第四話 邪樹の下で
第四話 邪樹の下で
肌がびりびり震えるような邪気だった。
「………コレかよ。お前の言ってた魔界の植物って」
鳥肌が止まらない。ごくんと生唾を飲み込む。
目の前にあるのは一つの巨木だった。ほとんど黒に近いこげ茶色の樹皮と、ものすごくくすんだモスグリーンを更に濁したような色の葉と、透きとおりうっすらと青く輝く果実。
あまりにもアンバランスな美。
樹や葉があらゆる穢れを吸収して、綺麗な純粋なものだけ結晶化させたみたいな実だった。
「それ。触ったらダメだよ。人間だし、耐性ありそうだから魔獣化まではしないだろうけど、かなり物騒だから」
淡々と言ったシュウを驚いて見下ろす。
「そんなやばいのか?……あ、もしかして魔獣発生の原因って……」
「そういうこと」
果実の真下に立って、指先で何かの印を切ると、その果実の包む透明の膜が発生し、その印を縦に真ん中から切るような指の動きをすると、膜ごと果実が消え去った。
「……何したんだ?」
「術で作った空間に送っただけ」
「ふぅん…」
さらりと答えるシュウに何気に答えながらも、樹から視線を逸らせない。
「で、これどうするの?」
「あん?」
ふいに問いかけてきたシュウの言葉が、なんだか遠いところから聞こえるような感じで。
と思った瞬間、思いきり向うずねを蹴られた。
「…っぐっ!!…て、めぇっ!何しやがるっ!!」
弁慶の泣き所にクリーンヒットした蹴りのせいで目に涙が浮かぶ。
胸倉を掴んで詰め寄らなかったのは、相手が子供の姿をしていたから……ではなく、めちゃめちゃ嫌そうな顔でシュウがこちらを見ていたからだった。
「何、邪気に飲まれそうになってるの?」
「………あ」
その一言で頭が覚めた。樹の邪気に当てられかけていた自分に気付く。シュウはそれから覚ましてくれた、らしいのだが。
「もう少し穏便な方法はねえのかよ」
「あるけどめんどくさい」
「…………」
シュウはどうやら極度のめんどくさがりやらしい。
「どうでもいいけどコレどうするの?消そうか?」
あっさりというシュウに少なからず驚きを覚える。
「いいのか?」
「いい、って何が?」
「いや、お前の話からして、コレが結構貴重なもんだってのは想像ついてたから、これ消すの嫌がられるかと思ってたんだが」
目をぱちくりしてシュウを見る。
「下手すりゃ、戦闘かなっても……思って」
いた筈なんだが。全く殺気を感じないせいで、そのことすらすっかり忘れていた自分に更に驚く。
「にしては、無防備すぎない?」
「いや、それは……そうだよなぁ…?」
「何それ」
―――あ、呆れてる。
そうだよなぁ、呆れるよなぁと心の中で呟きながらも、なんとか弁解をしようとする。
「………だってお前、殺気ないし。それになんっつうか………」
まじまじと見下ろす。
感じる奇妙な親しみの理由は。
「…………そう、なんっつうか、同類みたいな感じがする」
その言葉にシュウがちょっと驚いたような顔をする。
「…………んだよ」
今度は向こうが目を大きく見開いて、不思議な色合いの薄金色の瞳で見詰めるから、ふてくされて呟く。それにシュウが答えたのは、大変無礼な一言で。
「………変人」
「…あぁん?」
咄嗟に怒りを込めた声をあげるが、そのシュウが本当に驚いた様に言うから、それ以上の言葉が出ない。
「まぁいいや。とりあえず、樹燃やすから下がって」
「……お、おう」
今までの会話を忘れたみたいに無表情に戻るシュウに戸惑い気味に返事を返し数歩下がる。
「ついでに集まってきちゃった残りの魔獣よろしく」
「おう……ってなにぃっ!?」
緊張感に欠けた口調で言葉を続けたシュウに頷きを返し、数秒して言葉の意味を察して振り返る。
そうしてカイリの視界に飛び込んできたのは木々の間で赤く光る瞳。
「……………勘弁してくれ」
喉の奥で唸るような声で、うんざりと呟く。
魔獣は他と違わず、いくぶん巨大化した鴉だった。その数、ニ匹。
明らかに自分たちを狙っているのを見て、カイリは諦めの吐息をついた。