1話 孤児院にて
塀に囲まれた土地の、鉄格子の扉の向こうには白く長い面積を誇る建物が見えた。街の中心部から外れた位置に座すこの土地は個人経営の孤児院である。そしてアーシェの生まれ育った家でもあるそうだ。
サイカとユリスはその孤児院へ遊びに行くことになっていた。
元より暇な時は兄弟でよく孤児院に遊びに行っていたそうだ。
ちなみにアーシェはここ最近で溜め込んでいた仕事に明け暮れている。と言うのもサイカが行方不明になっていた5日間、ほとんど仕事が手に付かなかったらしい。そして貯まりに貯まった仕事を消化するため今は修羅場なのだそうだ。
孤児院の中に入ると、黒い執事服を着た爺が出迎えてくれる。灰色の髪と瞳が目に付く老人で、兄妹の来訪に笑顔になることで顔の皺を更に際立たせた。
孤児院を個人で経営しているだけはあり、執事を雇う余裕があるらしい。この館の主は一体どれほどの資産家だろうと考えを巡らせる。
「ようこそ二人とも、歓迎します。特にサイカはよく戻ってきましたね。記憶を失くしている件に関してはアーシェから聞きました。ですが安心してください、皆良い子達ですからすぐ溶け込めますよ。
……おっと、自己紹介がまだでしたね。私はジョシュア、この孤児院の主です。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします、ジョシュアさん。
……ところで違ってたら申し訳ないんですけどその服って執事服ですよね?」
「造形は似ていますが違いますよ。もっとも執事服を意識していないと言えば嘘になりますが。以前に執事をしていたことがありましたから、その名残で執事服と似た服を着ていることは間々あるのです」
「そうだったんですか。すみません、変なこと聞いちゃって」
「いえいえ、服だけならまだしも、以前の名残で時折立ち振る舞いも執事のように成ってしまいますからね。勘違いされても仕方がありません。自業自得という奴です」
ジョシュアが穏やかに微笑む反面、サイカの背筋は冷や汗で濡れていた。
解り易い質問だったのは自覚している。だがそれでも失礼なことを考え、その心内を見透かされては苦笑いしか出ないのも事実だった。
「お兄ちゃん、そろそろ行こうよ」
「ん、そうだね。それじゃジョシュアさん、失礼します」
「じゃあね、ジョシュアお爺ちゃん!」
「えぇ、ゆっくりして行ってください」
ジョシュアさんに見送られ、ユリスに促されて廊下を進む。
ちょっとした体育館ほどの広い部屋に着いた。特に何がある訳でもないが、これだけの広さなら運動だって出来るだろう。室内には十数人の子供が思い思いに遊んでいるようだった。
入口付近にいた同世代であろう二人の少年が、サイカ達に気付き近寄ってくる。
片方は赤髪で野性的な少年だ。中でも特徴的なのは金色の瞳で、爬虫類の眼のように瞳孔が細長かった。
もう片方は肩より長い金髪の、碧眼の美少年だ。特に長く尖った耳はよく目に付いた。
さすが異世界と言えば良いのだろうか。
どうやら人類にも色々とあるらしい。ともすれば数種類に分けられていたりするのだろうか。
「よぉサイカ、記憶喪失になったってのは本当か?」
赤髪の少年が話しかけてくる。
その隣では金髪の少年とユリスが「久しぶりだね」「久しぶりー」など挨拶している。
「実際に記憶がないからね。だから自己紹介とかあると嬉しいな」
「俺はイグルってんだ。別に憶える努力はしなくて良いぜ? すぐ忘れられない名前になる」
そんな意味不明なことを言って意地悪く笑う赤髪の少年イグル。そんな彼の頬を吊り上げる様は酷く似合うのだが、将来 悪人面になりそうだなと妙な感慨を浮かべた。
「僕はリオン。よろしく」
金髪の少年は柔和な笑みを浮かべて自己紹介してくれた。
「うん、二人ともよろしく」
自己紹介はつつがなく終わった。
記憶喪失という嘘がすんなり吐けるようになったことに憂鬱になる。表面に出すような真似はしないが、これから自分どこまで嘘で塗り固めてしまうのか少し怖くもあった。
「さぁて、さっそく勝負と行こうぜ!」
「はぁ、勝負……? 勝負ってどんな?」
「魔術勝負! どっちがより高度な魔術を使えるか競おうって訳だ。どうよ、まさかあの優秀だったサイカが逃げるなんて言わねぇよなぁ?」
「いや俺って魔術失陥とかで魔術使えないんだけど」
その瞬間、場の空気が凍った。
言った本人が狼狽えるほどに。
「あー、えとな、その……すまねぇ」
「や、出来ればむしろ気にしないで欲しい」
「そう、か? そんなこと言ったら本当に気にしないぞ?」
「俺はその方が嬉しいよ」
魔術失陥と言うのはやはり厄介なようだ。蔑むような視線は感じないが、同情するような視線は幾らか向けられるようだった。
「それなら魔術の必要があった時には遠慮なく言って欲しいね。僕もエルフの端くれだ。さすがにユリスには劣るけど、魔術にはけっこう自信があるんだ」
「もちろんあたしにはいつでも頼ってねーお兄ちゃん」
「ありがと、必要な時は声をかけるな。それにしてもリオンがエルフなら、もしかしてイグルもなんか特別な人類?」
「種族も忘れちまってるんだな……まぁ俺は特別っちゃ特別だぜ? なんせ竜人族だからな。人類では最も希少な種だ」
「なんか凄そうな種だな……」
ユリスがエルフだと言うのは数ある物語の知識からなんとなく推測はしていた。だがまさかイグルが竜人族、名前からして竜の因子がある人と言う事だろうか。道理で眼が爬虫類な訳だと納得する。
「ところでイグルはさっき俺に魔術勝負を仕掛けて来たよね。それってとっておきの魔術を仕入れて来たってことだろ? よければその魔術を見せてくれないか」
「えっ、そんなの見たいのか」
「とっておきなんだろ? 見ない訳にはいかないさ」
「そ、そうか、見ない訳にはいかないか」
イグルから冷や汗がだらだらと流れ始める。
そもそもイグルがサイカに魔術勝負を挑んだのはかなり不純な理由だったりする。
実はイグルは魔術がこの上なく苦手なのだ。孤児院内でも屈指のしょぼさを誇っている。それに引き替え記憶を失う前のサイカは、この年齢にしては優秀な魔術師だった。
サイカが記憶喪失になったと聞き、友達として悲しく思ったのは確かだ。だがその想いは今は関係ないので脇に置いておき、問題は記憶喪失のサイカなら魔術勝負で勝てるのでは? と思ってしまったことに尽きるだろう。そして魔術で初めて優越感に浸れるかもしれない、と突き進んだ結果がこれだった。要は自業自得である。
イグルの魔術を知るユリスは彼に憐みの視線を送る。心に深く突き刺さり凄く痛かった。
思わず目配せでリオンに助けを求めた。そんな視線に気付いたリオンは柔らかく微笑む。
「イグルの魔術は孤児院 屈指だよ」
「そうなのか? なら本気で期待できるな」
(ハードル上げやがったああぁぁぁぁ!!)
期待を隠しきれない様子のサイカに、イグルは崩れ落ちそうになった。その体は怒りや緊張やらで小刻みに震えている。
よりにもよって孤児院 屈指の『しょぼさ』という単語を抜かせてくれるとは。お蔭で一気に崖っぷちである。
こうなれば魔力で補うしかない、とイグルは覚悟を決める。
竜人族という種は他の人類よりも魔力筋力ともに大きく上回っている。例え魔術行使が稚拙であろうと出力を上げれば見栄えは良くなる筈だ。
そしてイグルは魔術を行使する。
アカシックレコードの末端に接続。情報を取得し現実に出力し、此処に魔術を顕現する。
イグルは掌を大きく開き、初歩の魔術には不釣り合いなほどの魔力を注ぎ込んだ。
炎が燃え盛る。大人の拳ほどもある赤い火だ。
それは手品の方がまだ派手と言えるほどの地味さだった。
所詮は初歩、この世界のライター代わりの魔術である。いくら魔力を注ぎ込んだ所でたかが知れていた。
――――終わった、さよなら俺の威厳。イグルは静かに嘆いたと言う。
「これが魔術かぁ。凄いもんだね」
その言葉は初め、あまりの下手さに対する嫌味かと思った。だが火の魔術に向けるサイカの視線は興味の色が濃くある。
実際サイカはイグルの魔術に興味津々だ。少し地味とは思いつつも、初めて見る魔術に浮かれている。
「へ? ……へ、へへ、まぁこんな物だぜ! まいったか!」
「あぁまいった。良いもの見せて貰ったよ」
魔術を消して虚勢を張る。
良心の呵責に苛まれたが、素直な称賛を浴びることが出来たので結果オーライとした。
「ねぇお兄ちゃん、もしかして凄い魔術もっと見たい?」
「うん? そうだね、もっと色々と見てみたいな」
「それじゃ、あたしの飛び切りを見せてあげるね!」
魔術に対するサイカの好奇心を過敏に感じ取ったユリスは、張り切って魔術を行使する。
末端への接続を開始、奥深くまで潜り膨大な情報を取得し、現実に顕現するための詠唱を口ずさむ。
「第四の状態を現し示せ、プラズムブロム!」
頭上に上げたユリスの手の上、五メートル近い巨大な青白い球体が形作られた。周囲に放電現象をまき散らしているその正体は、高エネルギーのプラズマである。
唐突に現れた大魔術に室内は関係なかった人達まで巻き込み騒然とした。そんな中、元凶であるユリスは屈託ない笑顔をサイカに向ける。
「どうかなお兄ちゃん?」
「あ、あぁうん、物凄いね」
プラズムブロムのあまりの威圧感に、サイカは半ば放心していた。
「って和気藹々と兄妹トークしてんじゃねぇ! 室内でなんて魔術使ってやがる!」
「ユリス、早くそれを消すんだ。間違っても放ったりしちゃ駄目だよ。絶対だからね!」
慌てて止めに掛かるイグルとリオン。こんな大魔術が放たれた日にはこの孤児院に巨大な風穴が空いてしまうと必死だ。
シルヴァ国屈指の魔術師アーシェ。そんな彼女の子供であるユリスはその才能を十全以上に受け継いでいた。
色鮮やかな花が咲く花壇や所々に生える木を見ながら、サイカは裏庭と言える場所を歩いていた。
同行者は居ない。ユリスはプラズマを作り上げたことでジョシュアに説教されているし、イグルとリオン共あの後すぐに別れた。そして立ち代り入れ替わりに室内の少年少女達から挨拶されたり、遊ぼうと引っ張られたり、実際に遊んで盛大に疲れたりした。
相手は子供と侮るなかれ。異種族の種族補正ないし魔力強化により体力が半端ないのだ。サイカ自身が子供の体である以上、相手に並みの成人男性以上の体力まで強化されては対抗など出来なかった。例えば駆けっこしたなら軽く最下位である。
今のサイカより遥か歳下の子にまで敗けた時など、これは早めに魔力強化できるよう練習すべきかもしれない。と焦りながら思案したものだ。
それはともかく疲れた体の骨休めも兼ね、現在は孤児院の敷地内を適当に散策していた。
そして、ふと音が聞こえた。
耳を澄まさなければ聞き逃すほど小さい、風切り音のような音。それが断続的に響いてくる。
気になって音のする方向に行き、建物で死角に成っている場所まで足を進めた。
――ビュオン、一層激しい風切り音が鳴る。
その場にいたのは少女だった。明るい茶髪で、おそらく同世代くらいで、昨日サイカをあの家まで連れて来た少女だ。
そして彼女はブラウスにハーフパンツというラフな格好で、武闘を踊っていた。
蹴りを放てば風圧で地面の砂が巻き上がり、腕を振るえば空気を引き裂く音が鳴り響く。馬鹿馬鹿しい程の力強さを問答無用に感じさせられ、目が離せなくなる。
この時サイカは、確かに彼女に見惚れていた。
「ふぅ…………それで、なんか用?」
唐突に武闘を止め、サイカに声を掛けて来た。
「えっ!? ……あ、や、特に用があって来た訳じゃないけど」
「じゃあ何の用もなくここまで来たんだ」
呆れ気味にサイカを見据え、彼女は魔術でピンポン玉程度の水球を作った。それを口に含み飲み込む。
飲料水の調達に魔術を使ったのだろう。やはり魔術は便利そうだ。
サイカは緊張していた気持ちを落ち着け口を開いた。
「散策して立ち寄っただけだからさ。でも君にはもう一度会ってお礼を言おうと思ってたから丁度良かった。ありがとな、君のお蔭で無事に家に帰れたよ」
「そういやアンタ記憶失ったんだっけ」
「だから助かったよ。きっと俺一人なら家まで辿り着けなかった。
ところで名前を教えて貰って良いかな。本当に悪いんだけど、憶えてなくてさ」
「別に謝られるほど仲良かった訳じゃないけどね。シアフィール、適当に呼んで」
「ん、じゃシアで」
……安直、と呟きシアが半眼になる。
シアフィールという名を呼ぶには長かったので区切ってみたのだが、そこまで変だろうか。
「嫌ならやめるけど」
「嫌って訳じゃないよ。そう呼ぶ人もけっこう居たし」
「そう? なら良かった」
と思いつつ、それならどうして半眼になったのかと首を捻る。
本当にただ単に安直だったからだろうか。確かに安直であることは否定できないが。
「ところでアンタ昨日、私が殴ったとき躱してたよね。魔術ばっかだと思ってたけど、割とそういうこともできんの?」
「自覚はないけど、そうみたいだね」
「ふーん?」
シアはサイカを観察する。
立ち振る舞いからしてやはり素人だ。武や戦に精通した人間とは思えないほどの棒立ちである。手加減していたとはいえ、どうして昨日避けられたのか解らないほど素人然としていた。
試しに拳を握り、軽く振るってみた。
突然の奇襲を認めたサイカの体は瞬時に脱力し、体を捻って半身になり拳を躱す。
あんな拙い体位から躱すその技量にシアは瞠目した。手加減していたとは言え恐ろしいまでの危機対処能力だ。
当のサイカ本人はシアの突然の奇行に唖然としているが。
「……ちょっと、待とう。どうして殴ったの?」
「少し試してみようかと」
「本気でやめてね!? 人間って割と脆い生き物だからね!? それ当たったら死ぬからな!」
ちなみにサイカの言うそれとは武闘中であったシアの拳である。先ほどの手加減した拳位なら打撲程度で済んだだろう。
冷静に思い返せばそれくらいは解っただろうが、今のサイカはいささか判断能力が低下していた。とはいえ殴ること自体を止めて欲しいサイカとしては、どちらにせよ抗議していただろうが。
「それよりいつもならアンタらもう帰ってる頃だけど、時間良いの?」
「それよりって……まぁ帰る時間は知らなかったね。一旦戻ってみるよ」
「そうすれば。じゃ、さようなら」
「あぁうん、またね」
軽く手を振ってその場を去るサイカ。
それを見送りながらシアは、またね、と言う言葉に眉根を寄せる。あの武闘を見たり、二度も殴られかけたりしたにも関わらず、またね、と言った。シアの人生でそれは割と珍しいことだった。
どうやらサイカは記憶喪失に伴い、性格からして変わっているらしい。
奇特な奴、と思いながら自分も部屋に戻ることにした。
「辛かったよー、足痛かったよー」
「よしよし、よく頑張ったね」
「うん、あたし頑張って耐えた」
サイカはユリスの頭を撫でる。
現在彼らは孤児院からの帰り道である大通りを歩いていた。
そしてユリスは精根尽き果てたかのように力なく歩いていた。
ユリスの話によるとジョシュアの説教は壮絶を極めたそうだ。何時間も正座させられ、延々と常識を諭されていたのだと言う。お蔭で説教直後は立てない程であったらしい。
その所為か説教後ユリスの友人たちに介抱されたが、精神的疲労と足の痺れによりついぞあの広い部屋には戻れなかった。今でも痺れが残っているほどなのだから、余程辛い説教だったのだろう。
妹の有様を見てジョシュアには説教されないようにしよう、とサイカも心に刻んでいた。
それにしても夕方なだけあり、大通りにはそれなりに人通りがある。サイカ達と同様に帰路へと付いている人も多いのだろうか。
そう考えつつ辺りを見回すと、知った顔が二人並んで歩いているのを見つける。
「イグルにリオン?」
「あれ、サイカにユリス?」
「なんだ、もう帰る時間かよ?」
「うんそうだよ説教だけで時間が潰れちゃったよー。あたしがこんなに頑張ってジョシュアお爺ちゃんの有り難いお話に耐えてる中、二人は外で悠々自適に過ごしてたんだね?」
「お前のは自業自得だろうが。つか俺らもただ遊んできてたんじゃねぇよ」
イグルの言葉が示す通り、彼らはただ遊びに行ったのではないのだろう。それだけ彼らが今身に付けている衣服は物々しい。
イグルは軽そうな鎧を着こみ、剣を背負っている。リオンも皮の鎧を身に付け、弓を担いでいる。まるでどこかに戦いに行って来たかのような装備だ。
「凄い恰好してるけど、二人とも何して来たんだ?」
「僕らは二人で冒険者やっててね。今回はウェアウルフを3匹ほど狩って来たんだよ」
「まだ駆け出しだから大した魔物は狩れないけどな」
「えっ、充分凄いって。魔物を狩るって命掛けなんだろ? 俺はちと自信ないかな」
「えー、でもお兄ちゃんオーク倒したんでしょ? 冒険者くらい楽勝だってー」
ユリスの言葉にイグルとリオンが若干驚きつつも苦笑いした。
「そりゃ凄いと思うけどよ、あまり無理言うなって。今のサイカは魔術使えねぇだろうが」
「違うよ! 魔術使えなくなった後に倒してきたんだよ!」
ユリスの言葉に二人の苦笑いが固まり、沈黙が舞い降りた。
「……サイカ? ユリスはそう言ってるけど、本当に?」
「うん、まぁ……そんなこともあったね」
それにどうだ見たかとユリスが胸を張り、冒険者二人はあまりの予想外さに唖然とした。
サイカはと言えば、薄々感じてたけどユリスってお兄ちゃんっ子なんだなぁと諦観の最中にいる。端的に言って自分が本物のサイカでないことの罪悪感がぶり返していたりした。
その間に冷静さを取り戻したリオンはにこやかに笑う。
「サイカどうだい、僕たちと冒険者やらないかい」
「はい?」
「なるほど、それだ! 俺たちと一緒に冒険者やろうぜ! なに、魔術が使えなくても俺達にはリオンがいる。だから遠慮するなというかむしろ大歓迎だ!」
「はあぁ!?」
訳がわからない。というより唐突過ぎる。
ユリスは隣でふふん仕方のない奴め、と言った感じの表情をしているが、サイカとしてはその顔やめて、と言った心境である。
「……と言うのは冗談だけどさ。将来やることなかったら考えてみてよ」
さすがに突然すぎたかと思いリオンはフォローを入れ、その言葉にサイカは安堵の息を吐く。
ちなみにイグルの「えっ」という呟きは聞こえなかったことにした。
そもそもサイカは冒険者がどういう仕事かさえわからない。この世界のこともあまり知らない。こんな状態で将来のことなど決められる訳がないのだ。
ただ少なくとも冒険者は魔物を狩ることがあり、それは当然命が掛かる。そんな危ない仕事をするのは少し気が引ける。
だが同時に冒険と言う言葉に心惹かれる部分もなくはなかった。より正確に言えば、この世界がどういう世界なのか見てみたいという願望がないでもないのだ。
とはいえ元のサイカの身内から離れるような事はしたくない。それに命を危険に晒すのはやはり御免なため、冒険者をやりたいとまでは思えないのだが。
「ありがと、どうするかはわからないけど考えてみるよ」
「うん、まぁ気負わずに考えて」
リオンの優しさが痛み入る。
イグルも「別に今から冒険者しても構わないんだぜ?」と口に出しつつ、意味あり気に横目で見て来たため、丁重に「御免こうむる」と笑顔で返しておいた。
「と、そろそろ門限がやべぇわ。悪いけどもう帰るな」
「そうだったね。それじゃ二人とも、またね」
「そか、じゃあまたな」
「じゃあまたなー」
そうして兄妹と冒険者二人は別々の帰路に着く。
その兄妹の帰り道、ユリスと取り留めのない会話をしながらサイカは思った。
自分はこれから一体どう生きて行くのだろうか、と。
妹とシアの髪の色を変更、というより交換しました。