SCENE 30 * JACK * With Jennie With Rian
ジャックはウェスト・ランドにある図書館にいた。
ジェニーが本を探す傍らで、彼は“フェイト”という題名の本を見つけ、手にとってぱらぱらとめくった。プロローグと適当に開いたページを読んだ限りではあるものの、内容はほとんど知らないものの、おそらく間違いないと思った。昔、ライアンがドラマで観たものだ。“運命”をテーマにした、ライアンがそれを信じるきっかけになったドラマ。
ジャックはジェニーと交際するまで、文字ばかりの本をまともに読んだことがなかった。今は彼女につきあってよく本を手にとるが、それでも最後まで読みきったものはない。けれど、これなら読めるかもしれない、と彼は思った。そしてそれを借りた。
本を借りたふたりは、外に出て懐かしい場所に腰をおろした。去年、交際がはじまるまえ、はじめて学校外でひとりでいるジェニーを見つけ、ジャックが声をかけた場所だ。寒いのを承知でそこへ向かったのは、ライアンやギャヴィンから電話があるからかもしれない、という理由からだった。
あとで適当に答えておく、とジャックは言ったのだが、もし電話があればちゃんとあやまりたいと言ってジェニーが折れなかった。彼は巻き込んだことを後悔した。自分と違って、ジェニーは芯からいい人間だ。嘘をついたことで、きっと罪悪感を感じている。よく考えもせずに嘘につきあわせたことを、彼は申し訳なく思った。
腰をおろした場所で背後にあるイチョウの木にもたれ、脚を立てて借りた本を開く。ラブロマンスの本を借りたジェニーも同じ体勢だった。
ジャックはもう一度、プロローグから読むことにした。まずはセリフだけではじまる。
夢を叶え、三年後に再会──運命で繋がっている。
ライアンの信じる“運命”が、ここにある。
本編に入ると、読んでいる行を指で確かめながら、ジャックはゆっくりと読み進めていった。
プロローグは、“イヴ”がみた夢だった。過去の幸せ。終わった恋。娼婦。ボーイ。──遊郭。こういうものは、想像力が必要になる。ジャックにはそれほどなかった。それは彼自身も自覚している。──これは、また過去? 帰郷の連絡。性犯罪の増加──遊郭が国の支え?
気づけば彼は、食い入るように読んでいた。
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突然本の前にジェニーの顔が現れ、ジャックははっとした。
彼が我に返ったことに気づき、彼女は苦笑いながら顔をひっこめた。
「真剣すぎ」
本の世界に入っていた彼の脳内は、一気にジェニー色に染まった。「ごめん。呼んだ?」
彼女はいつのまにか、木にもたれているのではなく、両脚を寝かせて彼のほうを向いている。「ええ。五回は呼んだし、三回は腕をつついたと思う。でも気づかなかった」
最悪だ。「ごめん」
ジェニーは笑った。「私はいいんだけど。今は鳴り止んでるけど、電話が鳴ってたの。──ほら。また」
彼のジーンズのポケットの中で携帯電話が鳴っている。まったく気づかなかった。それを出し、画面を確認した。
「ライアンだ。きた」
そして開いたままの本をカバンの上に伏せた。
「きた」と言った彼女は彼に寄り添うよう座りなおした。いつも以上に近い距離だ。腕が、脚が触れている。「スピーカーフォンにできる?」
ジャックはバカになっている。「できなかったら、この状態でいてくれる?」
彼女が照れ笑う。「できてもできなくても、この状態でいるから。本が読みにくくなければ」
バカが暴走をはじめた。「キスしていい?」
「したい。でも、すぐに電話に出なきゃだめよ」
「わかってる」
携帯電話を左手に持ち替え、ジャックはジェニーにキスをした。
先週日曜の夜、彼女に電話をもらってから、正直なところ、週末が待ち遠しくてしかたなかった。あれだけ大きかった不安や恐怖が、もちろん消え去ったわけではないのだが、それよりも、ずっと一緒にいたいという気持ちのほうが、どんどん大きくなっている。おそらく彼女も不安を感じているだろうものの、それでも、同じように思ってくれている気がする。と、ジャックは思っていた。
唇が離れる。ジェニーの頬は、ピンクに染まっていた。
「──電話。出て」
「ん」
彼は右手で、彼女の手を握った。スピーカーフォンになるようにして電話に応じ、携帯電話を立てた右脚で支える。
第一声から、ライアンは怒っていた。「遅いわ!」
彼らは思わず顔を見合わせ、苦笑った。
ジャックが言う。「ごめん。どうした?」
「どうした? じゃねえから。あのピアスはなに? なんのおせっかい? 裏側のあれ、オレの頭文字のつもりじゃねえだろ。絶対違うだろ」
どうやらばれたしい。「気づいてくれて嬉しい。レナと見せ合いっこした?」
ライアンは不機嫌だ。「は? してないわ。さっきまで一緒にいたけど、そん時は忘れてて、電話して訊いたの。けどあいつには言ってない。電話切ってすぐお前に電話したから」
レナの誕生日当日だというのに、その帰宅の早さにジャックは驚いた。
「ごめんね、ライアン」ジェニーが言った。「嘘ついてごめんなさい。でも、どうしてもふたりにつけてほしかったの。お願い、はずさないで。レナにも明日、ちゃんと言うから」
「──はずしはしないけどさ。面倒だし。でもあれ、なんなの?」
「私たちね、ピアスを買ったの。あなたたちと色違いで。それをふたりで分けた。それであなたたちと、マリーとギャヴィンにも渡そうかって。裏の“R”もそうだけど、表にも好きな言葉を入れられるってお店の人に言われて。それで、言葉を入れてもらった。読みかたはわからないけど、どこかの国の象形文字だって」
「──なに、入れたの?」
おそらくわかっているな、とジャックは思った。「お前が好きな言葉。お前の信条」
「アホ!」
大声でそう言うと、ライアンは一方的に電話を切った。ジャックと顔を見合わせると、ジェニーは不安そうな顔をした。
「大丈夫かな」
「大丈夫。あれは照れてるだけだから。素直なんだか素直じゃないんだか、よくわかんない奴なんだ。照れた時は特に、とりあえず怒ればいいと思ってる(バカだから)」
彼女が苦笑う。「明日はずしてたら、怒ろうね」
「うん」ジェニーも関わっているのでおそらく、それはしないと思うが。そしてこっちのバカの暴走も止まらない。「もう一回、キスしていい?」
ジェニーはやはり、頬を染めて微笑んだ。「もちろん」
そしてふたりはまた、キスをした。
バカは、欲張る。
「──提案が、あるんだけど」




