SCENE 17 * RENA * With Rian
ローア・ゲートからセンター街まで戻ったレナは、ライアンとレオと三人で遅めの昼食を食べ、その後センター街にあるサイクルショップで荷台のついた自転車を買った。なぜかそれはレオが乗って帰ると言いだしたので、彼女はライアンとふたりでバスに乗り、ハーバー・パディまで帰ってきた。
けれどコンビニにも行かず、寒いのに、ずっと──もう二時間くらい、ハーバー・ストリートの裏手にある川沿いのボードウォークのベンチに座っている。空はすっかり薄暗くなっていて、すぐ上にある橋を通る車や人はたくさんいるものの、ボードウォークにひと気はなく、彼女たちの会話もほとんどない。あってもすぐ終わる。今日レナはジーンズを履いているので、寒さはまだマシなのだが。
「ねえ。いつまでこうしてる気?」ベンチに立てた脚を両手で抱えたまま、レナが言った。「もう二時間近く、ここにいるんですけど」
ちなみに、ライアンが手をつないでくれていたのは電車の中だけだ。電車を降りるまえというか、席を立ち上がる時に強制的に離された。すぱっと。
彼女の左隣に座っているライアンは、ベンチの端、ぎりぎりのところに両脚を立てている。体勢が変だ。脚を落とせばすぐに崩れ落ちそうな状態になっている。いつもどおり、手はコートのポケットの中にある。
彼が質問を返す。「帰りたい?」
またか、と思ってレナは呆れた。「さっきもそれ言った」
「だってお前、答えねえもん」
意味がわからない。気持ちを訊く、などという約束を、自分からジェニーとマリーにとりつけたのに、けっきょく、訊いていいのかどうかすらもわからない状態だ。訊いてはいけない気がする。少しかもしれないけれど、気持ちはちゃんとある気がする。それに、訊けばまた怒らせるかもしれない。それはイヤだ。
だがその反面、こうやって話さない時間があると、それがふたりきりの時に起きると、どうしようもなく不安にもなる。
ジェニーは昨日、約束を果たしたらしい。そうメールが届いた。さすがだと思った。彼女とジャックのあいだには、自分たちにもわかる絆がある。二ヶ月のハンデなどではない。彼女は詮索されるのが苦手で、具体的なことは知らないけれど、つきあうまえから、ふたりの気持ちはお互いのほうを向いてたのだと思う。それがつきあうことになって、それから今までの二ヶ月という時間で、強く強くなったのだと思う。
マリーも、今日はデートだと言っていた。今日か、もしくはそのうち、約束を実行するだろう。彼女も芯は強い。ギャヴィンも、彼女のことを大切にしている。自分にもわかる。
問題はこっちよ。なにこいつ。なんなのこいつ。なんでこんなに人の気持ちを上げ下げできるわけ? 意味がわからない。私をやたら惚れさせまくってどうする気よ。バカじゃないの?
「──来週」
ライアンが突然切りだしたのでレナははっとし、いつのまにかうつむいていた顔を上げた。
「誕生日、なんか欲しいもんある?」
彼女の心臓が、大きく揺れた。思ってもみない言葉だった。
ええと。ええと。ええと?
視線を合わせないままライアンが笑う。「はい。時間切れ」
レナはぽかんとした。「は? 考える時間もないの?」
「ない」
そう答えると目を閉じて頭をベンチの背にあずけ、上を向いた。
少々むっとし、彼女も顔をそむける。
「平日だしね。学校あるし」
以前、高校の同級生であるベラが言っていた。誕生日が平日で、という友人のぼやきを聞いた彼女は、なら学校や会社は誕生日休暇をつくればいいよね、と言っていた。今なら両手を挙げて賛成できる。それも校内からひとりかふたり、道連れ休日にできる、というシステムにするのはどうだろう。いや、本気で。
「昼休みのドッジボール大会かバスケット大会で、勝ちをプレゼントするとか」
笑えるが。「あんたひとりの勝ちじゃないし」それ以前に大会ではない。
冬休みが終わってからというもの、昼休憩の時間はほとんど毎日、学年の何クラスの一部が一緒になって、なんだかんだと体育館遊びをしている。もともとはベラが言いだしてのことだったらしいのだが、彼女はかなり気まぐれな参加で、レナたちは他の女子と一緒に、それに加わったり加わらなかったり、隣でバドミントンをしたりして遊んでいる。いつのまにか交じっている知らない子とも普通に話したりしているのでときどき驚く。
「今すげえクサいセリフ言ったのに、ツッコミもできなくなったか」
ライアンに言われ、レナはまたもはっとした。“勝ちをプレゼント”。どんな状況だ。
「バカ」
彼はまた笑った。けれど相変わらず上を向いたまま、目を閉じている。
「そういやお前、もしかしなくても、手つなぎたかった?」
今さらだ。「べつに」と、彼女はそっけなく答えた。素直になるのは難しい。というか、自分でもよくわからない。
つきあってほしいと彼に言った時、手をつないだり、センター街をデートしたり、そういう普通のカップルみたいにイチャイチャとしたいわけではないと言った。それは本音だ。けれど、ただ手をつなぐだけでも幸せを感じられるということを、今日、はじめて知った。──気がした。
「へー。電車の中で普通に握り返してきたくせに」と、ライアン。
むかついた。「先につないだのはそっち」
「お前があんな暗い歌聴いてるからだろ。その代わり」
それほど暗いとは思っていない。レオも暗いと言うし、確かにブルーにはなるけれど、あの曲は、手紙だと思っている。
「つなぎたかったらつなげばいいのに」
レナはぽかんととした。意味がわからない。ライアンは、行動と言動が一致していない気がする。
「あんた基本的に、ポケットの中に手突っ込んでるじゃない」
「だって寒いもん。手は一番冷える」
呆れるしかない。だから、それで、どうやってつなげと言うのだという話になる。
「今、どうやってつなぐんだアホとか思っただろ」ライアンが言った。
エスパーか。「そこまで思ってない。アホとは思ってない」
「んじゃバカ」
「思ってません」
「コートのポケットに手、入れればいいじゃん」