歴史の転換点
2XXX年ソビエト社会主義共和国連邦という名の国家体制が崩壊し、その後には
ロシアという名の国家が誕生し再び強力な独裁者により世界は混迷の時代を迎えていた。
同年春 日本
菅原洋平は靖国神社で行われた東大歴史研究会の花見の帰り
教授や仲間と共に道を歩いていると、突然目の前から強烈な光が目の中に差し込んできて
対照的に視界は暗転していった。
夢を見ていた、ロマノフ王朝・・・家族思いの父親、自分に優しくしてくれる姉達
そして革命の日、どちらが現実か疑うような世界での出来事、
すべてが映画の様に流れたあと、巫女の様な姿をした女性が目の前に現れて
一言、
「日ノ本の国を救うために尽力してほしい。
お主が花見の席でいうていた事を実現させてみよ、
妾も最大限協力をしよう・・・」
と呟くのが聞こえた、そう確かに聞こえたのだ。
気だるい感覚、起きてみると自分は列車の中で寝ていたようだった。
内装のレイアウトはずいぶん古めかしいが、物は新しいみたいだ。
「ここは?」
つい、疑問が口から出てしまった。
「あら、起きたの?
アレク、見なさいもうすぐウラジオストクに着くわ」
目の前に座っていた女性からの言葉に従い窓の外を眺めると、海岸線が見えてきており
その先に街がみえていた。
(この人はだれだ?・・・いや、知っている自分より3つ年上のアナスタシア姉さんだ。
そうだ、全部知っている。今は1918年2月で白軍に救出された姉と俺は
白軍の拠点になっているハバロフスクを経由してウラジオストクに向かう
列車に乗っているんだ。
そうか、あの出来事は本当だったんだ・・・夢ではなかったんだ・・・)
今がいつで、これから何をしなければいけないかを思い出し、
洋平・・・いや、アレクセイ・ニコラエヴィチ・ロマノフは沈んでいった。
「アレク、大丈夫よ。
きっと姉さん達も彼らが助けてくれるわ・・・」
自分に言い聞かせるように、アナスタシアは弟の隣に座りその肩を抱いた。
傍らには、洋平がもっていた携帯電話とノートパソコンが
この時代のリュックに人知れず入れられ置かれていた。
最初こそ色々暗い方向に考えていたが、この状況ではアレクセイを演じるしかないと思い
これから起こるであろう出来事を頭の中に思い出す。
今が1918年月なら史実通りこれから白軍と赤軍が激しく内戦をするだろう、
しかし史実通りにしたのではおそらく敗北する。
付け入るならば、1920年に史実で建国される極東共和国に変わり
国家を建設できれば、これからに少なからず影響を与えられる。
リュックを見てみたが、中には携帯電話などあの時
自分が所持していたものは入っていた。
これをある程信頼できるものに限定して見せることができれば
話を聞いてもらえるかもしれない。
そんな僅かな希望を胸に抱きながら列車がウラジオストクへ着いた。
すると列車の中に二人の軍人、それとわかる軍服を着た男が入って
来るとアレクセイとアナスタシアの前で敬礼し挨拶を済ませると口を開いた。
「皇太子殿下、お待ちしておりました。
これより、内密な話がありますので少し遠いのですが一緒に来ていただけますか?」
「わかりました。
姉のことよろしく頼みます」
「「はっ」」
二人が敬礼を以て了承してくれたので、安心して列車を降りると姉とは別の
馬車に乗り郊外の屋敷にむかって行った。
馬車に乗り込み名前を尋ねると二人の軍人は名前を教えてくれた。
白髪の方がデニーキンといい、もう片方はコルチャークといい。
それぞれ、反革命派の軍人をまとめておりデニーキンは陸軍を、
コルチャークは海軍を纏めていることがわかった。
その後しばらくは、終始無言だったのだが
コルチャークがリュックを確認したいと言ってきたので
まず、この二人に打ち明けて協力者になってもらおうと
話を切り出すことにした。
「リュックの中身を見せる前に、話しておくことがあります」
「何でしょうか?」
デニーキンが努めてやわらかな声で答えてくれた。
「信じられないかもしれませんが、私はアレクセイであってアレクセイではありません」
「「・・・」」
二人からは言葉が出てこなかった、顔を見合せて見たものの再びこちらを見やるあたり
信じられない思いなのだろう。
携帯電話をおもむろに取り出すと、二人の眼前に突きつけた。
「これは、未来において携帯電話と呼ばれている機械です。
広く一般市民にも使用することができ、中継基地があれば世界中どこでも話すことができます。
またこのように、計算器としても使用でき・・・・」
「なんと・・・」
デニーキンからは言葉が何とか出ているが、コルチャークに至っては
驚きのあまり言葉すら出ないようで口がパクパクと鯉の様になっている。
「また、このように(カシャ)自然色の写真が即座に取ることができます」
携帯で実際に写真を撮り、二人に見せると二人からは完全に言葉がなくなっていた。
「殿下・・・仮に殿下が未来人だったとして、何をなすおつもりですか?」
「私は、ロシアを救いたいと考えています。
もし歴史どおりに進めば、革命首謀者達によってロシア国民に対し粛清という名の大虐殺が行われます。
また、今は第一次世界大戦が継続中ですが来年にもそれは終わり、
その後に第二次世界大戦が起こりまたこの国は未曽有の危機に直面する事になります。
それらから国民を守りたいのです」
「それが事実であるならば、我らも最大限協力しましょう。
あなたがどう思われようと、この国を愛し国民の為にたつならば我らの忠義は揺るぎませぬ」
デニーキンがそういうと、コルチャークも頷いてくれた。
「今はこのような場所ですから説明はこれ以上できませんが、
折を見て協力してもらえる人たちに説明をしたいと考えています
それまでは、どうかよろしくお願いします」
その後、たわいもない未来世界の話をしつつお互いが打ち解けてくると
現在の情勢の話に戻ってきていた。
「そうですか。
それで事態はどうなっているのですか?」
「それは私から答えましょう。
革命主義者共の動きについては先ほど聞いた史実通りになっています。
中央は革命主義者が完全に掌握され、奴らに反発を抱く民衆と我らは反旗を掲げ、
ザイカル州、アムール州、プロモーリエ州の各都市を拠点にしています」
デニーキンから得られた状況だと、基本的な歴史の流れはやはり変わっていないようだった。
だが、南東しか押さえていないとなれば、石油を得るために必要なサハリンはどうなっているのかと気になった。
「では、サハリンはどうなっていますか?」
「それについては私が、海軍によってサハリンの防衛に成功していますが、
ここ2ヶ月は海が凍っており直接的な防衛は航空機と歩兵によって
細々と行われている程度です」
まあ、記憶にあるロシア白軍の戦力ではそれでも充分といえるので、
それ以上は聞くことはやめることにした。
「そういえば、今はどこに向かっているんですか?」
「この周辺に住む民衆の代表者と貴族、軍人を集めているので
皆にお言葉をいただきたいと考えていました」
よほど長く話し込んでいたのか、その言葉を聞くと馬車が止まり到着の声が聞こえてきた。
馬車を降りると、屋敷に入ると部屋には数十人のロシア人たちと軍服を着た
恐らく貴族であろう士官の姿がうかがえた。
そして、長い室内での宣誓のあと部屋から出てきた人々の顔には
希望に溢れた目の輝きがうかがい知れた。
数日後には世界に対してロシア帝国の臨時政府設立とアレクセイの皇位継承が伝えられ戦線は膠着状態へと移行して行った。
白軍と赤軍の戦いが膠着状態となり、ようやく落ち着いた極東では
臨時政府がハバロフスクを首都として初の内閣会合が行われていた。
その内閣の顔ぶれは、首相ミリュコーフ、外務大臣ナボコフ、
国防大臣グチコフ、農水大臣ゴムロフ、内務大臣ワシレンスキーなどといった
顔ぶれで、立憲民主党という党員で構成されていた。
内閣会合が行われている部屋には皇帝に即位したアレクセイ、内閣の大臣達と陸海軍の
参謀長官に任じられたデニーキンとコルチャークが出席していた。
「まず、今後のわが国の国家方針から議題にあげますがよろしいですかな?」
そう口火を切った首相のミリュコーフは、一同を見渡した後そのまま続けた。
「よろしいようなので国家方針から決めたいと思いますが、まずは手元の原案を見てください。
国民への選挙権、土地の私有権、農業、工業の自由化、義務教育の5つを基本政策として
行きたいと思いますが、意見のある人はいますか?」
「よろしいでしょうか?」
そう言って手をあげたのは、ワシレンスキーだった。
「どうぞ」
「まず、選挙権と言うことですがこれは議会制民主主義に切り替えると考えてよろしいのでしょうか?
かつて、何度か同じことが話しあわれましたが貴族などの反対にあい結局実現しておりませんが
陛下のご意思でもあると考えてよろしいのですか?」
「もちろん、そのことは陛下とも既に話し合い結論が出ているので問題はない」
ミリュコーフの回答にあわせるように、頷くことでこちらを見ているワシレンスキーに答えた。
「わかりました。
内務省として精一杯準備に努めたいと思います」
「私からもよろしいですか?できましたら陛下からの意見を伺いたいのですが」
そう言ったのはゴムロフだったが、他の閣僚も興味があったのか視線をアレクセイへと向けた。
「わかりました。
私としては選挙権を民衆に与えること、土地の私有権、農工業自由化は積極的に行って欲しいと思います。
ただ、選挙は法整備もあるでしょうから5年後をめどに実施するのが良いかと思いますが、
それは内務省の管轄でしょうから良く話し合ってもらえればと思います。
それとこれから5年間は穀倉地帯の開墾など国民生活向上の計画を立て、同時に港の建設
工業の発展の計画を10年計画として推進してください」
アレクセイがそう答えたあと、室内にいた大臣からは安堵の溜息が自然と吐かれ空気が軽くなっていった。
だが、首相となったミリュコーフだけは難しい表情のまま口を開いた。
「陛下、ありがとうございます。
ご英断に感謝いたしますが、赤軍に対応するため軍予算も編成する必要があり
同時に港や工業発展の計画を行うことは無理だと言わざるを得ません」
(普通に考えればそうなんだろうけど、それじゃあ遅すぎるんだよ)
ミリュコーフの発言を聞いた後、一泊の間をおいてアレクセイは口を開いた。
「いえ、1930年までに何としてでも工業力を高めておく必要があります。
無論、食料自給率もあげなければいけないので難しいとは思いますが、
日本との和親条約の確認……いえ同盟を確立できれば
南方への警戒は薄くともよいでしょう」
外相の渋い顔を見てとったミリュコーフは、堪らないという勢いで発言した。
「なぜ、急がるのか我らにその理由をお教え頂けませんか?」
しばらくの間が会議室を支配したが、アレクセイがデニーキンとコルチャークに目配せをすると
二人により窓や扉が施錠され、念入りにカーテンが閉められ会場はざわめきが支配した。
「そうですね。
既に、デニーキン長官とコルチャーク長官には教えているのですが
これからお見せするもの、ここで話すことは外部には漏らさぬようお願いしたい」
何事かと固唾をのむ内閣の面々を見渡すと、足元にもってきていたリュックからノートパソコンと
携帯電話を取り出した。
「信じてはもらえないでしょうが、私自身はアレクセイなのですが精神的には
未来の日本人である菅原洋平という男の精神が宿っています。
皆さん信じられないのは無理もないと思います」
呆れた表情を浮かべる者、怒りの表情を浮かべるものなどが騒ぎ立てるがアレクセイは動じずに
携帯電話を掲げその会議室内の写真を撮りそれを周りに見せると驚きのあまり顔が強張り声も出ないという様子で
会場は再び静まり返った。
「ご理解いただけましたか?
これは未来で誰もが持つことができた携帯電話というものなのですが、
いま行った写真撮影だけでも充分この携帯電話が現在の科学力では作り上げることができない
ということはお解かり頂けたかと思います。
そのうえで、これから私が知っている歴史の一部をお見せします」
アレクセイがノートパソコンを起動させ画面を表示させると、それだけでも周囲からは驚きの声があがり、
デニーキンとコルチャークに至ってもノートパソコンは初めて見るものだったので、驚きに目を剥いていた。
「これを見てください、これが帝政ロシア崩壊後のソビエト連邦が行う非道の歴史です。
それと次の世界大戦についてもお見せします」
そういって、大学の仲間とともにロシアからの学生と討論するための教材として
N●Kのスペシャル番組をロシア語に訳した番組を皆の前で流した。
番組を流し終えると、怒り心頭といった顔で全員がアレクセイをみていた。
「陛下、我々はあなたがどのような方であろうと民衆のためを思い
そのために尽力なさるのなら協力を惜しみません。
ですが……ソビエトはこれにあるとおり粛清をおこなうとおもいますか?」
感情を押し殺した声で、ワシレンスキーが聞いてきた。
「ええ、残念ですが書記長を務めているスターリンは非情な男です。
仮に彼が行わずとも、他の者が同じことをする可能性は大いにあります」
アレクセイがそれに答えると、重苦しい沈黙が部屋を支配した。
「ならば、今すぐモスクワに向かいましょう。
祖国の為、民衆の為、立ち上がらなければならぬでしょう!」
国防大臣のグチコフが威勢よく声を挙げたが、賛同するものは少なかった。
「だめだ。
今モスクワを攻めても、勝てはするだろうがその後が続かない事はわかるだろう」
ミリュコーフは首相として苦虫を潰すような表情でその意見を否定した。
「我々にできることは、粛清の対象になりそうな者たちを助け出せるように
諜報に力を入れることだけか……」
ミリュコーフがそう纏めると、ナボコフから声があがった。
「陛下は先ほど日本との同盟をする方針だと言っておりましたが、
次の大戦で敗戦する国と同盟を結ぶのですか?」
確かに外務大臣としてのナボコフの指摘は当たり前の考え方だった。
「いえ、日本が負けたのは多分に資源不足が原因です。
資源さえあればアメリカとも互角以上に戦えます。
それには、北方のソビエト連邦の資源を狙うか南方の資源を獲得するしかない為、
日本は南方作戦に望み、資源獲得に失敗し大戦に負けたのです。
ですが、今はソビエトではなく我々がここにいます。
ロシアという存在があることで、恐らくは今後の世界も変革させることができるのです」
「なるほど」
誰とも無く同意する言葉が吐かれたあとしばらくの間、静かな時間が流れた。
「しかしそれでは、その史実通りに進まない事も有り得るのではないですか?」
突如、ナボコフから反論があがったがアレクセイは淡々と答え始めた。
「当然そういった事もあるでしょうが、少なくとも赤軍、ソビエトとの戦争は回避できないのではないですか?
ならば、近隣に同盟国を持つことは悪いことではないでしょう」
「陛下、日本の技術力や軍事力はどれほどでしょうか?」
ナボコフはとりあえず納得したのか、頷いたあと腕を組んで何事か考え始めたようだったが
今度はグチコフから質問が出てきた。
「これを見てください。
この戦闘機は、1940年に日本海軍で採用される零式艦上戦闘機です。
これは、最高速度500kmで飛び、実用高度約6000、航続距離2000kmという高性能機でした。
実戦においても、正式採用からおよそ2年間は最高の戦闘機と称されるにふさわしいものでした」
ノートパソコンで映し出された零戦の動きに軍首脳陣は目を奪われ、航空機による戦闘が理解できない
ものでも次々と落とされるアメリカ軍機をみるとその強さは圧倒的だと判ったらしい。
特に質問がでないので、アレクセイは次の映像を見せることにした。
「これは、日本海軍の戦艦大和です。
排水量はおよそ6万9千トン、主砲は46cmで3連装、全長263m、最大出力27ktです。
それと様々な防御能力が施され浮沈艦とも呼ばれました」
「なんと」
コルチャークは写真と、聞かされるその性能から唖然とした表情のまま固まっていた。
「日本は海洋国家だとしっていましたが、これほどに強い国だとはおもいませんでした。
しかし、これほどの戦艦を保有しているのにも関わらず負けたのですか?」
ようやくショックから回復したのか、コルチャークはアレクセイに疑問をぶつけた。
「その原因を作ったのは、やはり日本なのです。
日本は第二次世界大戦の初戦でアメリカ合衆国のハワイを機動艦隊で急襲しました」
「機動艦隊?」
「ああ、空母、航空兵器を中心とした艦隊です。
それにより、敵戦艦、重巡、基地などに大打撃を与えることに成功したのですが、
それ自体が、航空機で戦艦を沈められることを証明してしまい。
結果、日本の戦艦はアメリカの機動艦隊に鎮められることになります。
それでも大和型を撃沈した時は、雷撃20、爆弾17、至近弾20発だったかと記憶しています」
国防大臣のグチゴフはふとある事に気がついたので確認をしてみることにした。
「陛下、ひょっとするとそのノートパソコンとやらには
これからの他国の兵器や未来技術の情報が入っているのではないですか?」
わが意を得たりという表情でアレクセイが頷くと説明を始めた。
「その通りです、ですが今のこの国の工業力、基礎科学力では満足に作ることはできないでしょうから
順次必要な技術を研究し開発を行う必要があると考えています。
ただ、他国にわたる危険性を考えると国内の研究機関や工業関係者に簡単には広められないので、
皇帝直属の軍事組織内に研究部門を作成し、順次国内に広めたいと考えています」
「なるほど、ノートパソコンとやらを理解できるのが陛下だけですからなしかたありません。
組織の法整備と予算については何とか考えたいと思います」
そう答えたミリュコーフ以外の他の閣僚も納得したようで、和やかな雰囲気が会場を
満たすかと思われたが、アレクセイの次の発言で再び会場は沸き立った。
「予算の件ですが石油を日本に売ってはどうでしょうか?
サハリンのオハ周辺に油田があるので、国営で運営する事にすれば
生産した石油の販売額を予算に見込めますよね?
国民にとっても増税しなくても良くなるので、不満は出ないと思いますがいかがですか?」
「なっ!オハに油田があるのですか!!」
「それならば……」
「すぐに調査団を派遣しなければ」
などと会議が紛糾しその後も会議は徹夜で行われた。
結果、5年間の間に順次法整備を整えることや油田開発はすぐにでも始めること、
ハバロフスク、ワニノ湾から近代整備が進められることとなった。
後にロシアの5箇年計画として歴史に残る、農工業大革命が始まることとなった。