SCENE 18 * RENA * With Rian
──ポケット。
レナは思わずライアンの顔を見た。だが彼は相変わらず上を向き、目を閉じたままだった。
「歩く時は無理だけど。座ってる時はできるだろ」と、ライアン。
彼女は唖然としていた。さらっとすごいことを言っている。いや、すごいわけではないか。いや、なんだかわからないけれど、とにかく、なぜそれがあたりまえのように言えるのだろう。
「──十。九」
突然はじまったそれに、レナはぽかんとした。「なに?」
「六。カウントダウン。四」
そんなこと、言われても。「入れろとか言われて、簡単にできるほど、簡単じゃ、ない」もう、時間切れだ。
カウントを止め、彼が彼女の視線を受け止める。
「──“簡単じゃない”、の、意味がわかんねえ」
──だから。だから。「──軽く、ない」唇が震える。わけがわからない。
「うん、意味わかんねえ」
レナは自分でもよくわからなかった。自分がなにを言っているのかがわからない。だがそれ以上に、わからないものがある。
「勝手にはできない」
自分はまだ、ライアンの気持ちを、ちゃんとは知らない。
一度悩んだ表情でそらした視線をまた彼女に戻すと、彼は右手を出した。
「ほら」
レナは思わず、泣きそうになった。
わけがわからなくて、それでも、左手で、その温かく、大きな手を握った。
「もうちょいこっちこい」
本当に、わけがわからない。言われるまま、視線をそらしたまま、無言で彼との距離を詰めた。腕が、脚が、密着する。つないだままの手が、ライアンのコートのポケットの中に入った。ありえないほど温かい。ポケットの中、指先がなにかに当たる。おそらくカイロだ。
「気づいた? カイロ」ライアンが言った。
レナはむかついた。「だから出さないわけね。手」
やはり彼は笑う。「そりゃな。もったいないし。寒いし」
なんというか、いろんな意味でむかつく。
「メグのもらってたんだけど、それじゃ足りないし。だから大量に箱買いしてやった」
ありえない。「子供か」
「子供だし。まだ十七歳だし」
彼女は鼻で笑った。
「あんたの精神年齢、っていうか女口説き年齢、二十三くらいでしょ」
なによりいちばんムカつくのは、彼のような男を好きになりすぎていることだ。
「は? 意味わかんねえ」
「寒がりかたがおっさんだって言ってるの」
けれど、焦らないことにした。
「はあ? 口説き年齢がなんで寒がりかたになってんだよ。しかも二十三ておっさんじゃねえし。大人だし。大卒だし」
おそらく、やはり、気持ちは、ある。
「じゃあ訂正する。三十くらい」
約束の期限まで、あと一週間ある。
「へー。そういうこと言うか。せっかく誕生日プレゼント、考えたのに」
「なに?」
「ムカつくから言わない。しかももう帰る」
「は?」
「帰るから手離せ」
そう言いながらもライアンは、自分から手を離そうとはしない。それがまたムカつく。
「イヤ」
脚をおろしてつないだままの手をポケットから出し、彼は彼女のほうを向いた。
「んじゃ、前払いしてやる」
そう言うと、ライアンは断りもなく、また勝手に、レナにキスをした。
手をつないだままの、たった五秒の、フレンチキス。
唇が、離れる。
「──お前、キスする時、目閉じないの?」
それは以前、彼女が彼に言ったセリフだ。
「──突然すぎて、閉じる暇なんか、ない」
ドキドキが、止まらない。
彼が微笑む。「んじゃ、目閉じろ」
彼は、いつも偉そうだ。「目閉じたらしないとか、そんなバカなことはしないわよね」
「しないから。早くしろ」
言いかたがムカつく。けれどレナは信じることにし、目を閉じた。
すぐにまた、唇が重なる。
それもやはり五秒ほどの、ただのフレンチキスだったのだが、それでもその一秒一秒が、とても長く感じた。
ムカつくのに、とても好きになっている。いつのまにか、本当に彼のことを好きになっている。
「──お前の、誕生日。放課後、空けとけ」
嬉しさから、レナは笑った。「うん。私の友達はやさしいから、そんな野暮なことはしないみたい。当然あんたとデートだって思ってるらしいの」
彼が顔をしかめる。「──デートってなに? ヴィレを手つないで歩くとか?」
「そう。そういうのを、あんたと私がすると思ってる」
「──したいの?」
したくないと言えば、嘘になる。「いらない。今はこれだけでじゅうぶん」
今度はレナから、ライアンにキスをした。
今日はこれだけで、じゅうぶん幸せ。