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道化の造った英雄譚  作者: えそら
神無月
9/11

8話 王都に行こう

 悔いのない一生を歩めるよう願っている。

 優しく明るい生を歩めるよう想っている。

 自由な希望を抱いて歩めるよう祈っている。


 ずっと昔から、そう望まれて世界は回ってきた。

 そうやって世界が回っていたことを、今でも忘れない。




――――――――――――――――――――




 街の出入り口である簡素な門前に、金髪碧眼の少年は居た。若干童顔気味だがその少年サイカはである。少なくとも肉体年齢は。

 腰には鞘に納められたショートソードを備えている。片手には未だ13歳(肉体年齢)の子供には大きな、皮と鉄で出来たトランクケースを持っている。身に付けた赤茶色の服も厚手であり荒事にも耐えられる造りになっている。

 これら全ての装備は、剣の先生的存在であるローレンと言う魔人から貰った装備だ。もっと言えばお古。その装備のお蔭でなんとか軽装な冒険者と言えなくもない恰好になった。


 これは旅立ちだ。

 サイカの体が生まれ育ったシルヴァ国にある街、エルイアから遂に出て行く時が来たのだ。


 サイカの近くには、柔和な雰囲気を持った女性が佇んでいる。サイカの母親のアーシェである。

 そのすぐ隣の、金髪の活発そうな10歳の少女はサイカの妹ユリスだ。


「ハンカチは持った? 装備に不備はない? 何か忘れ物は?」


「お兄ちゃんお土産宜しくね!」


「忘れ物は大丈夫だよ。何かあってもどっかのお店で買い足すし。それからお土産は珍しくて面白そうなの期待しててね」


 アーシェの母親らしい心配そうな台詞が少々照れくさい。

 冗談以外でこんな言葉を投げかけられる機会が訪れる。今まではあまり想像できなかったことだ。


「やった、お土産 約束だからね! 絶対だよ! 破ったらえっと……思い切り叩く!」


「そりゃ痛そうだね。心して珍しく面白いの選ばないとな」


「うんうん、今から楽しみだなぁ」


 想像に心膨らませているユリスを見るのは正直和む。姉貴分には慣れているが、妹にはまだ慣れていない。なんだか新鮮だ。

 お土産選びのハードルは上がった気がするが。


 そうこうしている内に、煉瓦造りの道路から馬車がやって来た。

 厳つい馬二頭に引かれてやって来る馬車は、濃い灰色で重厚感がある。鉄も細部に使われているらしく頑丈そうだ。


 アーシェとユリスは馬車が来て歓喜の色がよく見て取れた。

 それに対しサイカは緊張感を高める。

 高鳴る心臓を沈めるように深呼吸を繰り返した。


 馬車がこの街の門前近くまで来て止まる。

 その中から降りて来た人物は、短い金髪の中性的な男性。その体は一見 細身の様に見え、しかしよく見ればかなり鍛え込まれていると解る。

 胴と腰に鋼鉄の防具を付けており、その下には青い生地の上下を着こんでいた。特にその背の一メートル超ある大剣が存在感を示している。


「お父さんお帰りー!」


 ユリスの言葉が示す通り、この騎士の様な格好をした男はサイカの父親その人である。

 更に言えば今回サイカが街の外に出る際の同行者でもある。


「ただいま、良い子にしてたかユリス」


「もちろん!」


「さすがユリス。偉いぞ」


 彼に頭を撫でられたユリスは顔を和ませる。


「アーシェもただいま」


「お帰りなさい、リンド」


 アーシェとも挨拶を交わし、リンドはサイカの方を向いた。


 サイカは記憶喪失である、と周囲には説明している。

 実際は朝霧 潤也と言う人格がサイカの中に入っている状態だ。

 リンドとは初対面となる。緊張が高まるのは当然だった。


「おかえり、父さん」


 それでもいつも通りに嘘を吐く。

 この家族の中に居たいから。サイカという殻を被った朝霧 潤也は、初対面の男性を父と呼ぶ。


「……ただいま、サイカ。記憶喪失と聞いてたから心配してたけど、思ったより元気そうで良かった」


 リンドは僅かに顔を陰らせたが、すぐかき消して満面の笑みで返答した。


「記憶がなくてわからないことは母さんやユリスが教えてくれるから。孤児院の皆も良い人ばかりだからね」


 いつの間にかすんなりと嘘を吐けるようになった。

 異物の分際でこの家族に紛れ込んだ罪悪感にも慣れて来てしまった。

 もし死後の概念に天国と地獄があるとしたら、少なくとも天国には行けそうにない。そう思い始めて来た今日この頃だ。






 今より二週間ほど前。災害級の魔物ヘルハウンドが街の周辺に突如として出現した。

 結果としてサイカとシアフィールが迅速にこれを打倒。人的被害はほとんどなく騒ぎは収まる。


 後日、王都より派遣された調査隊により原因は究明された。

 山の麓にあった石造りの建物の残骸。その地点に高度な魔物召喚陣が発見される。

 魔力残滓により魔物召喚陣を設置した人物が道化師マルグリットと判明した。


 そしてヘルハウンドの死骸は王都へと運ばれる。

 強固な皮膚や牙、魔物の部位には高価な素材になることがある。冒険者なども倒した魔物の部位を持ち帰り、ギルド等で換金することがよくあるそうだ。

 そして仕留めた人間としてサイカとシアに3000万ダラムほどお金が入って来た。シアと山分けした金額の1500万ダラムでも十分に大金である。

 状態の良い災害級の魔物の死骸ならこれくらいは当然らしいが、思わぬ大金にサイカの戸惑いは大きい。


 とは言えこれだけで済んだならまだサイカの戸惑いは小さい筈だった。

 しかし王都で授与式が開かれると言う、更に大仰な事態に発展してしまった。

 戦力等級Cクラス、とやらと賞金500万ダラム。あと魔物による被害を迅速に食い止めたのを称えた賞状を貰えるらしい。


 これが熟練の冒険者がやったことならこうはならないそうだ。

 13歳の少年サイカと14歳の少女シアフィールがやらかした。だからこそここまで話題に上ったのだ。

 要はこれから先 楽しみな人材として、王都の方々に認知されたのである。

 ちなみにシアは何気に、戦力等級Bクラスを元から保持していた。


 戦力等級に関しては、個人の戦力を示す資格である。

 サバイバル技術や探索技術等も必要とされる冒険者等級とは別物で、戦力のみを見られる。

 魔物を倒して換金したり、武闘大会で良い成績を残した経歴があれば、役所が戦力等級を算出して発行するシステムだ。Dクラス以上を持っていれば、軍隊や冒険者の様な荒事関連の仕事に着く際には有利になる。


 また戦力等級にはS~Eクラスがある。

 もっともAクラスまで行くモノはほとんど居ない。英雄や巨悪、神々及び神話の怪物等と言った、歴史に名を残す位の力がなければ与えられない資格なのだ。


 そしてSクラス。歴史上に存在した2人と2柱、計4名のためにある称号。

 これを取得するのは実質 不可能と言われている。


 とは言えそんな御伽噺の中の等級は今のサイカにはとんと関係のない話だ。なので単なる豆知識として知識の棚に仕舞い込んだ。


 サイカとリンドを乗せた馬車は王都を目指して進む。

 馬車の内装は観覧車の内部に似ていた。魔物がいる道を走るため、頑丈な造りの馬車に乗って来たと言うが、それだって見た目は相応に豪勢だ。

 馬車の外に見える風景も悪くない。広く続く草原に、遠く見える森や山。たまに湖だって見える。

 現代日本では久しく見ない大自然だ。小刻みに揺れ動く微妙な乗り心地も、慣れてくればそう気にならない。


 馬車の前方では馬の綱を引く御者が居る。御者と馬車内部の間にある空間に、護衛役に冒険者が一人控えていた。

 馬車内部ではリンドと二人だった。

 しかしサイカはぐったりしていた。


 リンドと出会い、旅路が始まり、幾ばくかの会話を交わした。そしていつの間にか会話は説教に変わっていた。

 曰くヘルハウンドに挑むような危ないことはするなと。

 実質 初対面と言うこともあり、あまりキツイことは言われていない。ただ内容は至極ごもっとも過ぎてただ反省あるのみだった。


「しかしサイカが災害級を倒したと聞いた時には何の冗談かと思った。しかも帰ってみれば山の地形が変わってるし、しかも例の災害級が原因だと言うし。本当にこれ以上 心臓に悪いことはしてくれるなよ?」


「はい……前向きに善処します」


 日本の政治家が誇るお家芸を使って自分の意思を伝える。

 サイカとて自分から厄介事に突っ込む気はない。つまり嘘は吐いていないのだ。あの時のように厄介事が向こうから来ない限りは問題ない。

 さすがにそう何度も厄介事が舞い込んでくることはないだろう。もしそれが頻発するなら、その不幸は本当に偶然かも疑わしい。オカルトで言えばいわゆる悪い運気を感じるとやらだ。早急に神社か教会でお祓いして貰うことをお勧めしたい。


(あれ、でも俺がお祓い受けるってもしかして拙いんじゃ?)


 ふとサイカに憑依していることを思い出す。もしそれが霊的な意味での憑依だとしたら。

 考えないようにしようと心に決めた。

 自分が性質の悪い生霊と考えるのは精神的に辛い。いやサイカを乗っ取っている時点で性質が悪いことは認めよう。霊魂の存在もこの異世界生活で培った、まぁそんなこともあるよね精神で否定はしない。

 それでも考えるのが辛いことは放棄するに限るのだ。


 という訳で悪いことは忘れ、とりあえず教会や神社がもしあっても近寄らないことにした。


「そういえばサイカは剣を振り始めたんだったな。調子はどうだ?」


「悪くはないかな」


 言葉通り、無事サイカは手加減を習得していた。

 その道のりは長く辛い戦いだったと言えるだろう、主にローレンにとって。

 期間的にはそれほどでもないが、度重なる組手の密度は異常なほどに濃厚だった。何せ組手で木刀にも関わらず、ふとした拍子に人を殺せそうな攻撃が飛び出してくるのだ。特にサイカにとって無意識の反撃にその傾向は見られた。

 それを改善すべく、これ以上の犠牲者を生まないよう願って。ローレンは徹底的に不意打ちに対する耐性をサイカに付けさせようと訓練を施した。そしてその成果はサイカの体の補正も手伝い、いささか以上に早く出た。


「自分でも初めより剣の扱いが上手くなった実感はあるよ」


 実際はまったくの錯覚であり、技量自体はほとんど変動していない。だが体に宿る技術を少しばかり意識的に引き出せるようになった。そういう意味では格段の進歩と言えるだろう。


「そうか、じゃあどれくらい上手く扱えるか楽しみだな。しかし少し前までは剣なんて興味も示さなかったってのに。せめて俺がいる時に興味持ってくれれば、色々教えることも出来たんだけどな」


「え、今からじゃ教えられないの?」


「…………サイカはローレン相手に常勝なんだよな? しかもほぼ剣の腕のみで。そこまで強くなったなら俺が剣で教えられることはほとんどないと思うんだよ」


 リンドとて教えたくない訳ではない。

 だが教えたいかと問われると、本当は言葉に詰まる。


 少し前までサイカは魔術師として大成しようと志していた。それがある日を境に魔術を使えない体質になり、記憶さえ失くしてしまったと言う。


 それにも関わらず、サイカは災害級を打倒してしまった。

 異常だった。はっきりおかしいと認識できる。

 状況から考えるに、あの道化師がサイカに何かをしたのだろう、アーシェはそう推測していた。


 アーシュは変わってしまったとしても自分の息子だと受け入れた。

 ユリスは端から兄を疑いもせずに受け入れていた。

 なら自分はどうか、変質したサイカを受け入れたとは言い難い。


 だが少なくともそれが教えない理由ではない。

 仮にサイカが道化に何かされていたとしても、その上で息子を受け入れたいと思っている。だからその程度で剣を教えたくない訳じゃない。


「俺の剣は、我流だ。ローレンみたいに剣技を収めた訳じゃない。ただ我武者羅に振るって、戦って形作って行ったモノだ。もうサイカにはサイカの型が出来てるんだろ? そんな中で俺の剣を教えても、かえって妨げになりそうだからな」


 サイカにはよく解らなかった。

 想像は出来ても、理解したとは言い難い。


 サイカには始めから剣を正しく振るえた。

 理論的には解らずとも、感覚でどう振るうべきか解った。

 それはもはや才能や技能とは別物で、初めから備えられていた一種の機能である。だから邪剣を学んだ所為で剣筋が変に歪むことはない。正道邪道。常人が並々ならぬ努力で摺合せを行う技能でも、サイカなら労せずして共に十全扱えてしまうだろう。

 だから意図を理解することが出来ない。


 それでも自分を想っての判断だろうことは解った。

 だから嬉しいと、純粋にそう思う。


「じゃあ父さん、今度剣で勝負しよう。実はけっこう自信があるんだ」


「へぇ、言ったな? 教えられないと言っても俺は弱い訳じゃないぞ。相手が息子でも返り討ちにしてくれる」


 ニヤっと言う笑みを突き合わせる親子二人。

 サイカとしては自分で磨いた技能でなくて申し訳ないが、せっかくの家族間のコミュニケーション? だ。その時には全力でやろう。


(シアには感謝すべきなのかな)


 当初はシアも一緒に行こうと誘っていた。

 というか目的地も目的も一緒だ。誘わない方がおかしい。


 それから父親と初対面と言う緊張がサイカにはあった。

 そしてシアの方は前のサイカと関係なく友人になった相手だ。だからだろうサイカにとってシアは他の人より気心知れた友人となっていた。

 つまり父親と対面するのに心強い味方が欲しい、とそんな打算もあったのだ。


 親子水入らずで行って来きなよ、とあっさり断られた。

 こうしてシアとは別々に王都へ行くことになった。


 当時は恨めしくも思ったが、実際に旅が始まってしまえば親子水入らずなのは確かに良かった。

 いきなりお叱りから始まって戸惑いも大いにある。けれどそれだけ心配してくれたと言うことでもあって。こう言うと不謹慎だが、少し嬉しくもあった。


 それに考えてみれば、親子二人旅なんて朝霧潤也の記憶を含めても初めてだ。

 素直に白状すると、少し憧れていた。

 だからこの旅が楽しくなれば良いな、とサイカは思った。






 緑生い茂る草原を、明るい茶髪の少女は歩く。

 街中で見かけるようなラフな格好で、旅行用バッグを肩に掛けていた。

 その姿は魔物生息地域を歩いているとは思えないほど無防備だ。


 少女、シアは太陽の位置を確認する。

 傾き具合からして、あと2時間もすれば日が暮れるだろう。

 時間に余裕はあるし、今日はもう少し進めそうだ。


 サイカより早くに街を出たため、到着はそう遅くならない予定ではある。

 馬車で来るサイカよりどうしても移動時間は掛かってしまうが。


 ただサイカと一緒に行かなかったことを悔やむことはなかった。

 サイカは家族に対する想いが強い。だから今回は親子水入らずの良い機会だろう。

 それにシア自身、サイカの家族には少し顔を会わせ辛いと言うのもあった。


 2週間前のあの日、サイカを危険の真っ只中に放り込んだのはシアである。

 負い目に思うには充分過ぎた。


 サイカの場合は顔を会わせている内に、サイカの態度に、負い目もさほど気にせず付き合えるようになった。けれど当然その家族は別で、未だ顔を会わせ辛いままだ。


 とは言えサイカに対する負い目で孤児院を出ていこうとした件に関しては、少し先走り過ぎたと思っているが。

 あの孤児院は基本、15歳になると出て行くことになる。

 だからその時期が早まっただけと短絡的に決めた。だがまずその前に謝っておけと。その上で怖がられたなら、孤児院から出るのを考えろと。順序的にこれが良かったと後になって思った。


 最近シアは自分のことがよくわからない。

 負い目がある、だからどうしたいのかが見えない。これからも孤児院に居る、けれどどんな風に生きていこうとしているのかがわからない。


 少なくとも昔のシアなら、サイカに対する負い目程度は眼中にすら入らなかっただろう。

 そして今のシアは、前のシアなら考えもしなかったことを考えてしまう。

 随分とか弱くなったなと、苦笑いを溢した。


 それはともかく、サイカと王都へ行かないとしてもだ。

 馬車で行くのはありだったんじゃないかと今になって思う。

 というか普通は馬車である。


 慣れと言うのは怖い。

 極貧だった故郷に住んでた頃の名残だろうか。お金がないから遠出でも徒歩で移動していたが、別に今はもうそうする理由はない訳だ。何せ金は無駄にある。


 シアは一つ息を吐く。

 極貧だった故郷が滅んだ時、シアに多量のお金が入ってきた。

 その理由を思い出すと少々気が滅入る。


 村は極貧だったから、別に遺産が多かった訳ではないのだ。

 自分の家の遺産だけでなく、村で見つかった持ち物もある程度は貰えた。だがそれを含めても、さほど大金に変わるような品はなかった。


 歪に変化し、人とは呼べなくなってしまった村の住人の死骸。道化の造った不出来な実験体。それを引き取りたいと、シルヴァ国の魔術師が高額を出したのだ。

 確かに魔物の部位は物によって金になる。ヘルハウンドほどの魔物になれば、今回のように3000万ダラムの大金へと変わることもある。

 シアにはその実験体がそれ程の価値があるかはわからなかった。数は多かったが、多額を支払ってまで手に入れる様な物とは思えなかった。

 だが当時のシアはそれくらいしか感慨を抱かず、親の死骸を含め全てお金と交換した。


 二年も前の話なのに、今になってようやく感傷の念が出てくる。

 後悔するには遅すぎるし、生きていくのにお金が必要なのも事実なのに。感情に振り回され過ぎて嫌になる。


 そんなか細い調子で歩くシアの背後に、魔物の影が忍び寄っていた。

 その魔物はそれほど隠密を意識してはいない。ただシアが考え事をしていて、周囲の警戒を疎かにしたためだった。

 その魔物の顔は厳つい豚で、二メートルを超える人型で半裸の巨体。縦にも横にも非常に大きい魔物の重量は、軽く200キロを超えている。所謂オークであった。


 オークは既にシアのすぐ背後まで接近していた。

 無防備に考え事をしていたシアは未だ気付かない。

 その獲物の無様さにオークは興奮し、右手の太い棍棒を握り締める。棍棒を大きく振り上げた。


「プギィィィィィ!!」


「――――え?」


 咆哮と共にオークは渾身の力で棍棒を振り下ろす。

 呆然と振り向いたシアの頭に、棍棒が鈍い音を鳴らせて叩きつけられる。どぱっ、と花のように血が飛び散った。


「……ぁ、ぁあ……あ」


 シアはふらりと一歩後ずさる。

 視線は宙を漂い、まるで自失しているかのような状態だ。その体は所々震えている。


「プギ、プギギィ!」


 獲物の弱った有様をオークは笑った。

 シアの頭部の怪我はあまりに酷い。頭蓋が砕けている所まで見えるほど、完全なる致命傷。

 それがビデオを逆再生にするかのように治っていく。

 その異常事態にオークの笑いが止まる。訝しげに獲物であるシアを眺めた。


「髪がべとべとに……服が、バッグが……血だらけ。まだ王都まで遠いのに……しかも凄く痛い」


 シアは定まらなかった焦点をオークに定め、拳を強く握り締める。

 一歩強く踏み出し、オークのドテ腹へ、腕が霞むほどの力強さで拳を振るった。オークはくの字に曲がり、それでも止まらず殴り飛ばされる。凄まじい速度で五十メートルを低空飛行し、オークの巨体は地面に擦り付けられた。

 倒れ伏したオークはもはや完全に沈黙している。


「うわ、本当にどうしよ。この辺りに水場あったかな」


 そんなことは知らないとでも言わんばかりに、シアは髪についた血を拭う。

 頭部の傷は既に完治している。これはシアの固有能力『無限再生』が原因だ。

 どんな怪我をしようがすぐ治る。どれだけ出血しようとその分だけ増血される。

 しかも実は食事をしなくても生きていけるという体質にもなっている。体力と魔力が能力により活性化されてかなり強くなっている。そして肉体的に疲れると言うことを知らない。

 色々と幅の利き過ぎな能力である。


「……夕飯用に豚肉が取れただけ良しとするか」


 全身血だらけのシアは肩を落とし、憂鬱そうに呟いた。

 ちなみにサバイバル経験はかなり豊富である。

 貧困の村出身的にも元兵隊的にも必須技能なので。






二章開幕。

この章ではクトゥルフできると良いんですけどね。

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