SCENE 08 * JENNIE * With Jack
センター街──ムーン・コート・ヴィレッジの三階に並ぶ雑貨店を何軒かまわり、ジェニーはジャックと一緒に、レナに贈るプレゼントを探している。
“こういうのがいい”という意見をいくつもレナ本人に挙げてもらったので、それを踏まえてマリーはギャヴィンと、ジェニーはジャックと一緒にプレゼントを選ぶことにした。そして誕生日当日にレナの家にプレゼントが届くよう、配達の手配をする。ジェニーたちにはあたりまえだったのだが、それはやはり、彼女とレナの地元であるハーバー・パディ周辺、そしてそこに住む人たちの周りにいる人たちによる習慣らしい。
白を貴重とした落ち着いた雰囲気の雑貨店に入ると、彼女たちは右端から順に、そこに並べられた雑貨を見ていった。何種類もあるアクセサリースタンドやケースを眺めながら、以前にもこんなことがあったな、とジェニーは思い出していた。
放課後レナとこのMCVに遊びに来て、ジャックとライアンに会った。レナはライアンと一緒に、ジェニーはジャックと一緒に、ライアンの妹に贈るプレゼントを一緒に選んだ。
「そういえば」ふいにジャックが切りだした。「なんだかんだでクリスマスプレゼント、渡してない」
彼の左手は、ジェニーの右手をつないでいる。
「そうね。ふたりで買いに行こうかって言ってたけど、けっきょくみんなで遊ぶことになったし。そのまま」
「買おうか、今。サンタのイベントの指輪をつけられない代わりに」
去年のクリスマス、ジェニーは彼やレナたち、今日会ったメンバー六人で、センター街のクリスマスイベントに参加した。センター街を流れる川の数箇所から、サンタクロースがプレゼントを投げ配るというイベントだ。身長を理由に、競争率が激しいその群集の中にジェニーが直接突進するのを禁止する代わりに、ジャックはプレゼントをひとつ、もらってきてくれた。それが、ペアリングだった。
彼女たちが通うミュニシパル・ハイスクールは、体育や部活に支障の出そうなアクセサリーは、その都度はずすならと禁止していないものの、指輪は普段から禁止している。もちろん、それでもつけている生徒はいるが。けっきょくジェニーとジャックは、プレゼントと一緒に入っていた券でサイズだけを調節してもらい、高校卒業の日につけようと約束し、指輪を箱にしまったままだ。
答えはわかっているが、ジェニーはジャックに訊いた。「なにがいい?」
彼が微笑む。「僕はいらない。あげたいだけ」
彼女は笑った。「そう言うと思った」
彼はいつも、彼女になにかを求めたりしない。
ジェニーは握った彼の手を、ぎゅっとした。
「お願いだから、いらないなんて言わないで」それでも、あげたい。「あなたが思ってくれるように、私だってあげたい」
照れたように、ジャックがまた微笑む。「じゃあ、ピアスにしようか。おそろいの。小さいのならはずさなくてもいいし」
考えもしなかった。「そうする。それなら一セット買って、それをふたりで分けられる」
「君が左右ひとつずつだから、二セット買ってもいいよ。そしたらこっちはひとつ塞ぐ」
ジャックの左耳には、ピアスがみっつある。
「いいの? せっかくあけたのに」
彼が視線をそらす。
「──だってこれ、なにげに、ライアンとそろいだし──」
彼女は笑った。そういえばそうだ。ライアンの耳にもピアスがみっつついている。
「私があとふたつあけるって手もあるけど」
「うん、とりあえずそれはやめておこうか」
「だめなの?」
「うん、だめ。だってライアンとも揃いになるじゃん」
「レナもそうよ。彼女は左にみっつ、右にふたつ。私は少ないの」
「ほんとに? どんだけピアスだらけなんだ。もういい。塞ぐ。絶対」
「わかった。じゃあレナには、ピアスもつけましょうか。ライアンとおそろいで」
「ああ、いいね。ライアンにはこれつけろって渡せばいいわけだ」
「そういうこと」
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ジェニーとジャックはレナへのプレゼントを選ぶと、メッセージを書き、配達の手配をした。そこには、一緒に買った揃いのピアスをつけた。その後一緒に夕食をとると、ふたりはハーバー・パディへと向かうバスに乗った。
目的地はジェニーの家に近いバス停なのだが、最近はバス停をひとつ、余分に過ぎる。バスを降りると歩いて道を戻り、ジャックが家の傍まで送ってくれる。少しでも静かなほうがいいからと、通りから住宅街に入る。それでもやはり、時間が、距離が足りないと、彼女はそんなふうに感じていた。
だが今日は、レナとマリーとの約束がある。バレンタインに向けて、ひとつ、勇気を出す。自分の場合は、来週の土曜に、家に行きたいと言うこと。
──そんなことを、どう切りだせばいいのか、さっぱりわからない。
静かな住宅街を手をつないで歩く沈黙を、右隣にいるジャックが破いた。
「──あのさ」
「なに?」
「──無理にとは、言わないんだけど」
黒いマフラーをしている彼はずっと、前を見ている。
「うん」
「ほんとに、無理にとは言わないんだけど」
強調されたので、彼女は少々身構えた。「はい」
「──来週の、土曜」
心臓が、揺れた。
「うちに、遊びに、こないかな、と」
ジェニーの心臓は、一気に高鳴った。ドキドキする。ありえないほど速く動いている。これは、みんなでという意味ではない。これは、ひとりでという意味だ。
彼がつけたす。「いや、無理にとは言わないんだけど。ほんとに」
真っ赤になってしまい、彼女はさすがに、彼の顔は見られなかった。だが、勇気を振り絞る。
「──うん」
しかしジャックはまだ続けた。「──いや、そうじゃなくて」
なにが起きているのかよくわからず、彼女はなにも言えない。
「問題が、あって」
まさかの問題発生らしい。
「土曜から月曜の夜まで、両親が旅行で、仕事で、いないわけで」
視線は合わせられないものの、彼の顔も見られないものの、彼女ははっとした。両親が、いない。ということは──つまり。
彼がもう一度言う。「だから、その──いや、変な意味じゃなくて。もちろん、無理にとは言わない。けど」
──けど。
“約束しない?”
「泊まれ、とか、そんな無茶を、言ってるわけでもなくて」
“今までにないくらいの大きな勇気を出すの”
「ただ、誰にも邪魔されず、いつもよりも長い時間、一緒にいられたらな、と」
彼は、私を、すごくすごく、大切にしてくれている。
うつむいたまま、彼女は足を止めた。当然、彼の足も止まる。
「──ジェニー?」
“今までにないくらい、大きな勇気を”
顔を上げ、ジェニーはまっすぐに彼を見た。
「──行きたい」
私は、ジャックを、信じている。
「あなたがいいなら、泊まりたい」
なにもしないだろうと、信じているわけではなくて。
彼の顔もやはり、真っ赤になった。「──いい、の?」
ジェニーも真っ赤になっているが、それでも、彼女は笑顔を見せた。
「行きたい」
彼は私を、もっともっと幸せにしてくれると、そう信じている。
「ジャック。すごく好き。大好き」
溢れ出す。いくら言っても、足りないほどに。
ジャックの右手が、ゆっくりと彼女の頬に触れる。彼女はそのまま、彼の胸に引き寄せられた。
「僕も、すごく好き」
ジェニーは彼の腕に包まれたものの、それでもやはり、手はつないだままだった。
ドキドキが、止まらない。「だいすき」想いが溢れすぎていて、せつなくて、苦しい。
「うん。大好き」
顔を上げると、彼はいつも、嬉しそうに照れ微笑んで、私がしたいことを、してくれる。
言葉で伝える以上の、抱きしめる以上の、キス以上の、想いがある。
ジャックに、もっと伝えたい。
すごくすごく、すごくすごく好きだって、伝えたい。