SCENE 31 * JENNIE * With Jack
最近のジェニーは、ジャックとキスをするたび、“もっと近づければいいのに”と思ってしまう。
これは、欲張りなのか? 一緒にいられるだけで、話ができるだけで、手をつないでもらえるだけで、抱きしめてもらえるだけで、キスをしてもらえるだけで、じゅうぶん幸せなはずなのに、それ以上を求めてしまっている。
そしてそれ以上に最近は、週末のことを考え、ありえないほどドキドキしている。
唇が離れると、顔がまだ近いまま、ジャックが切りだした。
「──提案が、あるんだけど」
彼女の心臓はドキドキしている。「はい」
だが彼は顔をそむけた。「やっぱり、いい。ごめん」そして元の体勢に戻る。
ジェニーはきょとんとした。「なぜ? なに?」
「いや、さすがに」
「言って。気になるから」
「いや、これはだめ。さすがにだめ」
よくわからなかった。彼は照れている? 気を遣ってくれている?
──いつもジャックは、自分と同じことを考えてくれている。自分と、同じことを。
「──もっと、近く?」
彼は驚きの表情を彼女に向けた。
「どうして──」
彼女の心臓の鼓動が、どんどん速くなっていく。「私も、同じことを考えてたから」
「──ほんとに?」
「ほんと」と答え、ジェニーは頭をフル回転させた。どうすればもっと近づける? 恋人なら、ここでなにができる? 「──前に、座ってもいい?」
ジャックのことが、本当に好きだ。同じことを考えてくれているとわかるたび、いつも、胸が締めつけられるような感覚に陥る。気持ちが大きすぎて、とてもせつなくなる。
彼は照れながらも微笑んだ。「うん。ぜひ」
その微笑にまた気持ちを再実感したせいか、それ以上彼の目を見ていられず、ジェニーはつないでいた手を離した。立ち上がり、ジャックの脚のあいだに腰をおろす。もたれてもいいかと訊くまえに彼の腕がうしろからまわされ、背中が引き寄せられた。
ふたりの両手は彼女のおなかの上に乗った。彼女の両手は彼の両手に包まれる。ジャックはジェニーの左肩に、自分のあごを乗せた。
「──幸せ」
彼女は目を閉じた。今までよりも、ずっと近い。背中が温かい。寒いはずなのに、彼に近づけば近づくほど、寒くなくなる。
「うん、幸せ」
「しばらく、このまま」
「うん」本当は、ずっとこのままいたい。「でもいいの? 夢中で本を読んでたのに」
本が苦手だと言っていたのに、彼はいつも図書館につきあってくれる。
ジャックは笑った。「うん。ぜんぜん。持って帰りはするけど、たぶん読みもするけど、もう空も暗くなってきてるし、そしたら読めなくなるし。今はこっちのほうがいい」
嬉しい言葉だ。「じゃああなたがその本を読み終わったら、今度は私が読む」
「──いや、それは、やめたほうがいいかと」
「なぜ?」
「想像力がありすぎる人には、ちょっときついかと」
よくわからない。「あなたは? 想像力」
「ない」
きっぱりすぎる答えに、ジェニーは思わず笑った。「でもピアスのこと、マリーたちに気づいてもらって、笑ってもらえたらって言ったじゃない。あれは、想像力があってのことだと思うけど」
「んー、そこまで深くは考えてないかな。ただおもしろいかなと」
まさかの答えだったので、彼女はまた笑った。「私は色々、読んだわよ。難しい政治の話は無理だけど、想像力がかなり必要になるファンタジーから、泣ける恋愛小説まで。残酷な描写のあるサスペンスも読んだ。そこまで想像力が豊かってわけじゃないの。背景なんかを想像するのは特に苦手。ただどうにか登場人物を覚えていって、“こういう人がこう言ったんだな”、とか、“この人はこんなふうに泣いたんだな”っていう状況を想像するだけ。それだけでも楽しめる。いろいろな人の立場になって、いろいろ考えられるから」
「ああ、そうやって楽しめばいいのか。背景は絶対必要なものだと思ってた。ここの壁の色はこんなで、床の色はこんなで、周りはどんな景色で──みたいな。なんか、やたらと細かく書いてるの、あるし」
「うんうん、わかる。でも私は、誰がどういう行動を起こしたか、誰がなにを言って、それに誰がなんて答えたか、それでどうなったか。それだけあれば、じゅうぶん」
「だよな。映画とかでもそうだけど、そこまで背景に注目しないもん。セリフと登場人物の動きばっかりに注目してて。“マホガニーの机が”、とか、“ペルシャ絨毯が”、なんて言われても、はっきりと想像できないし。青だと思ってたものが、あとになって赤色として出てきたり。もうわけがわからない」
彼女はまたも笑った。「そうよね。さっきは色なんて書いてなかったじゃない! みたいな。今までのイメージが台無しになるの。せっかくイメージしたものをまた造りなおさなきゃいけなくて、泣きそうになる」とても楽しく、幸せな時間だ。「っていうか──」身体を傾け、ジェニーはジャックと視線を合わせた。顔が、近い。「けっこう読んだのね?」
彼が微笑む。「そりゃ、君と図書館に来てるわけだから。って言っても、最後まで読んだのはまだないけど。君を見てるだけでもいいんだけど、あんまり見てると怒られるし」
一緒に図書館に通いはじめた頃、ジャックは本を読まず、ずっとジェニーを見ていた。視線を感じ、ドキドキして、落ち着かず、本の内容がぜんぜん頭に入ってこなくなってしまうので、お願いだからなにか読んでと彼に頼んだ。
また頬を染め、彼女はまた前を向いた。
「だって、恥ずかしいじゃない」
ジャックは笑った。「楽しいんだ。なにかを読んでる途中でも、ふと君を見たら、泣きそうになったり嬉しそうな顔したりしてる。時々不満そうな顔したり、かと思えば照れたような顔したり。すごく楽しい」
彼はいつも、自分を見ていてくれる。「じゃあ今度、あなたがその本を読んでる時、私があなたをじーっと見てることにする」
「うん、やだ」
「ええ?」
「そんなことされたら、本どころじゃない。僕だって君を見る。にらめっこみたいになるよ」
ドキドキしてどうしようもないのに、安心する。「いいじゃない。今度する? 先に視線をそらしたほうが負け」
「んー。負けた時の罰は?」
「わからない。なにかある?」
「一週間、毎日ラブレターを書くとか」
彼女は笑顔になった。「いいわ、私、いくらでも書ける気がする」
「ほんとに? でも返事を書くのはだめだよ。罰ゲームじゃなくなるから。もらいっぱなし」
「え、じゃあだめ。もらいっぱなしなんてだめ」
「でもにらめっこなら勝つ自信はあるよ。だから君が毎日ラブレターを書くことになる」
「ほんと?」ジェニーには勝つ自信などなかった。「なら、便箋をたくさん用意するわ。たくさん書く」ラブレターのような日記なら、毎日書いている。「あなたに伝えたいこと、たくさんあるもの」きっと、便箋を五枚使っても足りない。
「うん。僕も同じ」
ジャックの両手が彼女の両手の下で広げられ、ジェニーはそこに自分の指を絡めた。ぎゅっと握られ、彼女も返した。
「ジェニー。ほんとに好き。どうしようもないくらい」
胸がまた、締めつけられる。とてもとても嬉しい言葉だ。
「私も、好き。好きすぎて、どうしようもない。ほんとに好き。大好き」
ジェニーが本当に言いたい言葉は、十七歳という年齢には早すぎる言葉だ。
とても身近にあって、なのにとても遠くにある。他にどんな言葉を使えば、すべてを伝えれるのだろう。




