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EVERY STEP  作者: awa
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SCENE 10 * RIAN * With Reo

 ローア・ゲートのイースト・プランクへと、かなり遅いスピードで向かうひと気のない電車の中、ライアンはレナの弟であるレオと並んで座っていた。レナは通路をはさんだ向かいの長椅子の隅に、ひとり座っている。ヘッドフォンをつけた頭を扉脇の白いボードにあずけ、目を閉じているせいで、彼女が眠っているのか起きているのか、よくわからない。

 「──なんなの、あいつ。ずっとああなんだけど」

 レナを見やりながらライアンがつぶやいた。彼の左隣でレオが答える。

 「ああ、気にしないで。たぶん寝てはないと思うけど、お墓参りに行く時はいつもああだから」

 「ひいばあちゃんて、いつ?」

 「一昨年」

 「オレらが中三の時か。お前が中一?」

 「そう。姉ちゃんは受験生だった」

 レナは命日だと言っていた。入試がいつだったかなどいちいち覚えていないが、ちょうどそんな時期だ。

 レオが質問を返す。「姉ちゃんからなんか聞いた?」

 「なんかって?」

 「ひいばあちゃんになんか言われた、とか」

 「ぜんぜん」

 昨日レナが言っていた“ちょっと”というのが気になり、ライアンは肉まんを食べながら彼女に訊いた。だがけっきょく、彼女はなにも言わなかった。しかたがないので彼はレオに電話してバスの時間を訊き、ウェルス・パディから乗り合わせ、一緒に墓参りに行くことにした。

 だが彼が来るとは思っていなかったのだろう、レナはライアンを見るなり、“どっか行くの?”と言った。一緒に行くと彼が言うと、“暇人”の一言を発した。ふざけている。確かに状況がよくわからないまま断りはしたものの、一緒に行くかと話をもちかけてきたのは彼女のほうなのに、けっきょくそれだ。ふざけている。

 ライアンがつけくわえる。「なんか先に話さなきゃいけない奴がいるとか言って」

 「へー」とレオ。「じゃあちゃんと約束、覚えてるわけだ」

 お前かよ。と彼は思った。「約束ってなに」

 「俺もよくわかんないんだけど。ひいばあちゃんが死ぬ一週間くらい前、俺ら、二人で見舞いに行ったんだよね。もともと入退院繰り返してて、年明けに会った時は元気そうだったんだけど、また入院したらしくて。で、そこで姉ちゃん、ひいばあちゃんに色々言われたみたいで」

 「──嫌味みたいな?」そんなわけがない。

 レオが苦笑う。「違うと思う。俺が知ってるのは、自分になにかあった時、試験が終わってなかったら、通夜にも葬式にもくるなって。試験に集中しろって」

 彼は少々驚いた。「それは、さすがに──」

 「うん。ありえない。普通ならありえない。ひいばあちゃんは姉ちゃんの名前の名づけ親だし。気づいた時には入退院繰り返してるような状態だったけど、それでもありえない」

 続きを促す。「──で?」

 向かいの席で、相変わらず目を閉じたままのレナを見るレオの表情からは、なんの感情も見えなくなった。

 「──行かなかった。ホントに」

 静かな衝撃が、ライアンを襲った。

 レオはまた苦笑う。「姉ちゃんバカだけど、そこまでバカじゃないし。っていうかそんなにレベル高い学校じゃないし。──でも、ひいばあちゃんの時代は、高校に行けるのなんて、ホント一握りの人間だったらしくて。ばあちゃんも行きたくても行けなかったとかで、苦労したみたいだから。気遣ったんだと思う」

 大人は、ときどき、残酷だ。

 レオは続けた。「周りの親戚の一部、年明けでもめったに集まらないような親戚の人たちは、さすがに非常識だって言ってた。名前もらっておいてなにしてんだって。でも姉ちゃんは、やっぱり行かなかった。ひいばあちゃんと約束したからって。ひたすら勉強してた」

 「──んじゃ、さっき言ってた約束ってのは?」

 「ああ。なんか言われたの、それだけじゃないみたいなんだ。でも何度訊いても教えてくれなくて。だから俺が中学三年の受験生になったら教えてって。姉ちゃんと同じ状態で試験受けるからって」

 なんだかんだでレオは、レナのことが大好きだ。シスコン。しかも彼、レナやジェニー、ライアンがいるからといって、同じミュニシパル・ハイスクールを受験する。

 「っていうか今日が命日だったら、その感じの悪い親戚も集まるんじゃねえの?」

 ライアンが言ったが、レオはぽかんとした。

 「は? 命日じゃないけど」

 ライアンもぽかんとした。

 「命日は来週。十五日。ひいばあちゃんが死んだのは、姉ちゃんの試験の三日前」

 高校入試は二日間で行われた。レオの言う試験が学力試験なのだとすれば、曾祖母が亡くなってから、レナは四日も曾祖母のところに行けなかったことになる。というか、レナはまた嘘をついたのか。

 だがレオはなにかを思い出したような顔をした。「あ、そっか。そうだ」

 「あ?」

 「お見舞いに行ったんだ。ちょうど二年前の今日くらい。姉ちゃんと二人で」

 納得した。

 彼がにやついてライアンに言う。「だからバレンタインは姉ちゃんと一緒にいられるよ。月曜は学校休んで、朝から親戚と集まるけど」

 バレンタインというキーワードに、ギャヴィンが言ったふざけた提案がライアンの頭をよぎった。

 だが無視した。「にやつくなアホ。ガキ」

 レオが笑う。「でもほんと、まさかふたりがくっつくとは思わなかった。姉ちゃんあんなだから、一生嫁に行けないんじゃないかと思ってたもん」

 レナとつきあうことになった日の夜、ライアンは彼女と一緒に早々とホテルに行ったのだが、止めるレナの隣でレオに電話し、“今日からお前の姉貴とつきあう”と宣言した。そのくらいしなければ、雑に扱うことになりそうでイヤだったからだ。レオは驚きながらもなぜか喜んだ。口止めこそしていないものの、言わなくていいのに母親にまで報告してくれ、そこからライアンの母親にまで話が延びた。おかげでうるさくてしょうがない。なぜ両家公認のようになっているのか、ライアンには不思議でしょうがなかった。

 「オレは嫁にもらうとは言ってないぞ」と、ライアン。

 「え、もらってよ。ライアンがダメだったら、もう誰もダメな気がする。ライアンが義理の兄貴になるなら大歓迎だし。母さんだって喜ぶだろうし」

 十七歳相手になにを言っているのだろう。「んじゃ、あいつが五十歳になっても嫁に行けなかったら、しょうがねえからもらってやる」

 またレオが笑う。「うーん、五十はさすがに可哀想。三十歳にしよ」

 そう言うと、彼は左拳を差し出した。

 三十歳というのは、早い。いや、結婚でいえば適齢期なのか。だが自分には“バツ”が五つくらいついている頃だ。

 「んじゃ、三十歳」

 ライアンも右拳を出し、二人は拳を合わせた。

 「約束」

 先のことなど、わからないが。「あのアホに言うなよ。それも約束」

 「わかってる。絶対言わない」

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