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第八話 欠陥品なイキモノ達

第八話 欠陥品なイキモノ達



『混ざりモノ』


 それは、魔族の血が混ざったカイリのことを蔑む時に、魔族が、そしてまた神官などの人間達がはき捨てた言葉。

カイリにとって禁句である言葉。

それをシュウはなんの気負いもなく口にする。

―――怒らせようと挑発しているのか?

 視線を鋭くさせ、きつく睨みつけるが、当のシュウは、表情を変えず、手元の肉にかぶりつきはじめた。

一口分噛み切って、もぐもぐと噛み締める姿からそうした悪意は感じられず、溜息をついてぎこちなく力を抜いた。

「………………まぁ、な」

 小さく呟く様に答えて、そこでようやくシュウの口にした言葉の意味を知る。

「――――――やっぱり、そうなんだな?」

「何が?」

「混ざりモノは寿命が他より短い、んだな」

 確認の言葉に食べる手が止まった。

「俺と同行することに………知りたいと言った、母親の言葉の意味を探ることを強行に行おうとするから、知っていると思った…………。予想はしていたが、確信はしていなかった?」

 魔族と婚姻を結び、カイリを産み落とし、姿を見せなかった魔族の父を最後まで愛しつづけた、母。

 天使と神に仕えるとされる神官達は口を揃えて、魔族は愛を持たぬイキモノだと言った。だが、母は魔族を愛し、愛されていると胸を張って答え、笑みを絶やさなかった。死のその時まで。

 真実を知りたかった。

 カイリは父である魔族に逢った事がない。本当に彼が母を愛していたのか、魔族が愛することが出来るのか知りたかった。それが旅の同行を申し出た理由の一つ。

 それを強引に押しきったのは確かに焦りがあったからかもしれない。

「破魔士の平均寿命は二十歳から四十歳。調べ尽くした資料の中にはどれもそう書いてあった」

 そう言ったカイリをシュウは例の無感情な瞳で見詰めると、淡々と口を開いた。

「天使魔族の寿命は約五百年。人間の八十年の約六倍だ。それだけの時間を生きるニ種族だが、これらには一つの共通する特徴がある」

 ふいに語り出したシュウを不思議そうにみやる。その真意がわからない。

「彼らは人間のように、個体個体で生殖を行うことができない」

 幼い子供の姿で、生殖などという生々しい言葉を吐くシュウに流石に少し引く。だが、シュウはそれにかまう様子もない。

「それは生物として致命的であり、滅び行く運命でしかない。だが、それらの種族は滅びることなく未だ存在する。彼らの子孫は生産続けられているわけだ」

「生産って……………」

 まるで物か何かのように。

「天界にも魔界にも、それぞれ一つの施設が存在する。子供を生産し、一定年齢まで養う場所だ。そこにはそれぞれ、神といわれる存在があり、それによって管理され、彼の者の力によって生産される。だから、天使と魔族の数はほぼ一定に保たれている」

「何…………だよ、それ」

 シュウの言葉が本当なら、まさに物と変わらない。

無機質な法則。

そこには神殿の神官らが説く神秘さも荘厳さもない。

 幼い頃より、すり込まれていた世界観の崩壊に衝撃を覚えるカイリを見て、シュウは緩く首を横に振った。

「本題から逸れた。そんなことはどうでもよくて」

どうでもいいとはとても思えなかったが、シュウの言葉を遮ろうとは思わなかった。ここまで話を聞いても、まだ何を言いたいのかわからない。

「そんな風に生物として基本となるべき能力が欠けた天使と魔族だが、直接の子孫を残す方法がある。…………人間と交わるんだ」

 はっと息を飲む。

 話がようやく自分の方へ向いてきた。

「そうすると混ざりモノと呼ばれる混血児が産まれる。だが、そうして産まれた混ざりモノの寿命は他より短い。それは生まれを考えれば当然だ」

 太陽は東から上る、というように確信に満ちた断言する言葉。

「人間には支えきれない力を与えられるからか?」

 それは神官に、又相対した魔族に言われた言葉。だが、シュウはそれを真っ向から否定した。

「違う。生物として決定的な欠陥を補う為に、命を保つ為に必要とするものを消耗してしまうからだ。産まれて来るという行為だけで」

 シュウが語る言葉は理路整然としていて、すんなりと頭に入ってきた。これまでの会話でよく混乱していたのを考えて、わかりやすい言葉を選んでくれたのかもしれないと場違いなことを思った。



 忌むべき、下賎のイキモノでないという理論。



―――うわ、こいつ。

思考が停止する。

息を飲んで。

―――うわ、こいつ、もしかして。

呆然と。

見詰めて。

もしかして、突然こんな話をした理由は。

―――慰め、ようと?

 寿命をどうにかすることは、たぶんカイリよりも遥かに高度な知識と技術を持つシュウにも、どうにもできないのだろう。

 だから。

―――凄く………もの凄く遠回りだけど、もしかしたら。

せめて、自分を蔑すむような生き方をしなくて済む様に。

―――うわ、こいつ。



 こんな、やり方しか、知らない。



 胸を、打たれた。

 言葉を、失うくらい。

 苦しんだ過去を、忘れるくらい。

 ただ、胸が、いた、くて。

 何も、言えない。


「はは……」

乾いた笑いが零れた。

肉を手にしていないほうの手の平に視線を落として、それで前髪をかき上げるようにして瞼を覆う。

「そっか」

「そうだ」

ぽつりと呟いた声に即答される言葉。それに続いて、食事を再開する物音。

「………そっか」

「………」

二度目の呟きには答えが返らない。だが、それは気にならなかった。

むしろ、何も言ってほしくなくて、とても有り難かった。

 パチンっという薪が弾ける音に、ようやく瞼の掌を外す。そして、俯いたまま、冷えかけた肉を乱暴に噛み切った。

もぐもぐと食いながら言葉をかける。

「とっとと食って寝ないとな。まだ明日も結構歩くんだろ?」

「ああ」

「明日にはつくか?」

「あと二日は考えてもらう」

「もうすぐって言ったじゃねーかよ」

「五日砂漠の旅を続けて残り二日ならもう少しだろ」

「げぇ。ちょっと詐欺臭いぞ」

「煩い。文句があるなら…」

「帰らねーからな。俺は」

 最初に較べて口数が増えてきたシュウがカイリの言葉に溜息と共に言葉を切る。それを勝ち誇った様に見てから、表情を崩す。笑み崩れるという表現の方が正しいかもしれない。

「…………あーくそ、泣きそうになっちゃったじゃねーかよ」

「勝手に泣いてろ」

「冷てーなぁ。旅は道連れ、世は情って言うだろ?」

「知らん」

「またまた………」

「煩い」

 問答無用に会話を断ちきるシュウに堪えきれない笑いが零れて。



 砂漠の夜は更けていった。




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