SCENE 19 * GAVIN * With Marrie
ウェルス・パディの住宅街──もう少しでマリーの家に着くという時、マリーが切りだす。
「ごめんね、送ってもらっちゃって」
「んーん。ジャックの家行くし」と、ギャヴィン。ついに言ってしまったと後悔した。
「ジャックの? 今から?」
「うん」避妊具を注文するために。「っていうのもあるけど、長く一緒にいたかったし」さすがに苦しい言い訳だ。いや、本音ではある。だがなにをしに行くかなど、さすがに言えるわけがない。
「そっか」ふいにマリーが立ち止まる。「笑わない?」
内容によりますが。「うん」
「ときどき、男の子の友情が、っていうか私が知る限り、そんなにいないんだけど。あなたやライアン、ジャックの友情が、すごく羨ましくなる。私はあなたたちと違って、男女かまわず友達が多いほうじゃないし、しかもなんでも話せる友達っていうのも、そういない。しかもライアンたちのほうが、あなたのことに詳しいわけじゃない。それが時々、すごく妬ける」
苦笑いながら言い終えた彼女の言葉に、ギャヴィンは胸がしめつけられる思いがした。自分も、同じようなことを考えていた。
右手で、彼女の頬に触れる。
「もっと早く会えてたらって、何度も思った。ライアンやジャックみたいに、君と中学が同じだったらって」
そうすればもっと、純粋な自分のまま、マリーを好きになれていたかもしれない。
「もっと近くに住んでたら、もっと長く一緒にいられるかもしれないのにって」
平日だろうと、夜中だろうと、会いたい時に会えたかもしれないのにと。
頬を赤くしたものの、マリーも彼の右手に自分の左手を添えた。
「私も、同じこと考えた。何度も何度も。センター街のバス停で、あなたに“また明日”って言うたび。送ってもらった時、家に入って、二階の部屋に駆け込んで、部屋の窓を開けて、あなたのうしろ姿を見送るたび。十二時間もすれば学校であなたに会えるのに、それでもその時間が、すごく長い気がする。家が目の前か隣にあったとしてもきっと、同じこと考える」
やはり彼女は、同じことを考えていてくれる。
たまらずギャヴィンは、両腕で彼女を抱きしめた。
「──もっと言えば、クラスが違うのでさえムカつく。つながってはいるけど校舎違うし、ライアンたちは隣なのに、こっちはクラス離れてるし。あの徒歩数分の距離さえムカつく。壁なんかぶっ壊せって思う」本当に病的だ。
彼女も笑い、彼の背中に腕をまわす。
「わかる。放課後のLHRなんかなくなっちゃえばいいのにって思う」
「思う。先生たちも、課題考える暇があるなら普段使わない教室の隅っこの掃除でもしてろって。チョークの粉集めてリサイクルチョーク錬金してろって」
「そうそう。学校中の傘立ての傘、ぜんぶ綺麗にまとめなおしてよ、みたいな」
「うんうん。なんなら中庭やグラウンドの雑草抜きもしてろって。そんで倉庫の中のボール類ぜんぶ、新品同様になるまで拭いてろって」
マリーはやはり笑った。「やっぱりだめ。あなたにはかなわない。それだけポンポン出てこない」
「よくわかんないけど、褒められてる?」
「そうよ。すごく褒めてる。あなたといると、私も楽しい」
嬉しい言葉だ。
彼女は顔を上げた。
「もう行かなきゃ。ジャックのとこ、行くんでしょ?」
ギャヴィンはそこに額を合わせた。
「うん」ときどき、変な意地が、すべてあほらしく思えてくる。「その前にキスするけど」
「こういう時、キスしたあとも寂しくなる」
わかる。「じゃあやめとこうか」
「やだ。やめない」
「大丈夫。やめるって言われても、やめない。これだけは」
目を閉じて、ギャヴィンはマリーにキスをした。
正直、今日センター街の橋の下でしたようなキスをすると、歯止めが効かなくなりそうで、まずい。
その先の行為を、あれほど汚いと思っていた行為を、気持ちなどなくても、相手さえいればできてしまうことに気づき、憎いとさえ思ったあの行為を、マリーとしたいと思ってしまうあたり、やはり、男の本能というものはどうしようもないものなのだと思う。
もちろんそれだけではなく、言葉やキス以上に、確かなものが欲しいというのもある。好きだから、もっと触れたいと思う。ジャックが言っていた言葉の意味は、わかる。
ただ、やはり怖くもある。もしそうなった時、あのクソ女のことを思い出すのではないかとか、ちゃんとできるのかとか、そういうのが、とても怖い。
これは、自分自身の問題だ。
それでも、もしうまくいかなかったとしても、マリーなら、ちゃんと話せば、わかってくれるような気がする。




