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道化の造った英雄譚  作者: えそら
神無月
11/11

10話 公爵家の執事様と対談 上

 目が覚めた時、サイカはベッドに突っ伏した状態だった。

 掛布団もまとめて敷布団扱いだ。

 昨夜何も考えずに寝たが体が少し汗ばんでいる。軽装備のままで寝るものじゃないと言うことだろう、お風呂が恋しい。朝から嫌な気分だ。


 夢じゃなかった。

 サイカが起きた場所は宿の一部屋である。つまり馬車が黒い沼に引きずり込まれたことは夢じゃない。

 朝から本当に滅入ることばかりだ。


 ただ一度寝たお蔭で、少しは頭も冷えた。


 いつまでも俯いていたって何も変わらない。寧ろ害悪だと、潤也時代の経験として知っている。空元気でも気持ちを切り替える。

 幸いにもリンドとの付き合いは浅い。御者と冒険者なんてほとんど関わってすらいない。だからあれだけ落ち込むことは無いと、そんな詭弁を自己暗示として摺り込んだ。

 そしてちゃんと冷静に、事実は事実として受け止め、整理しよう。


 それにまだ手遅れだと決まった訳じゃない。


 まず馬車は黒い沼に飲まれた。

 周囲を探しても馬車はおろか人影すら見えなかった。

 乗組員は死んだ可能性がある。だが同時に死んだと決まった訳でもない筈だ。

 多分に希望的観測ではある。けれど少なくとも、可能性を考えられるだけの根拠はある。


 あまり思い出したくない事柄だが、黒い沼内部でサイカは黒い泥をかなり飲んでいた。それは思い出すだけで吐き気がする程に気持ち悪かったが、それでも思い返せば、呼吸が出来ないと言う当たり前な苦しさはなかったのだ。

 だからあの黒い沼の中で溺死した、と言う考えはある程度捨て置いて良い。

 何らかの害は絶対にあるだろう。だが少なくとも黒い沼に引きずり込まれ、それだけですぐに死ぬと言うことは無い。その内に居た怪物に喰われたとするならどうしようもないが、

 死んでいる可能性を考えても意義がない。

 そんなのは死んだと言う証拠が見つかってからで良い。


 ただ問題は、あれから一日 経ってしまったこと。

 さすがにもう奇襲を受けたあの周辺で、重要な何かを見つけられる可能性は減って来ている。何より時間が勿体ない。

 ただでさえ手遅れかもしれないのだから、もっと効率的に動く必要がある。


 特に足りていないのは情報。次いで人手。

 幸いにもヘルハウンドの件で多少の金はある。

 人手は冒険者を雇うことである程度は解消できるだろうし、情報もあの魔物の情報くらいは聞けるかもしれない。


 それから貴族。

 ヘルハウンドを倒したことを表彰したいと、サイカを王都へ招いた公爵家。

 多少でもその事に引け目を感じて貰うことが出来たなら、ある程度の便宜は図って貰えるかもしれない。


 他力本願も良い所。

 だが自力ではどうにもならず、それでも足掻くのなら。自分にない何かを引っ張って来る他ない。

 所詮この世界に詳しくないサイカの知識では限界がある。

 ある種の拠り所である体術の技量だって、それだけで全てまかり通るほどこの世界は甘くない。元より荒事のみに限定してさえまかり通せていない。


 アドリスの時は抵抗できても結局は気絶させられた。ヘルハウンドの時はシアが居なければどうにもならなかった。あの黒い沼を前にした時なんて、自分一人だけが生き延びるので精一杯だった。

 そもそも体術の技量すら、所詮は子供であるサイカの体では扱い切れていない。こんな様で一体どうして自分一人でなんとか出来ると思えるのか。

 だから味方が必要だ。じゃないと例えリンドが今も生きていたとしたって、何もできないまま全て終わってしまう。

 それだけは駄目だと自意識に喝を入れる。


 さしあたっては行動を開始するその前に、とりあえず井戸水とか汲んできて体を拭こう。

 さすがに汗ばんだ状態で放ったらかしは嫌だ。






 まずサイカは服屋で普段着を購入し、最低限身なりを整える。後に公爵家の別荘へと向かった。

 道中で眺めた王都の街並みは、道も建物も整えられておりエルイアよりも文化が発展しているように見えた。

 さすが主都だけあり、人通りが多く道行く人々に活気がある。エルイアの街でも人族以外の種族は割と多かったが、ここ王都はそれ以上だ。


 街自体も大きく、住み慣れない者なら迷ってしまうかもしれない。

 ただ今のサイカに限って言えば、その心配は杞憂であろう。なんと言っても目的地の公爵家の別荘は大きい。遠目からでも十分に見えてしまう程に。


 円柱型の城で、そんな建物が幾つも並んでいた。

 水路に囲まれており、正面の橋以外からの侵入は困難だろう。

 どうして別荘なのか不思議な程に大きさ威圧感共に半端じゃないが、王城はこれより大きいのである。貴族王族様の金銭感覚が恐ろしいだろうことが容易に予想できた。偏見と切り捨てることもそう出来まい。


 そして公爵家別荘行の橋を渡るには門を超えなくてはならない。しかもその門、並みの建物位の大きさ位はある。

 そして門の前には鈍色の鎧を身に纏った男が二人居た。

 通称門番である。


 王都は人通りが多いが、さすがに門の前は空白地帯が出来ていた。

 そんな中をサイカは一人進んで行く。


 サイカを捉えた厳つい門番は、目一杯の優しい笑顔を作り上げる。

 しかも子供が相手なら思わず視線を逸らしそうな程度には笑顔が怖い。歴戦の戦士を思わせる眼光と表情が周囲に見せさせていた。


 だが相手が悪い。

 サイカの剣の先生的存在であるローレンは、まさに悪鬼。無表情だろうが笑顔だろうが鬼の形相と言わしめたあの魔人を知るサイカにしては、それで足踏みする理由にはならない。


 元より笑顔が怖いは、門番にとって果てしないほどに不本意な評価であるのだが。しかし時折門に近寄って来た子供が突然走って逃げだすのは、それが原因だったりする。


 もっとも今のサイカは、怖い笑顔くらいで奇抜な反応を見せるのは難しい。

 馬車を襲撃されて一晩経ち、多少は安定した。だがその精神は未だ万全とは言い難い。表情にあまりゆとりがあるとは言えないし、門番の営業スマイルにも反応が薄い。

 その子供特有の無邪気さがないことに、門番は僅かに眉を潜めるもサイカに話しかける。


「よぉ坊主。悪いがこっから先はあんま入らせちゃならん場所なんだ。用事がないなら引き返しちゃくれねぇかな?」


「用事ならありますよ。………………と、これを」


 懐から公爵家からの招待状を取り出し、門番に渡す。

 馬車襲撃の際にこの招待状が失くならなかったのは不幸中の幸いであろう。肌身離さなかったのが功を奏した。


 門番は高級な紙を使われた招待状を眺める。

 宛名にある『サイカ』と言う名、門番の記憶が確かなら、災害級の魔物を倒した功労者の名前。表彰式の主役である二人の内の片割れだ。

 言われてみれば昨日にもシアフィールと言う少女が来たか。


「なるほど確かに招待されてるな。よしわかった」


 と頷いて門番のもう一人、若い男の門番に「あの執事呼んで来い」と指示を出す。

 その指示に従い、新任である若い門番は城へと入って行った。


 そして居残った厳つい門番はサイカを見る。

 あのヘルハウンドを倒した子供。

 まったくどうして、全然そう見えない。


「子供と聞いちゃいたが本当に子供だな。しかも細身だ。となると……やっぱり能力持ちか?」


 問われたサイカは努めて表情を緩める。

 昨日の事が尾を引き、気分はあまり良くない。だがそれを表には出したくなかった。

 だから表面上は強がって見せ、普段通りを装う。


「能力はないですよ。欲しかったとはよく思いますけど。身近に能力持ちがいると特に、羨ましいですね」


「確かに能力持ちは並外れてるのも便利なのも多いからなぁ。しっかしだとすると坊主は魔術師か。しかも災害級の相手できる位となれば相当やるな! その年で大したもんだ」


 世界の全ては魔術で理論付けられる。


 魔術は全能の一欠片であり、魔術師は世界の全てを解読しようと挑む者だ。そして魔術の世界では、才能の差が他の技術より如実に現れることを門番は知っている。

 稀に居るのだ。何十年と言う研鑽を積んだ熟練の大魔術師を、たかが数年の研鑽であっさり踏み超えていく天才が。

 努力や知識よりも、大事なのは先天的に持ち得た魔術の適正。

 その最果てに至り、もしも魔術の全てを網羅できたならば。その魔術師はこの世界において全能と同義とも言えるだろう。

 その果てに至った魔術師は、過去に一人だけ存在したと言う。


 この少年もまた、何十年の魔術の研鑽を容易く踏み潰せるか。あるいは本当にもしかすると、全能に挑めるだけの桁外れの魔術適正があるのだろう。でなければ能力なくこの歳で、災害級を相手取るなど不可能だ。


「いえ魔術はまったく使えません。お蔭で不便な思いをしてるので、常々使いたいとは思ってるんですよね。今は魔道具で幾らか代用できないかと調べてる所です」


「……なにぃ!?」


 門番は改めてサイカを見る。

 ひょろい。率直に言って肉弾戦やれるような体じゃない。お世辞にも戦士の肉体とは呼べない。

 同年代の子供と比べれば別段劣っている訳ではないが、災害級はおろか戦う者の肉体にすらなっていない。種族だって人族で、その能力は他種族と比べて優れている点はそう多くない。


「いやお前、それでどうやって災害級なんて化物と戦えんだよ」


「……掌底とか?」


「しかも素手か! そんな非力そうななりで武器なしとか舐めてるな! 個人的には無謀な奴は大好きだが、そんな調子じゃいつか死ぬぞ」


「俺だって好きで戦ったんじゃありませんよ? 成り行きで心構えなくアレと出会って、あまつさえ狙われて他にどうしろって言うんですか。馬の数十倍速い相手じゃとても逃げ切れませんし。もう倒すしかなかったんです……」


「だがな坊主、なんでそこで本当に倒してんだ? 能力持ちや魔術師なら百歩譲るとしても、なんで掌底で張り合えてんだ? バカだろ、阿呆だろ、あぁもう最高だろ!」


 きっと主に災害級の魔物を倒したのは、もう一人の少女だ。そう考えるのが妥当だと門番とて思う。

 しかし潔く災害級を倒そうとしたその思考、まさに狂気の沙汰だ。または無知故の蛮勇だ。だがこの門番は無理無茶無謀の類が大好物であった。つまり変人なのである。


 とはいえサイカとて無茶した自覚があり、怒りを覚えられるのも理解できる。

 それ故に最後に付け加えられた最高と言う言葉には度胆を抜かれた。というか。


「……えと、あれ、褒められてるのか貶されてるのかわからない。というか俺って一応客人ですよね。門番がそこまで明け透けで良いんですか?」


「認めたくないものがあってな、子供相手に敬語を使わなきゃならん現実とか」


「俺は構いませんけど、それって良いんですか……?」


 対して自信あり気に問題ないと嘯く門番。

 例えば貴族のお子様相手に無礼をやらかせば物理的に首が跳ぶ可能性もあるそうだ。その程度を恐れていて門番が務まるか、と門番はすまし顔で言い切った。

 門番の根拠は理論ではなく精神論だった。つまり大問題である。






 それからしばらく門番と雑談をこなした。

 そして解ったことは、門番がどうして門番をやっているのかわからないほど刹那主義者なこと。


 無茶は買ってでもしろ。

 勇気と無謀は違うがそれもまた良し。

 人生短いのだから生き急いでこそ。


 本当にどうして門番してるのか、そんな性急な主義主張だった。むしろ門番より冒険者の方が合っている気がする。そして等級の高い魔物に挑んでそうだ。

 ちなみに冒険者でなく門番をやっている理由は、親の代から受け継いだからだそうだ。

 本人の要望としては冒険者して世界を回りたかったらしい。


 そして門番は言った。「俺のように成るなよ、本気で死ぬからな」と下品に笑いながら。それを見ながらサイカは思う、その性格にはまずならないと。


 ちなみに門番はこの間、常に敬語を放り投げた口調である。

 門番は年上だ。その行為が門番としてどうかはともかく、サイカは別段気にならなかった。

 無論門番も気にも留めなかった。


 ただしこの光景、客人に対する門番の馴れ馴れしさを認められない者がこの場にやって来る。

 門の向こうより、二十代前半であろう黒い執事服の美男子が静かに歩き現れる。


「だからなサイカ、門番の仕事は守ることだ。お貴族様に敬語で媚びへつらうことじゃあ決してない。そこん所を誤解してる奴が最近はなんとまぁ増えちまって、ほとほと呆れ果てる訳よ」


「門番さんにも色んな人が居るんですね」


 あぁそうとも、やれやれだろう? と肩を竦め苦笑い気味の表情で語る門番。

 その背後に音無く忍び、かつ優美に執事は歩み寄った。

 この時点でサイカが執事に気付く。


「門番は敬語を使うだけの存在じゃいけない。全然ダメだ。門番の矜持がそんな安い物で良い筈がない。だから俺は思うんだ。貴族、平民、王族だって例外なくドンと胸を張って堂々と職務を熟せば良い。そこに敬語が入り込む余地なんぞないってな」


 決め顔の門番の言葉に、背後の執事はにこやかに青筋を立てた。

 サイカは自らの頬が引きつるのを自覚した。


「気が合いますね。門番は敬語を使うだけの存在じゃいけない。私もそう思います」


 背後から答える声、それに門番は気を良くして答える。「当然だ、俺達は門番。敬語を使うだけの存在じゃいけ……」と途中まで。

 そして門番はようやく気付いた。

 呼んでた執事が来てやがるしかも真後ろに。


 そう思った瞬間、門番は背後の執事に頭を掴まれ、足払いを掛けられ、勢いよく地面に叩きつけられる。

 呻き声を上げるがその途中で腹を踏み潰された。無残に全ての息を吐き出す。


「貴方の言う通り門番は敬語だけじゃいけない。ですがそれはまず敬語を十全に扱えるようになってからのお話です。それすら出来ない貴方は門番以下の塵虫で、正直に白状するならかなり邪魔です。その辺りに這いつくばっていてくださると私としては助かりますね」


「…………」


 門番に反論の声はない。

 白目を向いている辺り気絶したと見ても良いだろう。

 というか予想外の過激さにサイカ唖然である。


「おっとこれは失礼。大変に見苦しい塵虫をお目に入れました。彼に代わって私、アシルがあの暑苦しいナマモノを生かしておいたこと、深くお詫び申し上げます」


 沈痛な表情でそう謝罪し、執事のアシルは門番を隅へと蹴り飛ばした。塵のように転がって行く門番。

 死者に鞭打つとはまさにこんな状況を言うのだと、サイカは一つの真理を悟った。


「あのアシルさん? 門番さん大丈夫なんですか?」


「非常に遺憾ですが問題はないでしょう。彼のしぶとさはその辺りの蛆虫を超えています。しぶとくも二分程で起き上がってくるでしょうね」


 苦虫を噛み潰した表情でアシルは呟く。

 きっと仲悪いんだろうなと、サイカは諦観の中で思った。


「では城内へ案内します。着いて来てください」


「は、はい」


 柔和に微笑む執事に、サイカは何も逆らわず着いて行く。

 門番のことは若干心配だが、アシルの後を着いて来たのだろう新任の門番。彼に介抱を任せることにした。






遅くなりました……しかも実はまだ途中だったりします。

中途半端に区切ってます。

今回は遅くなり過ぎたので、そろそろ次話出さないとと思って放出した次第です。


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