3話 剣の特訓……の筈でした
「ウサギは寂しいと死んじゃうのよ」
唐突かつ場違いな言葉だった。
発言者は沢渡 瑞葉、十九歳。大学一年生。身長は女性の割に高く、プロポーションもモデルに準ずる程度には良く、茶髪に染めている髪は軽くウェーブが掛かっている女性である。
朝霧 潤也のお世話になっている親戚の子供に当り、姉代わりと言って良い人だ。
そんな彼女は高校の寮の門前で仁王立ちしていた。とりあえずウサギとか寂しいとか死んじゃうとかの雰囲気は微塵もないくらいには堂々としていた。
「瑞姉、寮に帰れないよ」
「家に帰れば良いと思うよ。っていうかあたしの言葉を無視すんなよ」
にっこりと華の様に笑う瑞葉。潤也が高校に入学する折、寮に引っ越したことが気に入らないようだった。しかしもう高校三年生なので今更である。
あとウサギ云々をスルーされたこともご立腹の模様。
「でもウサギとか明らかに今関係ないよね?」
「何を言うか、あたしとか明らかにウサギ系じゃんか! 寂しくて死ぬタイプじゃんか!」
「人参嫌いのウサギは居ないと思うんだ。あとウサギ語るならもっと背が低い方が良いんじゃないかと」
「寂しくて死ぬって所に着目して!」
寂しそうな雰囲気もまったくない。
だが仕方なしに、もとい無意味に瑞葉の言葉を潤也は信じることにした。柔らかく優しげに笑い、今の瑞葉に相応しい言葉を投げかける。
「大丈夫だよ瑞姉。寂しいと死んでしまうような心の病でも、この辺りの精神科ならちゃんと付き合ってくれるよ」
「真面目に会話して!?」
「いや瑞姉の一言目からそんなものは木端微塵だからね」
「そんなことはどうでも良いのよ。あれこれ言っても最終的にあたしが言いたいことは一つだけ、潤也家戻れ。これだけよこの家出弟が! 姉に寂しい思いさせるとは何事か!」
「いや家出って。俺はこのまま社会に出て自立するつもりだけど」
「あたしより先に自立するとか生意気なことは後にして、潤也は弟らしくしてなさい!」
「自立だけで生意気とか瑞姉の弟像がとても気になるんだけど! あと血縁上は他人だ」
「水も時には血より濃いのよ!」
「それ訳わかんないよ!」
要約すると似非姉弟の会話は『家に戻れ』『嫌です』の二言で片付いたりする。このまま会話を続けても互いに譲らず平行線を辿るのだから本当に二言で十分である。
この遣り取りは二人にとって本当に代わり映えのない内容だ。もはや日常の一片とさえ言えるかもしれない。
とはいえ日常なんて物は連続しているからこその日常であり、時として前触れもなく途切れて壊れることも多い。というより始まりがあれば終わりがあるので、いつか終わるのは確定的である。
だからいつか訪れる、或いはいつか訪れたかもしれない日常の終わりは例えばそんな可能性だった。
「訳がわからなくても良いよ」
とは言えそんな例えばの可能性など二人は露ほども思い浮かべない。まぁ当然である。だからこれ以降もこの日常を二人は謳歌し続ける。具体的には潤也の背後に回り込んだ瑞葉が彼の首に腕を回し、見事なチョークスリーパーを決めていた。
「だから力付くで連れて帰る! とりあえず夕飯食べてけこの野郎!」
「ちょっと!? 待っ、ぐる、じ!」
潤也はずるずると引きずるようにして連れて行かれる。
背後から伝わる胸の感触に焦っている所為もあり、抵抗虚しく瑞葉に良い様にされていた。
ただし苦しそうなのは本当である。元来チョークスリーパ―とは苦しい技であるが故に。
そんな二人のじゃれ合いを背景に、世界は次第にその輪郭をぼやけさせて行く。
まるでピントが合わなくなって来たかのよう。
二人の声までもが遠い。
色彩が白く染まって行く。
それは所謂、夢の終わりであった。
サイカは目を覚ます。
ベッドから上半身を起こし、寝ぼけた状態で簡素な部屋を見回した。その見回した視界の内には、ベッドの近くに置かれた夢玉入りの紙袋もあった。
時間が経ち眠気も少し飛んで頭が働いて来る。
「…………………………そうか、夢か」
サイカはこの世界に来て、もっとも大きなため息を吐いた。
脱力感に苛まれながらサイカはリビング代わりの部屋に入る。部屋のテーブルには既に朝食が並んでいた。パンにハムを挟んだ食べ物にミルクだ。
朝食を確認した所で、台所にて調理用具を洗っている母アーシェと眼が合った。
「あら、おはようサイカ。ちょっと待っててね」
「おはよう」
いそいそとアーシェは大きな椀に魔術で水を注ぐ。水道がないため魔術失陥のサイカ一人では顔を洗うにも他の人より不自由するのだ。そのためサイカとなって以来、家族に力を借りることは多々あった。
「はいどうぞ」
「……ありがとう」
椀とタオルを受け取る。
顔を洗うことすら他人に助けられるのは潤也の頃からも経験がなく、慣れていない事柄で気恥しい。
サイカとしては外の井戸から水を汲み上げて顔を洗っても良かった。ただそれより早くアーシェが水を用意してくれるため、サイカもせっかくの好意を無碍に出来ず昨日も一昨日もこんな感じであった。
少し離れて顔を洗いタオルで水気を拭う。
使い終った水はトイレまで行って流す。ちなみに当然だが水洗トイレではない。形こそ似通っているが、いわゆるぽっとんトイレという奴である。
ちなみにトイレの近くには手洗い用の受け皿があり、つい先日からその隣に水瓶が完備された。サイカが魔術失陥になる前は置かれる理由もなかった代物である。
ここで生活していると、文明の利器の偉大さと人々の優しさが日毎に骨身に染みた。
サイカが改めてリビングに戻る。
その頃には妹のユリスも来ており、アーシェと共にテーブルの席に着いていた。
「あ、お兄ちゃんおはよー」
「おはようユリス。寝癖すごいことになってるよ」
事実ユリスの金の髪は疎らに乱れ、中には重力に逆らい跳ね返っている髪束まである始末だった。
「うぁー、ご飯食べたら直す」
と言いつつ手櫛で無駄な努力をしながらユリスは憂鬱そうに肩を落とす。苦笑いしながらテーブルの席に着いた。
「それじゃ皆揃ったし頂きましょうか」
「いただきましょう! 頂きます!」
「いただきます」
ユリスが一目散に食べ始め、次いでサイカがパンに齧りつく。最後にアーシェがゆったりと食事を取り始めた。
日本のパンよりはパサパサしているがまぁ悪くない味である。パンの間にはハムだけでなくスクランブルエッグの様な物も入っており、味が合わさって旨味が増していた。
「そういえば……母さん」
アーシェを母と呼ぶのに躓いてしまった。
潤也としての自意識が母と呼ぶことを戸惑ってしまったのだ。そもそも潤也は母を幼い頃失くしている。母さんなどと呼ぶこと自体に一種の気恥しさもあった。そのため不意に呼ぼうとした時、ボロが出てしまうことがあるのだ。
要注意、と自身に念押した。
それはともかくアーシェに疑問である。
「今日はゆっくりしてるけど仕事休みなの?」
先日から今日までサイカ達が朝食を食べる頃にはどこかへ出かけていた彼女が此処にいる。しかもゆっくりしている。
朝食時であるこの光景は何気に今のサイカには初めてだ。
「えぇ休みよ。だからサイカ、これを機に剣術を学んでみない?」
だから、の前後が繋がっていないと感じるのは気の所為か。
元のサイカが武術関連を学んでいたと言う話は聞かないから、その発言が余計に突飛に思えた。
「……えっと、なんでそうなったのさ」
「サイカはオーク倒した時、体が勝手に動いたって言ってたでしょう? 自分の体なんだから、きちんと把握するべきだと思うのよ。それに街中でも物騒な場所はあるし、最低限でも身を守る術があった方が安心でしょう」
前のサイカであれば魔術があった。だがそれが失われた上に記憶喪失(と言うことになっている)のサイカは、原因不明の全自動体術を例外として考えると、客観的に見て酷く脆弱な存在である。
この街は日本ほど治安が良くない。
他の街に比べれば治安は良い方であるし、無用に他者を害する行為は基本的に罪に問われる。だがあくまでそれは現行犯の場合がほとんどだ。そして人死にが出ようと民衆レベルの事は終わってしまえば大抵は放置される傾向にある。
冒険者同士の諍いも割と多い。盗人など裏通りに行けばそこらにいる。
比較的 平和な町とは言えこの現状である。魔術失陥のサイカには護身術くらいないと不安に思うのが親心であった。
「そう言うことなら。でも剣術を学ぶってことは、誰かに教えて貰えるんだよね?」
「私の知り合いに冒険者やってる人がいるから、その人に頼んでおいたわ」
既に過去形だった。
準備万全と言うか用意周到であった。
今日からやろうと誘うくらいであるし、予想して然るべきだったかもしれない。
「なんか、わざわざありがとう」
「どういたしまして。
ユリスはどうする?」
「うぇ!? あ、あたしは良いよ行っても邪魔しちゃ悪いし孤児院に行かなくちゃ友達と遊ぶから! だからあたしのことは気にせず剣の特訓してきて孤児院から精一杯 応援するのがあたしの役割だからね!」
「そ、そう?」
どうやら来ない様である。
早口で拒絶している所から、もしかしたら行きたくないのかもしれない。
そして何故かサイカを潤んだ瞳で見つめ始めた。
「お兄ちゃん、あたし応援してるから…………ちゃんと生きて帰ってね!」
「やっぱ俺 行くのやめる!」
妹の尋常でない反応にサイカは即座に前言撤回した。
「駄目よ、吐いたセリフは飲めないものなんだから。それに怯えるような場所じゃないわよ?」
「だけど……でもっ!」
ちらっとユリスを横目に見る。
捨てられた子犬を見るかのような憐憫の視線とかち合った。
行ったらきっと地獄を見る。サイカは既にそんな未来予想図を脳裏に描き出していた。
「あぁもう泣き言はまず行ってからにしなさい! 何事も経験よ!」
どんな経験を積まされるのか戦々恐々である。
安請け合いかつ早まったかもしれない。
アーシェに意気揚々と連れて来られたのは芝生が敷かれた広場だった。
人はそれなりに居るが、面積が広いだけに人口密度は酷く低い。
サイカは室内で剣の稽古をするのかと思っていたが、どうやら道場なんてそうある物でもないようだ。見られるのは気恥しいが、せっかくなので稽古に集中して気を紛らわそうと心に決める。
「ほらサイカ、あの人が朝に言った知り合いの冒険者よ」
「あの人が……」
サイカは自然と頬が引きつるのを自覚できた。
木刀を二本持った大柄な男がいた。肌は浅黒く、髪も墨汁を吸ったかのように黒く逆立った短髪で、瞳が深い黒。服装まで黒に統一した黒尽くめの男性だ。
ヤクザなど目じゃない程に厳つい顔は自然体にして鬼の形相と呼べるだろう。泣く子も脇目を振らず逃げ出すような威圧感を纏い、その人物は腕組みし直立していた。
彼にとっての待ち人であろうサイカとアーシェに気付き、鋭い眼光を二人に向ける。純粋に怖い。
人を見た目で判断するべきではない。サイカとてその理屈は解っているつもりだ。だがそれでも出来るならば、剣のことなど忘れて回れ右したい気分だった。
そして非常に残念ながら、何事もなく冒険者の男の元まで辿り着く。
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら」
「5分程度だ。気にするな」
「そう? じゃあローレン。今日は息子をよろしくね」
「出来る限りはしよう」
旧知の仲同士の会話も程々に、アーシェは息子の背中を押し出した。
ローレンの前にサイカは立たされる。
「……サイカです。よろしくお願いします」
「ローレンだ。まずはこれを持て」
「あ、はい」
一本の木刀を手渡される。ローレンの持つ木刀より短めで、サイカの体格には丁度良い大きさに思えた。
「どの程度動けるか見る。自由に打ち込んで来い」
そう言うローレンは魔力強化を一瞬で済ませ、臨戦態勢に入る。どっしりと剣を構えサイカを待ち受けた。
そんなローレンにアーシェは苦笑いする。
対面してすぐあれでは面喰うだろう。もう少し前置きを入れた方が良いのではと考える。だが既にやる気になっている旧友を見て、とりあえず邪魔にならないよう二人から距離を取った。
その間際に母親としてサイカに「がんばってね」と声援を投げかける。
(え、本当にいきなり稽古始めるの?)
戸惑いながらあたふたと剣を構え始めるサイカ。その型は潤也時代に見た剣道の構えで、木刀を両手で握り切っ先を正面に突き出す。
ちなみにサイカに剣道の経験は全くない。ただ他に参考になる知識がなかったのである。
その構えにローレンは戦慄した。
眼を見開き、木刀を握る手に自然と力が籠もる。
サイカは剣は初心者だ。ローレンはアーシェからそう聞いている。
同じ孤児院の出身であるアーシェの頼みに軽い気持ちで引き受けた。その行為は軽率だったと今では言わざるを得なかった。
サイカの構えはあまりに自然体である。サイカは割と考えなしに構えているが、体はその構えの真髄を自動的に実行し隙のない構えを取っていた。
結果、相対するだけでローレンは気圧される。どこに打ち込んでも返されるイメージしか持てないのだ。これほどの熟練者を前に自由に打ち込めなどと、少し前の思い上がった自分に強い憤りを感じるほどに。
(えっと、ローレンさん動かないけどもう打ち込んで良いんだよな? というかローレンさんがとても真剣な表情でありがたいんだけどなんか怖い……!)
そしてサイカは剣を振るうべくローレンへと踏み込む。その踏込みはあまりに異質だった。
予備動作がほとんどなく、初速から最速の踏込み。円状の軌道を描く剣戟は無駄なくあらゆる動作の起こり始めが早い。結果、速度自体はさほど速くない筈にも関わらず魔力強化したローレンが、魔力強化すらしていない子供のサイカの踏込みに明らかな遅れを取った。
躱すのは既に手遅れであり、木刀で防御するのも辛うじて間に合う程度の有様だ。だがそれでも防御は間に合った。その筈だった。しかしサイカの木刀は、防御した筈のローレンの木刀をすり抜ける。驚愕で思考が白に染まる。
けたたましい音と共に、魔力強化してさえ痛恨の打撃がローレンを襲った。
苦悶の呻き声を僅かに漏らし、二,三歩後ずさる。
ローレンは自身がどうしてやられたのかが理解できない。あまりの非常識さにしばらく自失してしまったほどだ。
ちなみにサイカも自分がどういう技を放ったのか理解していない。ただ途中で変わった動きをした様な、という程度の認識だったりする。
「……見事だ。素晴らしい剣戟だった」
ローレンはサイカを心配させないよう痛みを痩せ我慢し、笑みを浮かべながら称賛を口にする。
そんなローレンはサイカから見て、まるで獲物を見定めた獣の獰猛な笑みのようであった。まるでやり返さなければ気が済まないとでも言ってるかのよう。サイカの全身が嫌な緊張に苛まれる。
盛大なすれ違いだがローレンの外見が鬼の形相と言うに相応しいから仕方がない。
余談だがユリスがローレンに苦手意識を持っているのも全てこの凶悪な外見こそが元凶である。
「ど、どうも。……それより大丈夫ですか?」
内心では大丈夫でない方が保身に繋がりそう、などと邪なことを考えつつも一応心配しておく。
あの獰猛な笑み(サイカ視点)を見ているので俄然 問題ないだろうとは思っているが。
「気にするな。頑丈さには自信がある。
それよりも、だ。ふざけるなよアーシェ。明らかにサイカの剣は熟練のそれだぞ」
「……私も実物見たの初めてだけど凄いわねー」
「お蔭で自身より剣に秀でた者に稽古を付けるなどとふざけた話になった。今度からは技量くらい正しく伝えてくれ」
「ごめん、気を付ける。……でも今日くらいは剣の稽古を付けて貰いたいんだけど、ダメかしら」
「残念だがサイカに稽古を付けられるほど、俺に剣の腕はないな」
これはもしかして逃げられるもといこのまま帰る流れだろうか、と半信半疑ながらもサイカは期待した。
だがローレンは義理堅い男であった。剣の稽古をすると言った以上、最後までに付き合うつもりであった。だからこそ彼は格上の者に相対するかのような面持ちで、手加減を捨てた。
「だからせめてとことん相手をしよう。今度は攻撃を当てても気にせず追い打ちをかけてくれて良い――――『ハルバド』」
ニヤ、と強気に笑いローレンは魔術を行使した。
薄黒い肌が一段と黒く染まる。白い魔力光が全身から疎らに、淡く光りを漏らす。
全身硬化の魔術。今のローレンは岩と同程度の硬さを誇るだろう。木刀ではダメージなど受けよう筈もない。
そしてサイカは悟った。あの人やり返す気 満々だと。大人げなく容赦なくタコ殴りにする気なのだと。そんな間違った推論を、あの意味あり気な笑みを見てサイカは確信を持って信じた。
「サイカ、今度はこちらから行くぞ!」
(これは本気で迎撃しないと――――死ぬ!)
不幸なすれ違いであった。
もしローレンが義理堅い男であるとサイカが気付いていたなら、あんな結末にはならなかったかもしれない。
しかしもう遅い。サイカが勘違いしたままローレンは彼に向けて踏み込んでしまった。采は投げられてしまったのだ。
ローレンがサイカへ木刀を振るう。力強くもきちんとした型が見て取れる堅実な剣撃だった。しかし殺る気になったサイカの体にはあまりに温過ぎた。
まずサイカはローレンの剣撃を自身の木刀で受け流し、すれ違い様でローレンの小手を射抜いて木刀を叩き落とす。そのまま流れるような動作でサイカも木刀を捨てながらローレンの腕を掴み、体の重心を利用し流れるような自然さでローレンの巨体を真上へと投げ飛ばした。
中空に投げ出され、驚愕に蝕まれた身動きの取れないローレンにサイカは容赦なく狙いを定める。中腰になり右手を掌底の形にし、落下してくるローレンの胴体へ向けて掌底を放つ。震脚を十全に響かせ、異様なまでに腰に肩に腕にと捻りを加え、その掌底は螺旋を描き容赦なく敵手を穿った。
「ッグハ!」
鈍く響く重い轟音。
吐血しながら地面を転がって行くローレン。
外傷以上に内傷を与えるあの技の前には、岩並みの防御力も分が悪かったと見える。
そのまま血を口から振りまきながら転がり続け、ローレンがようやく止まった頃には、彼は白目を向いて意識不明に陥っていた。しかも口からの吐血はまだ止まっていない。
(あれ……これ、もしかして殺っちゃった?)
さっと血の気が引く。嫌な汗が湧き、焦るサイカ。
実際にローレンは内臓を圧潰されて割と危険な状態である。もし彼が魔人という種族でなく人族だったら即死だったかもしれない。
そんな状況の中でアーシェは慈愛に満ちた笑みを我が子に送り、ポンっと肩を叩いた。
「頑張って手加減……身に付けましょうね!」
「それ所じゃないよね母さん!?」
サイカの言葉は正論だが、悲しいかな貴方が犯人である。
それからアーシェは混乱していた。