SCENE 66 * JACK * With Jennie
ジャックは急いでシャワーを浴び、部屋に戻った。ジェニーはまだ戻ってきていない。
クローゼットの奥から避妊具を──ひとまず三個出して、ベッドヘッドにある空っぽのフラップ扉の中に入れた。
いや、何度もするとかではない。なんというか、失敗の心配でだ。まさかいきなり何度もしたりしない。ライアンのように猿ではない。いや、もうこうなってしまえばなんというか、自分の欲をどれだけ優先させるかという部分が違うだけで、頭の中は猿状態なのかもしれないが。
コルクボードはクローゼットの中に戻した。ネジがはずれるのとは別の意味でどうかしているらしく、写真に写っているライアンを見て、お前の力を貸してくれとまで思った。とんでもなくアホっぽいことに気づき、慌ててクローゼットの扉を閉めた。
なぜこういう時に限っていつも、行動がギャグ化してしまうのだろう。ライアンいわく、自分はクールキャラで通っているのに、いざとなるといつもこうだ。完全にダメな主人公キャラだ。いや、そもそも主人公でもないのかもしれない。可能性が未知数でいろいろと魅力的でという意味なら、ライアンのほうが勝っている気がする。
ジャックはひとまず、照明を白からオレンジに変えた。
それでもベッドで待てばいいのかソファで待てばいいのかがわからず、とにかく落ち着こうと、定位置のシングルソファに腰をおろした。
“Fate”という本は、中学生の段階で“愛してる”という言葉を使っていた。普通なら──ジェニーとつきあうまえなら、早すぎるだろとつっこんだのだろうが、今は気持ちがわかる。読んでいてそう思った。物語の中にある強い愛に惹かれた。
どうも手が落ち着かないので、ジェニーのくれたCDの歌詞カードを開き、読む。CDは正直、驚いた。彼女がレイシーと同じことをしたからだ。だがレイシーがくれたあのアルバムに、それほど深い意味はなかったはずだ。──“Hero”には、まさか意味があったのか。もっとしっかりして助けろと言っていたのか。今となってはわからないが、あれはクリスマスプレゼントで、たまには歌を聴けという意味でくれたはずだ。と、本人が言っていた。
だがジェニーのくれた“Every Step”というCDは違う。あれはおそらく、彼女の気持ちそのものという意味だ。嬉しすぎる詞。自分でも意外なのだが、ああいうのもキライではない。一生あれを聴いていてもいいくらい。
などと、ジャックの頭の中がまたも暴走をはじめたところで、部屋のドアがノックされ、ゆっくりと開いた。ジェニーが顔を出す。
「大丈夫?」
ある意味、大丈夫ではない。心臓が破裂しそうだ。「うん」と答え、歌詞カードをテーブルに置いた。
彼女はバスローブではなく、黒くてシンプルな膝上丈のワンピースのようなものを着ていた。ドアを閉めて彼のほうへと向かう。歩くたび、スカート部分がふわふわと揺れた。
ジャックは衝撃を受けていた。可愛すぎる。やばい。なにこれ。いや、落ち着け。ジェニーのこんな格好、はじめて見た。当然だけど、そうではなく、彼女はあまり露出しない。夏でもなにか羽織っていることが多いし、膝上丈のワンピースを着ていても、ジーンズを履いていることが多い。
「昨日ね、買ったの。スウェットじゃさすがにと思って」と、ジェニー。
さすがにじっとしていられなくなり、ジャックは立ち上がった。
「君はなんでも似合う」
なんか言った。だが本当だ。ムードがどうこうという問題なのかもしれないが、もうスウェットでもなんでもいい。
彼女はテーブルと三人掛けソファのあいだで立ち止まった。頬をピンクに染めている。
「ほんと? でもこういうの、あまり着ないから、なんか恥ずかしい」
ちなみに彼はバスローブなんていうのが無理で、Tシャツにジャージという、かなり無難な格好だ。ごめん。
「可愛い」ジェニーの前に立ち、彼は彼女の頬に触れた。本当に好きだ。「ほんとに可愛い」どうやら“好き”という言葉すら言えないほど、切羽詰まった状態らしい。
彼女が照れたように笑う。「ありがとう。あなたはいつも素敵」
「それは君のほう」
ふたりはキスをした。いつものキスだ。けれど、少し長く。
ジャックの頭の中にはもう、あの言葉しかなかった。
唇を離し、彼女が彼に訊く。
「──照明、落とせる?」
キスのおかげか、なぜかあれだけ落ち着かず、てんぱっていた気がする彼の心臓が、落ち着いた。動揺がなくなった。好きだという、それ以上の気持ちがあるというドキドキは、あるのだが。
「うん」
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テーブルの上に置いた照明リモコンを持つと、ジャックはジェニーの手を引いてベッドに向かった。ふたりしてベッドに上がる。照明を薄暗くしてからリモコンをベッドヘッドに置き、彼は脚をくずして座っている彼女と向き合うようにして座った。
ジェニーの手をとって目を合わせた。なにも言わなくても気持ちが同じだというように、どちらともなく顔を近づけ、キスをした。いつものキスから、今度は深いキスに変わる。
こういうキスに、神聖さはないと思っていた。だがそうでもない。少なくともジェニーとするキスは、どれもとても神聖なもののように感じる。──昨日暴走して勝手にしたキスはどうかと思うが、それも。
唇が離れ、ジェニーが静かに口を開く。
「──お願いが、あるの」
「うん」
彼女は、彼の目をまっすぐに見た。「こういうの、したことないから、もしかしたら、うまくできないかもしれない。もしかしたら、痛いって言っちゃうかもしれない。だけど、それでもやめないで。お願い」手を握る力が強くなる。「私は、あなたにもっと伝えたい。本当に、すごく好き。あなたとこうなれることが、すごく嬉しい」
ジャックの心臓が揺れた。不安なのは、自分だけではない。むしろ彼女のほうが怖いはずだ。
「──うん。言わない」彼女は彼の性格をよくわかっている。「僕も同じ。こういうのしたことないから、うまくできるかはわからない。それでも、できる限りのことはするつもりだけど──」
ジェニーの表情から少し、緊張が抜けた。「──ほんと?」
やはり経験があると思われていたらしい。「うん。ほんと。だから頼りないんだけど」
「──はじめてに、私を選んでくれるの?」
その言葉に、胸が締めつけられる思いがした。好きすぎる。
「君しか、いない」ジャックは右手で、彼女の頬に触れた。「あの本を読んだからじゃない」言いたくてしかたがない。「十七歳で口にするには、早すぎる言葉だってこともわかってる。でも──」それ以上の言葉を、知らない。「ジェニー」いつだって身近にあったのに、ずっと遠かった言葉。「愛してる」
一瞬にして、彼女の目に涙が浮かんだ。
「──言っちゃ、だめな言葉だと思ってた」
ふたりはいつも、同じ気持ちでいる。
「僕も思ってた。けど、気持ちをまっすぐに表現するには、この言葉以外にない。これ以上の言葉を知らない」
目に涙を浮かべたまま、ジェニーも右手で彼の頬に触れた。
「私も愛してる、ジャック。あなたとなら、なにも怖くない」
またどちらともなく顔を近づけたふたりは、深く、けれどなによりも神聖で、全身全霊の愛情を込めた、そんなキスをした。




