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EVERY STEP  作者: awa
39/68

SCENE 38 * GAVIN * With Jade And Secrets

 ジャックの家を出たギャヴィンは、一度ライアンの家に寄った。ライアンがジャックのぶんから持ってきた“ブラックカラー”をひとつ開け、そのドス黒さに二人で大いに爆笑した。あごがはずれるかというほど笑った。

 そのあとギャヴィンは家に帰った。夕食を食べたりシャワーを浴びているうちに夜の八時をすぎたが、マリーからのメールはまだない。

 今日の昼休憩時間中、彼はジャックに、ライアンはレナに好きと言ったかと思うか、という質問をした。“レナを見ればわかるだろ”、という答えが返ってきた。まったくわからなかったのだが、ようするに言ったということらしい。どう言ったのか、それが気になってしょうがなかった。訊けるわけはないし、どうせ訊いてもライアンが答えるはずなどないが。

 彼はソファに腰をおろし、CDコンポのリモコンの再生ボタンを押した。真っ暗な部屋の中、“Secrets”という、サイラスにもらったインディーズ曲が流れる。



  奥底に

  心のずっと深い場所に

  見られたくない部分がある

  自分のぐちゃぐちゃな部分が存在してる

  俺の内側は君が思う以上に黒いんだ


  君にはこの絶望的な部分を見せたくない

  秘密として隠し続けていたい

  君を信じていないわけじゃなくて

  これは俺の過去からの亡霊

  自分で乗り越えなきゃいけないんだ

  俺自信のために

  君ゆえに

  愛ゆえに


  ときどき

  誰かが心を開けっていう

  解放されればラクになれるってさ

  けど君に背負わせたくはない

  くだらないプライドやつまらない意地さ


  でも君にはこの絶望的な部分を見せたくない

  秘密として隠し続けていたい

  君を信じていないわけじゃなくて

  これは俺の過去からの亡霊

  自分で乗り越えなきゃいけないんだ

  俺自信のために

  君ゆえに

  愛ゆえに


  実をいうと自信がなかったんだ

  秘密に埋もれそうになってた

  けど今 再び立ち向かって戦うことができる

  自分のために 君のために 愛のために


  君を信じていないわけじゃなくて

  これは俺の過去からの亡霊

  自分で乗り越えなきゃいけないんだ

  俺自信のために

  君ゆえに

  愛ゆえに


  君にはこの絶望的な部分を見せたくない

  でもすぐに消えるさ

  秘密として隠し続けていたい

  今は少し明るい色だよ



 サイラスに好きなものを選べと見せられた六枚のうち、パンク・ロックというジャンルと“Secret”というタイトルだけで、ギャヴィンはこれを選んだ。だが家に帰ってすぐこの曲を聴いた彼は、カーペットビーターで全身を思いきり叩かれたような衝撃をくらった。

 それでも詞を見ながら何度か聴いてるうち、なんとなく意味がわかった。“愛ゆえに”というのは、さすがにちょっとクサいと思うが──この曲は、“ダメだった時はちゃんと話せばわかってくれるかも”などという甘い考えを、見事に打ち砕いてくれた。

 よく考えれば、話すというのもおかしい。ダメだったからといって、クソ女の話などされても、マリーが困るだけだ。自分だって言いたくない。変なところに意地がまわって、彼女のことを気にかけていなかった。バカだ。

 そうは言っても、乗り越える方法はわからない。とにかく思い出さないよう、本能でぶっ飛ばすしかないのか? というか、そこまで珍獣ではないのだが。

 いや、でも実際は、けっこう平気かもしれない。だってキスその他ができている。

 いや、自分の中では、そちらはあまり問題になっていない。そこは平気だ。使用頻度の問題なのだ。使用頻度ってなんだ。だって口は、毎日歯を磨いて、モノを食べている。その程度の問題ではない。あっちの問題だ。あの行為そのものだ。

 なんというか、あのクソ女に触っていた自分がとんでもなく汚く思えていて、それでマリーに触れるのがどうなのだという。

 ああ、考えてもしかたがない。もう今さら、悩んでもしかたがない。

 “でもすぐに消えるさ”

 ほんとかよ。

 “今は少し明るい色だよ”

 これはわかる。

 そうなりたいと思えただけでも、じゅうぶん進歩だ。ああ、平気な気がしてきた。いつのまにかソファに寝転んでいるが、大丈夫な気がしてきた。できるできる。本能なのか欲なのか乗り越えた証なのかよくわからないが、できる気がする。

 テーブルの上で携帯電話が鳴った。ギャヴィンは起き上がってなおもリピートされていた音楽を停め、届いたメールを確認した。マリーからだ。

  《今家に帰ってきたわ。夕食は一時間以上まえにとり終わってたのに、なかなか話が終わらなかったの。笑いすぎて疲れちゃった。あなたはジャックの家に行ってたのよね? もう家に帰ってる?》

 いったい、どんな会話をするのだろう。アニタがいれば笑いは絶えなさそうで、そこにレナがいればよけいなのだろうが。彼は返事を打った。

 《おかえり。こっちは家に帰って飯も食った。あとは寝るだけっていう》

 送信した。ギャヴィンは家にいても、姉のジェイドと話をすること以外、特にすることがない。親とは仲が悪いというわけではないが、それほど話すことはないし、今はもう、ひとりでテレビゲームをするなどということもしていない。まさか彼女を紹介したいなどと言えるわけもないし、そもそも会ってくれるかどうかも謎だ。母親は、もしかすると、というのはあるが、エレンやライアンの母親のスーザンほど、フレンドリーというわけでもない。

 シスコンではないが、ジェイドの合コン話を聞いているだけで、それなりの暇つぶしにはなる。だが今日は彼女がいない。合コンではなく仕事だという。

 大学生のジェイドは、バイトをしたり仕事をしたりしている。なにをしているかは教えてくれないが、二種類を掛け持ちしているらしい。水商売かと訊いたことがあるが、その時は蹴られた。違うらしい。

 だがそのおかげで、金欠になっても彼女から金を借りられるし、彼女の機嫌がいい時は小遣いももらえる。性格は悪いものの、ついでに言えば口は悪いし手も早いものの、そこを除けばそれなりにいい姉貴だ。恋愛の相談もできる。

 最初にあのクソ女の浮気を疑ったのも、絶対クロだから確かめてみ“という、ジェイドの一言があったからだ。もっと言えば、偶然とはいえ、あのクソ女を見かけた時、“あの娘はやめたほうがいい”とジェイドは言った。最初にクソ女から携帯電話を見せろと言われた時も、ジェイドからの警告はあった。だが自分はそれを聞かなかったし、根性のないヘタレだったので、あからさまな証拠が出るまでは確かめもしなかった。おかげであのザマだ。もういやになる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 ぼうっとしているうちに携帯電話に再度メールが届いていることに、ギャヴィンは気づいた。マリーからだ。

  《もう寝る準備できたの? 早いわね。寝る前に明日の待ち合わせ場所と時間を決めたほうがいいと思うけど、起きてからにしようか?》

 彼女の言葉があまりにさらりとしているので、彼は少々驚いた。早すぎるなどとは微塵も思っていないのか、それとも楽しみにしてくれているのか、どちらなのだろう。よくわからない。

 返事をしようとしたところでドアがノックされ、開いた。ジェイドが顔を出す。

 「あ、いた」

 「仕事じゃなかったっけ」

 「忘れもの取りにきたの」

 そう言うと、彼女はドアを閉めて部屋に入った。

 「へー」とギャヴィン。「で?」

 彼女はあからさまに呆れた。「で? って」左腕にあるハンドバッグから財布を出す。「明日、カノジョと泊まりデートだって言ってたでしょ。私はいつ起きるかわかんないし、あさってはバレンタインだし」

 ジェイドは財布から札を──しかもいちばん大きい額の札を二枚、取り出した。右手の指でそれを挟んで見せ、ギャヴィンに微笑む。

 「やっとあんたがカノジョつくる気になって初のカップルイベントなわけだけど。どうする? やめとく?」

 姉様神様ジェイド様。「いる」

 「ホテル代とは言わないけどね」

 そう言うと、テーブルの上に二枚の札を置いた。なんだかんだで彼女は、忠告を聞き入れなかったあげく最悪な目に遭ったバカな弟を見放さない。

 「母さんたちには──」

 「ママたちには言わない。また友達のとこに泊まりに行くって言ってたって言っとく」財布をバッグに戻すと、腕を組んでまた微笑んだ。「そういう気持ちになったってことは、いい娘なんでしょ?」

 なにもかもお見通し的。「うん。すごく」

 「違うつきあいかたをしたいなら、堂々とママたちに紹介するって手もあるわよ」

 ギャヴィンはぎょっとした。ジェイドが続ける。

 「もちろん健全に、真昼間にね。それからデートに行くとか。ママたちはあのクソ女の存在もその前の子たちも、“カノジョがいる”って程度の認識だったわけだし」

 納得はあった。確かに、クソ女以外につきあった三人もみんな、親が家にいない時を狙うか、いてもちゃんとは会わせなかった。拒否した。会わないよう注意を払った。

 「ママだって、あんたに直接言わないだけで、心配してるのよ」ジェイドが言う。「詳しいことは知らないはずだけど、あの騒動から一年、あんたから女の気配が完全に消えたせいで、パパや私に一生結婚できないんじゃないかとかしょっちゅう言ってる。パパがつきあってられるかって取り合わない代わりに、私は大丈夫だって言ってるけどさ」

 彼は呆れた。「けど、さすがに早くない? まだ十七だぞ」

 「そんなかしこまらなくていいわよ。挨拶交わす程度でいい。あんたが今まで許さなかった、“紅茶とお菓子を部屋に運ばせる”、みたいなのを一度だけ許して、“カノジョだ”って紹介するとかね。そしたらママだけは会えることになるわけだし。もしくは私がやって、それをママに伝えてもいいけど」

 彼は悩んだ。「とりあえず明日と明後日乗り切ってみないことには、わかんないよな」

 「ま、そうね。まだ一ヶ月だし、あと一ヶ月か二ヶ月は待ってもいいかも。もちろんカノジョがどう言うかってのもあるし。ある意味、それでどのくらい本気かってのもわかるんだけど」

 ジェイド的に考えれば、その“本気度”はアテにはならないだろ。と、ギャヴィンは姉様神様ジェイド様に対し、かなり失礼なことを思った。

 「そうだな。なんとか乗り切ったら、日曜にでも言ってみる。さりげなく。今度はうちに、的に」本音など言うわけがない。

 彼女は微笑んだ。「がんばれ、ギャヴィン」

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