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EVERY STEP  作者: awa
44/68

SCENE 43 * RENA * With Collett

 ライアンとの電話を切ってからずっと、レナは考えていた。

 お金を使わない遊び──おそらくこれは、ホテル代を考えてのことだろう。最初から言われていた。家には行けないだろうし、とてもお金がかかると。確かにそうだ。それなら、両親はどうしたのだろう。

 彼女は時刻を確かめた。この時間なら、と思った。

 一階におり、リビングへと向かった。いつも入浴時間が長い父親はおらず、案の定母親のコレットがひとり、ソファで雑誌を読んでいた。

 「ママ」

 レナが声をかけると、彼女は娘に気づいて顔を上げた。

 「どうしたの?」

 「訊きたいことがあるんだけど」レナは彼女のななめ向かいで、シングルソファの前に腰をおろした。テーブルに身を乗り出す。「ママって、パパとは学生時代からのつきあいなのよね?」

 コレットは雑誌を脇に置き、同じようにソファの前に座ってテーブルに両腕を置いた。

 「そうよ」

 「家に忍び込んだりした?」

 唐突なその質問に、彼女はきょとんとした。数秒沈黙ができた。そして、コレットはけらけらと大笑いした。

 だがレナは冷静だった。「ママ──」

 「ああ、ごめんごめん」一瞬にして出てきたらしい涙を指で拭う。「ええ、したわよ。あなたは想像できないかもしれないけど、特にうちのママは厳しかったからね。お金がない時は、夜中にお互いの家に忍び込んでたわ」

 やはり、とレナは思った。「私が忍び込ませるのはアリなの?」

 その質問にも、やはり同じ現象が起きた。「あなた、それ言っちゃったら、忍び込むって言わないじゃない!」

 確かに。「そうだけど、どうなの? ママたちは怒るの?」

 彼女が身を乗り出して微笑む。「あなた、十六年間もこの家に住んでてまだ気づかないの?」

 この家には、レナが一歳の時に引っ越してきたという。ぜんぜん覚えていないが。「なにが?」

 「玄関ポーチからはどの部屋もまともに見えないこと、玄関ホールから続く一階の部屋には、すべてにドアがついていること、そして玄関からすぐのところに階段があること。マスター・ベッドルームは一階、玄関から離れてるか、玄関ホールからは繋がってない場所。二階はバスルームつきで、部屋同士は離れてるか、バスルームやクローゼットで仕切られてること。全室鍵つきか、つけられるドアであること。私にとってそれが、家を買う時の必須条件だった」

 レナが訊き返す。「つまり、忍び込ませられるようにってこと?」

 「そうよ。ホントに苦労したの。パパの実家はリビングの中に階段があったし、私の実家もリビングから見える位置にあって、兄弟だっていたわけじゃない。全員が寝静まったときじゃないと無理だったの。何度かはうちの母に見つかって怒られたわ。だから学生時代からずっと決めてたの。自分の子供には絶対そんな思いはさせないって」

 私のママは、やっぱり変。と、レナは思った。

 コレットが続ける。「レオの部屋のシャワーの音は、あなたの部屋には少々響くかもしれないけど。あなたの部屋のバスルームは離れてるわけだから、レオがあなたの部屋に直接行ったりしない限り、騒いでるんじゃない限りは、見つかりっこないわ。夜中のほうが安全ではあるわね。レオは一度眠ったら夜中に起きたりしない子だから、一度連れ込んじゃえば平気よ」

 やはり変だ。連れ込むことをこれほどの規模で心から推奨する親なと、見たことも聞いたこともない。普段の母親の姿からは想像できない計算に、レナには驚きしかなかった。

 「まさかパパもそんなこと考えてたの?」

 コレットが肩をすくませる。

 「まさか。私がこのことを話したのは、あとにも先にもスーザンだけよ」

 つまりライアンの母親にだけ、ということだ。

 「もし今あなたがライアンを連れ込んだとして、パパが気づいた時、なんていうかはわからないけど、怒るようなら私がパパを怒るわ」そこまで言うと、コレットはにやりとした。「ついでにもうひとつ、この家の購入エピソードを教えてあげましょうか」

 「なに?」

 「私の両親とパパの両親がお金を出し合って家を買ってくれることになったの。もちろん上限はあったわ。で、色々な条件を考慮したうえで私はこの家を見つけた。口出しするとすればうちの両親だから、あなたをパパに任せた私は、先に自分の両親にこの家を見せたのね。この家がいいって。父さんはなにも言わなかったんだけど、母さんはいろいろと、文句を言ってきたの。まずはいきなり扉が多すぎだとか、もうひとり子供が産まれたら、ゲストルームがなくなるじゃないかとか。あと、一階のレストルームの位置も気に入らなかったみたいね。リビングが狭いとか、玄関ポーチから入れるキッチンも使いづらそうだとか、いろいろと。あげく母さんたら、“この家を買うならお金は出さない”なんて言いだして」

 レナはすでに興味津々だ。続きを促した。「で、どうしたの?」

 「両親を実家に送ったあと、私は泣く泣くスーザンのところに行ったの。私が求める家の条件を知ってるのは彼女だけだったから。そしたらライアンと、真昼間からお酒を飲んでたハリーもいたわけだけど」

 ライアンのお父さん。「うん」

 「私はハリーをそれほど知ってるわけじゃなかったんだけど、もうとにかく悔しさでいっぱいだったうえ、わけがわからなくて、ハリーのいる前でスーザンに母さんのことを話したのね。しかも泣きながら」

 どうやら必須条件は、本当に必須だったらしい。

 「スーザンは当然怒ったわ。そこはわかるじゃない。私も一緒に怒ってほしくて行ったわけだから」

 「うん」

 「意外だったのはそこからよ。ハリーがね、ライアンを抱いたまま飲んでたウィスキーをスーザンに渡したの。グラス半分だけど、“飲んで行ってこい”って」

 思わずか、レナの口元がゆるむ。「それで?」

 「スーザンは迷わずそれを一気飲みして、“行くわよ”って言って私の両親のところへ行った。あ、運転はもちろん私でね。それで私の実家にズカズカと乗り込んで、母さんを怒鳴りつけたの。“おばさまは自分の娘とその旦那が、扉の数や部屋数やレストルームの位置がどうのこうのでダメになる夫婦だと思ってるの? 住みたくない家に住まわせて自分の娘を不幸にする気? 住みたい家に住んで幸せになれないっていうなら、どこに住んだって不幸じゃない!”って。それで母さんも観念したらしくて、この家を買ったのよ」

 レナは笑った。「なにそれ。もっともだけど、酔ってたの?」

 「ええ、完全にね。さらに笑えるのはそこからよ」

 「なに?」

 「私の実家の場所をなんとなく聞いてたらしいハリーが、ライアンを連れてスーザンを迎えに来たの。こっちは完璧飲酒運転。普段はしないらしいんだけどね。で、私は両親と一緒に、実家の前でスーザンを見送ろうとしたんだけど」

 「うん」

 コレットは笑いはじめた。「彼女、助手席に乗り込んだ瞬間、ドアを閉める前に吐いたの!」

 彼女が天を仰いで笑い、レナも一緒になって笑った。

 「なんで? お酒飲めないの?」

 「そう。私と一緒でぜんぜんダメなの。普通に飲んでたから、ハリーと結婚して、ちょっとは飲めるようになったのかと思ったんだけど。ぜんぜんだった」

 「ってことは、おじさんはわかってて飲ませたの?」

 「そうなのよ。勢いをつけるためっていうのもあるけど、おもしろ半分だったらしいわ。だから迎えにもきたのね。しかも吐いたスーザンを見て、車を汚されたことを怒るわけでもなく、ゲラゲラ笑ってるの。スーザンは半泣きだったわ。飲めないのわかってて飲ませるっていう、そんな悪戯をされたことじゃなくて、ドアを閉める前にうちの両親の前で吐いちゃったことに対してね」

 レナは笑いが止まらない。「ひどい。さすがにひどい」

 「私はとにかく呆気にとられた両親を家の中に押し込んで、ついでにタオルを渡したわ。なんとなくわかってたみたい。いつ吐くかが問題だっただけで。とにかく両親に忘れてくれって言っておいてって懇願しながら帰っていった」

 「でもライアンを見てるとなんとなく、そんな話もうなずける」

 「でしょ? スーザンも言ってたけど、ライアンの性格はハリーそっくりらしいわ。面倒見がよくて意地悪でやさしくて、観察力があって鋭いけど鈍くて、器用だけど不器用。よっつ年上なせいか、私にとってはただの怖い人でしかなかったんだけど、その一件でやっと、スーザンが彼に惹かれた気持ちが、ちょっと理解できた気がした」

 その意見には、レナも納得した。

 コレットはまた微笑む。「彼女も喜んでるわよ。そのうち家にきてくれればいいんだけどって。あと、“バカな息子だけどよろしくね”って。“なんかされたら言ってくれればちゃんと叱りつけるから”って。叱りつけるのはハリーだと思うけどね」

 それは、とても嬉しい言葉だった。「うん」

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