SCENE 42 * JENNIE * With William
レナ、マリー、アニタとセンター街と一緒に夕食をとったあと、ジェニーはハーバー・パディにある自宅へと帰った。夜二十時になる少しまえには、携帯電話にジャックから、両親と食事に行ってくるというメールが届いていた。また帰ったらメールする、と。兄のウィリアムはまだ帰宅していない。
落ち着かない気持ちのまま、ジェニーはシャワーを浴びた。いつもよりも少し長い時間になったかもしれない。気持ちが落ち着いたりはしなかったのに、おかしな部分が目覚めてしまったらしく、改めて自分の部屋を見て、“インテリア”などという言葉には程遠い自分の部屋を、今さらながらどうにかしたくなった。
彼女はウィリアムだけには、ジャックのことを話している。ウィリアムは冬休み、部屋の模様替えをしようかとジェニーに提案した。だが彼女は断った。そんなことをしてしまうと、両親に変に思われるから、と。
両親は厳しいわけではない。だが母親は特に、詮索したり茶化したり、からかったりするのが好きだ。たとえばジェニーがマーケットで、特設されたバレンタインコーナーを見ていると、必ずと言っていいほど、好きな人ができたのか、誰にあげるのかと彼女に訊く。友達にあげるのだと答えてもなかなか信じない。彼女は呆れてなにも言えなくなってしまう。ウィリアムにはなにも言わないのに、なぜかジェニーにだけそうなる。
シャワーを浴びるまえ、ジェニーはウィリアムにメールを送っていた。もうすぐ帰る、と返事が届いていた。おそらくまた親友たち──二人の男の子と三人の女の子と一緒に、遊びに行っているのだろう。今日彼らへのぶんのバレンタインプレゼントも買ってきたので、ウィリアムから渡してもらう。
ソファでどうにか気持ちを落ち着かせようとしていると、ドアがノックされて開き、ウィリアムが顔を出した。
「帰ったよ」
覚悟を決めなければならない。「そっちの部屋に行く」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二階には、階段をあがって右側にラウンジと称したソファーコーナー、そしてウィリアムとジェニーの部屋しかない。彼女たちの父親の家系は建築家なのだが、不思議なことに、彼女たちの家は至って普通だ。特別大きいというわけでもないし、変わっているところもない。ジェニーは自分の部屋と対になっている兄の部屋に入った。
彼女の部屋よりも広いウィリアムの部屋は、年々センスよくなっていく。薄いベージュカラーのフローリングで、右手はバスルームへと続いている。そのむこうの壁に儀輪には少し背の高いダークブラウンの棚、左へと移って大きなラグを敷き、ダブルベッド置いて、両側にはナイトテーブルを構えている。戸口左には壁に沿うよう低めのTVボードが置かれ、その前には小さな正方形の木製テーブルと、木製フレームのシングルソファが二脚。今ではまるで、どこかの高級ホテルの一室のようになっている。
そんな部屋の主であるウィリアムに、ジェニーはいつも違和感を感じていた。目指しているのは、父親と同じ建築家なはずなのに。
ウィリアムは窓際の木製ソファに脚を組んで座った。
「で、どうした?」
ジェニーは彼の向かいでソファに腰をおろす。持ってきたふたつの真っ赤な紙袋をテーブルに置いた。
「小さいほうは、私とレナから、あなたに」
いつからかバレンタインは毎年、レナと一緒に、ウィリアムにチョコレートやクッキーなどを贈ってきた。そこに“親友の兄”という以上の気持ちが入っていたこともあるのだと思うと、ジェニーは少しせつなくなった。けれど今のレナにとって、ウィリアムは“親友の素敵なお兄さん”で“憧れの人”でしかないという。恋愛対象としてはもう好きではないけれど、おそらくそれは、きっとずっと変わらないと言っていた。恋愛対象としてはもう好きではないのだから、いつもどおりに渡してと、ジェニーはレナから釘をさされている。
ジェニーはつけたした。「大きいほうは親友たちに。チョコレートじゃなくてクッキーだけど、いつもありがとうって。みんなで食べて」
「了解。で?」
話の切り替えがあまりにも早いので、やはり彼女は躊躇した。「──やっぱり、部屋の模様替えをしたいなと──」
彼が肩をすくませる。
「だから冬休みにしようって言ったのに」
「ごめんなさい」
「まあいいよ。春休みまでに親友たちとプランを練ってくる。できるだけお金をかけない方向で」
ウィリアムはやさしい。「お願い」
「うん。で?」右肘をアーム部分につき、指で頭を抑えた。「まだあるよな?」
落ち着いて。大丈夫と、彼女は自分に言い聞かせた。覚悟はもう決めたはずだ。「──明日と明後日、“ワン・ティー・ワン・エフ”を」
“1Truth1Family”──“ひとつの真実をひとりの家族に”。
真実をひとりの家族に言えば、他の二人には嘘をつくことができ、それ以上詮索もされないという、ジェニーが高校に入学する時、“ジェニーも高校生になれば色々あるだろう”と、ウィリアムが作った彼女専用のルールだ。といってもジャックと恋人になるまずっと、彼女はこのルールの存在を忘れていた。恋人ができたとウィリアムに話した時、彼がこのルールのことを思い出させてくれた。
ルールができた時、彼女はこのルールの意味をよく理解していなかった。けれど恋人ができたうえでウィルに改めて説明され、やっとこのルールの本当の意味を理解した。詮索されるのが好きではないジェニーのためのルールだ。
たとえば両親にデートだと言いたくない時、彼女はウィリアムにだけデートだと真実を言えば、両親には“友達と遊びに行く”と言えるし、ウィリアムからも同じように、両親に話が伝わる。去年のクリスマスや今年の冬休み、レナたちとジャックの家でお泊まり会をした時も、ジェニーはこのルールを使った。もちろん真実を伝える対象はいつだってウィリアムだ。ジャックとつきあうまえでも、ウィリアムに外出や外泊の了解を得ることが多かったこともあり、そのおかげで約三ヶ月間、両親にジャックのことを知られずにいたというのもあるだろう。
ウィリアムが続けて質問する。「で、真実は?」
言わなければだめだ。両親に言うよりは、ずっとマシだ。「泊まる。ジャックの家に」
「わお」傾けていた身体を起こし、彼は腕を組んだ。だが微笑む。「やっとジェニーも大人の階段をひとつ登るのか」
ルールの存在をすっかり忘れていたジェニーはずっと、ウィリアムのことを誤解していた。彼は自他共に認めるシスターコンプレックスで、やさしいけれど厳しいところもある。ただのデートならともかく、いくらレナがいるとはいえ、男の子の家に泊まるだなんて、絶対に許してくれないだろうと彼女は思っていた。だがウィリアムは彼女に恋人ができたことを喜んでくれたし、泊まることにもなにも言わなかった。それどころか、いつも協力してくれる。
そんな感謝の気持ちはあるのだが、彼の言葉を無視したジェニーの反応は冷たい。
なに言ってるの、この人。「使えるわよね? このルール」
彼が笑う。「もちろん。このためのルールなんだから」
彼女はきょとんとした。「デートのためじゃないの?」
「まあそれもあるけどね。高校に入って一年半も男の気配がないもんだから、一生使うことがないんじゃないかと思ってたよ」
なに言ってるのこの人。「友達の家に泊まるって言っておいて。あと、彼がマイキーも一緒に、両親に会ってくれてもいいって言ってくれてるの。いつかはわからないけど──私も彼の両親に会うわ。それはその時考えるから、まだ言わないでね。だけどママたちにばれちゃった以上、デートのときにこのルールをどう使えばいいのかがわからない。どうすればいいの?」
ウィリアムはまた微笑んだ。「今までどおりにすればいいさ。僕に真実を言ったとして、母さんたちに嘘を言わなきゃいけないってことじゃない。バランスを考えて、ふたりにも、週に二度くらいはデートだって言えばいいよ。詮索されたくないなら僕を使ってね。で、泊まりの時は今回のように友達を理由にする。しばらくはそれでいい」
突然おかしなことを言いだす時もあるものの、ウィリアムの意見はほとんどが正しいと、ジェニーにはよくわかっている。「わかった。ありがとう」
「このルール、わりと役に立つだろ?」
「ええ、ほんとに」




