SCENE 16 * JACK * With Gavin
ああもう、誰だよ。こんなにムカついたの、ひさびさな気がする。
などと思いながらもジャックは、ジェニーをひとり残して席を立ち、円形になった本館の中央にある螺旋階段を足早におりて一階、別館へと続く渡り廊下のドア近くにあるテレフォン・ボックスに入った。
この図書館、あからさまに携帯電話を出して館内をうろついていると、職員に注意されるという。彼らが通っている高校より厳しい。
携帯電話を出し、ジャックは今もバイブレーションが震え続けるそれの画面を確認した。ギャヴィンだ。彼からの電話にこれほど苛立ったことはない気がする、とジャックは思った。
「あ、やっと出た」
ギャヴィンの第一声に、ジャックはまたもイラついた。
「なに? お前、マリーとデートじゃなかったの?」
「そうだけど。頼みがあって。っていうか、もしかして邪魔した? ごめん」
もう遅い。そもそも邪魔になるかもという可能性をわかっているのなら、電話などしてくるべきではない。「なに?」
「ネット貸して。今日。っていうか今日の夜。マリー送ったらそっちに行くから」
ジャックはぽかんとした。「は? お前の家、ネットあるだろ」
「あるけど姉貴のだし。金は出すから」
意味がわからない。「なんか買うの?」
「避妊具」
想定外の、それもさらりと言われた言葉に思わずむせ、ジャックは咳き込んだ。
なにを言いだす。いきなり普通になにを言いだす。「いやいやいや。お前、コンビニで買うんじゃなかったっけ」
「いや、今回は無理。今回はって、そうなるかわかんないけど。まだちゃんと決まってるわけじゃないんだけど。来週末、マリーとどっかに泊まることになった。ホテルかどうかはわかんないから、一応」
彼があまりにもさらりと話すので、ジャックには呆れさえあった。壁にもたれ、手で髪をかきあげる。
「なんでお前とマリーのためのそれを、うちで注文するわけ? 意味がわからない」
「だからさ、買ったことない店と方法で買いたいわけ。コンビニやドラッグストアはダメ。姉貴のネットもダメ。持ってたやつは全部捨てたから。こんなこと頼めるの、お前しかいない。っていうか、お前も買うんじゃないの?」
ジャックはかたまった。確かに、昨日はさすがにいっぱいいっぱいで、心中それどころではなく、今日家に帰ったら注文しようとは思っていた。だが。
「──なにが哀しくて、お前とそれを分け合わなきゃいけないの?」
おそらく、今日一日の中の最高の瞬間になっただろう極上の幸せの締めを邪魔されたあげく、これなのか。泣きそうだ。
しかしギャヴィンは折れない。「いや、べつに分け合わなくていいけど。今日注文したら、木曜か金曜には届くだろ? それ、取りに行くからさ。頼むって」
ジャックの中に、とある考えが浮かんだ。「──お前、だんだんライアンに似てきたな」
彼が笑う。「そりゃ、俺はあいつの影武者だし」
意味がわからない。もう泣きそうだ。「──何時?」
「マリーと一緒に夕飯食べるつもりだから、そのあと。八時くらいかな」
ジャックは溜め息をついた。
「はいはい。っていうか、まさかマリーの横でそれ、言ってるわけじゃないよな」
「まさか。トイレ休憩。お前がなかなか話進めてくれないから、かなり時間かかったし。どんだけ長いんだと思われてる。絶対」
笑える。「わかった、悪かったよ」あやまったものの、自分はぜんぜん悪くないことに気づいた。「こっちも、それくらいには家にいるようにする」
「ん。じゃな」
電話を終えたジャックは、壁にもたれたままがくりとうつむき、ずるずると座りこんだ。
──どんなだ。避妊具を仲良く注文するって、どんなだ。どんなだ。どんなだ。
いや、それは確かに重要だ。絶対必要。つけないやつは最低。アホ。ただのアホ。クソ。
だがそれを、友達の家で注文するというのは、どうなのだ。どうなのだ。どうなのだ。
いや、わかっている。今まで買ったことがないところでというのは、過去のことを考えてだろう。わかる。言いたいことはわかる。
だがそれを、ごく当たり前のように普通に頼んでくるというのは、どんなだ。どんなだ。どんなだ。ライアンでもそんなこと、したことないぞ。
──まさか。しないよな。まさかな。あいつはホテルだし。しないよな。うん、しない。
うん、戻ろう。とりあえず、アホのことは考えないことにしよう。アホがもう一匹増えるかもなんてことは、考えないようにしよう。