SCENE 39 * MARY * Beat Of My Heart
聴こえるかしら 聴こえるかしら
私の高鳴る胸の鼓動が
あなたが微笑みかける
私は動けなくなる
瞳を覗きこんでしまうあなた
私は目をそらしてしまう
顔が真っ赤になって
だけどもう一度あなたを見る
あなたはまだ笑ってる
私の好きな笑顔
楽しませてくれる
嬉しい悩みをくれる
私の頭の中は
あなたのことばかり
昼も夜も
あなたは私の心を奪ってしまった
大好きなの
聴こえるかしら 聴こえるかしら
私の高鳴る胸の鼓動が
高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動
あなたが動かしてる
高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動
昨日よりももっと大好きなの
あなたが私の手をとり
私は握り返す
並んで歩く
笑って話をしながら
カフェに行って
チェアに座る
向き合うと
テーブルが邪魔に思える
あなたはときどき意地悪
だけどやさしいことも知ってる
あなたのジョークが好き
考え方が好き
あなたが私の頬に触れ
私はまた動けなくなってしまう
あなたは言った 大好きだよって
聴こえるかしら 聴こえるかしら
私の高鳴る胸の鼓動が
本当に好き 本当に大好き
高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動
なたが動かしてる
高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動 高鳴る胸の鼓動
昨日よりももっと大好きなの
聴こえるかしら 聴こえるかしら
私の高鳴る胸の鼓動が
本当に好き 本当に大好き
ゼスト・エヴァンス──まさかのジャックの叔父が経営する店でマリーがもらったインディーズCD。六枚を見せられ、これはシンガーの女の子も可愛いけど中身も可愛いぞ、などとサイラスに言われ、タイトルも気になったしと、彼女はこれを選んだ。“Beat Of My Heart”という曲だ。確かに可愛い、と思った。シンガーの顔だけでなく、声も詞も可愛い。
マリーにとって、この曲はいろいろと衝撃だった。詞の内容はとても共感できる。今の自分にぴったりだと思った。ギャヴィンにそうされるたびに真っ赤になってしまうし、歌詞カード片手に曲を聴きながら、何度も何度もうなずいた。だがその反面、とても卑屈な考えが浮かんだ。
こんなに可愛い顔と声でこれをうたうの、反則じゃないの? とか。改めて自分が可愛くないと思い知らされた気がする、ショック、とか。これはジェニーみたいな子が聴くほうがいいんじゃないの? ジェニーにあげたほうがいいんじゃないの? とか。一度は交換しようかとギャヴィンと話していたことを思い出し、それはだめだと気づいたが。
けれどなんだか、やるせなさに襲われた。なぜこんなのを選んだのだろう、と。泣きそうにまでなってしまった。
だが今日の女子会ランチでアニタの言葉を聞き、はっとした。
“最大限の努力をしたうえで自分を卑下しないこと”
午後の授業中はずっとそのことを考えていた。最大限の努力──もちろん自分では、限界はあるのだろうが──この一ヶ月の自分の変化。もう、それでいい気がした。
自分を卑下するのはよくないとわかっている。どれだけアニタの教えに従って努力したとしても、自分の場合は元がぱっとしないので、どうせ一定以上にはいかない。どうしようもない。そこを悩んでもしかたがない。つまり、開き直った。
テーブルの上で携帯電話が鳴り、マリーはそれを確認した。ギャヴィンからメールだ。十分ほどメールが止まっていたので、おかしなことを言ってしまったのかと思った。
《ごめん、姉貴と話してた。まだ寝ないけど。何時くらいに起きると思う? 俺は何時でもいいんだけど。長い時間一緒にいたいってのがいちばんだから、なんなら朝の五時でもいいくらい》
彼女はぎょっとした。五時!? もうやめてほしい。ひとり真っ赤になることほど、恥ずかしいものはない。ああ、ほら、まただ。ドキドキしてきた。落ち着け、落ち着け自分。冷静に、冷静に。
《さすがに五時は早すぎるわよ。どこの店も開いてないし。休みの日、朝食は何時くらい? 私は平均すればたぶん九時くらいだけど》
送信したが──とても寝るように思われる気がした。休日となると、前日は夜中の一時頃に寝て、朝は八時半くらいに起きるというのがほとんどだ。七時間半ほどか──これは寝すぎなのか? 小さな子供は八時間寝る、と聞いたことがある。それに近い。そのわりに自分はなにも成長しない。いやいや、落ち着け。
マリーとギャヴィンはいつも、休日にデートをするとしても、前日あたりにランチを一緒に食べようかという話になり、待ち合わせは十一時頃になる。当日でもおはよう、などというやりとりはしない。今から家を出るとか、そういうメールを送るだけだ。彼はメールがあまり好きではないという。送れば返事をくれるし、むこうからもメールがくることはあるし、気を遣わなくてもいいとは言っくれているが、あまり送りすぎないほうがいいのだろうなと、彼女は勝手に思っている。
ギャヴィンからメールの返事が届いた。
《九時? あ、だから昼にあんま食わないんだ。新事実発見。じゃあ九時にする? そしたらどこかで朝食とって、午前のうちに一本映画観るとかゲーセン行くとかでもいいけど》
彼女はダメージをくらった。ばれている。思われている。やたら寝ると思われている。だが彼はやさしい。そういう考えかたもできるのか。ゲームセンターには、あまり行ったことがない。普段はギャヴィンも、お金の無駄だと言って行かない。また返事を打つ。
《そうね、冬は特になかなかベッドから出られなくて──早起きするよう努力します。じゃあ九時。待ち合わせはいつもどおり、バス・ステーション? ゲームセンターはお金の無駄だから行かないんじゃなかったの?》
送信した。言い訳に必死になっているような気がする。だがいい。春休みはもう少し暖かくなっているはずなので、早起きできるよう努力する。
──そのぶん、寝るのが十一時頃になったりしたらどうしよう。あまり意味がない気がする。だって、眠い。最近は特に、ギャヴィンといてもアニタやレナたちといても、笑うのにとても体力を使っている感じがする。子供なのかもしれない。子供なのはわかっているが、それ以上に子供なのかもしれない。小学生並だ。
ふと音楽がうるさいと思い、彼女はリモコンで曲を停止した。去年、ライアンにも言われた。“他と比べるな”、と。そのあとの、褒められているのかけなされているのかよくわからない言葉は、ともかく。
それがマリーの悪い癖だった。女という生き物の中でも、やはり地味で真面目、もしくは普通、そしていろいろな意味で目立つグループといったカテゴリーはいつだって、当然のようにどこにでも存在していて、中学時代、彼女は地味寄りの普通タイプの中にいた。そこにいると、性悪として目立つタイプから、陰でいろいろと言われることになる。特に中学一年の時や二年の時は、ライアンと一緒に帰ることがあったため、よけいだった。
中学では、容姿というものを表立って気にするようになる。そして自分の容姿のことも、だんだんとわかってくる。もっとプラスな性格ならさほど自分を卑下するようにならずに済むのだが、マリーはそういうタイプではなかった。
恋愛に関する話をしていて、誰のことが好きだとか、ドキドキするとか、そういった可愛らしいことを周りが言っていたとしても、自分の容姿を考えれば、そんなことに共感するなどというセリフは、どうしても言えなかった。結果、自分の考えを覆い隠してしまうようになり、気づけば性格の悪いグループからの陰口というのも、心の中でいろいろと反論を返して鼻で笑うような、とても卑屈な性格になっていた。
アニタは美人なので、卑下する必要などない、とマリーは思っている。むしろ、どこに卑下できる部分があるのか教えてほしい。だが話を聞いているとどうやら、レナもジェニーも、自信満々というわけではないらしい。あれほど美人で可愛い彼女たちがそういうものだから、マリーはさらにへこんだ。いつも三人や四人でいても、自分ひとりがおまけのような気がしている。
だがアニタ流に言うと、そういった考えそのものがダメなのだ。もうこういうのは、卒業しなければならない。あのアホ男はともかく、ギャヴィンの存在は、自分に自信を与えてくれている気がする。
再びギャヴィンからメールが届いた。
《いや、ごめん、そういう意味じゃなくて。寝れる時は寝ればいいよ。一緒にいたら眠るのもったいなくて寝れないかもしれないし、そのためにも今日は早く寝たほうがいいかもとは思ってる。今日まさかの臨時収入があった。豪遊する気はないけど、たまにはゲーセンで遊ぶのもいいかな、と。ちょっとくらいなら》
この人はなぜいつも、これほど嬉しいことばかり言ってくれるのだろう。それもさらりと言う。なのに、アホ男と違って計算という感じがしない。本当に嬉しい。
そうだ、今日は早く寝なければ、一緒にいると、ドキドキしっぱなしで眠れないかもしれないし──一緒に、いたら──。
泊まる。はじめて。ああ、どうしよう。あのアホ男と比べものにならないほど素敵な男の子と一緒に泊まるって、ああ、どうしよう。
なる? やっぱりなる? そうなる? ああ、嬉しい。けれど不安だ。不安なのに嬉しい。さすがにここだけは自信など持てない。そもそも自分の体型に自信を持つことなど不可能だ。どうしよう。嫌われたらどうしよう。
そうだ。ゆっくり寝てなどいられない。万全の準備──今日アニタに勧めてもらって買った顔パックをして──お泊りですでに素顔は見られているので、今日明日ではたいして変わらない気がするが。
服は決まっているからそれでいい。けれどちょっと早起きして、教えてもらったメイクをして──ああ、どうしよう。本当にどうしよう。
マリーは少々パニックに陥っているが、彼女が返事をしないうちに、またギャヴィンからメールが届いた。
《っていうか、寝る前に電話していい? 今日あんまり話せなかったし、声聞きたい。今すぐじゃなくてもいいけど》
あああああああああああ! と、彼女は発狂した。
もうやめて。本当にやめて。どれだけドキドキさせてくれれば気が済むのだろう。寝る前?
そこではっとした。まだシャワーを浴びていない。返事を打つ。
《ああ、待って。シャワー浴びてきていい? 私も今日は早く寝る。だけど声が聞きたい。十五分で戻ってくるから待っててもらっていい?》
送信した。
もうだめだ。どうしよう。なぜこんなに、未経験的な感覚になっているのだろう。そして思い出した。そういえば自分は、こういう“泊まりで”というはじめての失いかたではなかった。部屋を見るかとか、音楽を聴かせてあげるとか、そういう理由で家に誘われて、行って、気づいたらそうなって、終わっていた。なので、こういう感覚は知らない。
そしてまたギャヴィンから返事が届いた。
《うん。なんなら三十分でも一時間でも待つ。あと、君さえよければ家から電話していい? で、どうする? このメールにも返事してこっちの返事も待って電話するのを先延ばしにするか、とりあえず返事せずに少しでも早く電話できるかもしれない可能性に賭けるか。君しだいだけど》
マリーは迷わず、バスルームへと駆け込んだ。




