SCENE 02 * JENNIE * Girls Talk
ジェニーは自分の顔を覆っていた両手をおろし、脚の上で握り合わせた。それでも目は閉じたまま、顔も上げられなかった。
「すごく大事にされてるのはわかる。私が彼を大事にしてるように、彼も私をすごく大事にしてくれてる。いつもやさしくて、好きってたくさん言ってくれて、抱きしめてくれて、ほんとに、すごく幸せ。でも、私はなにも返せてない気がする。もちろん好きって、言える時は言ってる。けど、彼は突然言ってくれる時があって、返せない時があるの。ドキドキして、すごく嬉しいのに、言えない時がある。私も、ジャックをもっと知りたいって思う。三ヶ月とちょっと、つきあって、もちろん知らなかった面をいろいろ、知りはしたんだけど」
そう話しながらも、彼女はなぜか泣きそうになった。それでも続けた。
「なんか、欲張っちゃって──もっともっと彼のこと、知りたくて。それにもっと、伝えたい。抱きしめてキスして、いくら言葉で伝えても、それでも私の気持ちには、足りない気がする。それ以上に好きなの。それをちゃんと伝えたいのに、方法がわからない」
好きすぎて、どうすればいいのかがときどき、わからなくなる。
彼女が言い終えると、少々の沈黙が室内を包んだ。それをレナがつぶやきで破る。
「──なんか、ごめん」
マリーもあやまった。「私も、ごめん」
目に浮かんだ涙を拭き、ジェニーは顔を上げた。
「どうして、あやまるの?」
レナが答える。「だって私、そこまで考えたことなかった。なんていうかそういうの、なにかを伝えるっていうか、それもあるんだろうけど、ライアンのことはともかく、はじめての時だって、確かに好きだったけど、そこまで真剣に考えてなかった。大人になれるんじゃないかとか思ってただけで、けっきょく流されただけのような気も──」
マリーも苦笑う。「私も、流されただけっていうのはあったかも。つきあってればそうなるものなんだろうなって思ってたし、もちろんあんなアホ男でも、最初は好きだったんだけど。彼が喜んでくれるんならと──」
流されて、というのも、ジェニーにはよくわからない。
レナは立ち上がり、彼女の右隣に腰をおろした。左手で彼女の髪を撫でる。
「ようするに、ジャックはそんな雰囲気すら作らないわけね。さすが」
それもわからない。雰囲気とは、どんな状況を言うのだろう。
マリーもレナに続くよう彼女の隣に座った。
「なんかあれだよね。女から誘うのって、すごく気まずいっていうか」
「よね」レナはミュールを脱ぎ、ソファに脚を立てた。それを両手で抱える。「私も最初こそ煽ったけど、あのピクニックの時日以来、ないもの。ホテルに行くようなこともしない。誘われもしない。何度かふつーにうちに遊びにきたけど、あいつ、弟とばっかり遊んでるし──」
「なんか、なんだんだろ、男って。人それぞれすぎなんだと思うんだけど」
マリーが呆れたように言うと、レナは苦笑った。
「まあ、カラダ目当てじゃないっていうのは嬉しいんだけど。でもライアンなんか、相変わらず好きとか言わないし。それでいいって私が言ったんだけど。もうなんか、どうしていいかわからない」
ジェニーが口をはさむ。「今も、好きって、言わないの?」
つきあう時、レナが彼にそう言ったというのは聞いた。
「言わない。私も、急かしちゃ悪いと思って言わないし。たぶん、好きの基準がまだ、よくわからないんだと思う。私はもう、はっきり好きって言えるんだけど」
好きの、基準。
「好きの基準は難しいね」マリーが言う。「ギャヴィンは言ってくれるけど。でもなんか、ものすごく気遣われてる気がするし。アホ男とのことも知ってるから、よけいだとは思うんだけど。確かに私も、つきあいはじめてまだ一ヶ月だし、早いとは思うんだけど。なんか時々、こっちの気持ちだけが空回りしてるような気がして──」
「そう」同意すると、レナはミュールに足をおろし、彼女たちのほうに身体を向けた。「なんかね、ジェニーはともかく、こっちはもう、経験済みなわけじゃない。大切にされてるんだとしたらそれは嬉しいんだけど、その反面、昔の相手がアホ男だった場合なんかは特に、その思い出をさっさと今の彼氏に埋めて欲しい気もするわよね。って、私はもうしちゃったわけだけど。それだってなんか、一度したあとで手出されないと、なんか悪かったのかなって不安になるっていうか──」
「ああ、わかる!」大いに同意し、マリーも彼女のほうへと身体を向けた。「まえの男が手出すの早かった場合とか、それがあたりまえだと思ってるから、そこまで気遣われなくてもいいのにって思う。なんか大切にされてるぶん、一応はそういうの経験してるから、なんかダメなのかなって思ったり──」
あいだにはさまれ、ジェニーはかたまっている。
だがレナも言う。「そうそう! 大切にされてるぶん、自信がなくなる。やっぱりそこでもジェニーとの考えかたの違いなのかもしれないけど、そういうのがあたりまえだと思っちゃうと、ないのが逆に不安になるのよね。もちろん毎日とかはイヤだけど、せめて二週間に一回くらいは、うちなんか特に、好きって言われないぶん、代わりになにか──って、思うんだけど──」突然勢いを落とし、レナはジェニーの右肩に頭をあずけた。「せつない」
やはり続くように、マリーも彼女の左肩に頭をあずける。
「うん。せつない。寂しい」
ジェニーは反応に困っている。
「寂しいわよね。なんか、このままでも楽しいし、幸せだけど、やっぱりそんなに好きじゃないのかなって。だからってあんまりあからさまに誘うと、好きモノみたいだし」
ジェニーはなにも言えない。思考回路すら、ほとんど停止している。
マリーが答える。「うんうん。家にすら遊びに行ったことがないのに、まさか突然泊まりに行っていい? なんて言えるわけないし。ホテルに誘うなんてさすがに無理だし。そういうことをしたいってわけじゃなくて、少しでもアホ男の思い出を消しちゃいたいっていうか、本物の恋人になりたいっていうか。もちろん今も本物なんだろうけど、確かなものがほしいっていうか」
ジェニーは石になっている。
「うんうん。なのにキス以上のことがないって。どんなのよ。なんで私とつきあって突然、健全な男になるんだっていう。意味がわからない」
マリーは苦笑った。「まさかライアンがそうなるとは思わなかった。手早いって自分でも言ってたし」
「私も聞いた。昔は気持ちがなくてもできたらしいし、好きじゃなくてもいいって言ったものの、無理やり彼氏にした感じだし、やっぱり自分じゃダメなのかなって不安になる」
「だよね。もう、どうすればいいかわかんない」
ジェニーは石になっているが、顔は真っ赤になっている。