SCENE 32 * RENA * With Rian
ライアンからのわけのわからない電話のあと、レナはすぐ彼に電話をかけなおした。だが繋がらなかった。苛立ちを募らせながらも電話をかけなおしていると、何度目かでやっと繋がった。呼び出し音が三回ほど鳴ったところでやっと、彼が電話に出る。
「なんだ」
その第一声もまた、意味がわからない。「あんたがなんなのよ。なんの嫌がらせよ」しかしなんの話をしていたのかを忘れた。
「ああ、気にするな。どうせ見えないから」と、ライアン。
「は? なにが? っていうかもう家に着いたの?」
「いや、まだ。今から帰るとこ」
「は? なにしてたわけ? どこにいんの?」
「お前の家の近くの公園。寂しい公園。電話で怒鳴ってたら、遊んでたガキにビビられて」
よくわからないが、レナは呆れた。だがすぐに、“勇気”という言葉を思い出す。
「──もう帰るの?」
「なに? 誘ってんの?」
なぜいちいちこういう言いかたなのだろう。「いい。気をつけてお帰りください」
ライアンは笑った。「だからさ。変に遠慮しなくていいっつってんじゃん。家ならともかく、近くに居んだから、来いっつーなら行くって。お前がしたがってることはできねえけど」
彼女はまたムカついた。なぜ素直に喜ばせてくれないのだろう。いや、べつにしたがってはいない。なにを言っている。「じゃあ来て。なんなら玄関の鍵開けとくから」
「はいはい」
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「レオが遊びに行った」
部屋のドアを開けるなり、ライアンが言った。レナはソファに座っていた。彼がくれたキーホルダー時計を、鍵の束につけていたところだ。
「ほんとに?」
彼はドアを閉める。「どういうこと? 受験生なのに。親もあと二時間半は帰らねえとか言ってたし。なにこの状況。嫌がらせ?」
ぶつぶつと文句を言いながら脱いだコートをソファに置くと、ライアンはベッドに寝転んだ。
「意味がよくわかんないんだけど」とレナ。
曲げた左肘に頭を乗せて彼女に言う。
「誰かいると思って来たのに。なんで誰もいないんだって話」
「誰もいないとまずいわけ?」
「オレはまずくない。けど迫られてもどうしようもできねえ。持ってないし」
彼女は納得した。「常に持ち歩いてる人かと思ってた」
「は? どんだけ変態だと思ってんだ。家にすらないわ。っていうかむしろ今はお前のほうが変態だぞ。あからさまに誘ってんだから」
笑える。鍵をテーブルに置き、レナもベッドへと向かった。ライアンの隣に寝転ぶ。彼と同じように自分の腕に頭を乗せた。
「これでもまずくないわけ?」
彼は鼻で笑った。
「ぜんぜん余裕。さすがにもう、そこまで猿じゃねえ」
「人を猿みたいに言わないでくれる?」そんなことを言いながらも、彼女は内心、ドキドキしている。だが彼はしていないのだろうなと思った。「あんたはドキドキしないの?」
ライアンは眉をひそめて視線をそらした。再び目を合わせる。
「ドキドキって、なに? どんな状態?」
「よくわかんないけど。心臓が速く動くの」どう言えばいいのかわからない。
彼は笑った。「悪い。ぜんぜんわかんねえ」
「いい」けれどいつか必ず、ドキドキさせてやる。「で、ピアスがなに?」電話を切ったあとで思い出した。
「気にするなっつったじゃん」
「気になる」
「お前のピアスは青ばっかりって話」
「青だけじゃない。ゴールドもある。っていうかジェニーにもらったのもゴールドだし」
「あっそ」ライアンは右手で彼女の髪を耳にかけ、左耳を出した。「──寝る時邪魔そうだよな、これ」
自分ばかりドキドキしている。「でもはずさない。大きいリングははずすけど。他ははずさない。せっかくもらったんだし。これくらいなら余裕」
微笑み、今度は頬に触れた。「お前、化粧したまま寝れる?」
「寝れるけど。寝るの?」
「眠くなってきた。お前に襲われる前に寝たほうが賢明かと」
どれだけ人を変態扱いすれば気が済むのだろう。「じゃあ寝る」
レナは大きなリングピアスをはずしてベッドヘッドの、レオがくれた可愛い目覚まし時計の隣に置いた。リモコンで照明を落としたライアンはそのあいだにシーツをかぶる。レナも頭までシーツをかぶった。
「いや、埋もれる意味がわかんねえ」
そう言いながらも、ライアンもシーツの中にもぐった。また曲げた左腕に頭を乗せる。
薄暗いシーツの中、彼女はクッションに頭を乗せている。だが手はどうしていいかわからず、クッションの下にはさんだ。
「まだちょっと明るいから、なんか寝顔見られんのイヤだし」
「なにその今さらな発想。ドキドキさせようとしても無駄だから。オレのそこらへんの神経は死んでるから。たぶん無理」
なぜかはわからないが苛立った。「じゃああんまりドキドキさせないでくれる? なんか自分だけそうなってるのがムカつくから」
「なに? こんなんでドキドキするわけ?」彼がまた彼女の頬に触れる。「こんなんとか?」
ムカつく。「おもしろがってる」
彼はまた微笑んだ。今度は頬に触れたままで顔を近づける。
「ここらへん? この、キスしそうでしない、みたいな距離?」
顔が近い。「今はムカつきのほうが多いんですけど」
「難しいな。じゃあ手」ライアンはクッションと頭のあいだにはさんでいた左手を、ふたりの肩のあいだまでおろした。彼女の手を呼ぶ。「左手」
レナの心臓は爆発しそうになっていた。「遠慮する」
「いや、照れなくていいし」
ムカつく。「私はおもちゃじゃない」
「はいはい」
おなかの前に置いていた彼女の左手を右手で掴むと、ライアンはなぜか彼女の目を見ながら、レナの指にキスをした。
彼女は硬直した。本気で、今にも爆発しそうだ。
だが彼は悪戯に微笑む。「こんなの?」
心臓の鼓動が速すぎて、本当に苦しい。そして当然、ムカつきもある。
なにも言えない彼女を見て、彼はまた笑った。
「顔、真っ赤」
ムカつくムカつくムカつく! 「バカ」
「お前のそれは、愛情が込もってんじゃなかったっけ」
「どうやったらあんたみたいに余裕ぶっこけるの?」
「さあ。まあ気にするな」彼は自分の右手にあった彼女の手を左手でつなぎなおした。また微笑んで彼女の頬に触れる。「お前は慣れるなよ」
もう無理だ。「どうせおもしろいからとか言うんでしょ」キスしたくてたまらない。
「そりゃな。っていうかもう寝るって。マジで眠い」
そういえばそんなことを言っていたか。「ん。すぐ起きてよ」
おそらく室温とは言わないのだが、シーツの中の温度が、とても心地いい。
「お前もな」
そう言うと目を閉じ、彼女と額を合わせた。今度はライアン、親指で彼女の指に触れる。
ドキドキとイライラが交錯していて、レナはわけがわからない状態に陥っている。「そんなことされたら寝れない」
「へえ。おやすみ」
その反応は、なんなのだろう。彼女も目を閉じた。「眠れなかったら起こすから」指を噛んでやろうか。
「起こすからには覚悟しろよ。オレの復讐は怖いぞ」
確かに怖そうだ。「怖いモノ見たさっていうのもある」
ライアンの右手はまだレナの頬にあり、親指はときどき、彼女の唇に触れている。
「後悔するのはお前。キスしたくてしょうがねえのにそれを我慢してんのもお前」
ばれている。でも、してしまうと止まらなくなりそうだ。「あんたはしたくないの?」
「眠い」
またムカついた。「してって言ったらしてくれるの?」
「なんで自分からしないのかがわかんねえ」
「寝るって言うから」それに、止まらなくなると困る。
「だからさ、したけりゃすりゃいいじゃん。お前が暴走してもお前ひとりならどうにかなるし。ヤるのは無理だけど」
よくそんなことを平気で言うなと、彼女は呆れた。なにがなんでもしたいというわけではないのだけれど。
「楽しみを週末までとっておきたいならおとなしくキスだけで我慢しろ。そんでいい加減寝かせろ」
彼がそう言うので、レナは質問を返した。「チョコいる?」
「お前をもらうからいい」
心臓が揺れ、彼女は思わず目を開けた。やばいやばいやばい。
と、ライアンが笑いだす。彼も彼女を見ていた。
「ありえねえ。こんなクサいセリフでトキメクか?」
せっかくやっと落ち着きはじめていた心臓の鼓動が、またも速く動きだしている。それで彼女はまたムカついた。
「自惚れんな」
「はいはい」
ライアンは上半身を起こした。右手でレナの顔を上に向かせ、キスをする。
深いキスを、一度、二度──三度。
唇が、離れる。
彼は微笑んだ。「満足?」
好きすぎて、泣きそうになっている。「足りない」
「ほら。こうなるからこっちからしなかったのに」
そう言ってまた、キスをする。けれどつないだ手は離したくなく、クッションの下にはさんでいた右手をどうにか出して、彼女は彼の頬に触れた。髪にも、耳にも──ピアス。
また、唇が離れる。
「終わり」と彼。
「なんで?」
「眠いから」
そうではない。レナは右手で、彼の髪を左耳にかけた。
ピアスがある。ゴールドの、自分がジェニーとジャックにもらったものと同じピアスだ。
「これ──」
無表情の彼の顔はまだ、近い。「ジャックとジェニーの仕業」
「え、意味わかんない。なんで?」
「ジェニーに訊けよ」
そういってまた、キスをする。
だがレナの頭の中は、ピアスのことで頭がいっぱいだった。もらったピアスはひとつしかなかった。失くしたと言っていた。もしかすると、ライアンのピアスがその片割れなのか? それなら、“R”の文字は?
唇が離れ、彼女はやっと意味を理解した。
「──そっちにも、“R”が入ってるの?」
彼が吐息をつく。「入ってる。お前にピアスのこと訊いたあと、電話であいつらに訊いた。ふたつでワンセットらしい。しかもジャックたちとギャヴィンたちと色違い。まさかのお揃い。なにこの謎。なんでこんなことに巻き込まれてんだか」
「──はずすの?」
「ジェニーがはずすなって言うから、はずさねえ」
ああ、ジェニー。大好き。「私、男だったら絶対、ジェニーに惚れてた」
ライアンは笑った。「オレとジェニーじゃ違いすぎんだけど」
「そうだけど。正直、ジャックに取られた気がしてたまに嫉妬が──」あったりなかったり。
「やっぱそっちの趣味があったのか」
「ないわよ。でもあんただって一緒でしょ、ジャック取られたみたいで寂しいくせに」
彼は微笑む。「いや、今はお前がいるからいいけど」
また心臓が揺れる。どうせ彼は、またからからかっているだけだ。
「バカ」
それしか言えず、左手で彼の顔を引き寄せ、彼女は彼にまたキスをした。
レナも、今はライアンがいるからいい、と思った。ジェニーとジャックのような、なぜか安定感のあるカップルには程遠く、ときどき、別の意味で嫉妬してしまう。けれどそれは羨ましいからで、理想のような気がするからだ。
この一ヶ月、自分はただ、彼を繋ぎとめる方法を探し続けるしかなかった。だけど今日、気持ちはちゃんとあるとわかった。しょっちゅう見下ろされている気がして、自分だけが空回りしている気がして、とてもムカつくけれど、それでもライアンが一緒にいてくれるうちは、ライアンを信じることにする。
ジェニーがついていてくれる。それだけで、とても心強い。




