SCENE 06 * RENA * With Rian
夕方、午後五時すぎ。
ジャンケンで勝ったマリーがギャヴィンに電話し、用が済んだと告げた。ギャヴィンの家に集まっていたライアン、ジャックと、ムーン・コート・ヴィレッジ前で待ち合わせて合流すると、マリーとギャヴィンは、思い出の上書き作業があると言いながら再びグランド・フラックス方面に向かい、ジェニーとジャックはMCVをぶらぶらするとかで、それぞれ別行動をとることになった。
レナは、当然──帰宅目的で、ライアンと一緒にバスに乗った。
他の乗客はといえば、右前方に二人、おじいさんとおばあさんが前後に並んで座っているだけだ。静かな車内の左側、最後尾から二番目の席。ライアンが窓際で、レナはその右隣に座っていた。
ジェニーたちと別れてふたりきりになってから、ライアンは無言だ。バスに乗っても窓枠に左肘をつき、ただ外を眺めている。もちろん、バスの中で騒いだりするものではない。だが、普段はもう少し会話がある。それが、今日はひとつもない。合流した時は、普通に話していたのに。
ライアンの右手は、彼が着ているダウンジャケットのポケットの中ある。まともに手をつないだこともない気がする、とレナは思った。
ジェニーたちのように、センター街をデートしたいわけではない。手をつないで、イチャイチャとしたいわけでもない。けれど、ライアンからするキスの回数は明らかに減っていて、自分がするのでなければ、引き止めていなければ、どんどん離れていくような気がする。やはり男と女として交際する、というのは違ったのかもしれない。それでも別れると言わないのはやはり、自分に、周りに気を遣っているからなのか。
友人たちと一緒にいる時は、そんな素振りはない。いつもと同じで、友達感覚だ。だがふたりきりになると、どんどん距離ができている気がする。つきあってほしいと彼に言い、つきあうことになった、先月五日のピクニックの日もそうだった。なにもする気がないことに気づき、こちらが泣きそうになってしまったからか、けっきょく、した。その時のライアンは、今まで見たことないほどやさしく、驚くばかりだった。
それでも、やはり、失敗だったのかもしれない。気持ちを訊くまえにそろそろ、覚悟を決めたほうがいいのかもしれない。
「──肉まん」
突然のライアンのつぶやきに、レナははっとして顔を上げた。
「は?」そう反応したものの、相変わらず可愛くないと、自分に呆れた。
彼が彼女の視線を受け止める。「肉まん食いたい」
なにを言ったのかを理解したので、がっかりというか、呆れた。「夕飯食べられなくなるわよ」
「オレは平気。お前は?」
断れるはずなどない。「食べる」
彼が笑う。「太んなよ」
それは、どういう意味なのだろう。わからず、レナは視線をそらした。
「体育がんばるから。気にしない」
最近は本当に、ふたりきりだと、どう接すればいいのかがわからなくなる。
ライアンもまた、窓の外へと顔をそむけた。
「チャリ買うか。お前の」
ぽかんとした彼女の視線がまた彼のほうへと向く。「はい?」
彼もまた、彼女の視線を受け止めた。「いや、ダイエットとかじゃなくて。いつまでもレオの借りてられないし。オレがお前の家の近くのバス停まで行けば、お前の家からチャリでコンビニ、行きやすくなるじゃん」
納得したが。「それで私は、真冬の寒空の下、スウェットでバス停まであんたを迎えに行くと」
彼が微笑む。「そういうこと」そしてまた、窓のほうを向いた。
別れる気はまだ、ないらしい。「半分ずつ?」そうわかっただけで、心臓がドキドキしてきた。
「お前が全額でもいいけど」
そんなだったので、レナにはなんでもよかった。「お断りします」
窓のほうを向いたまま彼が笑う。「冗談。半分ずつ。明日。センター街に行く」
あからさまではない言葉を確かめるのにも、いちいち勇気がいる。「それは、誘ってんの?」
「コンビニ用のチャリ買いに行くだけだし。バス乗り合わせてセンター街。どっかでチャリ買って、交替で乗りながら帰ってくる。ポリに見つかったら面倒だから、二人乗りはできねえけど」
レナはずっと、ライアンのなにがいいのか、よくわからなかった。モテることは知っていたが、周りにも、彼のことをかっこいいとかおもしろいとか、そうやって褒める女がいるが、その理由が、顔はともかく、性格的になにがいいのか、よくわからなかった。けれど、今はわかる。ライアンは、女をドキドキさせる天才だ。何気ない言葉なのに、なぜか意味ありげに聞こえる。そっけなさが逆に、女をドキドキさせる。かっこつけようとしているわけではなく、気取っているわけでもないのに、言葉が、仕草が、いちいちクールだ。
だがレナは断った。「ごめん。明日はダメ」
「は?」ライアンが再び彼女のほうを向く。「なんで」
なぜいつも暇だと思われているのか、それが少々心外だ。「明日は、デートだから」
「へー」
ほとんど無表情のままそう言うと、彼はまた顔をそむけた。
そこに意味があるのかがわからない。「相手、気になる?」
「ならねえ」
彼女は苛立った。本当に気にしていない気がする。「じゃあ言わない」
「はいはい」
ムカつく。本当にムカつく。ドキドキさせてくれたかと思えばこれだ。本当にムカつく。「一緒に行く?」
「そんな趣味はない」
どこまで考えているのだろうとは思ったが、こんなやりとりに意味がないことは、レナにもわかっている。訊かれていないが、彼女は答えた。
「明日、ひいおばあちゃんの、お墓参り」
ライアンは少し驚いた表情でまた、彼女のほうを向いた。
「──まじで?」
少しは気にしてくれたのか、などと思いつつも、彼女は視線をそらしてうつむいた。
「レオと二人で。ママたち仕事だし。一応年明けに行ってるから、ホントはそんな必要、ないんけど。明日、命日だし」本当の意味では違うけれど。「日曜だし。同じ墓地におじいちゃんもいるんだけど。おじいちゃんのことはよく知らないから。でもひいおばあちゃんは、ちょっと、あったし」
「──ちょっとって、なに」
車内右側へと視線を向け、レナは窓のほうを見やった。
「もうバス、着く。あんたが降りるとこ」
「いや、降りないけど。肉まん食うし」
不安はおいておいて、今のままでも、幸せだ。ふたりでいると、強気で意地っ張りな自分はどこに行ったのか、よくわからなくなる。
「変なやつ」
彼女が言うと、彼はまた顔をそむけた。
「黙れアホ」
なのに自分は、素直にもなれない。「黙れバカ」そこには、まだ遠い。
「お前はアホ」
それでもその言葉には、誰に対してもではあるものの、七十パーセントの愛情が詰まっていると彼は言う。
「バカとつきあえるくらいだから」
それに対して自分は、八十パーセントの愛情を込めている。
「それはオレも同じ。バカだからアホとつきあえるっていう」
言われているうち、三十パーセントくらいは、私だけへの愛情が、あるのかもしれない。