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EVERY STEP  作者: awa
32/68

SCENE 31 * JENNIE * With Jack

 最近のジェニーは、ジャックとキスをするたび、“もっと近づければいいのに”と思ってしまう。

 これは、欲張りなのか? 一緒にいられるだけで、話ができるだけで、手をつないでもらえるだけで、抱きしめてもらえるだけで、キスをしてもらえるだけで、じゅうぶん幸せなはずなのに、それ以上を求めてしまっている。

 そしてそれ以上に最近は、週末のことを考え、ありえないほどドキドキしている。

 唇が離れると、顔がまだ近いまま、ジャックが切りだした。

 「──提案が、あるんだけど」

 彼女の心臓はドキドキしている。「はい」

 だが彼は顔をそむけた。「やっぱり、いい。ごめん」そして元の体勢に戻る。

 ジェニーはきょとんとした。「なぜ? なに?」

 「いや、さすがに」

 「言って。気になるから」

 「いや、これはだめ。さすがにだめ」

 よくわからなかった。彼は照れている? 気を遣ってくれている?

 ──いつもジャックは、自分と同じことを考えてくれている。自分と、同じことを。

 「──もっと、近く?」

 彼は驚きの表情を彼女に向けた。

 「どうして──」

 彼女の心臓の鼓動が、どんどん速くなっていく。「私も、同じことを考えてたから」

 「──ほんとに?」

 「ほんと」と答え、ジェニーは頭をフル回転させた。どうすればもっと近づける? 恋人なら、ここでなにができる? 「──前に、座ってもいい?」

 ジャックのことが、本当に好きだ。同じことを考えてくれているとわかるたび、いつも、胸が締めつけられるような感覚に陥る。気持ちが大きすぎて、とてもせつなくなる。

 彼は照れながらも微笑んだ。「うん。ぜひ」

 その微笑にまた気持ちを再実感したせいか、それ以上彼の目を見ていられず、ジェニーはつないでいた手を離した。立ち上がり、ジャックの脚のあいだに腰をおろす。もたれてもいいかと訊くまえに彼の腕がうしろからまわされ、背中が引き寄せられた。

 ふたりの両手は彼女のおなかの上に乗った。彼女の両手は彼の両手に包まれる。ジャックはジェニーの左肩に、自分のあごを乗せた。

 「──幸せ」

 彼女は目を閉じた。今までよりも、ずっと近い。背中が温かい。寒いはずなのに、彼に近づけば近づくほど、寒くなくなる。

 「うん、幸せ」

 「しばらく、このまま」

 「うん」本当は、ずっとこのままいたい。「でもいいの? 夢中で本を読んでたのに」

 本が苦手だと言っていたのに、彼はいつも図書館につきあってくれる。

 ジャックは笑った。「うん。ぜんぜん。持って帰りはするけど、たぶん読みもするけど、もう空も暗くなってきてるし、そしたら読めなくなるし。今はこっちのほうがいい」

 嬉しい言葉だ。「じゃああなたがその本を読み終わったら、今度は私が読む」

 「──いや、それは、やめたほうがいいかと」

 「なぜ?」

 「想像力がありすぎる人には、ちょっときついかと」

 よくわからない。「あなたは? 想像力」

 「ない」

 きっぱりすぎる答えに、ジェニーは思わず笑った。「でもピアスのこと、マリーたちに気づいてもらって、笑ってもらえたらって言ったじゃない。あれは、想像力があってのことだと思うけど」

 「んー、そこまで深くは考えてないかな。ただおもしろいかなと」

 まさかの答えだったので、彼女はまた笑った。「私は色々、読んだわよ。難しい政治の話は無理だけど、想像力がかなり必要になるファンタジーから、泣ける恋愛小説まで。残酷な描写のあるサスペンスも読んだ。そこまで想像力が豊かってわけじゃないの。背景なんかを想像するのは特に苦手。ただどうにか登場人物を覚えていって、“こういう人がこう言ったんだな”、とか、“この人はこんなふうに泣いたんだな”っていう状況を想像するだけ。それだけでも楽しめる。いろいろな人の立場になって、いろいろ考えられるから」

 「ああ、そうやって楽しめばいいのか。背景は絶対必要なものだと思ってた。ここの壁の色はこんなで、床の色はこんなで、周りはどんな景色で──みたいな。なんか、やたらと細かく書いてるの、あるし」

 「うんうん、わかる。でも私は、誰がどういう行動を起こしたか、誰がなにを言って、それに誰がなんて答えたか、それでどうなったか。それだけあれば、じゅうぶん」

 「だよな。映画とかでもそうだけど、そこまで背景に注目しないもん。セリフと登場人物の動きばっかりに注目してて。“マホガニーの机が”、とか、“ペルシャ絨毯が”、なんて言われても、はっきりと想像できないし。青だと思ってたものが、あとになって赤色として出てきたり。もうわけがわからない」

 彼女はまたも笑った。「そうよね。さっきは色なんて書いてなかったじゃない! みたいな。今までのイメージが台無しになるの。せっかくイメージしたものをまた造りなおさなきゃいけなくて、泣きそうになる」とても楽しく、幸せな時間だ。「っていうか──」身体を傾け、ジェニーはジャックと視線を合わせた。顔が、近い。「けっこう読んだのね?」

 彼が微笑む。「そりゃ、君と図書館に来てるわけだから。って言っても、最後まで読んだのはまだないけど。君を見てるだけでもいいんだけど、あんまり見てると怒られるし」

 一緒に図書館に通いはじめた頃、ジャックは本を読まず、ずっとジェニーを見ていた。視線を感じ、ドキドキして、落ち着かず、本の内容がぜんぜん頭に入ってこなくなってしまうので、お願いだからなにか読んでと彼に頼んだ。

 また頬を染め、彼女はまた前を向いた。

 「だって、恥ずかしいじゃない」

 ジャックは笑った。「楽しいんだ。なにかを読んでる途中でも、ふと君を見たら、泣きそうになったり嬉しそうな顔したりしてる。時々不満そうな顔したり、かと思えば照れたような顔したり。すごく楽しい」

 彼はいつも、自分を見ていてくれる。「じゃあ今度、あなたがその本を読んでる時、私があなたをじーっと見てることにする」

 「うん、やだ」

 「ええ?」

 「そんなことされたら、本どころじゃない。僕だって君を見る。にらめっこみたいになるよ」

 ドキドキしてどうしようもないのに、安心する。「いいじゃない。今度する? 先に視線をそらしたほうが負け」

 「んー。負けた時の罰は?」

 「わからない。なにかある?」

 「一週間、毎日ラブレターを書くとか」

 彼女は笑顔になった。「いいわ、私、いくらでも書ける気がする」

 「ほんとに? でも返事を書くのはだめだよ。罰ゲームじゃなくなるから。もらいっぱなし」

 「え、じゃあだめ。もらいっぱなしなんてだめ」

 「でもにらめっこなら勝つ自信はあるよ。だから君が毎日ラブレターを書くことになる」

 「ほんと?」ジェニーには勝つ自信などなかった。「なら、便箋をたくさん用意するわ。たくさん書く」ラブレターのような日記なら、毎日書いている。「あなたに伝えたいこと、たくさんあるもの」きっと、便箋を五枚使っても足りない。

 「うん。僕も同じ」

 ジャックの両手が彼女の両手の下で広げられ、ジェニーはそこに自分の指を絡めた。ぎゅっと握られ、彼女も返した。

 「ジェニー。ほんとに好き。どうしようもないくらい」

 胸がまた、締めつけられる。とてもとても嬉しい言葉だ。

 「私も、好き。好きすぎて、どうしようもない。ほんとに好き。大好き」

 ジェニーが本当に言いたい言葉は、十七歳という年齢には早すぎる言葉だ。

 とても身近にあって、なのにとても遠くにある。他にどんな言葉を使えば、すべてを伝えれるのだろう。

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