SCENE 34 * GAVIN * With Marie
サイラスの店を出たあと、ギャヴィンはレモンティーを、マリーはチョコレートのクレープを買い、ボードウォークへと向かった。ファイブ・クラウドとウェスト・アーケードの境にあるボードウォーク広場だ。
並んでステップに腰をおろすと、さっそくクレープを一口食べ、マリーがつぶやいた。
「やっぱり、あなたたちってすごい」
ギャヴィンはきょとんとした。「なにが?」
「だって、友達の親戚の人まで知ってるわけでしょ? そこまでのつきあい、私にはないもの」
「いや、あれはジャックの身内が特殊なだけだよ。俺だってタイラーとかマシューの親と会っても、挨拶交わす程度だもん。ジャックはあんななのに、周りの大人はなぜかフレンドリーなのが多いんだよね。エレンなんか強烈」
彼女がすかさず反応する。「強烈!?」
「そ。あ、そーいえば。このあいだ会った時、エレンが君とジェニーとレナを家に連れてこいって言ってた。で、娘が三人できたみたいに料理するんだって」
「え。私、料理できないんですけど」
「あ、そんな気はしてた」と、ギャヴィンはかなり失礼な言葉を返した。
当然マリーは顔をしかめる。「どうせ、料理本を見ながら作ってもなんかおかしくなるし」
笑える。「それはすごい。でも大丈夫。俺なんかしようとも思わない」
「フォローになってないわよ」
「だよね。ごめん。あ、でも、ミートスパゲティだけは作れる」
「ほんとに?」
「ライアン直伝。っていうかまえにジャックの家に泊まった時、作るのを手伝わされたんだよね。ジャックは絶対しないの。ライアンのエプロン姿が似合わなさすぎて笑えるんだけど」
彼女は天を仰いで笑った。
「ああ、そういえば、クリスマスの時もしてた気がする。っていうか、あなたもエプロンしたの?」
「させられたよ。幸い黒だったけど。でもライアンは強烈だったな。派手な赤い花柄のエプロン。エレンのを普通に使うらしい。しかもそれをもう慣れた、みたいに普通につけるから、マジで笑える」
彼女は笑いが止まらない。
「やだ、もう、笑わせないで。でもクリスマスに泊まった時は、黒だったわよね?」
「ああ、たぶんあれがあれだよ。俺がまえにつけさせられたやつ。他の派手なのは、レナとジェニーがつけてたわけだけど」よく覚えていない。「二人がつけてたようなのを、ライアンが普通につけるの」
「じゃあ今度、そのエプロン姿を見ることがあったら、お願い、写真撮って見せて」
「いいよ。なんならポーズもつけろって言ってみる」
ギャヴィンはもう、マリーの気持ちがライアンに向いているかもとなどとは、思っていない。ただ、彼女の口からライアンの名前が出ると、やはりまだ切なくなる時はある。くだらない嫉妬だ。変な意味ではないが、自分の知らない彼女の姿を、ライアンは知っているのだという事実──どうしようもない過去に対する嫉妬。
マリーが続ける。「お願い。あとできれば、あなたのも」
彼はかたまった。「それはちょっと──」いやだ。
「ああ、わかった。じゃああなたの誕生日には、エプロンをプレゼントする。ちゃんとメンズで」
「頼むからやめて。っていうか、十七歳やそこらの男がマイエプロンを持つって、どんな? たぶん俺が知ってる中でライアンだけだよ」
真剣な表情で彼女が訊く。「持ってるの? ライアン」
「うん、ごめん、知らない」
彼女はまた笑う。「じゃあ、彼の誕生日にもエプロンね。ふたりでうんと派手なの選ぶの。なんならレディースで。」
「叩きつけられそうだな。いるかこんなの! みたいな」その光景は、容易に想像できる。
「されたら泣く。レナたちにも頼んで、みんなで説得するの。それでサンドウィッチを作って! みたいな」
「そこはクッキーとかにしようよ。もっと女っぽいものを作らせる。それを写真に撮って、高校の卒業アルバムに載せてもらう。一生の記念」吉と出るか凶と出るか。
マリーはまたも天を仰いで笑った。
「いいわね、最高。夢にまで出てきそう」
「それはヤだな。なにが哀しくて夢でまであいつに会わなきゃならないんだ」
「あら、哀しい夢よりいいわよ。──あ。チョコ、食べられる?」
「食べられないことはないけど。食べないだけで」自分でも呆れるほど素直すぎる回答だった。そしてすぐ、彼女がバレンタインのことを言っているのだとわかった。
「あんまり甘いもの、食べないわよね。食べられるものってなに?」
「んー。それほど好き嫌いがあるわけじゃないから──なんでも」
彼女はまた顔をしかめる。「それ、いちばん困る答え」
「君の想像と勘に任せる。君がくれるものならなんでもいい。キライなものでも、君がくれるなら食べるし」
マリーの頬が赤くなる。だが、すぐになにかを考えるような表情に変わった。「じゃあ、甘くなさそうなチョコにする」
「うん」
「それでね、明日は放課後、アニタとセンター街に行く約束、してるの」
「じゃあ明日は学校だけだ」
「ごめんね」
「いや、俺も用があるから」とギャヴィン。マリーを送ったあとにと思っていたが、なんなら学校から直接、ジャックの家に行けばいい。彼も直帰するはずだ。「また家に帰って、暇になったらメールして。そしたら土曜、どうするか決めよ」
「うん」
ふいに、マリーが右耳に髪をかけた。
ギャヴィンが反応する。「ちょ、それ。ピアス。赤いの」
「うん? ああ、ジェニーがね、くれたの。なぜかひとつだけ。裏にあなたの名前の頭文字が入ってる」
ジェニー。赤。ジャック。頭文字。ひとつだけ。ジェニー。ジャック。赤。ひとつだけ。ひとつだけ。
そういうことか。そう思った次の瞬間、ギャヴィンは彼女から顔をそむけ、笑った。
当然彼女はぽかんとする。「ええ? なに?」
「ああ、ごめん。違う。そうじゃなくて」彼はカバンを探って小さな白い袋を出した。彼女に言う。「手、出して」
「うん?」
マリーが出した右手に、袋の中の赤いピアスを落とした。
「俺も今日、ジャックとジェニーにもらった。もう塞ごうかと思ってたんだけど」すっかり忘れていたのだが、このピアスもあのクソ女に触られている。「それ、裏側に“M”の文字が入ってる。マリーの“M”だって言ってた。ひとつはどっかに落としたっぽいとかって」
彼女はピアスと彼の顔を交互に見やった。
「ほんと? これ、ペアなの?」
「うん、たぶん。なんかよくわかんないけど、もともとはひとつのセットだったんだと思う」あのふたりが考えそうなことだ。
「──つけて、くれる?」
可愛い。「うん、つける。なんなら君がつけてくれてもいいけど」
「それは怖いから遠慮しておきます」




