SCENE 50 * JENNIE * With Jack
ジェニーとジャックは額を合わせた。ふたりして目を閉じる。
「ちなみに、こっちも不安だったりする」ジャックが言った。「嫉妬のしすぎでイヤな思いさせてないかなとか、重くないかなとか。君の前でも普通にあいつらに邪魔だとか言ってるし。冗談交じりのつもりだけど、わりと本気だし」
「それはそれで嬉しいのよ。私が言うのは変だけど、あなたのは、好きだから嫉妬してくれてるって思ってる。じゃあ私には気持ちがないから嫉妬しないのかって、そう誤解されると困るんだけど」なによりもそれが、いちばん怖かった。
「うん。もうしない。絶対。約束する。だからこれからも嫉妬していい?」
ジェニーは笑った。「じゃあ私は、それを喜んでもいいの?」
「もちろん。やっと答えが出た。君が嫉妬しないのは僕を信じてくれてる証拠。僕が嫉妬するのは、君のことがすごく好きだっていう愛情表現のひとつ」
「そういうことね」またひとつ近づけた気がすると、彼女は感じた。「ただ、問題があるんだけど」
「なに?」
額を離し、彼と目を合わせる。
「このあいだの、ライアンがドッジボールに誘いにきてくれた時みたいに、あなたがみんなと一緒に遊ぶのを一度拒否したあとで了承してくれると、あなたにキスしたくなる」
ジャックはきょとんとした。そして笑った。
「ちょっと違うけど、気持ちは同じだよ。僕の場合は、“みんなと遊ぶのにつきあう代わりにキスさせて”、だ」
彼女も笑い、また彼の胸にすり寄った。
「だいすき」
彼も再び私の髪に頬を寄せる。「うん。僕も」
嬉しい。「──よりも、もっと好き」
「なにそのずるい感じ」
「だめ?」
「だめじゃないけど。」
抱きしめる力がゆるくなるのは、サインのひとつだ。
公園に来てから、何分くらい経ったのだろう。ふたりは、キスをした。
ジェニーとジャックは、映画のように、一度に何度もキスをしたりしない。深いキスもしない。だからなのか、その一度のキスに、とても神聖なものを感じている。キスひとつに、ありったけの気持ちを込める。けど、それ以上の気持ちがある。そしてときどき、それ以上のキスをしたくなる。今日のように、ふたりに進歩があった時は特に。そのキスをやめたくないとも思う。
唇が離れ、ふたりはまた額を合わせた。
「──やっぱりだめだな」ジャックがつぶやく。「離れたくなくなる」
「うん」帰らないでと、帰りたくないと、言えればいいのに。「困ったわね」
「困った。こうなることはわかってたんだ。でも会いたくて。そのうえお兄さんにまで迷惑かけたし」
「私も。普段はどうにか我慢してるけど──兄さんは大丈夫。呆れてるだろうけど、それは私によ。しかもあの人、私があなたとつきあってることで私の新しい一面が見れるとか言って、それを楽しんでるの」
ジャックが笑う。「愛されてるな」
「変な人よ。兄さんは私のことをよく理解してるけど、私はときどき、あの人の考えてることがさっぱりわからなくなるもの」
ウィリアムは、やさしくておもしろい。ジャックと共通する部分がある。だがウィリアムは、お酒を飲むようになって、おかしなテンションになったりもする。酔っていなくても、わけのわからないことを言いだすことがある。
ジャックと交際をはじめてから、ジェニーはブラザーコンプレックスを卒業しかけていて、その反動か、見えるようになったことがある。わかるようになったことがある。だがそのせいなのか、最近は特に、ウィリアムがなにを考えているのかよくわからなくなる。
「兄さんに送ってもらう?」彼女は訊いた。
「いいよ。あ、でも、あやまりに行こうか」
「あやまらなくていい」彼女はまた顔を上げた。「あやまらないで。少なくとも私は、すごいことをしたとは思うけど、悪いことをしたなんて少しも思ってない」
両親への嘘は、自分の性格上、もうしかたのないことだと思っている。ウィリアムもそう言ってくれた。
彼が微笑む。「うん。ごめん」
そう言うと、ジャックは突然、ジェニーにキスをした。目を閉じる暇も与えてもらえないキスは、はじめてだった。
そしてその瞬間、彼女の全身になにかが走った。愛しさ。せつなさ。また一歩近づけたことへの喜び──けれど、これからの数時間で感じるだろう寂しさ。そして、十七歳という年齢で口にするには早すぎるだろうひとつの言葉。すべてが一気に身体の中を駆け巡ったようだった。
離れたくないのに、また唇が離れる。ジェニーは泣きそうになった。
「──よけいに、離れたくなくなる」
「ごめん」
今度は目を閉じ、またキスをした。いつもよりも長かった。抱きしめている。だが、彼の頬にも触れたかった。
もっと。もっと。もっと。
──気持ちが、逸る。
それでもまた、唇が離れる。
ジェニーが訊く。「明日、十時でいい?」
「九時とか」
「八時とか?」
ジャックは笑って、また額を合わせた。
「七時とか」
彼女もくすくすと笑う。「レンタルショップが何時に開店するか覚えてる?」
「何時だっけ。あんまり行かないから知らないんだけど。九時か十時?」
「そのくらいよね。じゃあ九時に図書館で待ち合わせ? で、LBCで朝食を食べて食べ物を調達して、レンタルショップでDVDを借りる」
「うん。そうする」また彼女の髪に頬を寄せる。「もう帰らないと」
帰りたくないのが本音だ。それは彼も同じで、それでも、帰らなければならない。「ええ。ほんとに送ってもらわなくていいの?」
「いいよ。近くまで君を送ったらタクシー呼ぶ」




