黒パンとボルシチが並び

午後の事を考えウオッカは出さないまでも皆笑顔での昼食となった。

 ……ちなみに、アレクセイはボルシチのお代りを3回していた。


 そして午後の実験が休憩のあとから開始された。

 司会の技術者は変わらず、視界には重いエンジン音と共に2両の戦車が現れた。


「まず、先行して試作戦車RMT-1から試験を行います。

 走行試験、被弾試験、砲撃試験となります」


 そして試験が開始され、走行試験では時速40kmが記録された。


「あれは何人乗りなのかね?」


 デニーキン陸軍参謀は第一次大戦で戦車の強さを理解しているだけに

人一倍興味を持ち質問をぶつけていた。


「あれは5人乗りです。

 そのため全長はおよそ9m 全幅3.5mとなり全高は2.6mとなっています」


 わかりやすく大きさを例えると、史実のパンターとほぼ同サイズとなっている。


「では、武装は?」

「はい。

 40口径45mm対戦車砲が1門と7.63mm機銃が1門です。

 最大装甲圧は50mmとなっており、全体重量はおよそ25tになりました」

「やけに重装甲、重武装だな?」

「これは、陛下と技術陣の共通の認識ですがソ連が強力な砲を搭載した戦車を開発する公算が高いため、

 このような装備となりました。

 この試作車の利点は、今後の改修が可能な点にあります。

 エンジンについても現状250hpのtz28(直列6気筒:ディーゼル)を使用していますが

 余裕のある設計である為に、相手が新型を出してきた場合も即対応が可能です」


 事実、史実ではこの後ソビエトにドイツが攻め込むとT-34という名戦車が生まれるはずだった。

 また、ドイツ戦史の中で戦中に改良の限界に達したⅢ号戦車を踏まえてⅣ号戦車に近い設計を施していた。


 そして実験は進み、控えていた車両がでてきた。

「これより、耐弾実験を行います。

 使用する武器は45口径45mm対戦車砲です」

 再び旗があげられると、控えていた戦車の正面から砲弾が浴びせられ

実験終了と共に、全員で見ることとなった。


 装甲が高張力鋼でできていることもあり表面に窪みはできているが、

貫通されておらず、人に見立てた人形も無傷で戦車内に収まっていた。


 その後の砲撃試験については、榴弾と撤甲弾の試験もクリアした。

 また、無線の装備についても説明され余裕のある設計のため簡易無線電話が

装備されていることが説明された。


「続いて、RXP-1の試験に移ります。

 こちらは、装甲歩兵運搬車両という形になりますので走行試験と耐弾試験のみとします」

そして2両のRXP-1に実際に乗り込むグループと外から見るグループとに分かれて

試験は行われ何事もなくこれもクリアした。


 この2種をまとめると次のようになる。

(中戦車)

機種名:RMT-1

全長:9m

全幅:3.5m

全高:2.6m

武装:40口径45mm×1 7 .63mm機銃×1

最大装甲厚:50mm

最大速度:40km

航続距離:260km

エンジン:tz28(250hp 直列6気筒:ディーゼル)

乗員:5名

備考:傾斜は本体に一部用いられているがほとんどが溶接接合の垂直装甲


(走行歩兵運搬車両)

機種名:RPV-1

全長:9m

全幅:3.5m

全高:1.8m

武装:7 .63mm機銃×1

最大装甲厚:50mm

最大速度:50km

航続距離:260km

エンジン:tz28(250hp 直列6気筒:ディーゼル)

乗員:最大8名(乗員2+歩兵6)

備考:エンジンを前部に配置し後方に歩兵を収容


 この日に予定されていた公試は終了し、首相をはじめとした閣僚はもとより

防衛大臣のグチコフや陸軍参謀のデニーキンは鼻息を荒くして

既に戦車師団の立ち上げの話をしている。


 そのなかで、コルチャークがアレクセイに歩み寄ってきた。


「陛下、陸軍の新兵器についてはよくわかりました。

 ですが海軍のほうはどうなっているのでしょうか?」


 アレクセイとしてはどちらが優先かといえばソビエトに備えることが優先だったのだが、

海軍としては面白くないらしく確認したくなったのだろう。


「ああ、その事なら船舶建造も順調に行われています。

 ただ物が大きいだけに公試の準備が整うのは早くても1年後になりそうなので、もうしばらく待って下さい。

 たぶん期待を裏切らない、良いものができていると思いますよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 そう言ってコルチャークは笑顔を見せて話の輪の中へと戻って行った。


 後日、この日に公試にかけられた試作品は正式化されロシア帝国内で

広く使われることとなった。



 帝国兵站研究所での試験から数日後、アレクセイは執務室で1人悩みを抱えていた。


「困ったな」

 1人呟くが、誰かが答えてくれるわけでもなく延々と静かなままだった。


(ここまでは、持っていたノートパソコンの技術からここまで来ることは出来たけど、

 レーダーや水中聴音機、カチューシャに代表されるミサイル兵器はどうやって作ればいいのだろうか?)


 何しろ自分が専攻していた冶金に関連する技術はいくらでも教えられるが、

電気工作技術などはこの時代の何を利用すればよいのかなどの知識がないのだから仕方がなかった。


(大体、桃園宮親王ってだれだよ。

 余りにも歴史が大きく変わっていないか?)


 そう、アレクセイが今悩んでいるのは日本の皇帝である聖仁天皇からの書状で両国の友好の為に

と今年15になる桃園宮親王を妻にと伝えられてきたのだ。


 この事自体も困りものだが、もっと問題なのは彼の知る昭和天皇というのは

裕仁天皇であるはずなのだ、これはどういった事なのか?

 知っている歴史とは別の歴史に分岐するとしてもここまで異なる物になるのか

これからどのような歴史となっていくのかを考えると心に暗雲が垂れこめてくる。


 延々と考え事をしていると、執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」

 声をかけると、扉を開けて真新しい黒い軍服を着た綺麗な女性とデニーキンが入ってきた。


 最近、偽情報を流しソビエトで粛清されそうになったトゥハチェフスキーを救出後、

そのまま部下にしたようで楽になったと教えてくれていたが、新兵器を加えた軍の再編時に

こんな所に来ても良いのだろうかなどと思ってしまっていた。


「陛下、執務中失礼いたします。

 先日お話しましたが、親衛軍の着任についてお話しにまいりました」

「ああ、その事ですか。

 どうぞ、そこに座ってください」

そう言って二人をソファーに座ってもらうと、ベルを鳴らしてメイドにお茶を用意させた。


「それで、そちらは?」

「はい。

 親衛軍の参謀にと思い連れてまいりました」


「陛下、お初にお目にかかりますユーリア・セミョーノフです。

 今まではロシア国防軍の第2師団第23歩兵連隊に配属されておりました。

 父からも陛下の御身を守るように協力せよと言われておりますので、

 どうぞよろしくお願いします」


 自己紹介のために立ち上がり敬礼をしたあと、休めの姿勢で緊張した顔のまま一気に言葉を終えた。

 ユーリアの外見はとても若々しく感じられ、例えるなら現代のロシアテニス選手エレナ・ドキッチといったところだろう。

 着用している黒の親衛軍の制服がよく似合っている。


「とても若いようですが、軍人になってからは何年くらいですか?」

「はい、革命前に一度コサックとしての訓練を父から受け、

 4年前に帝国女子士官学校を卒業し、軍に入りましたので今年で22になります」


(おいおい、22だって?若すぎる冗談じゃないぞ)

 アレクセイはデニーキンを見るが彼は目を合わせないようにお茶を飲んでいた。


「……で、あなたの父親というのはどなたなのでしょうか?」

仕方がないので話を続けるが、次に出てきたのもまた困った人物の名前だった。


「はい。

 現在、ザイカル州方面の防衛指揮官をしておりますグリゴリー・セミョーノフが私の父です」

(まさかと思ったけど、やっぱりかよ。

 陸海軍の対立は勘弁して欲しいんだけどな、拗れて日本のようにならないでくれよ)


 アレクセイはロシア国内に軍の対立などないと思っていたがそうでもないらしい、

恐らく陸軍は親衛軍の参謀に上級士官関係者をいれて海軍の動きを牽制するつもりだろう。


「そうですか。

 私が聞いたところでは、親衛軍には現在国防軍に所属している女性兵士と、

 今年卒業の新兵としかきいていませんでしたから、貴方の様に綺麗な女性が

 私の補佐をしてもらえるのなら、うれしく思います」


「はっ!陛下のご期待に添えるよう努力いたします」


 敬礼を解いた後も緊張は中々取れないようで楽にするように言っても、その後退室するまで顔が強張ったままだった。

 そして、執務室にはデニーキンとアレクセイの2人が残っていた。


「デニーキン、彼女はあの事を知っているのか?」


 アレクセイが指しているのは、彼の秘密でもある精神が未来から来たということである。

 昨今民衆の一部では高まるナショナリズムに乗り、彼をどこかの宗教の教祖の様に心酔する輩もいるが、彼女からは其処まではいかないまでもどこか近い感触を受けた。


「いえ、私から話してもおそらく変人に思われるだけでしょう。

 ですから陛下からお話していただければと思います」


 少し考えればもっともな話である、正常な精神と知識を持っていればそのような話、誰が信じられるだろうか。

 現在の政府首脳や軍首脳には、オハ油田の場所を教えたり新技術を教えたりと、

『現なま』を与えたことで彼は信用を得ているが、それがなければ変人扱いであることは間違いないだろう。


「わかりました。

 近いうちに陸上護衛隊だけではなく海上護衛隊も運用開始したいので

 その指揮官の任命をお願いしますとコルチャークに伝えてください。

 あとは、両指揮官がそろったときにでも私から説明をするようにしましょう」

「いやしかし、……わかりました」

 デニーキンの表情が少し苦い顔になったが、すぐに頷いて了承してくれた。


「ところで陛下。

 新兵器開発も順調に進みましたので、そろそろ軍備拡張を行いたいと思いますが」


 そう、国防軍の軍備はこの10年余りの間は拡張せずに部分的に兵器転換を行い、

既存の部隊から人員を割いて航空部隊を設立したりと大きく国庫を負担しないようにやりくりしていた。


「それについては、近いうちに内閣の面々と話した方が良いでしょう」

やはり、帝政ロシアよろしく皇帝アレクセイの承認を得ようというようなデニーキン

のやり方を感じてなんとか回避しようと笑顔で切り返す。


「はい、それはそうなのですが陛下のお考えは如何なのでしょうか?

 陛下のシホテアリニ重工も順調に業績を伸ばしているようですし、

 親衛軍も本格的に設立するとなれば良い機会だと考えますが」


 そう、アレクセイは1923年にボストチヌイ港の対岸ナホトカ港に2基の造船施設を保有する

造船所や鉄鋼所を保有する複合企業をおこしている。

 これは建国して10年の期間で国内の重工業、軽工業を発展させるための緊急措置だったが

この企業で実践された新鋼材の生産技術などは国内既存の企業にも広く公開され、

労働者の新たな雇用と、研究開発費など膨らむ王室の予算削減にもつながっている。


 これらの事業化は内閣にも話を通してある。

 前代未聞とはいえ、この時期の憲法や法律にはそのような規定がないので

『公務に影響のない範囲でなら』という注釈がつくが了承された。


「最近はそうでもないですけどね、他の企業も業績を伸ばしているようですし。

 特に、先日受注が決まったロシア航空とロシア自動車はこれから特需景気になるのではないですか?

 まあ、それはともかく親衛軍の装備を整える前に国防軍から軍備は整えるべきでしょう」


「ですな、国家国民を守る国防軍の前に陛下の御身を守る親衛軍を拡大したのでは

 やっとおさまった革命の火が再燃することもありますからな」

 自分で国防軍についての憲法上の役割を口に出したデニーキンは、

革命の日を思い出したのか多少なり顔を青くしていた。


「国防軍の予算拡大については新兵器の導入による編成内容しだいとは思いますが、

 なんにしてもここで意見を言えば後々問題になるかもしれないですから

 後日会議の場で私の意見は述べることにします」


 そうきっぱりとデニーキンに対してこの場での発言は行わないと言うと

意外と素直に引き下がった。

 その後は少し雑談を交えてお茶をのんでデニーキンは退室した。


 その数日後、アレクセイが執務室で休憩をしていたときにコルチャークが女性を連れ立って訪ねてきた。

「陛下、お休みのところ失礼いたします。

 先日陸軍のデニーキン参謀長から話を聞き、海上護衛隊の指揮官に相応しい人物をつれて参りました」

(やけにはやかったな)


「ああ、そのことですか。

 とりあえず、ソファーに座ってください」

そう言って二人をソファーに座ってもらうと、ベルを鳴らしてメイドにお茶を用意させた。


「それで、そちらが?」

「はい。

 彼女は士官学校でも優秀な成績で軍務経験も積んでいますのできっとお役に立つと思います」


「陛下、お初にお目にかかりますミラ・ジョボビッチです。

 今まではロシア国防軍のオチャーコフ級防護巡洋艦で艦長を務めておりました」


 自己紹介のために立ち上がり敬礼をしたあと、休めの姿勢で緊張した顔のまま一気に言葉を終えた。

ユーリアの時と同様にミラの外見はとても若々しく、着用している黒の親衛軍の制服がよく似合っていた。


(おそらくユーリアと同じような家の出なんだろうな。

 聞くのやめておこう)


「そうですか。

 親衛軍には陸上部隊の指揮官としてユーリア・セミョーノフが着任していますが、

 彼女と共に 私の補佐をしてもらえるのなら、うれしく思います」


「はっ!陛下のご期待に添えるよう努力いたします」


 敬礼を解いた後もミラは退室し、執務室にはコルチャークととアレクセイの二人が残っていた。


「コルチャーク、彼女はあの事を知っているのか?」

「いえ、その件については伝えておりません」

(まあ、理由はデニーキンと一緒だろうな)

「そうですか、わかりました」


(それにしても、彼女の容姿といいロシア女性士官学校は容姿についての

 試験項目でもあるのだろうか?)


「それで陛下、親衛軍の海上戦力についてご相談したいのですが」

「なにか問題でも?」

「はい。

 予定では旧式駆逐艦を練習艦として親衛軍へ移譲するはずでしたが、先日艦に異常が見つかり

 廃船とすることが決まりました」


「それはしかたないですね」

「はい、大変申し訳ありません」

「いえ、事故が起こる前でよかったと考えましょう。

 幸い3隻の試作駆逐艦がそろそろ完成するはずですから、それらから1隻を親衛軍に入れるように

 してもらえれば得に訓練には支障は出ないでしょうし」


「はい。

 そのようにしたいと思いますが海軍への配備はいつ頃になりますでしょうか?」


「試験の結果や他の艦艇建造との兼ね合いもありますから確実ではないのですが、

 設計に変更が無ければ、1ヶ所の造船所で4ヶ月に1隻は建造できるでしょうから

 はやければ今年中に配備が始まりますよ」


「それを聞いて安心いたしました。

 早速、海軍本部で今後の部隊編成にその件を盛り込みたいと思います」


 そう言って足早にコルチャークは退室していった。


 ここに親衛軍として最初の陸上護衛隊250人、海上護衛隊200人、総勢450名が着任した。



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