SCENE 54 * RIAN * With Kayla
二月十三日、土曜日。
ライアンの部屋に、どうやら嵐が訪れたらしい。
「ラーイー。お-きーろー」
うるさいので彼は無視している。
「ライアーン」“嵐”は彼の身体を強く揺すった。「起きてよー」
黙れアホ女。と、彼は思った。
「起きろこら。そろそろ上に乗っかるわよ」
そろそろ犯すぞアホ女。と思いながらもやはり無視をし、彼はシーツの中で身体をまるめる。
さすがにか、“嵐”の声が不機嫌になる。「ちょっと。いつまでねたフリかます気? 起きてんのバレバレなんだけど。しかもせっかくいいモノ持ってきたのに」
なんでお前はいつもいつもうざい登場の仕方をするんだよ。というのがライアンの本音だ。
「ヒトの睡眠時間奪っておいて偉そうなことぬかすなアホ女」
「は? いや、ごめん。それはごめん。マジでごめん。でもほら、おまけもあるから。起きて顔見せてよ」
彼は反応した。彼女にとっての“おまけ”は、自分にとって“本命”の可能性が高い。
「ああもう!」
一応苛立たしげに、ライアンは勢いよく身体を起こした。うなりながらも思いきり背伸びをする。ついでに、彼の隣でベッドの端に腰かけていた“嵐”ことアホの頭部に、腕を振り下ろしてさしあげた。
頭を抑え、ケイラが彼を睨む。
「痛いな!」
“嵐”的アホ女ことケイラは、二十三歳のライアンのイトコで、高校時代にいじめを受け、自殺しようとして死にかけたという過去がある。当時小学生だったライアンに、もちろん意識してではないが、残酷すぎる光景を見せた、彼の数少ないトラウマのひとつだ。
だがそんな彼の心配をよそに、彼女はなぜか今、やたらと生き生きしている。休日だろうと仕事優先で、年始には必ず顔を見せろという約束を守らないくせに、ある日突然、ライアンの前に現れる時がある。その時は高確率で、彼にとってイヤな登場の仕方をするのだが、それでも彼は、最低でも一年に一度は彼女の元気な姿を確認しなければ、とりあえずキレそうになる。
そして彼女の頭部に腕を振り下ろしたライアン、とりあえずすっきりした。「で、なに」
だがケイラはつんと返す。「ムカつくからあげない」
またこれだと、彼は呆れた。「本命はチョコ。おまけは小遣い。オレにとっては小遣いが本命。チョコがおまけ」
彼女は頬を膨らませる。「あんた、ほんと可愛くない」
「バレンタインにくるってことはそれしかねえだろ」そう言って、ライアンはあくびをした。「今何時?」
「七時十分」
さすがにぽかんとし、彼は壁にかかっている時計を確認した。七時二十分だった。
「お前、もうちょっと常識をわきまえろ」ライアンが言えるセリフではない。
「仕事まえなんだもん。しょうがないじゃん」そう言って、足元に置いていた赤い紙袋をシーツの上に乗せる。「はい、チョコ」
彼女がなにを勘違いしているのか知らないが、ライアンはそれほどチョコレートが好きというわけではない。なんなら肉まんのほうが好きだ。
「金は?」
彼が訊くと、ケイラは呆れに天を仰いだ。
「あんたマジでやだ。なんでそんなになっちゃったの? ハリー叔父さんのせい? しかもこの部屋の散らかりようはなに? バカなの?」
昨日の放課後、帰宅してから部屋をひっくり返しはしたものの、ハリーと話したり電話したりでけっきょく、片づけは進まなかった。
「黙れアホ」と、ライアン。
ケイラはにやりとした。「あんた、あのベビーブロンド美人とつきあいはじめたんだって?」
こんなところにまで話が伝わったのか。「だからなんだ」
彼女は今年の年明け、親戚の集まりにはこなかったのに、数日後に突然、彼に会いにきた。それも、彼がレナと一緒にいる時にだ。
「よし、結婚式には彼女も呼ぶわ」
彼はまたもぽかんとした。「いや、結婚はまだだろ? 来年だろ?」
「まあね。でも呼ぶ」立ち上がっり、ケイラは腰に両手をあてた。「あとね、私、四月から、通信だけど、もう一回高校生する。今度こそ高校卒業資格、手に入れる」
またも突然だ。なぜこんなに突然が好きなのだ。「大丈夫かよ」
だが彼女は微笑んだ。「うん。通信だから、そんなに学校行かなくていいし。通信はさ、事情あって高校行けなかったヒトってのが多いんだ。四十歳くらいのヒトもいるし。そんで四月から彼氏とも一緒に住む。再度高校生しながら結婚てことになるかもだけど、仕事しながらだし、大丈夫よ」
ライアンにとって、ケイラの“大丈夫”ほどアテにならないものはない。
ケイラが続ける。「高校卒業資格手に入れたら今度は大検。彼氏もオール了承済み。春休みあたりに会わせるね、彼氏」
彼女がいくら幸せそうに笑っていても、ライアンの中の恐怖は消えない。
「お前の男なんかに興味ねえ」と、彼は冷たく返した。本音だ。
「ムカつく奴だな。会ってよ。あとエリカは元気だから。高校やめて今はアルバイトしてるんだけど、四月からお祖父さんの会社に入るって」
エリカとうのは、冬休みに彼が見た幽霊──ではないが、三学期からミュニシパル・ハイスクールに転校してくるはずだった女だ。地元であるインセンス・リバーでいじめを受けていたという。ライアンは一度一緒に海に行き、そこで、ケイラの話をした。
なにかを吹っ切ったのか、エリカは転校をやめ、働くと言いだした。ライアンはよくわからないまま、カウンセラーの仕事をしているケイラの電話番号を教えた。
ケイラが続ける。「んで、スー姉様が朝食作れって。約束だからって。あとね、お小遣いはその紙袋の中に入ってる。ジャックのぶんも入れてあるから、渡せるなら渡して。ってことで、私はもう行く。じゃあね」
突然訪れた“嵐”は、やはり颯爽と帰っていった。
ライアンは一階におり、スーザンとの約束に従って、朝食を作った。
それはよかったのだが、昼食後に遊びに行くと言っていた妹のマーガレット──メグが、昼前から遊びに行くから弁当が欲しいと言いだし、しかも友達のぶんも作ってくれと言いだし、それどころかスーザンまでもが便乗して欲しいと言いだし、ライアンはなぜか、三人ぶんの弁当を作らされた。
彼はキレそうになった。
なのでそれを終えると、自室に戻ってまた眠った。




