I'll finish the game
ララは上体を起こし、コリンが狂ったように叫びながらマシンガンを掃射している姿を恐ろしそうに目を見開いて見ている。口元が震え、今にも叫びだしそうだ。
「まずい!」
ザックは男から奪った銃をトムに渡して走り出すと、こちらに背を向けているコリンに飛び掛った。その瞬間ララが大きな叫び声を上げた。
ザックはマシンガンを握っているコリンの手を両手で摑み、誰もいないほうを向けてそのまま掃射させ続けた。コリンは突然上がった大きな叫び声と、手を摑まれた事に驚愕し、滅茶苦茶に暴れ始めた。
「ララ! 早く逃げろ!」
ザックが大きな声で言ったが、ララは両手で耳を塞ぎながら叫び声を上げ、座り込んだまま動けずにいる。
狂ったように暴れるコリンの手をがっちりと握り、弾を全て撃ちつくしてしまうつもりだった。
「ララ! 逃げるのよ!」
銃を突きつけている男の肩越しから洋子も叫んだが、依然吹きすさぶ風とララが上げている金切り声にかき消されてしまう。
このマシンガンの弾は、永遠に無くならないのではないか。ザックがそう疑い始めた時、カチッカチッと音がして弾が出尽くしたことが分かった。ザックはマシンガンの銃口を下に向け、反動をつけて思い切り斜めに振り上げた。銃身がコリンの顔に当たり、そのまま振りぬかれたマシンガンが手から離れた。コリンは倒れこみ、マシンガンはガシャンと音を立てて岩棚の淵に当たると、そのすぐ下の地面に落ちていった。だが、倒れた場所がまずかった。コリンの目の前に鎌が落ちていたのだ。コリンは鎌の柄を握ると、弾かれたように立ち上がった。
ザックは腰に挟んだ銃を出して構えた。コリンはマシンガンが当たった頬骨から血を滲ませ、鎌を前に出して振りながらザックに近付こうとしている。
「やめとけ」
ザックが警告したが、目を血走らせ何かを呪文のように呟いているコリンには聞こえていない。
「ララお願い……早く逃げて……」
恐怖に顔を引きつらせ、動けないでいるララ。そのララに洋子が祈るように呟いた。さっきから声を張り上げ続け、喉がヒリヒリと痛む。その洋子の傍らを後ろから来た何かが駆け抜けて行った。ショーンだった。両手を前に伸ばし、鎌を持ったコリンに突進していく。驚愕したトムが叫んだ。
「ショーン!」
「ダメよ!」
ショーンがコリンの身体の側面に肩から体当たりをした。不意を突かれたコリンがもんどりうって倒れ込む。
「ショーン! 何やってんだ!」
ザックが叫び、コリンの身体の上に倒れ掛かりそうになっているショーンの腕を摑んで引き離した。
ショーンは駆け寄ってきたトムに抱きつくと、大きな声で泣き出した。トムはそのまま脇へ退いてしゃがみ込み、ショーンを励ましながらも両手に持った銃をコリンの仲間に向けている。
ザックがショーンを引き離している間に、コリンはララを捕まえていた。左手でララの腕を摑み、立たせようとしている。右手では鎌の柄をしっかりと握りながら。ララは叫び声を上げ、頭を激しく振って抵抗している。
ザックがコリンに銃口を向けた。
「もうやめろ! 子供達の前でお前を撃ち殺したくない。分かるだろ!」
しかしコリンはララに向かって訳の分からない怒鳴り声を上げ、ララは金切り声を上げている。ショーンは大きな声で泣き続け、洋子もララを捕まえたコリンに罵声を浴びせている。上空を旋回する鷹がまた甲高く鳴き、風は止まない。
現場は混乱の渦にある。誰もザックの話など聞いていない。ザックは歯を軋らせた。
「くそっ! 分かったよ!」
ザックは銃口を空に向け発砲した。途端にその場にいる全員が口を閉じ、ザックに顔を向けた。風さえも止んでいる。ザックは銃を足元に置き、脇へ蹴り飛ばした。ポンチョを脱ぎ捨てるとコリンに向かって両腕を広げ声を張り上げた。
「俺がイーグルだ!」
その言葉にコリンが反応した。目を見開いてザックを睨みつける。
ザックは唇の端を歪め、嘲るような声でコリンを挑発する。
「お前のために甦ってやったぞ。俺を殺りに来たんだろ? 子供は放せ。お前の相手は俺だ!」
コリンの目が激しい憎しみに光った。唾を撒き散らしながら不明瞭な悪態をつき、摑んでいたララの手を放した。叫び声を上げながら鎌を振り上げ、丸腰のザックに襲い掛かる。身を退いて鎌を避けたザックは、振り下ろしたコリンの鎌を持っている右手首を摑んだ。
コリンの手から逃げ出したララに洋子が駆け寄った。ようやくその腕に抱き締める事ができ、涙がこぼれそうになったが唇を噛んで必死に堪える。まだ終わったわけではない。最初に様子を見ていた岩の切れ目に連れて行き、自分の背後にララを隠した。
ザックは摑んだコリンの腕を引き寄せると、右肘でコリンの顔を打った。それでもコリンは唸り声を上げながら、自由になる左腕と両脚をバタバタと動かしている。コリンがバランスを崩して倒れると、ザックも手首を摑んだまま腰を落とし膝をついた。コリンはうつ伏せの状態で右腕をザックに締め上げられながらも、何とか切りつけてやろうと握っている鎌を動かしている。やがて尖った鎌の先がザックの上腕に触れた。血が流れ始めたが、ザックはコリンを押さえ込む力を抜こうとはしない。
洋子とトムの注意が自分達から逸れているのに気付いたコリンの仲間の三人組は互いに顔を見合わせた。一人が頷くと、ゆっくりと後ろに下がり始める。
「動かないで!」
三人が逃げようとしているのに気付いた洋子が銃口を向けたが、引き金を引くことが出来ない。三人は踵を返すと脱兎のごとく走り出し、岩の向こうに姿を消してしまった。
「どうしよう……」
このままでは逃げられてしまう。しかしやっと取り戻したララから離れられない洋子は追いかける事ができない。その上、お腹の中にいる命もそれを拒否している。洋子は途方に暮れ、諦めかけた。
洋子が恨めしそうに見つめる岩の陰から、逃げたはずの三人が後ろ向きに歩きながらゆっくりと姿を現した。三人とも手を上に挙げ、怯えたような顔をしている。眉をひそめて洋子が見ていると、三人の目の前に細長い筒の先端が出てきた。ジョンだった。ライフルを三人に突きつけ、ゆっくりと歩いてくる。その後ろから携帯電話を持ったケイトが現れた。ケイトはトムに抱かれているショーンを見て驚きの声を上げた。
「ショーン! 車にいろって言ったでしょ!」
ジョンは不敵な笑みを浮べると、三人に向かって声を張り上げた。
「もう諦めろ! 周りをよく見るんだ!」
言われたとおり、三人はそれぞれに首を巡らせた。洋子も周りを見渡し、初めてそれに気が付いた。
あちこちの岩の切れ目からたくさんの人影が見える。よく見れば皆知っている顔だ。居留区の住民。男も女も若者もお婆さんまで。そして、ララと同じ幼稚園に子供を通わせている、住宅街に住む父母たち。皆手に銃やライフル、弓矢を持った人までいる。
三人組はまた互いに顔を見合わせ、諦めたように頭をうなだれた。
ザックは依然として暴れるコリンを押さえつけている。鎌で傷つけられたザックの腕から流れる血は、赤い条を作り手首まで達していた。このまま掌まで流れてくれば、押さえつけているコリンの腕が滑ってしまう。意地でも鎌を放そうとしないコリンにザックは呆れて呟いた。
「まったく……」
ザックは腕に力を入れた。運動や力仕事など一切していないと分かるコリンのか細い腕からは、すぐさま鈍い音が響いた。悲鳴を上げたコリンの身体から力が抜け、澄んだ金属音を立てて鎌が落ちる。刃に付着していたザックの血がひとしずく跳ね、昔多くの戦士の血を飲み込んだ岩に落ちていった。ザックが腕を放すと、口から泡を吹いたコリンは岩の上に大の字に倒れた。
風の音に混じり、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。息をついて顔を上げたザックは、この場にジョンがいるのに気付いて怪訝な顔をした。そして、周りに二十人以上の人が銃を構えて立っているのに気が付いた。呆然としながら、ばったり会った友人に挨拶をするかのように軽く右手を上げると、それが合図になったかのように皆が銃を下ろした。
突然雷鳴のような音が響き、ザックがいる岩棚に眩しい光が差し込んだ。手をかざして見上げると、FBIの小型ヘリが上空を飛んでいた。